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69話 道具ハ妥協スルナ

  本来であれば飯を食った後、この先に進むのだが今日は天候不順の為、ここで切り上げる事となった。雨はポツポツと降り始めているものの然程強くは無い。それに、既に全身びしょ濡れの為雨が降っていようが降っていなかろうが関係無い。


  今俺がいる場所の先は木々が生い茂っており、まるで映画の世界の様だ。足を踏み入れた途端ヘビや猛獣、恐竜などが出てきてもおかしくはない。それを彷彿とさせる雰囲気の場所だった。この奥地の方が面白そうだな。


「ひゃっほーーい!」

「え??」


  俺が奥地をおむすびを頬張りながら眺めていると滝の上から滝壺目掛けてダイブする先輩達の姿が映った。あの人達怖いもの知らずかよ!俺には滝の上から滝壺に向かって飛び込む勇気は無かった。それを見ていた顧問達も『怪我だけはすんなよ!一応保険は下りるけど、怪我しないのが一番だからな』などと悠長な事を言っていた。


「おい、山川〜。飯食ったら一緒に飛び込もうぜ」

「いや、俺は遠慮しとくよ」


  となりにいた茂木がコンビニで買ったおにぎりを食べながら俺に提案をかけるが当然俺は断った。嫌だよ。わざわざ危険に身を晒すなんて。


「えー。もしかして、怖いのか〜?」

「怖くなんかねーし」

「じゃあ跳ぼうぜ〜」


  少し図星を突かれた俺はムキになって答える。そこまで言うならやってやろうじゃねえか!だが、一つ言っておこう。俺はここから飛び降りたら再度登る事は出来ないのだ。だから本当に跳ぶのは最後である。


「最後な」

「よっしゃ〜僕の勝ち〜」


  元から勝負なんかしてねーよ。茂木は相変わらずマイペースだった。俺の足元からはアカハライモリが茂みから顔を出していた。そして、茂みから離れた瞬間水流に流されてイモリは滝から無惨にも落下して行く。それを見た俺は少し怖くなった。


「おい、やっぱやめねえか?」

「お?怖いんか?」


  茂木はニヤケ顔で俺を煽る。だが、セリフの割に何故だろうか?茂木から高圧的な態度は一切感じない。茂木から感じるのは無邪気に俺を揶揄う気持ちだけだった。


「良いよ。良いよ。やるから。煽るなって」


  俺は半笑いで答えた。イモリやカエルはここまで水流が強いと泳ぐことも困難だ。最初の所にあった水溜りくらいが彼らの生息地には丁度良いだろう。



「滝壺の辺りで写真撮るから一旦ここを降りるぞ。跳びたい奴は下にいる人に気をつけて今の内に跳んどけ」


  飯を食い終わって顧問から指示が飛んだ。


「行くぜ」

「お、おお」


  滝の上に立った瞬間俺の膝が震えた。やはり怖い。下に人がいない事を確認した俺は少しずつ前に進み、跳ぶ準備を整えていた。その刹那。


「うわっ!?ぁぁぁあ!!」


  俺の身体が宙を舞った。ヤバイ!?死ぬ!俺の脳内に俺が宙を舞い、足元の岩で頭部を強打する映像が過ぎる。俺は足を滑らせてしまったのだ。不意に落下した視界と背中を襲う衝撃。この事から俺の頭部は背負っているザックによって守られた事がわかった。


「うわぁぁあ!?」


  俺の身体は水流によって押し流され、完全に空中へと放り投げられた。踠いても踠いても俺の手は空を切るばかり。俺は完全にパニックに陥っていた。頭を切る水、耳に入る水。そして、不意に頭部に感じた衝撃と視界に映った水飛沫。そして、一瞬の静寂と茶色く濁った景色。


「ぷはぁっ!?」


  俺は水面に無事着地した。


「はぁ……はぁ……」


  俺の身体が着水するのと同時にザックが浮きの役割を果たし、俺の身体は水面に浮かぶ。


「な?怖く無かっただろ?」

「めちゃくちゃ怖いわ!」


  俺は食い気味で横で浮かんでいる茂木に返答した。マジで怖かった。死ぬかと思った。身体が制御出来ない状態ってあんなにパニックになるものなのか……俺は事前準備の重要さを思い知った。そして、マリンシューズてめえはもう許さねえ。次からは絶対フィッシング足袋を買う。俺は強く心に決めた。


  滝壺の近くで内山先生による写真撮影を終えた俺達は帰路についた。元ある道を引き返すだけ。引き返すだけなのだが、俺にとってはこれが苦痛だった。帰りの道は若干下っている。マリンシューズでは上りの時は後ろに下がる。その為足を滑らせた際には少し速度が緩まった状態で前の岩に足の指を強打していた。


 だが、それが下りとなった場合足を滑らせた時の足の動きは更に加速する。


「痛てぇ!?」


  俺は悲鳴をあげた。その上、マリンシューズは行きと異なり、繰り返し岩にぶつけた影響で破けており俺の指は直に岩に強打する羽目となっていた。水温も冷たく、生地がフィッシング足袋と比べて薄いマリンシューズでは温度も緩和しきれていない。俺の足は半分凍傷になり掛けてしまっていた。


  赤く腫れていた足は若干紫がかり、感覚も薄れてきている。これは危険な状態だったのだろう。その為、足の異常に気付いた周りのアドバイスを受け、先輩などに手を持って貰い、転倒を防いだ上で、出来るだけ水が無い岩の上などを歩く事で凍傷のリスクを解除した。


  先輩には沢山迷惑をかけた上、惨めな姿を晒してしまった。幸い、先輩達のお陰で俺の足は赤ヌメラ入り口に到着する頃には赤く腫れてはいるものの若干紫がかっているレベルで落ち着いていた。だが、足の指の皮は剥け、爪が欠けている姿は痛々しかった。俺が深爪にする癖が無かったら爪が剥がれていたかも知れない。


『道具はケチったらダメ』俺は今回の日帰り沢登りで大きな教訓を得た。


凍傷になると最悪足切断などの大きな後遺症が残る事があります。凍傷と言えば氷山などのイメージが強いかも知れませんが、実は冷水程度の温度でも長時間浸かっているとなる事があります。道具はちゃんとしたものを持って行きましょう。


滝壺ジャンプは自己責任でお願いします。

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