第10話
思考が全く読めない荒木に振り回される有紀。荒木のホームグラウンドでかなりアウェイな感じは否めない…。
機嫌を損ねてしまった。
もしかして戻って来ないとか、そういうオチないよね...。
「昔はさ、色々あったんだけどねぇ。ここ何年か荒木くん、身持ちが堅いってゆーか...。なんだ...違うんだ」
残念そうに言う葵に今更取り繕ってみた。
「......すいません。でも、荒木さんモテるみたいだから...」
初対面の葵にどう接して良いのか分からず、なるべく目を合わせないようにした。
今更ながら自分の空気の読めなさ加減に嫌気がしてしまう。
沈黙が続き途方に暮れていると、背後から愛想のない声が降ってくる。
「俺の噂?」
心配も必要なかったくらい早く戻ってきた。
アタシと向かい合って座る荒木は、長い脚を持て余し、テーブルの下でしきりに組み直している。本当にモデルみたいだ。
「あ、いえ...」
勝手な事を言って更に事態が悪化するのが面倒で、言葉を濁した。
それなのに葵はアタシの心の叫びを完全無視だ。
「そうそう!荒木くんがフットワーク軽かった時の話とか...」
「そんなの10年前だし...」
2人の会話をハラハラしながら聞いていたが、つき合いが長いらしく、昔を懐かしんでいるだけのようだ。
「相変わらずモテモテ?」
「顔と体目当ての女は寄ってくるけどね。そういうのモテるって言わないっしょ?」
葵のからかう言葉も完全スルーで、イケメンの余裕を見せつける。
「ビールでいい?」
荒木は、2人の会話を他人事のように見ていたアタシに不意をついて話し掛けてくる。
「あっ、はい」
「葵さん、コロナ2個ね。ちゃんと働いてよ!」
なんか、いいな。
気を使わなくて済む行きつけの店があるって、大人な感じがする。
荒木は何品か食べ物を頼み、自分の事を話し始めた。
実家が九州で、大学に進学する為に東京に出てきた事。
趣味は音楽で、今でも大学時代の友達とクラブを貸し切ってオーガナイザーをやったりする事。
30才になったら実家に帰って家業を継がなくてはならない事も。
荒木の話は育ちの良さや、生活の余裕を感じた。全く嫌味っぽくはなかったけれど、自分とは違い過ぎる環境に共感しずらかった。
荒木のビールがなくなった頃を見計らって携帯の時計を見ると、日付が変わる15分前だった。
「終電何時?」
アタシの仕草を見ていた荒木が、思い出したように時計を見る。そんな荒木を見て、すんなり帰れそうで安心した途端に、不覚にも酔いが回ってきた。
あまりの緊張で自分が酒に弱い事をすっかり忘れてた!知った仲じゃない人との酒の席はアルコールとタバコがやけに進む…。