第十四話 新たな任務
チャリティー、おお、チャリティー………
カレンちゃんのマイルームボイスが面白すぎるんだが。イシュタル先輩チャーっス!
「戻ったか、アーネスト」
凛とした声が白い廊下に響く。
ロンメン大聖堂の屋内は応接室近辺は豪華な装飾で彩られているが、教皇や枢機卿、大司教といった高位の神官の執務室が配置されている場所は総じて質素なものだ。
見る者の心を躍らせるような美術品などの余計な装飾の類は一切なく、掃き拭き清められた廊下や壁、天井は清潔感を感じさせる。
そこを使っている者の性格が浮き出ているために荘厳すら感じさせる廊下の中を、鮮烈と苛烈と、そしてそれらを上回る博愛で彩られた声が奔り、アーネストの耳に入った。
「ええ。其方も思ったよりお早いお戻りでしたね、団長」
銀髪碧眼の女性──リリアーナ・アイゼンシュタインにそう告げる。
公務中だからか、身に纏うのはハーフプレートの純白の甲冑に、魔法陣が織り込まれた純白のマント、そして左腰に長剣を差している。
長い髪をポニーテールにして纏めてあり、およそ洒落っ気が一切ないにも関わらず燦然と煌めく美貌はどこかの魔女を思い出させる。
身長は160cm弱とこの世界の女性平均から考えると余り高くはなく、アーネストの身長からすると見下すことになるのが少しばかり彼の居心地を悪くさせる。
もっとも、そんなことで気を悪くするほど狭量な人間でないのは重々承知の上でなのだが、それを根に持つ人物に心当たりが一名いることが彼の気を重くする。
「団長、副団長はどうしましたか?」
「ん?アイリスなら事後処理の真っ最中だ。いかんせん、今回の任務の事後処理はかなり面倒なことになりそうだからな。アレに任せておいた方が早く終わる」
神聖騎士団団長にして一番隊隊長、リリアーナ・アイゼンシュタインは自他共に認める武闘派だ。
その実力は現在王国内で最強と言われる「豪雷の魔導師」ギルバート・アトランタ・ラニア、「凍土の魔道士」グレイシア・ローレライと並ぶとされている。
彼の「剣聖」から師事したことにより鍛え上げられた剣技に「神聖魔法」を含めた魔法技術、そして聖剣の力を駆使したことによる総合的な実力はブレイズ・ケーニッヒやアーネスト・ディートリヒをも上回ると言われている。
そんな彼女は、こと武力がずば抜けている代わりと言ってはなんだが、事務仕事がからっきしだ。
それをフォローするために、任務後は副団長であるアイリス・アイゼンシュタインが事務仕事に精を出すのが見慣れた光景だ。
ちなみに名前を見れば大体察しは付くだろうが、リリアーナとアイリスは実の姉妹であり、アイリスのシスコンぶりがリリアーナの事務能力の欠如を増長させているのだが、それを指摘しようとするとアーネスト相手でも凄まじい殺気を叩きつけてくるので、誰も言い出せないでいる。
もっとも、それで上手く回ってしまっているので文句を付けようにも付けられないというのが事実なのだが。
「相変わらずですね………しかし、事務処理が面倒、ですか。なにか任務に支障があったのですか?事前の情報ではグレーターヴァンパイアの討伐と伺っていましたが」
「正しくは都市国家アグロスに襲撃した吸血鬼たちの討伐と民衆や王侯貴族の保護、および治療だな」
三神教は支配する領地こそ持たないものの、神聖騎士団というそれなりの規模の武力集団を保有しており、また可能な限り人民を保護することを教義としているために救援要請や魔物の討伐依頼を持ちかけられることが多い。
その対価としてそれに見合うよりも少しばかり色をつけた報酬をもらっているあたり、どこの世界でも宗教団体というのはたいして変わらないのだな、と思わないでもないが、今は置いておこう。
本来ならばこのような外征任務に分類される任務は三番隊〜五番隊がこなし、教皇や枢機卿、聖女といった重要人物の護衛を一番隊と二番隊が遂行するのだが、今回に限っては要請相手──都市国家アグロスが一番隊と二番隊を寄越すように要請されたために彼らが遠征に赴き、代わりに三番隊と四番隊がアナスタシア・ヴーゲンビリアの護衛をすることになった。
小国、それも都市国家とはいえ彼の国は三神教が本拠地を構えるラニア王国との友好国である鵬国との境に位置する交通の要衝だ。
無碍に扱うことがあれば、アグロス王はともかくラニア王の機嫌を損ねかねない。
そんな政治的な理由もあり、一番隊と二番隊が救援に赴くことになった。
任務内容はアグロスを襲撃した吸血鬼集団の撃破と負傷者の治療だ。
神聖騎士団の各隊に得手不得手はあるもの、神聖騎士団の正規隊員は全員が手練れ中の手練れだ。
Aランクの魔物であるグレーターヴァンパイアが率いる集団だからといって、聖具持ちが二人も同行した神聖騎士団に二個隊相手では部が悪いにも程がある。
だがリリアーナが事後処理が大変と言ったということは、任務に手こずったということだろう。
正直な話、アーネストが率いる三番隊のみでも任務達成には問題ないと思っていたために、彼女らが手こずったというのは寝耳に水な話だった。
「確かにグレーターヴァンパイアだったが、おそらく情報をこちらに伝えにくる時点でSランクに近いAランクだったんだろう。私たちが到着した直後に進化してしまった。おまけに相当知性の高い個体だった。逃げられてしまったよ」
「団長と副団長混成部隊で、ですか?それは………今後警戒すべきですね。足取りは掴めているのですか?」
「そこら辺も含めて話は猊下に聞くといい。お前をお呼びだ」
ピクリ、とアーネストの顔に緊張が走る。
一騎当千の猛者たるアーネストと言えども自分が所属する団体のトップから直々のお呼び出しともなれば緊張せざるを得ない。
カツカツ、と二人分の足音を立てながら静かな廊下を歩く。
三神教教皇の執務室はロンメン大聖堂の最上階にあり、同じ階の最奥の部屋に司教以上の神官にのみ立ち入ることの許された礼拝堂がある。
三神教内でも高い地位にいる者のみ立ち入ることの許された区画であり、神聖騎士団だと隊長格のみ立ち入ることが許される、所謂許された人間のみが立ち入ることのできる区画だ。
「失礼します、猊下。神聖騎士団三番隊隊長アーネスト・ディートリヒをお連れ致しました」
「どうぞ、お入りになって?」
コンコン、とノックをしてリリアーナが中に伺いを立てると、朗らかな声が返ってきた。
リリアーナがドアを開けて中に入り、アーネストもそれに続く。
室内は廊下同様、質素で無駄なものを省いているが、外よりはいくらか生活感に満ちている。
窓際にデスク、中央にソファとテーブルがあり、色調は目に優しく穏やかながらも、見るものが見ればそれ相応の地位の人間が使うに相応しい物であるとわかる。
そして、ソファにゆったりと腰掛ける人物が居た。
雪のように真っ白な髪と黄金の瞳が特徴的で、その外見は少なくとも三十代には達してはないだろうというのに、彼女が醸し出す雰囲気と微笑が老生したものを感じさせる。
法衣に身を包み、紅茶を静かに飲んでいる姿はそれだけで絵になる。
相変わらず得体の知れない方だ、とアーネストは中々に失礼なことを考える。
外見はともすれば少女にすら見える幼さなのに、内面と空気は老生、というよりも老獪さすら感じさせる立ち振る舞い。
武芸を収めた者の立ち振る舞いではなく、どこぞの一族のように膨大な魔力を持っているわけではない。
だというのに感じる威圧感とは少し違うナニカ。
この人の前に立つ時はいつも過度に緊張してしまう。
そしてそれすらも見通すような黄金の瞳がアーネストの胸の内を逸らせる。
「どうぞ、お座りになってください」
「いえ、私は………」
「長くなりますから、遠慮せずに」
ニコニコと柔和な表情と柔らかい口調で、しかし強制するように百二代三神教教皇ナイチンゲール・アークライトが告げた。
口を噤み、速やかに席につくあたり、アーネストの苦手意識が出ている。
「さて、まずは護衛の報告からお願いできますか?おおよそは把握しているつもりですが、やはり本人から直接聞くのが一番ですので」
「はい、承知しました。まず──」
そう言ってアーネストは口火を切ると、説明を始めた。
聖遺跡に向かう道中、特に何もなかったこと、遺跡前の街のエルキアでも襲撃はなかったこと、聖遺跡で襲撃者たちと交戦し、その戦力が聖女を狙うにはあまりに少なすぎたこと、そして襲撃者たちの中にはキース・ファロンテッサの他にもブレイズ・ケーニッヒやタイガ・ロベリアの姿もあり、彼らはエルデア帝国皇帝の命によって動いた可能性が高いこと、そして彼らを退け継承の儀は恙無く終わり聖女アナスタシア・ヴーゲンビリアにも傷一つ負わせることもなかったこと。
アーネストが話した内容を羅列すると大体このようなことだ。
襲撃者の戦力が少ないことや、この襲撃を企てた人物がおそらくエルデア帝国の皇帝であることにアーネスト自身は疑問を持っていたのだが、
「そうですか。報告ありがとうございました」
あまりにあっさりとした反応。
叛逆者に極悪人が出現し、けれどナイチンゲールはそれにまったく感情を動かすことはなかった。
関心がない、というわけではない。
どちらかと言えばその反応は、
「事前に視ておられたのですか?」
「ええ、不滅の騎士と狂刃が来ることも、貴方たちが誰一人欠けることなく生還することも、アナスタシアが継承の儀を終えることも。事前に視ていましたから」
代々三神教の教皇が受け継ぐ権能、それが千里眼であり、未来視の神眼とも呼ばれる正しく神の御技だ。
それは不特定多数の可能性を視るようなものではなく、一つの集約された確定した未来を見透す神の瞳。
この神眼を受け継いだ者こそが教皇の座に座るにふさわしく、聖女という称号は次代の教皇候補、つまり神の瞳を受け継ぐ適性を今代の教皇が直接見出した人物である。
聖遺跡での継承の儀は神眼を受け継ぐ儀式であるのと同時に、その聖女が教皇の座に座るに相応しいかどうかを試す最終試験でもある。
「私にロンギヌスの所持を認めなかったのは、そうしなくとも問題がなかったからですか?」
「それもありますが………貴方にロンギヌスを持たせてしまえば天使達も動かざるを得なくなりますから」
「天使、ですか?」
聞き慣れない言葉に首を傾げたのはアーネストだけではなかったようで、ナイチンゲールの背後に立つリリアーナが不思議そうに尋ねた。
「ええ。イペタムやクラレントならともかく、原点種であるロンギヌスを持って行ってしまえば流石に彼らも目覚めてしまいます。それは避けたかったので」
しかし、ナイチンゲールの返答は天使について言及するものではなく、それを聞いてアーネストもリリアーナも、天使について答える気は無いのだと理解した。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
「それは今後の方針と取っても?」
「ええ。まずリリアーナとアイリスの一番隊と二番隊はいつも通り大聖堂にて待機。吸血鬼の一味討伐の任は一時解除とします」
「承知しました」
都市国家アグロスが事実上崩壊したために、本来三神教の重要人物の護衛を全うする立場にある一番隊と二番隊が外征任務を継続する必要性はない。
「ヨハンナの五番隊はアグロスの復興支援を。リリアーナたちが尽力したとは言え、爪痕はまだ色濃く残っています。帰ってきて早々で申し訳ありませんが、直ちに出立するよう伝えて下さいください」
「了解しました。私の方からヨハンナに伝えておきます」
「ええ、お願いします。リリアーナ」
なんの事前準備をすることなく強襲されたアグロスの被害は甚大だ。
人的被害、物的被害のどちらも深刻なものがあり、加えてアグロスを支配していた王族は今回の一件で根絶やしにされた。
救援要請を受けた三神教としては、事態が収まるまで支援することが望ましい。
「そして最後にアーネストの三番隊ですが、貴方達には今回逃げられたグレーターヴァンパイア、いえSランク災厄級死なずの吸血鬼、個体名称トレートルの討伐を。調査のための協力要請は私の名前を使っても構いません。貴方に裁量の全てを委ねます」
「────っ」
ただ一匹の吸血鬼を屠るにしては過剰とも言える措置だ。
だが、それはナイチンゲールがそれだけこの事態を重く見ているということであり、同時に吸血鬼の首魁──トレートルを危険視しているということでもある。
「年単位の時間をかけても構いません。そのかわり、必ず討伐すること。ロンギヌスの所持も許可します」
「はっ。御用命、しかと承りました。「不死殺し」の名にかけて、必ずや彼の吸血鬼を屠ってご覧に入れましょう」
ソファから降り、片膝をついて胸に手を当てて頭を下げる。
討つべき悪虐たる吸血鬼の名前を胸に刻み込んで、蒼銀の騎士は新たな任務を拝命した。
猊下の千里眼は未来視です。その眼で視た未来は確定した未来なんで予言した場合外れることはありません。まあ、望む未来を視れるかどうかはまた別の話ですが




