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1話 賢者と魔法律国家

長く苦しい冒険の旅が終わる瞬間を、俺はスローモーションのように眺めていた。

勇者の剣が魔王を切り裂く。鮮血は出ない。切断面からは闇の塊が溢れ出す。

「グオオオ……」

世界中に闇をもたらした大魔王が崩れ落ちる。

勇者も、戦士も、竜騎士も、僧侶も、そして賢者の俺も、皆満身創痍だった。体中に傷を負い、スタミナも闘気も魔力も底をついていた。魔王とはそれほどまでに巨大な敵だった。

「我を倒したところで無駄なことだ……第二、第三の魔王がすぐに現れる……」

その身の大半が霧散する中、魔王は俺たちにそう言い残し、世界から消えた。

やった――

そう言いかけたが、次の瞬間に膨大な光が俺たちを包んだ。

その光量は莫大で、まともに前を見ることすらままならないほどだった。

「うわああああああ!!!」

「なんだこれは!?」

仲間たちが動転する。

この光は一体何なんだ。世界から闇を払った俺達を、光の精霊が祝福してくれているのか。

いや、それにしてはあまりにも輝きが過ぎる。光源を覗こうと腕で光を遮りながら前を見ても、その圧倒的な光の先を見ることができない。

光は強く、強くなっていき、突然の出来事に困惑する俺の思考を阻害するように俺を照らした。



目が覚めるとそこは木漏れ日が差し込む病室だった。

「ここは……」

俺は勇者たちとともに魔王を討ち倒したはずだ。魔王の吐く炎をかき消し、邪眼を凍結させ、そして最後に勇者の一太刀で魔王を両断したのではないのか。

いや、問題はその後に発生したあの光だ。俺たち全員を包み込んだあの謎の光。

あれに飲み込まれた後、俺はどうしたんだったか。

「おはようございます。具合はどうですか?」

俺が思考をめぐらしていると、部屋のドアが開き、一人の女声が入ってきた。

桃色のショートヘアに黒縁眼鏡をかけた、どこかあどけない印象の残る少女だ。年の頃は16あたりだろうか。

「君は一体……」

「私は王立魔法書士のシェリル・マリエットです。特に体に異常はないようですね。昨晩はどうされたのですか?」

シェリルと名乗った彼女の物腰はとても柔らかく、見た目も相まって幼く見える。

「昨晩?いや、俺は魔王を倒した後に光に飲み込まれて……」

「魔王?」

シェリルは首を傾げ、頭上にクエスチョンマークを出す。

「魔王様を倒すなんて、何をバカげたことを言っているのですか。お酒でも飲んで倒れていたのでしょう?まだアルコールが抜けてないのですか?」

魔王様――

その言い方に俺は強い警戒心を持つ。

魔王は俺達が倒したのではなかったか。

ここは魔王の傘下の国か?

いや、そうであれば俺がこうして看病されたりしていないはず。それに目の前の女性だって、どう見ても人間だ。

「ごめん、ええと、ここはどこなんだ?」

「ここですか?ここはアーク王立立法庁宿舎です。普段入らないところですから、不思議ですか?」

アーク王立立法庁宿舎?

そもそもアーク王国なんて聞いたことがないし、立法庁とは一体何なんだ?宿舎はまあわかるとして……

その前に、シェリルははじめ自分のことを『王立魔法書士』と名乗った。これは職業なのか?

困惑している俺を見かねたのか「落ち着くまでゆっくりしておいてくださいね」とだけ言い、シェリルは踵を返す。

「ちょ、ちょっとまってくれ!俺は酔ってるわけじゃない!何が何だかわからないんだよ!」

それにシェリルは首だけこちらに向けて「はあ?」と困り顔を作る。

「俺はアラン・エストマンという者だ。気を失っていて、気づいたらここにいた。この国のこともわからない。少し話を聞かせてくれないかな?」

とりあえず、記憶喪失を装ってシェリルから話しを聞こう。状況を把握しないことには動き出せない。勇者たちのことも気になるが、まずは現時点での自分の状況を整理しなくては。

「アランさん、ですね。記憶をなくされたのですか?」

なんとなくシェリルに嘘をつくことに罪悪感を感じるが、致し方ない。

「まあ、そんな感じだと思う」

「記憶喪失、あるいは記憶障害でしょうか。私の魔法では治せそうにないですね」

「君は魔法使いなのか?」

「ええ、魔法書士ですから、多少は使えます」

俺自身、勇者一行の魔法役として旅を支えてきたから、魔法使いというだけでなんとなく好感が持てる。といっても、シェリルのような可愛らしい女性なら、そうでなくても好感度は高いのだが。

「俺も魔法が使えるんだ」

「そうなのですか?じゃあ、アランさんも国家魔術師なのですね!どちらの部門なのでしょうか?」

どうやらこの国では魔法使いというものが国家職となっているらしい。ということは分かったが、部門など知る由もない。

「わからない」

そう言うのが精一杯だった。

「そうですか。それじゃあ、アランさんの記憶を戻しに行きましょう。『医法庁』に知り合いがいますから、彼女なら記憶回復魔法も使えるはずです」

シェリルは俺をベッドから起こし、手を取って歩き出した。

状況はやはり飲み込めないが、ひとまずは彼女についていくのがいいだろう。

それに、記憶を復活させる魔法とやらには興味が持てた。自慢ではないが、俺だってナターニア大陸では最高の魔術師と言われている。その俺ですら、記憶復活の魔法は知らない。

『魔法書士』とかいう職業からしても、ここは魔法が非常に発展した国なのだろう。

少しずつこの国に関心を抱きだしながら、俺はシェリルに引かれて部屋を出た。



「ふーんなるほどねぇ。魔王を倒したとか言い出したんだこの子」

医者らしき褐色の女がそう言ってケラケラと笑う。

一応白衣を着ているから医者なのだろうと推測はできるが、この身なりは酷いなんてもんじゃない。

白衣の下はショートパンツとタンクトップのみ。豊満な胸が強調されすぎて目のやり場に困る。

「ちょっとどこ見てんの君!エッチなこと考えたでしょ!」

金髪のロングヘアを揺らして女性が俺の顔を覗き見る。

「そ、そんなわけないだろ!というか、お前の格好が悪いだろそれは!」

「あーっ!ってことはやっぱりエッチなこと考えてたんだ!」

「や、それはその……」

椅子に座らされ、診察を受けている俺の後ろでシェリルが「まあまあ二人とも」と俺達を宥めてくる。その気遣いが妙に気恥ずかしい。

この目の前にいる医者もどきはリーリエ・ミラーという『医法庁』の国家医師らしい。こんな淫らな格好をした女が国に認められているとは到底思えないが、シェリルが言うのだからそうなのだろう。

宿舎から医法庁に向かう道中、シェリルから多くのことを聞いた。

ここはアーク王国という魔法律国家で、アーク法王の統治が敷かれた平和な国らしい。

『魔法律国家』という聞きなれない言葉に関して、俺は当然に疑問を抱いた。そもそも『魔法律』とは何なのか。俺が知る『魔法』とは別物なのか。

そのことをシェリルに聞くと

「国家魔術師なのに魔法律を知らないのですか!?」

と酷く驚かれた。「いやぁ、なんだっけ?」と、なんとなく誤魔化して内容を聞くと、魔法律とは次のようなものらしい。


『法王が国家魔術師に魔力を貸し与え、発動する魔法』


つまり、この国では国家魔術師以外は魔法を使えないということのようだ。魔力を持つ者が極端に少ない国家なのだろうか。

疑問は多く残るが、それを聞く前にリーリエのもとにたどり着いてしまった。そして今現在、俺は巨大な胸と対峙するに至る。

「とーもーかーく」

リーリエがただでさえ大きい胸を張って言う。

「君の記憶を戻せば良いわけだ」

「リーリエさん、お願いできますか?」

シェリルが後ろから覗く。

「任せんしゃい!あたしに治せない病はないよ!」

白衣の裾をまくり、両手を俺の頭上に重ねて、リーリエは詠唱を始める。

「一陣の風よ、法王の名のもとに、奪われし追想を取り戻さん!〈再刻〉!」

リーリエの両手に若草色の光が灯る。暖かく、どこか涼し気な光が俺の頭蓋を透過し、脳にまで染み込むのがわかる。

しかし、不快感はない。優しく、心地の良い感覚だ。

それにしても、この国の魔法形態は俺が知っているそれとは全く別物ということに驚く。詠唱の形式が既に違うし、見たところ魔力を込めている様子もない。

〈魔法律〉というのはつまり、この国だけの特殊な魔法ということなのだろうか。

などと思っていると、リーリエが不思議そうに顔をしかめていた。

「あり?君本当に記憶失ってるの?」

バレたか。

魔法に手応えがないことは伝わるらしい。俺だって、毒に冒されていない人に《快毒》を使っても違和感が残るからわかる。さてどうするか。

「アランさん、本当は記憶喪失ではないのでしょう?」

振り返ると、シェリルが微笑を浮かべていた。

「なんだか様子がおかしかったので、一応リーリエさんのところに連れてきましたが、やはり何か隠していますね」

「シェリル、気づいてたのか」

最初からバレていたのか。シェリルの洞察力に一杯食わされた。

「ごめんなさい。でも、少しおとなしくしててくださいね。迸る明光よ、法王の名のもとに、堅牢なる連鎖となれ!〈千重糸〉」

シェリルが右手の人差指を突き出してそう唱えると、指先から蜘蛛の糸のような光が俺の腹部に差し込む。刹那、俺の両手足を拘束する光の繊維が現れ、一気に収束して俺を縛り上げる。

「ちょ、どういうことだよ!」

身動きが取れない中、俺は顔だけシェリルに向けて吠える。

「貴方の身の上が不明なうちは、こうして拘束させてもらいます。あなたは何者ですか?他国のスパイ?」

「違う!俺は賢者アラン・エストマンだ!出身はナターニア大陸ハインツ王国!国王の命を受け魔王討伐に向かっている者だ!」

「出たよ魔王。それにハインツ王国ってどこよ。嘘をつくならもう少しまともな嘘つけばいいのに。スパイ失格だよ?」

リーリエが顔を俺の真横に近づける。

「確かにこの国の人間ではないけど、スパイでもない!」

「では、貴方の発言を証明できるものは何かありますか?」

先程までとは違う、どこまでも冷たく、こちらを蔑視するかのような目線でシェリルが俺に詰め寄る。

俺の身分を証明できるものは何もない。宿舎のベッドで目が冷めたときには持ち物は何もなかったし、王から貰った魔王討伐隊の証は普段勇者が持ち歩いている。

「何もない……だけど、魔法使いなのは本当だ!」

「魔術師ならさ、その拘束魔法自分で解いてみせてよ」

リーリエがニヤニヤと笑いながらそういう。

正直、この〈千重糸〉とかいう魔法を解くのは簡単だと思う。ただ、俺が魔法を使うことで彼女たちが強い警戒心を見せることは確実だ。だから魔法は使いたくない。

が、もはやそうも言っていられない。このまま魔法を使わなければ、俺は侵入者としてこの国の牢獄に入れられるだろう。ここで自由を奪われるわけにはいかない。

「わかった。魔法を使わせてもらう。ただひとつ、従ってほしいことがある」

「なんでしょう」

「両腕をこうも拘束されちゃ、魔法の出力を調整できない。危ないから、そこの机の裏に隠れておいて貰えないかな」

と言ったところで、リーリエが腹を抱えて笑いだした。

「魔法の出力だってさ!この子魔法の威力をコントロールできるわけ?それができたら苦労しないっての!あはははは!」

一方シェリルはやはり冷徹に構えて「私達のことは気にしないでください。魔法が使えるのでしたら、早く」と、俺を見据えている。

仕方ない。もうやるしかない。

俺は体の奥底にある魔力を練り始めた。

魔法の発動は魔力の放出によって行う。大抵は手中から魔力を放つが、今回のような場合は体全体から放たなければ俺を拘束しているこの魔法を解除できない。そして手を使わない魔法の出力調整は非常に難しい。

魔法のイメージが定まる。両手足を拘束している光を断ち切るイメージ。拘束具が光の属性なのに対して、生み出すのは風。

「《風迅》!」

俺の発声と同時に、俺を中心とした旋風が巻き起こる。

周囲のものを切り刻む風の刃を具現化した。光の拘束魔法を切り裂き、俺の手足を自由にする。

が、やはり両手を使わない魔法の威力はそれだけにとどまらない。場を離れなかった二人の女性にまで襲いかかる。

「きゃっ!」

白衣を切り裂かれたリーリエが両手で胸を押さえて小さな悲鳴を上げる。もともと面積の少ないタンクトップの表面積が更に減っては大変だろう。

旋風はそれだけにとどまらず、部屋中の物という物を吹き飛ばしてしまう。

「だから言ったのに……」

少しして風が止んだ。診察室の中のあらゆるものが空を舞ったせいでごちゃごちゃになってしまった。

俺は頭を抱えた。できるだけ穏便に事を済まそうとしたのにこれだ。他にもやり方はあったような気もする。

はぁーっとため息をつく俺に、どこか幼気な少女が駆け寄ってきた。

「この大陸で魔法を使えるのはアーク王国とイリヤ公国だけです。ですが、今の魔法はそのどちらのものとも違った。あなたは一体何者ですか?私、興味があります!」

満面に輝かしいばかりの笑顔でこちらを見つめてくる彼女はシェリルだった。

このような顔をされると尚更子供のように見えてくる。可愛いな、なんて思いながら、俺は答えた。

「賢者、アラン・エストマンです」


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