Ep.2 星々の迷宮
月に惑わされ迷い込んだ、そこは天飛ぶ国でした。
「―…っ!翔、朔也、大丈夫か?」
木々が風に揺さぶられるようなざわめきで目を覚ますと、目の前で2人が気を失っていた。
まだ上手く働かない頭を何とか動かし、今自分達が置かれた状況を理解しようとする。
「あー、頭痛え…。一体何があったんだ…?」
「確か、あの扉を開けたら妙な光に引っ張られたんだったな。」
それぞれ、少し遅れて目を覚ました翔と朔也の第一声。
よかった、2人とも思ったより落ち着いてる。
「そう言えば、扉を開けた時にお前叫んでたよな。『開けちゃ駄目だ』って。」
『何か知ってたんだろ?』とでも言いたげな朔也の眼差しに首を竦める。
「―…『満月の夜にはその扉を開いてはいけない』、そんな伝承を聞いた覚えがあっただけだよ。あの瞬間まで綺麗サッパリ忘れてたんだから、情けない話だけどな。」
その答えで一応納得したのか、改めて朔也も辺りを見渡し始める。
先ほど光を放った扉はしっかりと閉ざされ、遺跡の様子も見た限り変わった所は…。
「―…あれ?」
「どうかしたのか?」
俺の呟きに反応して翔がこちらに歩み寄る。
「あ、いや、なんだろう、さっきよりも遺跡全体が…」
「新しくなっているように見える、だろ。」
俺の言葉に朔也がそう続けると、翔が不思議そうに周りを眺め始めた。
「そうかなぁ、さっきより月明かりが明るいからそう見えるだけなんじゃん?ほら…、え!?」
そう言って空を見上げた翔が絶句した。
その姿に、俺達もその視線を辿り夜空を見上げる。
そこには、青白く輝く満月があった。
―…ただし、2つに増えて。
唖然として3人で2つの満月を見つめる。
こんな現象、これまで見たことも聞いたこともない。
だって、月が突然増えるなんて…。
「痛たたたっ!ひょっ、離ふぇよ!!(訳;ちょっ、離せよ!!)」
「…夢では無さそうだな。」
「いきなり他人で試すな、自分の顔でやれ!」
少し赤くなった頬を押さえつつ、改めて空を見た。
そこには確かに2つの月が光を放っている。
夢では無いことは、不本意ながら今この身を持って体感したわけだし。
「な、なんなんだよ、あれ!」
「落ち着け。とりあえず、もう一度あの扉を調べてみよう。」
元々、あれを開いたからこんな事態になったんだ。
なら、手掛かりもきっとあの扉にあるはず。
そう思って、大きな取っ手に触れようとしたその時。
「それに触んじゃねえ!!!」
「ーっ!!?」
幼い少年のような怒鳴り声と、飛んできた石に咄嗟に飛び退く。
扉の上を見ると、梁の上に仁王立ちする小さなシルエットが見えた。
「ここは俺達の種族の聖域だ、勝手に入るな、人間!!」
「はぁ?いきなり何すんだこのガキ!降りてこい!!」
「翔、ちょっと待て。」
憤慨する翔を片手で制し、小さな影に向き直る。
「勝手に入って申し訳ない。俺達、道に迷ってしまって…。迷惑をかけるつもりはないんだ、わかってくれないか?」
「―…まぁ、丸腰みたいだしな。いいだろう、見逃してやる。ただし!」
その言葉と同時に、目の前に10歳くらいの少年が飛び降りてきた。
「勝手に聖域に入ったんだ、それなりの対価を払って貰うぞ。」
威厳たっぷりな口調でそう言うが、どうにも子供にそう言われても対応に困る。
第一、対価と言われたって今は財布も何も持っていないし…。
でも、様子を見る限り何も無しでは通してくれそうにない。
何かあっただろうかと制服のポケットを探ると、一口サイズのチョコレートが2粒出てきた。
「「「―……。」」」
それを手のひらに乗せ、一瞬3人で沈黙する。
流石にこんなもので怒りが収まるとは思えないけど…。
「悪いけど、今はこんなものしかないんだ。」
そう言って、とりあえず少年にチョコレートを差し出す。
「―…なんだ、この変な茶色い固まりは。子供だと思ってバカにしてんな!?俺様は由緒正しきライトエルフなんだぞ!こう見えたって、もう何百年も生きてるんだ!!」
「はぁ!?バカにしてんのはどっちだよ、何がエルフだ。ファンタジーじゃあるまいし…痛っ!」
喰ってかかる翔の頭を軽く小突き、朔也に目配せして押さえさせる。
「チョコレートって言う食べ物なんだ、とりあえず食べてみないか?」
そう言うと、自称エルフの少年は小さな手でチョコレートを一粒摘まんだ。
「ホントに食えるんだろうな?」
「あぁ、大丈夫。ただのお菓子だよ。」
笑みを浮かべてそう答えると、恐る恐る口へとチョコレートを入れる。
少し口の中で転がしてから、パアッと表情が明るくなった。
「なんだこれ、果物や蜂蜜よりずっと甘いぞ!もう一個くれ!!」
残りの一粒を渡すと、それもあっという間に食べてしまった。
よっぽど気に入ったんだろう、包み紙についた分も舐めとっている。
「―…なんだ、ただのガキじゃん。」
「翔、口を慎め。―…それで、満足して貰えたかな?」
「ふっ、ふんっ、まぁまぁだな。今回はこれで許してやる。」
腕を組んでこちらを見上げる少年。
相変わらず口調は大人だが、口の周りにチョコレートついてるぞ。
なんて指摘を頭に巡らせてるうちに、少年が俺達が調べようとしていた大扉の反対側の通路を開いてこう言った。
「さぁ、出口はこっちだ。もう入ってくるなよ、人間。」
「あっ、でもあの扉は…。」
「あれは冥界への扉。古の封印により、絶対に開かない。調べるだけ無駄だ。」
その言葉で、改めてここは俺達が居た世界ではないであろうことを実感する。
それに、この話からして今あの扉を調べたところで何もわからなそうだ。
仕方ない、とりあえず外に出て情報を集めよう。
そう思い、案内されるがままに遺跡の外に出る。
すると、そこには何とも不思議な光景が広がっていた。
淡く紫がかった星空に、宮殿のような建物が島のように浮かんでいる。
周りにも似た島々が浮かび、よく見れば俺達の居た遺跡もその天島の1つだった。
「ここは…一体…?」
「なんだ、お前らホントに何も知らないんだな。ここは『スター・ラビリンス』、様々な時空が共存する星々の国だ。」
~Ep.2 星々の迷宮~
月に惑わされ迷い込んだ、そこは天飛ぶ国でした。