39話 アオダイショウ
「バーカ、バーカ。アレだけ言ったのに転びやがって」
「う、……はい」
うるさい!と声が出そうになったが、相手が鬼登先輩の為俺は言葉を慎んだ。毛ヶ死山を越えてすぐ俺は転んだ。馬鹿である。鬼登先輩に煽られても仕方がないだろう。緩やかだった筈の下りは物凄く急になった。明らかな傾斜変化である。
急な下り坂を下りると、鞍部に出た。鞍部と言っても横から見た断面図はV字型。下り坂と上り坂に挟まれた平らな場所である。鞍部には分岐を示す看板が設置してあった。
『↓公園センター 2.4キロメートル。 ←日出雲峠0.7キロメートル』
公園センターは管理センターの所か?当然俺達が進むべき方向は日出雲峠の方向の為真っ直ぐ道を進む。近くの木には道に迷わないようにきちんとピンクテープが巻きつけてある。右側は巨大な谷があり、危険な為か先程の場所からずっと石垣が続いている。登山道はまだ県境の真上を通っている。出雲とはかなり場所は離れている筈だが、次の目的地は出雲の名前が付いている。
そもそも出雲と言う言葉の意味は色々諸説あるが日が出でると言う意味や、三角州などを表しているとも言われている。木場山は国産みの神である伊邪那美命を祀っている事からその様な名前が付いたのでは無いか?と俺は思う。
坂を再び登ると大きな鞍部に到着した。
『↓日出雲峠0.4キロメートル』
あと少しだ。
俺は額の汗を拭った。もう既に時刻は十時前。太陽はほぼ昇っている。時間は早くとも俺達の挨拶は十時前からおはようございますからこんにちはに切り替わっていた。何しろ、俺達は四時半に起きているのだ。平日七時に起きていると考えたら体感時間は正午を過ぎてある。山にいると短い時間も長く感じる。
道は下り坂に遷移し、分岐を左に曲がった俺達は視界に今にも見えそうな日出雲峠に向かって足を進めた。周囲にはアカマツの木が生えている。そして、右側には杉の群生林左には笹が分布している。植生がまた変化して来たな。俺はそう思いながら木の階段で舗装された登山道を下った。
そして、俺達は日出雲峠に無事到着する。時刻は十時。昼飯には早いが、朝飯を食った時刻からの経過時間から計算すると昼飯には良い時間帯だ。日出雲峠は大きく開けた広場の様な場所で、ベンチも設置してあった。管理センターの方へと向かうルートの方にはトイレと小屋がある。先生の指示でご飯タイムにありつけた俺達は飯の前にトイレへと向かった。登山中のトイレは貴重だ。体から大量の汗が流れ出る為尿意は殆ど感じないが、行ける時に行っておきたい。
「トイレ行ってきます」
「おう」
ザックをベンチに立てかけた俺は鬼登先輩にトイレに行く旨を伝えてトイレへと向かった。
「山川〜連れション行こうぜ」
変な連れも付いてきたがな。
「うわっ!」
トイレに駆け込んだ俺はトイレの天井を見て思わず引き下がった。蛇である。体長二メートルは在ろうかと言う蛇が天井から俺達を見下ろしていた。
「おい!」
「どうした?」
入り口で止まっている俺を他所に茂木はトイレの定位置に着き、股間から勢い良く尿を放出する。あいつ気づいていないのか……。俺は蛇の様子を伺いながらもゆっくりと茂木の隣に入って耳打ちした。
「上に蛇いるぞ」
「え、ええっ!?」
茂木は俺以上に驚き、周囲に尿を散らした。尿の臭いが嫌だったのか蛇は舌をチラチラさせながら頭を天井裏へと竦める。俺も冷静な訳では無い。だが、蛇が毒ヘビでは無かった為そこまで焦る事は無かった。
「大丈夫。アオダイショウだから毒はないよ」
「そうか」
アオダイショウは青みがかった鱗を持ち、臆病な蛇で人を襲う事は少ない。以前俺はシマヘビを触らせて貰った事がある為そこまで恐怖心は抱かなかった。
だが、茂木の様子を見るに茂木は本物の蛇を見るのは初めての様だった。それ故の反応だろう。誰でも蛇を見たら怖いのは常識だ。だが、その一般的認識は比較的間違ってはいない。
毒ヘビで日本で見かけられるのはマムシとヤマカガシのみである。大抵蛇に咬まれた直後は腫れなどはあまり起こらない為、重症化の判断不明。それ故に応急手当だけで済ます場合があるがそれは危険だ。
ヤマカガシの場合は腫れや痛みは殆ど無いものの、数時間経過した後に重篤な症状が現れる。ヤマカガシの毒は血液中の成分を壊し、出血させる。それ故に急性腎不全や、出血傾向……要するにどこも怪我をしていないにも関わらず血が止まらない状態に至る為非常に危険だ。
マムシの毒の場合は痛みと腫れが現れる。そして、ヤマカガシと同じ様に身体は出血傾向を催す。その為蛇などに咬まれた場合は冷静に対処する事が大事だ。
山で出来る方法はいくつかある。その内の一つが救助要請である。まず救助要請をする前に患者は仰向けに寝かせ骨折と同じ様に対処する。咬まれた四肢を動かしてしまうと毒の回りが早くなってしまう為この処置を取る事が大切だ。
対処法を問い合わせる際は日本蛇族学術研究所、日本中毒情報センター 大阪中毒110番、つくば中毒110番などが良いだろう。(これは実際に存在します)。
後は患者の呼吸、循環、気道などを確認する事である。異常が現れたら救急マニュアルに沿ってその症状に対処するのが望ましい。そこで最後に注意点だ。ポイズンリムーバーや口で毒を吸い出すと言うのは実はあまり効果が無い。特に口で吸い出すのは雑菌の感染もあれば口の傷口から毒が入る事もある為危険である。
それに対処の間違いで多いのが、毒を全身に回らせまいと蛇に咬まれた場所よりも心臓側を紐などで結ぶと聞いた事があるかもしれないが、それはやってはいけない。その行為は四肢の組織障害や、壊死などを誘発させてしまう。余計な事はしない方が良いのだ。
ヘビ毒は危険です。咬まれた場合、無毒ヘビだと言う確証が持てなければ即座に蛇学に詳しい方などに連絡して下さい。それ位危険です。
下記に対処法が分からない時の連絡先を載せておきますが決して悪用はしないで下さい。
(財)日本蛇族学研究所 0277ー78ー5193
(公財)日本中毒センター 大阪中毒110番(24時間対応)072ー727ー2499
つくば中毒110番 (9時〜21時対応) 029ー852ー9999




