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序列主義の異能学院  作者: 丹野海里
第3章 殺人ギルド血影編
77/193

第75話 マザーパラダイス

—1—


 あれから何日経ったのか、毎日生きることに必死で数えることもやめてしまいました。


 夜は公園や河川敷で睡眠を取り、日が昇れば食べ物を求めて街に繰り出す。

 家から持ってきた500円はとっくの昔に使い切ってしまったので、スーパーの試食コーナーを回ったり、飲食店のゴミ箱を漁ります。


 みんなにとってはゴミでも私にとっては命を繋ぐ貴重な食料です。

 もうなりふり構ってはいられません。世間の目なんて気にしている場合ではないのです。


 衣服の汚れも誤魔化しが効かないぐらい酷いです。自分ではわからないけれどにおいもキツいかもしれません。

 まるで捨て猫みたいだなと自分を客観的に見つめて思う。捨てられて日が経ってるから野良猫の方がしっくりくるか。


 何度か危ない目にも遭いました。

 夜、公園の東屋あずまやで寝ていると酔っ払っているおじさんに服を脱がされそうになりました。


 突然の出来事と寝起きで頭が回らないということも合わさって抵抗できませんでした。

 自分はこの人に何をされるのだろうという恐怖。

 空腹でもうダメだと思うことはあっても、今回は別の意味で命の危機を感じました。


 服を1枚脱がされ、両方の手首を掴まれて押し倒されたとき、私は悟りました。

 こうやって弱者は強者に淘汰されていくのか、と。

 事実、私はこのおじさんに抵抗の1つもできていません。


 でも、こんなところで私の人生を終わらせたくはない。

 まだやりたいことは山のようにあります。


 美味しい食べ物をお腹いっぱい食べたい。

 ふかふかの布団でぐっすり眠りたい。

 温かいお風呂にも入りたい。そうだ、温泉にも行ってみたいです。

 動物園や水族館に行って生き物と触れ合いたい。

 学校に戻って友達とお話がしたい。

 人と話したい。


「へっへっへっ」


 おじさんが荒い息を立てながら私の頬によだれを垂らしました。

 その瞬間、私の中で何かがぷつんと切れました。


 弱者は私で強者はおじさん。

 体格でも力でも私の方が劣っているのだから勝てません。


 ですが、まだ勝負は終わってはいません。

 現代には年齢や性別、体格差までをも簡単に引っくり返せる特別な力があるのです。


 異能力。


 誰しもが生まれながらに持つそれは社会のパワーバランスをあっという間に壊してしまった。


 異能力の前では大人も子供も関係ない。

 純粋に人対人の勝負になる。


 覚悟を決めた私に恐怖という感情は無くなりました。

 強張っていた体が解れ、おじさんに掴まれていた手を強引に振り解きます。


 もう躊躇はいらない。

 私はこの先も1人で生きていかなくてはならないのだから。


影吸収シャドー・アブソーブ


「ふぇっ? ちょっ、ちょっまっ」


 酔いが覚めて自身の置かれている状況を理解したのかおじさんが手を前に出してジタバタ暴れる。

 しかし、私は左手でおじさんの腕を掴んで逃さない。


 弱者は強者に淘汰される。

 弱者はどっちだ?


手影砲撃シャドー・カノン


 右手に集めた影の塊をおじさんの腹に勢いよく放出した。

 おじさんは数メートル先まで吹き飛び、白目を剥いたまま動かなくなった。


—2—


「こんばんは」


 もうこの公園も使えなくなりそうだなと考えていると、背後から声を掛けられた。

 優しい女性の声。


 振り向くと、黒いエプロンを着た40代くらいの女性が笑顔で立っていた。


「こんばんは。ええと」


「急に話し掛けてしまってごめんなさいね。買い物帰りに偶然通りかかったらあなたが襲われているところが見えたから心配になっちゃって。でもその必要はなかったみたいね」


 品があって柔らかい話し方だなと私は思った。


「いえ、心配して頂きありがとうございます」


「あら、礼儀正しいのね。お名前は何て言うのかしら?」


暗空玲於奈あんくうれおなです」


「玲於奈ちゃん、良い名前ね。私は種蒔育子たねまきいくこって言います。ねぇ玲於奈ちゃん、なんでこんな時間に1人で公園にいたのかな?」


 種蒔育子と名乗った女性から目を逸らす。

 笑顔で近づくことで相手の警戒心を解き、その後土足でズカズカと踏み込んでくる。

 私の苦手なタイプだ。


「ごめんなさい。話したくなければいいのよ。ただね、私は何らかの理由で行き場の無くなった子供たちを引き取って一緒に暮らしてるの。だからもしよかったら玲於奈ちゃんもどうかなと思って」


 種蒔さんは善意で声を掛けてくれているのだろうけど、明らかに怪しい。

 人は必ず裏切る生き物だ。

 出会ったばかりの人のことを信頼することは難しい。


「ありがとうございます。でも私は大丈夫です」


 長話になっても断りにくくなるだけ。

 私は公園から去るべく歩き始めた。


「そう、じゃあ何か困ったことがあったら『マザーパラダイス』まで来てね。玲於奈ちゃんだったらいつでも歓迎するからね」


「わかりました。ありがとうございます」


 マザーパラダイス。

 一応何かあったときのために覚えておくか。


 人の縁とは不思議なもので、私はこの後再び種蒔さんと会うことになる。


—3—


「あなたも1人になっちゃったの?」


 数日後、空腹を紛らわせるために河川敷の土手から川を眺めていると、まだ小さい鴨が1羽でよちよち川から上がってきた。


 その様子がどこか自分と重なって見えた。

 ビックリさせないようにゆっくりと鴨に近づく。


 すると、草陰から一回り体の大きい鴨が飛び出してきた。

 この子の親鴨だろう。


「なんだ。1人は私だけだったのね」


 親鴨と子鴨は仲良く川へと戻って行った。


 私は土手に横になり、体全体で太陽の光を浴びることにした。

 考えないようにしていたのだが、お腹が大きな音を立てて空腹を訴えてくる。

 わかっている。私だって何か食べたい。

 でも、もう動く気力が湧かないのだ。


 いつまでこの生活を続けていけばいいのだろうか。

 今はまだなんとか大丈夫だけど、冬になったらいよいよ寒さで死んでしまうかもしれない。


 ダメだ。目を閉じると暗いことばかり考えてしまう。


「あれっ玲於奈ちゃん?」


 頭の上から声が聞こえた。


「種蒔さん」


 目を開けるとそこには種蒔さんが立っていた。

 前回公園で会ったときに着ていた物と同じ、黒いエプロンを身に纏っている。

 パンパンになった買い物袋を持っていることから買い物の帰りということがわかる。


「痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」


 種蒔さんは私の頬に触れてから買い物袋の中をガサガサと漁り、菓子パンを1つ差し出してきた。


「いいんですか?」


「逆にこんなものでごめんなさいね。家に戻れば温かい料理を作れるんだけど」


「いえ、ありがとうございます」


 パンを受け取って頭を下げる。


「玲於奈ちゃん、この前も誘ったばかりだけどうちに来ない? きっとみんなも歓迎してくれるはずよ」


「私なんかがいいんでしょうか?」


 心が弱りきっているところに優しくされたらいくら私でも心が揺らぐ。

 マザーパラダイスに行けば同世代の子や同じ境遇の子がいるかもしれない。

 その人たちと話すことができればこの終わりの見えない旅にもゴールを定めることができそうだ。

 ゴールができなくても何かのきっかけにはなる。


「もちろん。さ、行きましょ」


 種蒔さんは深く頷き、私に手を差し出してきた。

 その手を握るか僅かに悩んだが、私は種蒔さんの言葉に甘えることにした。


 種蒔さんの手は温かくて柔らかかった。

 人の優しさに触れるのは久しぶりだ。

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