第5話
低血圧も相まって、なかなか冴えない頭が寝返りを繰り返しているうちに覚醒していく。見慣れない部屋の様子に起き上がり、辺りを見渡した後で慌てて自分の姿を確認した。
「...やっぱり現実だよね」
何も身につけていない自分の体をさすりながら、断片的にしか覚えていない昨夜の出来事を思い出して自己嫌悪に陥った。
そういえば隣で寝ているハズの川島がいない。まさかラブホテルに置いていかれたとか...。
残酷な結末を想定しつつ、川島を探すために部屋にある戸を1つずつ開けてまわる。と言うのも、昨夜は泥酔していて気付かなかったが、この部屋にはやたらと引き戸がついている。
「何、これ...?」
開けども開けども出てくるのは鏡ばかりだ。ついでにアタシの口も開いてしまう。ベットを取り囲むようについている鏡に自分の間抜け面が色んな角度で映っている。
意識的に再度部屋を見渡すと、やっぱりちょっとおかしい。ベットと言うにはちょっと躊躇う寝具に、気持ちが落ち着かない程鮮やかな朱赤の掛け布団が古めかしく、妙にイヤらしい。
「.........悪趣味」
気を取り直して次なる戸を探して部屋中を徘徊していると、角にある襖の奥から微かに水音が聞こえてきた。
「川島マネージャー...?」
名前を呼びながら襖の奥に進んで行く。忍び足のつもりが板の間が古くて軋み、川島にすぐに気付かれた。
「起きた?一緒に入ろーぜ」
スリガラスに川島の姿が浮かんでいる。褐色の肌が徐々に近づいて、ガラス戸が派手な音を立てて開いた。股間を隠しもせず、濡れた手でアタシの腕を掴むと中に引き入れる。
「キャーッ!」
体を隠すようにその場にしゃがみこむ。
「何恥ずかしがってんだよ。昨日がっちりヤッてんだから...」
「わ〜!何を言ってんですか!!」
恥ずかしくて、しゃがんだままゆっくりと上目遣いに川島を確認する。湯船に浸かり、バスタブに腕をかけ、その上に顎を乗せてこっちを見て苦笑している。
「変な奴...」
「あっち向いてて下さい」
背中を向けた川島を確認して立ち上がろうと視線をそらしたが、直ぐに振り返る。
「!!」
広い背中に浮かぶ藍色の双頭の龍に目が釘付けになった。初めて目の当たりにした刺青に恐怖で声が出ない。力強く刻み込まれた龍に睨まれているようで膝がわらう。無意識に呼吸が荒くなり、その場で固まって動けなくなった。
「何ボーっとしてんだよ、早くしろよ」
川島の声に我に返ると、物凄い勢いで髪と体を洗った。気を使って後ろを向いたまま待機してくれているのが逆に恐い。
「あのぅ...終わったので先に出ますね」
再び背中の龍に釘付けになり、譫言のようにそう言って立ち上がると、湯船のお湯が高い音を立てて揺れた。
「いいからこっち来いよ」
「......ですよね」
結局川島の足の間に座るように手招きされて、断る事も出来ずに従った。
川島の足の間で小さく固まったまま大人しくしている。色んな噂をジャブ程度に聞いていたから余計に想像が膨らむ。本当はそっちの筋の人なんじゃないか...とか。
「お前、名前何だっけ?」
アタシの長い髪の毛が湯船の中を泳いでいるのを指に絡めながら川島が言った。
「......柳井です」
「それは知ってる」
川島の手がアタシの頭を撫でる。それは緊張を解きほぐすようなゆっくりとした動きだった。
「あ、有紀です」
「......有紀、もう一回やっとく?」
川島の誘いが耳の奥で甘い痺れになってアタシの幼い性欲を刺激する。
何でだろう?
凄く恐いはずなのに、徐々に癒されていく感じ。これが大人の包容力ってやつなのか...?