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42話 靡き

「はぁっ!?」


  中学三年生の人数が少ない為、ザック交換は交代制で行われた。中学三年生のザックは当然俺達の荷物よりも重い。背負っただけで肩が痛い。俺達のザックの重さも軽いとは言えなかったが、予想以上に先輩のザックは俺達に負荷をかけた。


「ふぅ〜。楽チンだぜ」

「そうだね。しばらく楽させて貰おうか」


  当然歩くペースは減少した。だが、そんな事は野原先生も分かっている。その為先導隊も速度を落として行山していた。今はトラバースだから良いもののこの先急な上り坂がある。そこをこれで登るとなると相当キツイ。


  俺は腰のバックルを強く締め一歩一歩地面を着実に蹴り上げた。だが、身体の疲労とは反対に肉体は上手く前進しない。


「はぁ、はぁ……水……」

「あぁ、口付けなければ俺のプラから水飲んで良いぞ」


  少し重さが違うだけでこんなに違う物なのか……鬼登先輩のプラティパスの口をつまみ水を口に注ぐと、俺は太ももを抑えながら登山道を進んだ。ここはトラバースの為、坂はそんなにキツく無い筈だ。それなのに俺の太ももは悲鳴を上げていた。


  ただ鬼登先輩のパッキングが良いのか、不思議と身体が後ろへと反り返る様な感覚は無い。ここは俺のザックとの大きな違いであろう。着実な負荷は脚にかかってはいるものの、重心のブレは少なかった。ザックの大きさは俺のザックの方が小さい為、普通はテコの原理で重心は鬼登先輩のザックの方がブレが大きい筈だ。それでも重心のブレが少ないと言う事が鬼登先輩のパッキングの上手さを証明していた。これに関しては俺が極端にパッキングが下手なのかもしれんがな。




  トラバースの終着点はすぐに訪れた。二重尾根の合流地点。そこから地獄の坂道は始まる。周囲の笹の葉がゆらゆらとなだらかに揺れているが、俺の心は激しく揺れていた。勘弁してくれよ。そう叫びたくなる気持ちを抑え、一歩一歩に力を込めて足を踏み出した。


「岩が多く、滑りやすい。足元注意!!」

「「足元注意!!」」


  前方からこちらに声が響く。実際に足元はかなり悪かった。直径1.5メートル程の岩がごろごろとあり、それが落ちて来たら……と思うと恐怖でしか無い。花崗岩質の登山道はボロボロと崩れやすい。慎重に登る必要がある。特に岩が多いと言う事は落石の危険もあると言う事だ。


  前の列を歩いている俺達が岩……いや、小石を落としてしまった場合。その石は猛スピードで後列を襲う。その場合は迅速に落石を伝える必要があった。




 荒地となっている登山道を登りきると煮干山は直ぐ目の前だった。


「着いた!」

「良く頑張った。荷物下ろして良いぞ」


  俺は思わず声を上げた。登山道は煮干山の山頂から少し外れた場所にあった。そして、そこには噂の巨石が君臨していた。その巨石にはガイドブックに書いてあった通り、特徴的な流線状の溝が削られていた。その溝はまるで人が彫ったのではないか?と言う程なだらかで美しい曲線であった。


  そして、俺は周囲を見渡して思った。これだ!


  昨日、今日と登山して来て一番の絶景だった。煮干山からは三百六十度遮る物が何もない。山頂からは木場山連峰は勿論の事、山頂の右手には広大な草原とその奥に聳え立つ我妻山がづまやま。北には日本海、東には中国地方で最も標高が高いとされる名峰や、鳥取県に位置する道遅山どうちやまの姿も目に映った。


  煮干山は丁度島根県と広島県の県境に位置しており、国を繋ぐ山だ。海との距離はかなり離れている。それでも日本海まで見渡せる景色は壮大だ。右手に映る広大な黄緑色の草原も秋には綺麗な紅葉を見せる。元々そこには牧場があったらしいが、今残っている面影は太陽の光に照らされ揺れる植物のみだ。秋にはリンドウ、カワラナデシコ、ウメバチソウ、ワレモコウなどの湿性遷移特有の植物が紫やピンクの花を咲かせ、ススキや、セイタカアワダチソウは地面一面を黄色く染める。


  我妻山の近くには立煮干駐車場付近にあった自然歩道と同じ様に自然歩道が通っており、休暇村ロッジもある為、秋の登山ではそちらを登ってみるのも良いかもしれない。この一時。これだけは登山の魅力だ。ただキャンプするだけでは味わえない景色。寧ろ本当に自然を味わいたいならばここまで登らなければ意味が無いとでも言わんばかりの景色だ。


  だが、ここまでの景色を見ても登山のしんどさは計り知れない。慣れたら……俺に体力があったらならば。楽しいんだろうなぁ。俺は周囲の先輩達の表情を見てそう思った。いや、俺も楽しみたい。そう思い始めていた。だが、登山初心者にはハードルが高過ぎた。普通まだ入部したてで登山もした事無い中学一年生を一日六時間以上歩く様な登山に連れて行くか?もっと楽なコースあっただろ!


  俺は若干コース編成を疎ましく思った。実際にこのコースは高校生が大会で使うコースで、その下見に俺達の合宿をくっ付けた様なものだった。キツイのも当然だろう。


  でも、俺は最初よりかは楽しめていたのかもしれない。早く帰りたいと言う気持ちが高まるのと共に。


  次の目的地は木場山連峰のメインコンテンツとも言っていい木場山の御陵だ。そこはあの日本に現存する最古の歴史書とも言われている『古事記』にも記されている伝説の山で様々な逸話がある。その逸話は次の時にでも回想しよう。


  俺はひとまず今の景色を楽しもうと目に群がるコバエを追い払いながら壮大な景色を眺め笑う。そんな俺の心は風と共に大きく揺れていた。その原因が心拍数が上がっていたからかどうかは定かでは無い。


リンドウ、カワラナデシコ、ウメバチソウ、ワレモコウ……どれも秋に花を咲かせる。多年草で、地下茎を持つ。リンドウは青っぽい花。ワレモコウは赤色の花を付け、シベリアやアラスカなどの寒い地域にも自生する。その他はピンクっぽい色の花を付ける。


ススキ、セイタカアワダチソウ……最近は外来種であるセイタカアワダチソウにススキは居場所を奪われつつあります。黄色い花をつけます。


コバエ……夏が近づくと山の水源付近に大量発生します。主人公が登山している時期はまだ少ないですが、夏が近づくと前が見えない程のコバエに襲われます。コバエが目に集まる原因としては目の水分に反応してます。正直かなり鬱陶しいですね。夏は毒虫対策の為にも虫除けスプレーなどを持参する事をお勧めします。


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