断片:教会堂
教会堂を訪れた巡礼者と神父のはなし
教会堂はアーチで覆われていた。
1段目のアーチの上に、少し小さなアーチがのり、その更に上にもう少し小さなアーチがのって、果てしなく、アーチが続いていく。
1段目も、その上も、その更に上の段も、アーチの数は変わらない。
そのために、教会堂は、上に行くに従って、先細りしていく。
アーチはどんどん細かくなって、ついに、レースのように、小さく、細かくなっている。
教会堂は、今も建設中だった。
教会堂の脇には、建設のための、仮設の、足場がかけられている。
足場は、途中で折れ曲がり、教会堂のその頂点には、足場から神父が一人、ロープで吊り下げられている。
黒い服を着て、白いひげを長く伸ばした、細身の神父だった。
ロープで吊られた神父はアーチのてっぺんにピンセットで、小さな砂粒をおいていく。
その砂粒が、教会堂のてっぺんの、とても、とても小さなアーチをつくっていた。
体を動かすたびに、ロープで吊られた神父の体は、ゆらゆらと揺れる。
神父が揺れが納まるのをじっと待って、ピンセットで摘まれた砂粒を教会堂のてっぺんへ、置こうとする。
その動きに反応して、ロープで吊られた神父の体は、またゆらゆら揺れ始める。
神父はそれが納まるのを、じっと待つ。
一人の巡礼者が教会堂を訪れる。
巡礼者は教会堂を見上げる。
頭上高くに、ぷらぷら揺れる神父が見えた。
「これはこれは、神父さま、神父様はいったい何をなさっているのですか?」
巡礼者は声を張り上げる。
「おや、これはこれは、君は巡礼の者かい?今は建設事業の真っ最中じゃ。」
神父も大声で応える。
「はい、神父様。しかし、ここからでは、ずいぶんと声が聞き取りづらい。下りて来て、お話を聞かせて下さいませんか?」
「悪いが、今は、手が離せん。悪いが、ここまで、教会堂を登ってきてはくれまいか?」
「わかりました、神父様。」
巡礼者は答えると、教会堂を登りだす。
教会堂の中は、ぐるぐるぐるぐる、らせん状にスロープが昇っていく。
巡礼者はずんずん教会堂を登っていく。
ずんずん巡礼者は登る。
それから5年が経ち、10年が経つ。
巡礼者は未だに、スロープを登り続けている。
さらに10年がたち、20年が経つ。
巡礼者は未だ、登り続ける。
さらに20年が経ち、30年が経つ。
巡礼者は、もうヨボヨボの老人になっていた。
どうして登り始めたのかも、覚えていない。
代わり映えなく続くアーチと延々と続くスロープ。
ふと、アーチの外に、巨大な、黒いものが見える。
外をのぞいてみれば、山のように巨大な男が、ロープに吊り下げられてぶら下がっている。
手には巨大な、家をまるごと摘めそうなピンセットを持ち、その先には巨大な岩が摘まれている。
「ほう、これはこれは、君はさっきの巡礼者かい?」
巨大な男は地鳴りのような声で言う。
巡礼者の男は、もう、なぜ教会堂に登り始めたのか、覚えていない。
少し、ボケも始まっている。
「せっかく、ここまで来たのだ、少し話そうじゃないか、おやっ」
巨大な男がそういったところで、巨大なピンセットの先の、巨大な岩を取り落とす。
その岩は真っ直ぐ巡礼者のところへ落ちる。
巡礼者は、避ける暇も無く、大きな岩に押しつぶされた。
「これは、いけない。落としてしまった。」
そう言って、吊り下げられた神父はピンセットで落とした砂粒を拾い上げる。
そうして、その砂粒を、何事もなかったように、教会堂のてっぺんへ置こうと、体を動かす。
それで、神父の体はゆらゆら揺れる。
神父はじっと、揺れが納まるのを待つ。
そして、もう一度、教会堂のてっぺんへ砂粒を置こうとする。