第8話
1週間なんてあっという間。新人歓迎会という名のただの宴会に嫌々行くことになったけど、何だか嫌な予感がする…。
「柳井、あと頼むわ!」
越智店長が週報を書き終えると、新人であるアタシを1人残して一足先に新人歓迎会に向かった。
「かしこまりました」
どこの店もシーチングがされ、人の気配がしない。
全然乗り気じゃないけれど、どうせ行くならもっと楽しい気分で向かいたい。
「あ〜、もう!ファックス流れないよ...」
ついつい1人言が大きくなる。
22時を過ぎて見回りに来たガードマンに変な目で見られた。
今頃綾子は、確実に泥酔してるはず。2人で飲みに行っても大体そうだ。大好きな荒木も来ているし、絶対弾けてる...。
「こんな時間に行ったって絶対食べ物ないって...」
とっくに営業の終わった百貨店に1人取り残されたアタシは文句をたれながら会場である近くの安い居酒屋へと向かった。
居酒屋のアルバイト店員とは既に顔見知りになる程通いつめているため、何も言っていないのに奥の座敷に案内された。
「はぁ...」
襖を開けるのを一瞬躊躇った。
予約は9時から入っているはずだから1時間半の遅れがある。みんなのテンションについていける自信がない。
意を決して襖を開けようと手を伸ばした瞬間、視界を遮る物がなくなった。
「あぁ...柳井さん、お疲れ」
古びた座敷の宴会場が全く不似合いな荒木が目の前に立っていた。乱れた長めの前髪をかきあげながら自分の革靴を探している。
「あー、有紀ぃ!荒木店長止めてぇ〜」
予想通り泥酔した様子の綾子が前につんのめった格好で叫んでいる。
「悪いけど先帰るわ…」
不機嫌そうな様子で靴紐を結び直す荒木をぼんやり見ていると、極度に細いギャル男が慌てた様子で走ってきた。彼はひたすら荒木に謝っている。
「荒木さん、ほんとすいません!」
同じ言葉を繰り返す彼が酷く痛々しく見えた。
「佐伯、もういいって…」
荒木は鬱陶しそうに立ち上がると、黄色い歓声に脇目も振らずに立ち上がって帰ろうとする。
「...何?」
急に荒木の視線に捉えられ自分の手元を見てみたら、彼の腕を掴んでいた。
「否、あの...折角だし、もう少し飲んでいきませんか?」
口をついて出たアタシの言葉に、騒がしかった女性陣の歓声と弱々しく謝り続けるギャル男の声が途絶えた。
「マジで?」
「え、あの...」
荒木の表情がパァっと明るくなった。
嫌な予感だ。
「じゃあ折角だし行こうか!」
掴んでいた手を逆に握られて出入り口の方に引きずられていく。
「ちょっと、何?お、越智店長〜」
遠ざかっていく宴会場を振り返ると、ギャル男が申し訳なさそうに顔の前に両手を合わせて何度も頭を下げていた。