第18話
まだ出勤者の少ないフロアーに全力疾走の足音が響き渡る。
怒りに任せて走ったはいいけれど、こんな場所で荒木にどんなふうに接したらよいのか分からない。
冷静になると、髪を乱した顔色の悪い鏡の中の自分と目があった。
いかんいかん…
このまま怒鳴り込みなんて荒木の思うつぼかもしれない。
やっちゃったのは本当だっていってるようなものだ。
乱れた髪を手ぐしでとかし、掃除の支度を始めた。
「お、おはよう」
足音につられてた誰か近づいて来た。
「おはよう…ございます」
売れないボーイズのスタッフのような男…確か荒木の部下だ。未だに名前も覚えきらない。
荒木の部下だったら何かしら聞いているかもしれない。でももしなにも知らなかったら墓穴を掘ることになる。
アタシ達は挨拶したままお互いの顔色を探るようにそのまま立ち尽くした。
「あの…」
「この前…」
同じタイミングで喋りだしお互いにアワアワしながら譲り合った。
見た目はチャラチャラしてるけどもしかしたらちゃんとした人かもしれない。
おおよそ見た目からはかけ離れた気弱で草食動物のような物腰の彼の人柄判断をしていると唐突に頭を下げられた。
「綾子と…付き合うことになりました。だから店長との事は気にしないでって綾子からの伝言、です」
綾子の気遣いに胸が痛んだ。
それでもここは否定するしかない。だってアタシは荒木が好きではない。
根本的な問題だ。
「ありがと。でも、違うから。」
不思議そうに首を傾げる。
確かに。荒木がアタシを拒絶するならともかくアタシが荒木を振るなんて想像できないのかもしれない。
そりゃアタシだって至近距離で甘い言葉を発せられた時はぐらついた。
この先荒木みたいなイケメンに言い寄られる事なんて二度とないと思う。
だけど違ったんだもん。
しょうがないじゃない。
なにかを取り繕うみたいに出したくない答えを否定しながら堂々巡りする。
「おはようございます」
気がつけば川島が目の前を通りすぎていった。