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第15話

 見もしないテレビをつけてぼんやりしていた。

 国内の悲惨なニュースが右耳から左耳へと通り抜ける。


 とっくに7時は超えている。

 この部屋に1人でいる間に、アタシはすっかり病んでしまった。


 玄関の方からドアノブを回す金属音がして荒木の帰宅が分かったけれど、アタシには動く気力も体力も残っていなかった。


「ただいま」


 電気もつけずに暗闇の中でテレビの明かりに照らされているアタシの頭を、荒木の大きな手のひらが優しく撫でる。


「おなか減ったでしょ」


 そう言って渡されたコンビニの白いビニール袋の中にはおにぎりとサンドイッチとアタシがいつも夕方の休憩中に飲んでいる缶コーヒーが入っていた。

 おもむろに取り出したおにぎりを食べていると、着替えを終えた荒木が後ろから抱きついてきた。

 お腹にまわされた腕から荒木の体温が伝わってくる。


「今日も泊まっていく?」


 耳元で囁かれる甘い言葉も、今は食欲に押されて何も感じない。


「食べたら帰ります」


 3分もかからないうちに完食し、更に缶コーヒーを一気飲み。

 荒木の驚きの表情もなんのその、食後の一服までしようとする始末。


「あ、もうタバコ切れちゃったんで一本下さい」

「あぁ、はい...」


 呆気にとられている荒木を後目にぷかーっと鼻から煙を吐き出した。


「じゃ、アタシ帰ります」

 単純なアタシはおにぎりのおかげで体力が回復し、お腹にまわされた腕を振り払い何事も無かったように立ち上がって玄関へと向かう。


「あ、ちょっと待って!送ってくよ」


 何度も断ったけれど荒木が送ると言ってきかない。

 飲まず食わずで長時間待たせてしまった罪悪感からか?

 駅まででいいと言うアタシに家まで送るの一点張りだ。


「だって、昨日から風呂入ってないんだよね...。顔も...酷い事になってるよ」


 言いにくそうに渋い顔をする荒木に若干思い当たる節があり、洗面所まで小走りで戻って備え付けの鏡を覗き込んだ。


 落ちにくいマスカラが微妙に落ち、ファンデーションも重ねて塗りすぎてムラがある。何より、初夏の熱気で髪の毛がペタンとしてかなりオイリーだった。


「キモイ...」


 鏡に映った自分の姿にショックを受けながら荒木の元に戻ると、情けない声を出した。

「送ってもらいます...」


 不愉快なくらい荒木が大声で笑った。


「りょーかい」



 荒木はマンションのエントランスの横にある駐輪場に入り、脇にある自転車を退かしながら割と大きめなバイクを押し出した。


「はい、これ被ってね」


 ご機嫌な荒木の笑顔に押され気味で訳も分からずヘルメットを渡される。


「え、アタシも?」

「そう。俺捕まっちゃうからね」

 仕方なく渡された半分だけのメットを被ると荒木が顎ひもを調節してくれる。



 エンジンを吹かし、指で後ろに乗るように合図する。

 タイトスカートを下着が見えるギリギリまでたくし上げ、荒木の後ろに跨った。


「家どこ?」

「下北です」


 マフラーを弄ったせいで爆音が響き、声を張り上げないと話しも出来ない。

 振動が背骨を伝って全身に響き、アドレナリンが出てくるのが分かる気がした。

 なるべく荒木に触れないように肩に手を置いていたら、その手を掴まれて腰に持っていかれた。



「肩じゃ危ないって」


 メットからはみ出した荒木の長めの前髪が靡いてちょっと格好いいな…、なんてときめいてしまう。


「しっかり捕まってて」




 バイクは住宅街をあっという間に抜けて、246号を横切った。自動車で渋滞している道をするすると通り、風を切って進んで行く。

 ぴったりと密着した荒木の背中から心臓が脈打つ音が直に伝わってきて不思議な気持ちになった。



 結局マンションの前まで送ってもらってしまった。


「ありがと…」


 そそくさと降りてメットを外して手渡した。密着感が今更気恥ずかしくて俯いたまま歩き出したアタシに、荒木が声をかける。


「よかったらお茶でも…とかないんだ?」


 少し立ち止まって考えて振り返る。

 それって図々しくないですかね…?

「ないです」


 荒木は鳥の巣みたいな頭にムスッとした表情のアタシを愛おしげに見詰め、また明日ね、と言って手を振った。

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