二
私が最後に恋というものをしたのは、あれは高校三年次の初夏であった。
毎日ミンミンゼミの奴が五月蝿く求婚に勤しんでいた。
私はいつもの様に人間関係がドロドロの昼ドラを見た後、原付に跨り学び舎へ走った。
その頃の私は今とはまるで違い、実に快活な少年であった。やんちゃな盛りであり地元は田舎であったために、少し悪ぶった奴が女の子に人気であった。かくゆう私もその悪ぶった奴の一人で、短ラン、ドカンに腰パンといった具合に反抗こそがパンクスの王道だと云わんばかりに廊下を肩で歩いていたものだ。
そして私はピス〇ルズだとかクラ〇シュだのの所謂パンクロックなる音楽に心奪われていた。楽団活動もこなしていてじつに快活な少年なのであった。
また、部活動にも勤しんでいた。
本来なら就職か進学を真剣に考え、進路が定まっていなければいけない時期なのにも関わらず私はそれらから目を背け続けていた。
「マル坊」
と、同じ部活動の友人が私を呼んだ。高校時分は「マル坊」と呼ばれていた。自分は学校でもかなり悪ぶってた方で暴君から「マル坊」と呼ばれていた。
「どうした?」
話を聞くとどうやら、他の友人が駅で電車を待っている最中に他校の学生から喧嘩を吹きかけられ揉めている様だった。
「したら今から行く」
と、ヘルメットもせずに原付で駅まで急いだ。
事はもう既に片付いているようであった。
「なにかされたか?」と聞くと
明日何処々々の何々に来い。と云われ、それぎりらしく。
「全面戦争じゃ!!」
と、勇ましく云ってみたものの内心、どうしようどうしようと焦っていた。こういう所がただ悪ぶっている奴の可愛らしい本当の姿なのである。
次の日。
私は昨日の友人と何人かの仲間を引き連れその場所へ果敢にも突入した。
暑い。じっとりとした汗がシャツにこびり付いて気持ちが悪い、生温い風が当たり一面に漂った。いつの間にやらあの五月蝿く騒いでいたミンミンゼミの鳴き声も遠く。そして、聞こえなくなった。
陽が落ちた。
「はははははは。結局来ないじゃないか。偉そうに呼び出しまでしやがったくせに」
友人の一人が云った。
「俺達にビビッたんだな」
また一人の友人が云った。
私は、ほっとして心を撫で下ろした。その日は誰も来なかった。
夜遅くに帰宅した。静かなテイブルには今晩の菜であろうコロツケが薄いビニイルに被されてしんなりと冷たくなっていた。私はそれを見て見ぬ振り仕た。イヤホンからはブルーハ〇ツのロクデナシが流れていた。
翌日、私はいつもの様に昼ドラを見た後、原付に跨り学び舎へ行った。
廊下でなにやら二三人の女の子が相談事をしていた。
その頃の私には気になる子がいた。
部活動の練習の際に隣の棟の窓からチラリと見える手芸部のその子だ。
たまに目が合うと恥ずかしそうに下を向いて、それから暫くして軽く会釈をしてくれる。そんな愛らしい一面がとても可愛らしかった。名前は知らない。皆からは「お節ちゃん」と呼ばれているらしい。なんとも古臭い馬鹿げたアダ名だ。と思った。
放課後。
「K君?」
不意に廊下の後ろの方から声を掛けられた。(Kとは私の本名である。)どうやら昼間相談事をしていた女の子の一人らしかった。
「実は話があるんだ」
私はドキとした。
このありきたりな流れで読者諸君はゾゾゾと鳥肌ものの気持ち悪さだろう。作者も嫌気を感じながらも書いている。いや、然し。
私はドキとした。
これは若しやと思うた。胸の鼓動が頭の天辺から足の指先まで伝わるのがはっきりとわかる。ついに来たか。いよいよなのか?
実は、私はこの時まで女性とそういう関係になったことは幾らかの経験はあるが、まだその先までは経験し得てなかったのだ。
この年代の快活なる男子は皆、そういう類の事に興味心身で四六時中そのようなことを考えていると云っても過言ではないのだから私の期待もまた大いに高まった。
どうやら話を聞くと私の事を好いてくれている人がいるらしいが、私を呼び止めたその子ではないらしかった。
では誰なのかと私が聞くと。「手芸部の子」と答えた。
私ははっとした。と、その直後から私の頭の中には部活動の合間に見せる「お節ちゃん」その人の、はにかんだ笑顔がぐるぐると渦を巻き、回想。回想。あちらにも笑顔。こちらにも笑顔と云う風に「お節ちゃん」一色であった。
「知代ちゃん」
遠くから声が聞こえた。
それからまた
「知代ちゃんなの。手芸部の」
現実に引き戻され、叩きつけられた。
それからまた私ははっとした。私のことを好いてくれているのは「お節ちゃん」ではなく、「知代」なる輩であった。愕然とした。膝を突きたくなった。まさに天国から地獄とはこの事。私はいつも恥ずかしげな愛らしい笑みをくれる「お節ちゃん」ではなく、どこの馬の骨かも分からない「知代」なる輩に不覚にも好意を抱かれてしまったのだ。
「わかった」
とだけ云って帰宅した。
咽びかえっていた暑さが急にスと引き、そこには訳の分からぬ寂しさが通り過ぎていくだけだった。