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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

桃から生まれた桃太郎ー悲劇版ー

作者: 明本 宏喜

 むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

 おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

 村でも仲睦まじいと評判の老夫婦でした。しかし子宝には恵まれませんでした。

 日照りも風もよい夏の日のことでした。洗濯物がすぐ乾くとおばあさんは嬉しそうでした。

 すると、どんぶらこ~どんぶらこ~と川の上流からそれはそれは一際大きな桃が流れてきました。

「おやおやこれはこれは、なんて立派な桃なんだろう」

 おばあさんは大きな桃を川から取り出し、家に持ち帰りました。

 夕暮れ頃、おじいさんが帰って来てました。

「おじいさんや、川で立派な桃が流れてきたんですよ」

 おばあさんはおなべのふたを開けておじいさんにその桃を見せました。

「おお、これはこれは。立派な桃だなぁ~」

 おじいさんも喜んで桃を持ち上げて、木のまな板に置きました。

 老いたおばあさんでは桃を切れないので、おじいさんに頼みました。

「おじいさん、切ってみてくださいな」

「はいはい」

 おじいさんはおばあさんから出刃包丁を渡され、おいしそうな桃を縦に切りました。

 ザク……。

「ん~?」

 おじいさんは違和感を覚えて包丁を引き抜きました。

 すると、包丁の刃の先には、ぬめりとしたやや赤い液体が滴り落ちました。

「ひっ……!」

 おばあさんは一瞬で顔が真っ青になり肩を縮こまらせました。

「こ、これは……」

 おじいさんは自分がしたことを後悔するかのように包丁を地面に落としてしまいました。

 縦に割れた大きな桃から異様な匂いがあり、濃い赤い液体がまな板に徐々に広がった。

「おじいさん!」

 おばあさんはおじいさんの腕にしがみつき腰砕けに膝を震わせていました。

 立っているのもやっとの状態です。

 おじいさんは意を決し、大きな桃の外側を掴み、最後まで中を見るつもりでいた。

「あ、あ、開けるぞ……」

 おじいさんはおばあさんの顔を見て覚悟を確認しました。

 おばあさんも覚悟を決めたかのように、それでも小さく返事をしました。

「……はぃ」

 おじいさんはゆっくりとおばあさんから桃へと目を向けて、手に力を込めました。

 おじいさんの手も震えているせいか、なかなか開きせん。

 それでも……。

 ミシ……。

 それでもおじいさんの力で少しずつ大きな桃が開いていきます。

 ミシミシ……。

 繊維が千切れる音と共にゆっくりと開いていきます。

 ミシミシミシ……。

 おじいさんは生唾を飲み込み、暗い中をよぉく見ても中身はまだ見えません。

 ミシミシミシミシ……。

 少し中身が見れそうなところまで来ましたが、日も暮れ灯りもなく、まだ見えません。

 ミシミシミシミシミシ……。

 この時間がどれほど二人にとって長いものか、わかりません。

 ミシミシミシミシミシミシ……。

 ですが、長くなればなるほど緊張は強まるばかり。

 ミシミシミシミシミシミシミシ……。

 あと少し、あともう少しで中身が見えそうですが、まだ見えません。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 割れ目からは赤い液体が滴るばかり。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 もうどれほど経ったのでしょう。日は完全に暮れました。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 雲に隠れる月明かりだけが手元を照らす灯りです。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 滴る赤い液体が飛び出し、おじいさんの頬に生暖かく滴ります。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 それでもおじいさんは開けることをやめません。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 冷ややかな風が二人を通り抜けました。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 あとほんの少し、あとほんの少しだけで中身が見えます。

 ミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシミシ……。

 開く音が、変わりました。

 ミシみしミシみしミシみしミシミシみしミシミシミシミしみシミシミシミし……。

 裏側の繊維が耐え切れず数百本単位で一気に千切れる音になりました。

 ミシみしミシみしミシみしミシミシみしミシミシミシミしみシミシミシミしミしミシミシ……。

 おじいさんの手は桃の汁まみれですが、力を抜きません。

 ミシみしミシみしミシみしミシミシみしミシミシミシミしみシミシミシミしミしミシミシシシ……。

 あともうわずかです。

 しかし

 終わりは、突然訪れました。

 パカ。

 桃は抵抗するのを諦めたかのように、割れました。

 誰にも見られないように固く閉ざされた殻を、おじいさんは力づくで開けたせいで。

 中身が月明かりに照らされて、姿を現しました。

 赤子。

 年端もないような赤子。

 ではないと願ったおじいさんとおばあさんはゾッとしました。

 割れた瞬間からより生暖かい匂いが立ち込め、二人の鼻につきました。

 汁だらけの木のまな板は赤黒く染まり、月明かりで鈍く光っていました。

 桃から手を放したおじいさんは、真っ赤な手を見て唸りました。

 二人はしばらく何も話さずその手をじっと見つめました。

 月明かりに照らされた中身を見るよりも先に、手を見つめました。

 開いてしまった。

 開けてしまった。

 おじいさんは今更ながら後悔をしました。

 最初は確かめなくてはと思った行動も、今ではなんて愚かなことをしてしまったのかと後悔しました。

 おばあさんはおじいさんの手を見るなり、固く目を閉じ額をおじいさんの腕に当てました。

 おばあさんも後悔していました。あんな桃を拾って来なければよかったと。

 おじいさんに辛い役目を押し付けてしまった後悔もまた、おばあさんにとって負い目となりました。

 中身が桃であると信じ込んだ二人であったが冷静に考えてみれば可笑しな話でした。

 赤子ほどもある桃があるはずない、と。

 中身は一切、鳴きません。鳴くことも出来ないほどザックリといってしまいました。

 鳴く事も泣く事も啼く事も、もはや、ありません。

「ふふ……」

 するとおじいさんは、肩を震わせました。

「ふふふ、ははははは……」

 次第に、身体全体が震えてしました。

「あ、ははははははははあああ……」

 気が動転してやや理性がとんでしまいました。

 おばあさんはおじいさんにしがみ付きました。力強く。

 声を発したことで二人はようやく冷や汗をかきました。

 今までは胸が熱く鼓動が早かったため身体本来の機能が忘れてしまったからです。

 そう、二人は忘れたいと、何もなかったのだと思いました。

 何でも、なかったんだって、思いたかったのです。

 そう思うと、そう思い込むと二人はほんの少しだけ気持ちがはれ、現実と向き合う意思を持ちました。

 赤子だとしても弔う必要があると無意識に二人にはわかっていました。

 ようやく二人は、おじいさんは手から桃へと、おばあさんは目を開け腕から桃へと、見ました。

「……あはは」

 赤黒いまな板の桃の中身は、やっぱり赤子でした。

「……あはははハハはハッハッハはあはッははっははあああああああっはははははあはあはあ!」 

 おじいさんは気が狂い、おばあさんは目を丸くしてじっと赤子を見つめました。

「はははははっはははははははははははっはっはははははははははははははははああああああ!」

 おじいさんの笑い声は夜の村に響きました。

 おじいさんの頭の中では壮大な想像をしていました。

 まずこの赤子を山に捨てに行くとしても村にはすぐにばれてしまいます。

 同じ芝刈りをするおじいさんがこの村にはたくさんいるからです。

 悪いことだと村の人からどんな罰を受けるのか想像できません。

 もしおじいさんだけならまだしも、おばあさんへの被害も図りかねません。

 わからないことがおじいさんの頭の中で繰り広がり、ついに壊れてしまいました。

「ちょっと待っておじいさん、おじいさん!」

 おばあさんから強く揺すられ、おじいさんは正気に戻りました。

 おじいさんがおばあさんを守らなくてはと、すぐに頭を切り替えました。

「おばあさんはどこか安全な場所に、そうだ親戚の家に行きなさい」

「おじいさん……!」

「なぁにわしがどうにかする。どうにかした後でその家に行くからのぉ」

「おじいさん、何言ってるんですか」

「心配するな、親戚の家には必ず行くからのぉ」

「おじいさん、違うんですよ」

「この桃はわしが拾ってきたんじゃ。安心せい、おばあさんは知らなかったんじゃ」

「そうじゃないんですよおじいさん!」

 おばあさんの必死の声におじいさんは揺れる瞳で見ました。

 すると微笑んでいるのか泣いているのか混乱しているのか分からない表情のおばあさんが言いました。

「赤子じゃないんですよおじいさん!」

 ぎゅっと袖口を掴まれるおじいさんは、聞き間違えたのか聞きそこなったのか、再び尋ねました。

「……ふぇ?」

「だから、赤子じゃないんですよおじいさん!」

「……はい?」

「あ・か・ご・じゃ・あ・り・ま・せ・ん!」

「へぇえ!?」

 ようやく理解したおじいさんは急いで桃の中身を見ました。

 でも赤子にしか、見えません。

 首がもげた、首と切り離された小さな身体に。

「よく見てくださいよおじいさん! ふふふ」

 おばあさんが何を言っているのか理解できないおじいさんはただただ困惑していました。

「見てくださいおじいさん、よぉく見てください。ふふふ」

 ついにおばあさんまで気が狂ってしまったのかと疑い始めるおじいさんは再び見ました。

 掌に収まるほどの黒い後頭部、膝と肘と胴体を丸めたような身体。

 確かに見ても、赤子でした。

「……ぁ」

 おじいさんはようやく気付きました。おばあさんが言いたかったことが。

 長年連れ添い苦楽を共にしたおしどり夫婦だからこそ、言葉が足りなくても通じ合えました。

 雲に隠れていた月明かりが今、雲から解放されより明るい光を灯してまな板に差し込みました。

 するとどうでしょう。

 黒い後頭部は消え、赤々と熟した桃の実が表れました。

 身体だった部分も赤く熟した繊維と食べ頃の肌色の繊維がはっきりと見分けられました。

 そう、月明かりの光による影で赤子のように見えたのです。

「あははは、そうか、そうだったんだ……」

「はいおじいさん、そうなんですよおじいさん……!」

 おばあさんは涙を浮かべながら、おじいさんは笑みを浮かべながら、二人は抱きしめ合いました。

「人殺しにならずに済んだんじゃな!」

 おじいさんも釣られて涙を流しました。

「えぇ、そうですよおじいさん!」

 おばあさんも強く抱きしめ返しました。

 その後、二人の間だけの納涼だったと、村の語り草になったそうな。


 一方、隣村では桃から生まれた桃太郎が鬼退治に見事成功し近隣の村は平穏になりましたとさ。


 その話を聞いたおじいさんとおばあさんのコメント。

「いやー本当に、うちに来なくてよかったわい」

「本当ですねぇ。おじいさんならやりかねませんもの」

「「あはははははは」」

 今でこそ笑い話ではあるけれど、ちょっぴり子供は欲しかった老夫婦のお話でした。

 めでたしめでたし。

納涼いただければ幸いです。

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