第14話
猛烈に喉が渇いて起きた。
就職して早1ヶ月半。
その間酒のせいで記憶も所々抜け落ち、現在地が分からないという悲劇に見舞われた回数2。
最悪だ…。
昨夜というか、今朝方というか、荒木との甘く激しい時間は夢だったと信じたい。
だけど、何も身に纏っていない自分の姿に撃沈した。
「あ゛〜もぉ…最悪」
荒木の姿を探して辺りをキョロキョロ見渡すが、どうも不在のようだ。
ベッドの上からも見える冷蔵庫を目指して体を起こそうとした時、股間に不快感を覚えて身震いした。
「なに、これ...」
太股の内側に伝う白濁の粘着質な液体を指で拭い、鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。
クサイ...イカ臭い...
荒木との行為の証しがまだ体内に残っていた。
「アイツ...中で......」
非道な扱いに自分の身を案じて溜め息ばかりが出る。
煙草に火を点けて大きく吸い込むと、ゆっくりと鼻から煙りを吐き出した。
重い腰を叩きながら冷蔵庫を漁り、ドアポケットから水のペットボトルを取り出してラッパ飲みする。
少しずつ冴えてくる頭に怒りの二文字が浮かび上がる。
「ムカつく」
文句を言う相手も居らず、独り言を呟きながらバックの中から携帯を取り出すと、着信を知らせる青いランプが虚しく光っている。確認すると、発信履歴の一番新しい番号と同じ番号が着信履歴に残っていた。
川島だった。
不意に罪悪感に苛まれた。
別に川島と付き合っている訳じゃないのに、後ろめたさを感じている自分がいる。
慌てて床に揃えて置かれた自分の下着と服を身につけた。
携帯のデジタル時計は13時と表示していた。
途端にお腹がへってきた。
ここが何処なのかも分からず、今まで使った事もない携帯のGPSで調べてみる。
まさか、こんな状況で使う事になるとは...。
「はぁ...軽率だった...」
二度と酒は飲まない、と固く誓った時、この家の電話が鳴った。
割と大音量の機械音に驚いて、とっさに受話器を取ってしまう。
「......もしもし、有紀?」
受話器の向こう側から聞き覚えのある声がした。
「誰?」
「そこ、うちだし」
不躾な質問にも淡々とした口調で答えている荒木が、昨日までとは違ってやけに馴れ馴れしく感じる。
「ってゆーか、今どこにいんのよ!」
人の家の電話に勝手に出ておきながら怒りは止まらずに噴火状態。
なに下の名前で呼んでんの?
「今休憩室。今日早番で上がるからそれまで待っててよ。鍵1個しかないからさ」
文句を言おうとした時、通常より2倍増の声で荒木が脈絡のない事を言い出した。
「シャワーはキッチンの脇の壁についてるスイッチ入れればお湯出るから!......じゃあ、大人しく待っててね、有紀!」
遮られて口をパクパクしたまま電話は一方的に切られた。
「有紀って呼ぶなーっ!」
既に繋がっていない相手に向かって叫ぶと、乱暴に受話器を置いた。
どうやって夜の7時まで時間を潰すか途方に暮れる。
いっそのこと鍵を開けたまま家に帰ってやろうかと何度も考えたけれど、気の小さいアタシはそれも出来ずに荒木の帰りをただひたすら待った。
しばらくはテレビをつけてボーっとしていたけれど、家主不在の部屋がどうにも落ち着かなくてうろうろと歩き回り物色し始める。
深いネイビーのカーテンは1日中閉じたままで、真っ暗な部屋の中にはモノトーンで統一されたシンプルな家具が必要最低限置いてある。
海の底にいるみたい...
今こうして1人部屋にいると凄く寂しくて疎外感をも感じ、同情にも似た感情が生まれてくる。
荒木の飄々としたクールな雰囲気は、この部屋の中にいると違ったものに感じられた。
「…寂しいのかな?」
ノートパソコンを置いた片付いたデスクの前に座って、電源を入れる。
徐々に荒木がわかってくる。
お気に入りに入ったサイトはバイク関係と、クラブ関係、結婚に関するものだった。
無機質なオーラの内側に隠された等身大の20代後半の男性そのままだった。
見てはいけない部分を見てしまったような気持ちになり、すぐにパソコンの電源を落とし、部屋の真ん中に体育座りをする。
一度かいた汗が乾いてベタついた肌をさする。
許し難い事をされたのに、荒木を嫌いになれない自分に気がついた。
「絶対同情だよ...」
気がつけば7時まであと30分を切っていた。
結局よくあるパターンで事を運ばれてしまったけど、思わぬ方向に感情は傾いてしまう!?