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監査役香取辰雄  作者: 葉月太一
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監査役 香取辰雄

  監査役香取辰雄 (1)

             

             作 葉月太一


  第1場

   女子工員の高橋春子と猿渡澄江が上手より登場。

  二人は、日美工業日南工場の検査部門に所属している。

  春子は、「仲間」という社内広報誌を手に持っている。


澄江 「春子、手になに持ってるの?」

春子 「社内広報よ。コンプラ、、、コンプライスの特集が、、、」

澄江 「春子、コンプライアンスでしょう」

春子 「そうそう、コンプ、ライアンスの特集が載ってるんで」

澄江 「なんか面白いことでも載ってた?あたしも読んだけど」

春子 「面白いというか、なかなか意味不明というか、、、」

澄江 「どれよ、どこよ?」

春子 「詩のようだけど、、、」

澄江 「ああ、あれね。朗読してみなよ。声に出した方が、

  解るかもヨ。」 


  (二人は外のベンチに腰かけて、春子が朗読する)


 「コンプライアンスを着てしまえ!」


コンプライアンスを着てしまえ


コンプライアンスを身に着けたら

なにか、もやもやが消えました

さっきまであったギクシャクしたものが

スーッと消えてしまいました

そして、

「普通のことなんだね」

「シャチコバラナクていいんだね」


コンプライアンスを身に着けると

ちょっぴり勉学心も出てきました

世の中では、

「知らなかった!」では済まないことも多いから

  社会人として、企業人として


コンプライアンスを身に着けると

変に片意地を張らずに

まるで呼吸をするように


コンプライアンスを身に着けることによって

どこででも自然体に戻れる

ピュアで、真面目で、そしてやさしい


コンプライアンスを着てしまおう!


春子 「コンプライアンスって何なの?」


  (春子は、次の詩も読もうとする。澄江はそれを遮って、)


澄江 「次の詩は私が読むわ、あなたは頭がこんがらがって

   いるでしょうから、、、。


   「嘘の種」


日々の仕事の時に

たとえば寸法取りのときに

「まあ、これぐらいはよかさ」

たとえば材質などで

「客はわからんさ」「よかよか」  

はたまた駄目出しを無視して

「急ぐからしょうがないやろう」

「予算も無いしな」等々

時々、あるいはまれに、ありませんでしたか?


まれでも、あってはいけません

でも、こんな話も出てきますね

「やり直したら原価が上がるんですけど、いいですか?」、と聞いたら

「上司は『やり直さなくていい』と言ったんですけど、、、」

「それでいいんでしょうか?」


  (澄江は、自分のことのように、経験談を語るように朗読を続ける)


皆さん、

悪い事は、いつか必ず表面化するって事ご存知ですか?

ばれちゃうってことです

悪い事は、

隠せば隠すほど大きくなっていくんです


これまでも何度も目の前の利益を考えて

「苦し紛れに嘘をつきたい衝動」に

駆られた時は無かったですか?

そういう時は、

あなたもあったでしょう

上司に「黙ってやれ!」と言われた時もあったでしょう


そんな時はいつもハラハラしていたでしょう

あれで良かったんだろうか?

良い訳がない!

眠れない時もあったでしょう

気になって、気になって、

眠れない時もあったでしょう

もうそんなことは、もうやめましょう


それは、小さなうその種だから


嘘の種って、聞いたことありますか?

外面は繕っても、

嘘の種は時間がたつにつれて

どんどん育っていくんです

そして嘘の芽を出して

嘘の華を咲かせるんです

嘘の華は大きくなって表に出たときは

あなたは、大きな罰を受けるのです!


そうだ、これからは

間違ったら絶対に繕わずに

すぐに謝るんだ

直ぐに正直に伝えるんだ

自分にも、そして上司にも

そう、上司の嘘の種も表に出すんだ


そうすれば、きっと、心の健康を守れるぞ!


  (澄江の朗読が終わると、春子が語り出す)


春子 「澄江が読んだ詩を聞いてて、なんとなく解ったわ。

   あたしが読んだ詩では、それこそ、もやっとしてたけど、

   コンプライアンスがどうのこうのじゃなく、普通の事を

   していればいい。嘘をついてはいけない。悪い事は悪い、

   と言っていればいいんだね。自分のことはいいんだが、

   上司の悪い事は、言いにくいね。勇気が要るね。」

澄江 「そうなだよねー。上の人や先輩のは言いずらいね。 

   でも、頑張りましょう。そうでないと、兵庫製鋼所や

   産日自動車のようになるわよ。大手の不祥事だけど

   間違いなく『小さな嘘の種』からよ。

   小さな嘘の種が、『大きな嘘の華』を咲かせたのよね。

   産日自動車だけでなくオリオン自動車もって言うんでしょう。」



  第2場

   新年の年頭会議場。中央の演台で香取辰雄が話している。

   香取は、8月の株主総会で常務取締役を退いて、9月より

   監査役になっている。


香取 「、、、新年の挨拶はこれぐらいにして、監査役就任の挨拶を

   致します。改めて、昨年の9月より監査役に就いている

   香取です。宜しくお願いします。

   監査役と言いますと、会計監査が主でしたが、昨今、

   業務監査が重要視されるようになりました。言うまでもなく、

   色んな所で不祥事が多いからです。大手企業もしょっちゅうと

   言っていいほどですね。その点は、わが社も安心できません。

   「うちの子に限って、、、」という台詞がよくありますが、

   「うちの社員に限って、、、」と言いたくないですね。

   と言いますのは、わが社も日美工業本体は600人、関連会社を

   入れますと1000人以上になろうとしています。大体1%は

   おかしなのが居ると思って間違いありません。さしあたり

   わがグループでは10人位でしょうな。今お集りの幹部諸君は、

   念頭に置いといてください。

   また、幹部諸君が長年続けてきた仕事のやり方が原因に

   なってる場合も多いですよ。プレーヤーだけではなく、

   マネージャーやシステムが原因の場合も多いです。

   最近では、兵庫製鋼所の検査書類の捏造や改ざん、

   産日自動車の無資格者の検査業務がありました。

   あるいは、広告業界や放送業界では長時間労働に疲れての

   鬱病と自殺者がでています。

   わが社ぐらいの規模では、監査というと会計監査だけで、

   業務監査はゼロに近いんですが、先程言いました様に、

   グループ総勢1000人にもなりましたので、今年を、

   『コンプライアンス元年』と銘を打って業務監査をする

   ようにしました。

   ついては、私が、皆さんのところまで出向いて監査致します。

   年に1,2回往査いたしますので、よろしくお願いします。

   恐らく、今ここに居る皆さんは、知っていると思いますが、

   私は、わが社の営業端を30年以上携わってきました。

   また、製造事業部もやりました。総合本部も常務取締役

   もやりました。日美工業の事は、隅から隅まで知っています。

   したがって、業務監査は私が適任でしょう。

   ところが、、わたしは、営業を30年以上やりましたので、

   その私がコンプライアンスを口にするのはおかしいと

   思う人は多いでしょう。営業端出身者の業務監査?って、有り?

   確かに私は色んな事をやってきました。

   刑務所の塀の上を歩いていた様な事もありました。

   チョッと押されたら、塀の向こう側に落ちかねないことも

   ありました。

   幾晩も遅くまで、飲み歩いていたこともありました。会社の金で、、、。

   勿論、言うまでもなく、会社の仕事としてではありましたが、

   今の時代から考えますと、確かに異常だったかもしれません。

   しかし、だからこそ、酸いも甘いも知っている私が、

   監査役に適任なのです。

   いいですか?コンプライアンスとは、

   法令だけではありませんよ。『法令等』遵守です。

   この『等』が厄介ですからね。いいですね。

   ぼちぼち、一緒に勉強していきましょう!

   以上で『コンプライアンス元年』の私の挨拶を終わります。」



  第3場

   懲罰委員会である。懲罰委員5名と香取監査役の6名。

   舞台下手、別室に2名がいる。酒気帯び運転とセクハラの

   2件の審理である。委員長は青木社長。


委員長 「それでは、先程話し合った通りの処分で決定したいと

   思いますが、よろしいですか?、、そうそう、香取監査役は

   どうですか?」

香取 「私も話していいですか?」

委員長 「ええ、構いませんよ。監査役には議決権はありませ

   んが、意見は構いませんよ。どうぞ、遠慮せずに。」

香取 「それでは、一言。私は、二人への処分は甘過ぎると

   思います。」


  (委員長、露骨に嫌な顔をする。ほかの委員は皆、顔を上げて

   香取監査役を凝視する)


香取 「甘過ぎると言うより、誰かの裁量が入り過

   ぎているように思います。『コンプライアンス元年』の

   最初の懲罰委員会が、こんな調子じゃ、先が思いやられます。

   社員が100人位の頃と同じです。」

副委員長 「それはどういう意味かな?」

香取 「嘆願書が出ているって聞いて、びっくりしました。

   聞くところによると、嘆願書は、誰か然るべき人の

   サゼッションがあったからとも聞こえてきました。

   また、お客さんに無理強いされたからとかいって、

   懲戒解雇は、忍び難いので処分は軽減しよう、と温情論が、

   出たとも聞きますが、私は、ルール通り処すべきと思います。」


  (全員沈黙。各委員の視線はマチマチ。)


委員長 「監査役、何事もルール通りにするなら、委員会は

   開かなくてもいいんじゃない?」

香取 「仰る通りです。恐らく、事務局はルール通りに懲戒解雇

   を出したのでしょう。しかし、嘆願書が出たからと言って、

   罰を軽減するのでは、前例を作ってしまいます。

   ましてや、誰かのサゼッションというのでは、7年前に

   改正した酒気帯び運転の罰則規定を形骸化すること

   になります。毅然として、ルール通りに履行すべきと

   思います。

   更に、今一つのセクハラについての処分も甘過ぎます。

   県警に私の友人がいますが、その彼は、『話を聞く限り

   においては、外で同じ様な行為をしたら、間違いなく

   痴漢として逮捕されるね』と言ってました。それほど

   ひどいものと思います。

   それも、一度や二度ではなかったと聞きます。その結果、

   本人は、心療内科通いとなり、通勤もままならず、

   依願退社の届も出ていると聞きます。ヘルプラインの

   担当がヒヤリングしたようですが、事を荒立てたく

   ないからと言って、本人は、退社に決めたそうです。

   私としては、間接情報ですので、これ以上のことは

   申しませんが、単なる減給だけでは軽すぎると思います。」

委員長 「香取監査役、もういいです。それくらいでいいです。

   意見を求めたんであって、それ以上の事はいいです。」

香取 「はい、しかし、最後に一言。」

委員長 「香取君!もういいです!」

香取 「いえ、言わせてもらいます。今回の2件の由々しき事態は、

   全社員が注目していることだけはお忘れなく、社員だけでは

   ありません。特に、酒気帯び運転による事故は、新聞にも載りました。

   ですから、あちこちで、会社側は、いや、日美工業はどうすらか?

   という眼でみているはずです。」

委員長 「監査役、ご意見ありがとう。あとは、私に一任させて

   ください。皆さんよろしいですか?、、それでは、ほかに、

   何か、ご意見ありますか?」


  (全員沈黙。それぞれ、下を見いたり真正面を向いたり、

  委員長は眼を瞑って、上を向いている。)


委員長 「この委員会を、次回に持ち越す訳にはいきませんので、、、、

    この場で、結論を出しましょう。、、、、

    それでは、このようにしましょう。懲罰委員会の出した

    内容と異なりますが、社内規則に則って、酒気帯び

    運転者松坂君は、懲戒解雇といたします。但し、懲戒解雇者には

    退職金は支給しませんが、今回は半額支給します。

    セクハラの比留間君は、減給処分といたします。ついては、上司の

    日常における監督不行き届きもありますので、更に減給者は、

    彼の上司まで及ばせます。つまり、課長・部長・本部長と

    私、社長まで一定の減給をします。更なる詳細は事務局に委ねます。

    なお、この件については、つつみ隠さず社内掲示板に貼り出して

    広報します。、、、以上で、懲罰委員会を終了します。」

     

              (つづく)

    






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