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第11話

 店を出ると、辺りは真っ暗で人通りがない。遠くに見えるコンビニの灯りだけが目立っていた。


「家、何処だっけ?」


 背の高い荒木の2、3歩後ろを歩く。

 荒木もかなり酔っているのか、ゆっくり歩いてはいるけど歩幅が違い過ぎてついて行くのに必死だ。


 スーツを着た後ろ姿をぼんやり見詰めた。


 細長いシルエットに艶やかな黒髪、少し猫背だけどそれがまた絵になるって感じ。


「ねえ、聞いてる?」

 考え事をしていたら、足が止まっていた。

 でもどこかしっくりこない。


 レザーソールの高く響く足音も、海水で少し痛んだ茶色の長い髪の毛も、背中から滲み出る憂いも、そこにはない。


「ねぇ」


 大きな声で呼び掛けられて、少しあいた距離を戻ってくる荒木の無表情を見上げた。


「誰の事考えてた?」


 荒木の眉間に深く皺が寄った。

 問いかけに押し黙ったままでいるアタシを、確信を持った言葉で射抜く。


「当ててあげようか?...川島だろ」



あの日偶然に荒木は見てしまった。

何度誘っても断られた柳井が、川島に肩を抱かれながら自らの行きつけのクラブにやって来たのを。

その日は久しぶりに大学時代からの仲間とオーガナイザーとしてDJブースにいたから見たくなくても見えてしまった。


川島が柳井の唇を奪った瞬間を…


その場面が脳裏に焼きついて離れなくて、刺のある言い方になってしまう。

そんな自分に余計に嫌気が差すというのに。





 霞がかかっていた視界が一気に晴れた。

 それと同時に感じ続けていた違和感が理解出来る。



 アタシが今まで一緒にいたのは荒木さんで、川島さんではないってこと。

 ずっと川島さんの影を追い求めていたってこと。



「...何も言わないって事は図星?」


 慌てて頭を横に振った。


「いえ、そんなんじゃありません」




「じゃあ何考えてた?」


 前に立ちはだかった荒木の不機嫌な顔を直視出来ずに下唇を噛んで俯いた。


「今まで飯食って、酒飲んで、話して...俺といる間にずっと川島の事考えてたんだろ?」


 苦しくて、怖くて、アタシは俯いたまま頭を横に振ることしか出来なかった。


「何か言えよ」


 荒木の大きな手がアタシの両肩を掴んで揺さぶった。


「......ごめんなさい」

 やっと絞り出した声はとても小さくて、聞き取る事さえ困難な程だ。


「......勝手にしろ」


 掴まれていた肩から手が外されて熱が逃げていく。

 立ち去っていく荒木の足音が徐々に遠くなり、アタシは極度の緊張から解放されてその場にしゃがみ込んだ。

 辺りを見渡しても人通りは無く、一列に並んだ街灯が涙でぼやけて見えるだけだ。


「もぉ...ここ何処よ...」 

 時計を見ると、日にちが変わっていた。今から駅を探して...なんてやっていたらもう終電はなくなるだろう。

 途方に暮れて暫くうなだれていた。


 タクシーさえ通らないこの場所で、為す術もなく携帯を弄っていた。


「そうだ...!」


 川島に貰った名刺を財布の中から取り出した。

 自分からかけることはないと思っていたから登録せずにいたが、名刺の裏に電話番号が記されていた事を思い出し、出てくれる事を祈りながら電話をかけてみる。

 だけど、そんなアタシの想いは届かずに6回コールの後留守電に切り替わった。

 諦めて携帯をバックの中にしまい、深く溜め息をついた。何だかそれだけで幸せが逃げていく気がする。


 体がだるい。

 悔しいやら切ないやら、アルコールで高ぶった感情をコントロール出来ずに涙が次から次に溢れ出てくる。


 不意に自分以外の人の気配がして顔をあげると、髪を乱し、息を切らした荒木が立っていた。


「...まだ何か用ですか?」


 怒らせてしまった荒木を睨みつけ、気丈に振る舞ってみる。

 だけど、荒木から先程の怒りの感情は見受けられなかった。


「ゴメン。俺...やっぱり、柳井が好きだ...」



 ストレートな告白に回転の遅い頭はパニックを起こした。

 涙でぼやけた荒木の輪郭が、徐々にはっきりしてくる。一重だけど黒目がちな大きな瞳も、鷲鼻一歩手前の高い鼻も、肉感的な下唇も、全てのパーツがイケメンな要素で、完璧な顔に目が釘付けになる。



CGアイドルみたい...肌も凄く綺麗...



 荒木の顔に見とれていたのも束の間で、唇に感じる柔らかな感触に我に返った。




川島も勝手だけど、荒木もかなりなもんで…。やっぱり、先に唾つけといたもん勝ちって事でしょうか?

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