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ホラー短編

トイレの花子さんですか?

作者: 木田原創機

 学校の怪談の中で『トイレの花子さん』ほど有名な怪談はないでしょう。


 “花子さん”は学校の三階、女子トイレの三番目の個室にいて、おかっぱ頭に赤いワンピースを着た少女の幽霊だと言われています。


 呼び出す方法は簡単、“花子さん”のいる個室にノックを三回して、「花子さん、遊びましょ」と尋ねねます。すると返事が返ってくるらしいです。


 他の学校では違うかもしれませんが、少なくとも私の小学校ではそんな噂が広がっていました。


 これはわたしが小学三年生の夏。あと数日で終業式というある日のことでした。

 放課後、わたしは友達のナツミちゃんとリカちゃんの三人で、校舎三階の女子トイレにいました。


 私たちは『トイレの花子さん』呼び出そうという話になってここに来ました。

 誰が言いだしたのか覚えていません。

 好奇心旺盛なナツミちゃんかもしれないし、怖い話が大好きなリカちゃんかもしれません。

 もしかしたら、わたしだったのかもしれません。


 女子トイレは狭く、薄暗かったです。

 放課後の時間帯、窓に日の光が入りづらかったのかもしれません。

 トイレ独特のアンモニア臭とどんよりとよどんだの空気。

 夏の熱気と湿気が混ざり合った空気。

 『トイレの花子さん』がいると噂されている場所です、ここが不気味で生ぬるい空気に支配されているようにわたしは思いました。


 くすんだピンクの薄汚れたタイルの床と壁、そして上部にある採光窓、となりに換気扇。

 入口近くには二つの洗面台に二つの鏡。

 個室の数は四つ。手前三つの個室はトイレで一番奥の個室は掃除用具入れです。

 個室の扉はすべて閉まっていました。

 

 ナツミちゃん、わたし、リカちゃんの順でぞろぞろと歩き、三番目の個室の前に立ちました。

「ここにいるんだね」

 ナツミちゃんが一番奥の個室の前に立って、言いました。

 三番目の個室、花子さんのいる場所です。

 

「じゃあ、ノックするよ」

 ナツミちゃんはそう言って、拳を振り上げました。

「ちょっと待ってよ」

 リカちゃんが止めました。

「花子さんを呼び出す前にトイレの個室に誰かいないか確認ようよ」

「誰もいないと思うけど」

 確かに私たちのほかに人の気配はしません

「念のためだから」

 そう言って、リカちゃんは一番手前の個室にノックをしました。

 返事はありません。

 しばらくしてリカちゃんドアを開けました、私も後ろから個室の中を覗きます。


 個室の中は誰もいませんし、特に変わった様子もありませんでした。

 普通の和式トイレです。特におかしなものはおいていません。

 ただ鉛筆やボールペンで書いたような落書きがあるだけでした。

 リカちゃん扉を閉めて、隣の個室の前に立ちます。


「じゃあ次ね」

 隣の個室のドアをノックしました

 返事はありません。

 リカちゃんはさっきと同じようにドアを開けました。

 やはりおかしなところはありません。

 個室の中はさっきと同じような感じで、ただトイレットペーパーが切れかけているくらいでした。

 中を確認し終わると扉を閉めました。


「じゃあ隣は飛ばして、一番奥ね」

 リカちゃんはそう言って、三番目――花子さんの個室を飛ばして、一番奥の掃除用具入れの前に立ちました。

 そしてドアをノックします。

「ちょっと、そこノックしてどうすんのよ。中にいるわけないでしょ」

 ナツミがちゃんが言いました。掃除用具入れに人がいたら大変です。

「それもそうね」と言ってリカちゃんはドアを開けます。

 中にはバケツ、スポンジ、ホース、洗剤、ゴム手袋、替えのトイレットペーパーといろいろ詰められていました。

 特に変わったところはありません。


「じゃあ、ここね」

 ナツミちゃんは再び三番目の個室の前に立ちました。

 わたしとリカちゃんはナツミちゃんの後ろにいます。

「多分、中に誰もいないと思うから、呼び出しちゃおうか」

 リカちゃんはそう言って、個室のドアの下の隙間を見ました。

 確かに個室の中に誰かいたのならば、中にいる人の上履きが見えるはずです。

 わたしもドアの下の隙間を見ましたが、誰もいないように思いました。


「じゃあ、するよ」

 ナツミちゃんはわたしたちに振り返り、緊張した声で言いました。

 ついに花子さんを呼び出す儀式を行うのです。

 わたしとリカちゃんは無言でうなずいた。


 それを見てから、ナツミちゃんは前を向き拳を振り上げました。


 ――コン、コン、コン


 ノックの音がトイレの中で響きます。

 先ほどのノックの音と比べて、どこか重々しい気がしました。

 わたしもリカちゃんも黙って、ドアを見つめます。

 ナツミちゃんは一瞬ためらうようなそぶりを見せましたが、花子さんを呼び出す言葉を唱えました。


 「……花子さん、遊びましょ」


 声がやや上ずって、少し震えていました。

 そしてわたしたちは返事が返ってこないか、耳をすませます。


 ………………………………………………………………。

 ……返事は返ってきません。


 聞こえるのは水滴が落ちる水音と水道管の水の流れる音。


 わたしは思いました。

 ……なんだ、やっぱり花子さんなんて――


 「――はぁい(、、、)


 その声を聞いた瞬間、私の背筋に冷たいものがかけ、鳥肌が一斉に立ちました。

 わたしは聞いてはいけない声を聞いてしまったということを直感しました。

 心の中ではその声に対しての恐怖と嫌悪が湧き上がってきます。

 わたしは恐ろしさとおぞましさ、これからどうすればいいか、どう対応すればいいのかという考え、それらがごちゃまぜとなって、混乱して動けませんでした。


 リカちゃんは真っ青の顔で三番目の個室のドアを見つめていました。

 ナツミちゃんは背中を向けていたので顔は見えませんでした。


 沈黙が流れました。

 そのときの私は時間の感覚が曖昧でどのくらいの沈黙か覚えていませんが、おそらく数秒くらいのだったのでしょう。


 突然ナツミちゃんは動き出し、何も言わずに個室のドアを開けました。

 ナツミちゃんの後ろにいたわたしにもリカちゃんにも個室の中の様子が目に入ります。


 ………………………………………………。


 ――中は何の変哲もないトイレでした。

 誰もいない。いるはずがありません。


「いやぁっ!!」

「きゃあああっ!!」

 突然リカちゃんが悲鳴を上げ、それに驚きわたしも悲鳴を上げました。

 遅れて恐怖が襲ってきたのでしょう。

 リカちゃんは叫んで女子トイレの出口に向かって走り出します。

 わたしとナツミちゃんもそれにつられて走り出します。

 最後に残った人が、トイレの中に閉じ込められそうな気がして、わたしたちは先を争うように走りました。


 わたしたち三人は女子トイレを出たあとも走り続けました。

 足は止められませんでした。女子トイレからあの声の主が追ってくるのかもしれないという恐怖もありましたし、それになにより、わたしたちはあのトイレのそばにさえ、いたくありませんでした。


 それからのことはよく覚えていません。

 あのあと、わたしたちは自分たちの教室に戻ってランドセルを持って普通に帰ったのか、それともそのまま下駄箱に行って、逃げるように帰ったのか。よく覚えていません。


 あれ以降、ナツミちゃんとリカちゃんの二人とは花子さんの話はしなくなりました。

 他の怪談や怖い話をしますが、なんとなく三人の間で花子さんの話はタブーとなったのです。


 それから私は在学中はあの女子トイレに入らないようにしました。

 六年生のときは教室から一番近いトイレだというのに、わざわざ別のトイレを利用したほどです。

 それほどまでにわたしはあのトイレには近づきありませんでした。


 トイレで聞いた"花子さん"の声、おそらくわたしは生涯忘れられないと思います。


 今でも疑問に思うときがあります。わたしの聞いた声はなんだったのだろう、と。

 私たちは本物の花子さんを呼んだのでしょうか?

 それとも何か別のものを呼んだのでしょうか?

 トイレで聞いた声、あの威圧感がある(、、、、、、、、)低い男の声(、、、、、)――


 ――あれは本当に花子さんだったのでしょうか?




怖い話を書くというのは案外難しいですね。

夏のホラー2015に間に合うかどうか不安だったのですが、完成させることができてよかったです。あともう一作品くらい書ければいいなと思っています。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 花子さんという広く知られている話だったので軽い気持ちで読んでいました。しかし、最後のオチ…これは鳥肌ものです…自分、ホラーは最後で落とすものが好みなので、この話はすごく好きです!
2015/07/25 23:48 退会済み
管理
[一言] 良かった。 3人とも無事で良かったです。 いや、本当に何だったのか色々考えると怖いですね。
[一言] 花子さんではなくそれと対になってる太郎さんが間違っていたと考える方がまだいいような気がします。 学校に侵入してきてトイレに隠れていた、現実的には難しいですが扉の影に隠れていたとかなりして…
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