一
はじめに。
これは恋愛小説であると云っておく。
落ちぶれているのだ。大学の方で浪人が決まり(かと言って大して勉学に励んでいるわけでもないのだが)酒びたり、人間との干渉も疎かになっていよいよ明日の生活も苦しくなってきた。
ある晩。友人の岸本が私の所へ訪ねて来た。
「ようパピヨン」(パピヨンとは私のアダ名である。大学に入学してすぐ彼にそう呼ばれ始めた。どうやらおどおどしているところがパピヨンに似ているらしいが、私はその動物を見たことがない)
「おいよ」
とさっきまで閉じていた目を擦りながら答えた。すると彼は一寸厭な顔をして。
「飲もうぜ」
どうやら研究内容が決まりいよいよ最終年次となることで何でもいいから祝杯を挙げたいのだろう。
「よいよ」
本当は一人で飲みたかったのだ。私は元来人が多いところが苦手で飲み会の席などはなるべく断るようにしていたが。岸本の頼みなら仕方がない。この頃には既に所謂「良い人」を完全に演じ切れるようになっていた。
二人は家から歩いて二十分ほど先の小さな居酒屋で一杯やることに決めた。そこは休日にも関わらず人の少ない店であった。
「とりあえず生二つ」
と彼が店員に告げると。
「然し何だね。君は駄目だ。浪人なんかしちゃあそりゃあ駄目だ。第一に両親に申し訳が立たないだろう。もう伝えてあるのかい? 僕なんかぁ研究内容も決まり、さぁこれから頑張るぞってな具合なのに。いや〜然しなかなか良い研究に就けたよ」
浪人が決まったことについて私は両親に云いきらないでいた。親から残念がられるということよりも、怒られるかもしれないという方が恐怖だったからである。
「なんの研究に就いたのだい?」
と私が聞くと、其処に美しい花でも咲いたのを見たように彼が
「人間心理だよ。いいかい、人は嘘をつく時は左上を見るそうだよ。」
そう云いながら私の顔をじっと覗き込み
「ほうら。今君は悩んでいるだろう?目を見ればわかる。 両親への言い訳を考えていたな、きっとそうだ」
と、得意げに微笑を漏らしながら云った。
確かに間違ってはいないが浅はかな人間だな、と落胆しながらも
「その通りだ。流石その道を学ぶ者は鋭いな」
などと、薄っぺらい尊敬心を見せた。
すると彼は急にはっとして
「いや違うな、違う。その目は違う。 どこか寂しげで物想うその目は・・・」
ニヤリと笑みを浮かべ、何か決定的な証拠を握り、じりじりと罪人に尋問する刑事のように彼はこう云った。
「・・・恋だ。 君は恋をしているな?そうだろう?」
「はっはっは」
流石に笑ってしまった。
「ほうら、そうやって笑って誤魔化そうとする。決定だな」
私は全く恋などしていなかった。寧ろ私はそのころ女性と云うものが怖いくらいであった。そのことを彼に話すと。興が冷めたのか、急につまらなそうな顔をして
「なら、最後に恋をしたのはいつなんだい?」
いよいよ恋愛小説っぽくなってきた。