勇者の婚約破棄
すみません。出来心です。
「俺は真実の愛に目覚めたんだ。すまない、桜。婚約はなかったことにしてくれ」
はい?
いま、何を言ってくれやがりました、この馬鹿は。
私は勇作に向き直りました。
「勇作、今自分が何を言ったか、わかっていってる?」
にっこりと微笑んであげました。
あ、一歩後ずさった。
私、小野木桜と申します。
日本ではごく普通の黒髪に黒い瞳、低くもなし高くもなし、標準身長でしたが、ここ異世界アルフラークでは小さくて華奢な方です。
なぜにごく普通の女子高生であった私が異世界なんぞにいるのかといえば、この目の前の幼馴染池原勇作のせいです。
勇作も日本人としては普通の黒髪に黒い瞳ですが、背が高く、いわゆるイケメンに入るのではないでしょうか?
それでもアルフラークでは小柄な方に入ります。
勇作は昔からもててました。
ここアルフラークでも第三王女を筆頭に数人の取り巻きがおります。
ハーレム男爆発しろ。
「お許しください、桜様。勇作様には桜様がいることはわかっていましたが、わたくしは恋心を捨てることができなかったのです」
この国の第三王女ラフラール様が勇作の腕に縋り付きつつ、謝罪しました。
ボン、キュッボンの素晴らしいプロポーションに、ハニーブロンドの華やかな美貌の持ち主です。
「いや、ラフが悪いんじゃない。俺がいけないんだ。桜に悪いと思っていても、ラフに惹かれて」
「情報を整理しようか」
私は勇作の言い訳をさえぎりました。
浮気男の言い訳なんざ聞きたくありません。
浮気男爆発しろ。
私は一度周りにいる人間を一瞥しました。
「さて、まず二年半前、私、小野木桜と、あなた、池原勇作は元いた世界からアルフラークに『勇者召喚』という名の誘拐をされて、魔王を倒せと脅迫されたわけだ。とくに勇作が」
がふっと妙な声を立てて宰相子息をはじめ数人の護衛騎士がひざを折りました。
「元いた世界の肉親知人から無理やり引き離され、学生という両親の保護下にあったはずの立場から一点、孤立無援のアルフラークに放り出された。勇作はこの世界のコルビット国の王族主導のもと召喚呪文で攫われたわけだけど、私はどうしてかな?」
私が訊ねると、勇作は土下座した。
「すみません! 突然召喚陣が現れて怖くなった俺が、しがみついて巻き込みました!」
ええ、覚えています。
あれは二年と半年前。
平和な日本という国で高校生していた私たちは、突然現れた輝く召喚陣に吸い込まれました──勇作が。
あろうことかこの男は、近くにいた私にしがみつき巻き添えにしてくれやがりました。
ヘタレ氏ね。
召喚陣に吸い込まれた私たちはコルビット王国の祭壇に放り出されました。
祭壇の周りには王族はじめ、この国のお偉いさんが詰めかけてて、王様は開口一番おっしゃいました。
「魔王を倒せ」と。
無茶ゆーなや、おっさん。
召喚されたばっかりで混乱していた挙句、事前情報〇の私たちと、勇者は魔王を倒してくれるものという固定観念にとらわれた王様の話し合いは全く噛みあわず、双方激高してあわやという時、王様の弟である公爵様が間に入ってとりなしてくれました。
互いに誤解があるようだと。
王弟である公爵様はまず私たちの話を聞いてくれました。
その後、焦ったように王様と話し合いました。
その説は大変お世話になりました、公爵様。
あなた様は唯一信頼できる大人でした。
その後の事情説明で、この世界では勇者は神の使いで、何もかも事情が分かっているものだとばかり思っていたと謝罪してくれました。公爵様が。
まさか、平和な世界で暮らしていた人間を攫っていたとは思わなかったそうです。
あちらの王様も公爵様に事情説明されて未成年を誘拐したと知ってびっくりしたそうです。
なんでも魔獣と呼ばれる獣が大量発生して、これは魔王の仕業に違いないとコルビット王国の国王様が勇者召喚なさったそうです。
状況からして、勇作を。
私は完全に巻き添えです。
関係ないんだから帰してくれと頼んだんですけど、帰せる方法がないとか。
呼び出せても、帰す方法は確立されてなかったんです。
泣きました。思いっきりマジ泣きです。
これからどうすればいいんだ、と。
勇者のことはその身分も生活も国で面倒みる体制が整っていましたが、そのおまけには何の救済も計画されていませんでした。
予定外です。
さすがに責任を感じた勇作が面倒みると言いましたが、勇作自身面倒見てもらわないといけない立場です。
なんの保証もできるわけがありません。
そこで苦肉の策をとったわけです。
「私の勇作の婚約者という立場は、私の身分と生活の保障ための方便だったわよね。そういう口実でもないと国で面倒見れないと宰相様がおっしゃったのよね、その息子」
私は同学年だった宰相子息をねめつけました。
倒れていた宰相子息は跳ね上がって、申し開きをしました。
「はいぃいい! 桜様にはご不快な思いをさせるでしょうが、それしかないと。勇作様もたいそう乗り気でしたので問題ないと思われました」
そういうと、再び地面に這いつくばって、勇作を真似た土下座をしました。
そうです。私と勇作の婚約は形だけの方便でした。
この男、以前から私に執着していまして、とりあえず形だけでも婚約者になれてうれしかったようです。
私はハーレム男なんぞ御免でしたが!
とにかく、生活のためやむを得ず、口実を作るため、泣く泣く、そういうことにしました。
そうして、まだ時間的に余裕があるとみて、勇作の強化のためこの学園に入れられたのです。
魔法と武術、作法に社会的な知識など上級社会の子息子女が通う学校でした。
ですが、一年ほどしてとんでもない事実が判明しました。
魔獣の大量発生は自然現象、百数年に一度起きる繁殖期という現象でした。
魔王から親書が来たそうです。
百数年に一度の魔獣の繁殖期が来そうだ。我々魔族は対策あるから何とかなるが、あまり強くない人間は大変だろう。
人間の寿命も短いし前回のことも忘れ去られているだろうから、手助けしようか? と親書には記されていたそうな……
王様~。
慌てて家臣団が古文書の類を調べた結果、確かに過去に繁殖期について記録がありました。
完全な王様の早合点。
フライングでした。
……とりあえず、勇作は繁殖期の魔獣の間引きに参加するそうです。
そうしないと勇者の意義がないし。
私は王様と勇作殴っても許されると思う。
そうして召喚から二年と半年。
学園の卒業の日。
私は勇作から婚約破棄を言い渡されました。
「それで、私は記念の祝宴のど真ん中で婚約破棄を言い渡されたわけだけど、これから私の身分って、どうなるの? 宿舎も今日で出て行かなきゃならないんだけど? まさか、無一文で放り出されたりするわけ?」
「それは、その、これからは城で『勇者様の婚約者』として暮らしていただく予定でしたが──その、父たちと相談しなければ──私には何の権限もありません。ただの報告役です。すみません、すみません、すみません」
あ、宰相子息、泣いた。
「アーロン君、何も聞いてなかったの?」
その瞬間、アーロン君は鬼の形相で跳ね起きました。
「知っていたら、止めました! 同じ婚約破棄でも今後のことを話し合って決めてから発表するのと、何も決めずに言い出すのとでは天と地の差ですぅうう!」
宰相子息が泣きながらいうと、他のお偉いさんの息子たちがうんうんと頷きます。
どうやら勇作とお姫様の独断だったようです。
「それは──私に対して保証する気があるということかしら?」
「はいぃぃ! 必ず桜様の身が立つようにいたします。天涯孤独無一文で市井に放り出すような恥知らずで無責任な真似は、誓って致しません!」
その『恥知らずで無責任な真似』をするところだった勇作が吐血しました。
「それで? 相談の結果が出るまで私はどうすればいいのかしら? ま・さ・か・婚約破棄した勇作とラフラール姫が一緒に住んでいる城で、いちゃいちゃするところを見せつけられながら待たなきゃならないわけ?」
私が笑顔で言い切ると、宰相子息が焦りました。
「いえ、あの、その、それはなにも決まってなくて──」
「では、桜の身柄は我々フレィス公爵家が預かろう」
アーロン君の弁解をさえぎったのは、公爵様の子息でした。
背が高く細身です。顔立ち自体は整っている方なのですが、目が細くて瞳の色すら遠目ではわかりません。
ハニーブロンドなのですが、その細い目のせいで地味に見えます。
「ジーク従兄様」
はい。ジークはラフラール姫の従兄です。
あの召喚の日、色々とかばっていただいた王弟である公爵様の子息です。
ジークはやれやれと首を振りました。
「やらかしてくれたね、ラフ。桜と勇作殿の婚約は桜の身分を保証するためのものだって知っていたろう? それを解消されたら桜の身分が問題になる。事前に相談してくれれば、何とでもなったのに、何の相談もなくこんな真似をするなんて、どう責任をとるつもりだい?」
第三王女はオロオロと視線を彷徨わせました。
「さ、桜様には、できる限りの償いを……」
はーっとジークが息を吐きました。
「君に何ができるんだい? たぶん、何らかの身分と荘園のひとつも与えることになるだろうね。結局伯父上や国が補償することになるんだ。しでかす前に、相談するべきだったね」
具体的なプランのない第三王女のたわごとをジークが切り捨てました。
「私の身が立つようにしてくださるなら、勇作はどうでもいいわ。姫様に差し上げます。どうぞ末永くお幸せに」
私が言うと、勇作は撃沈しました。
なんなんでしょうね? 自分から切り捨てといて。
くすくすとジークが笑いました。
「我がフレィス公爵家が王族の尻拭いをするのはいつものことだ。か弱い女人ひとり、いくらでも養える。具体的な賠償が決まるまで我が家に来てくださるといい」
すっとジークが手を差し出しました。
「今まで勇者殿の婚約者でしたから、遠慮していましたが、今なら言えます。私の手を取ってください。来てくださいますね、桜」
私はジークの手に、手を乗せました。
「ええ、喜んで」
私は勇作と第三王女、並びに同級生、先生方一同にいいました。
「では皆さん、ごきげんよう」
こうして私とジークは祝宴会場を後にしたのでした。
サスペンションの効いた馬車の中でジークが言いました。
「二年もあって、誰も君の価値に気付かないとは、驚きだよ」
「あら、国は勇作の勇者としての力があればよかったんでしょう? おまけの私なんて、眼中になかったのよ」
ジークが苦笑しました。
「君が教えてくれた異世界の品物を再現した物だけど、我が領地では非常に役に立っている。教えてくれた農法も、素晴らしい効果だよ。我が領地は君たちの言葉で言う『うはうは』だね」
ジークは上機嫌で言いました。
彼の父親である公爵様とジークだけは私を色々と気遣ってくれました。
その会話の中で元いた世界の品物とか農法などを教えてきました。
もちろん、打算あってのことです。
「桜の取り分はしっかり用意してあるよ。好きに使ってくれてかまわない」
「あら、素敵」
ええ、収益の幾分かを貰うという約束をしていました。
二年間、無為に過ごしていたわけではありません。
情報提供やら、商品開発して、収入を得ようとしてました。
なにせ、第三王女はあきらかに勇作狙いで、いずれ勇作が絆されるのは目に見えてましたし。
いつ切り捨てられても生きていけるように貯蓄してました。
なにからなにまでありがとうございます、フレィス公爵家の皆さん。
「それにしても、勇作殿といい、桜の周りの男は見る目がない。桜は頭がいいし、強かだ。美人だし。妻にするなら見た目だけのラフラールより、桜の方がいいよ」
「あら、ありがとう」
きっと勇作は気づかないでしょうね。
最初からフレィス公爵家の馬車に私の荷物が積み込んであったなんて。
「それはそうと、なぜ勇作殿は異世界の品物を再現したり、技術の情報を提供しなかったんだ?」
ジークが首を傾げました。
「勇作には無理な話よ。使うことはあっても、作ることなんて一般人はしないもの。私はたまたま歴史に興味があって、こちらでも再現できそうなものの仕組みを知っていただけ」
勇作は脳筋だもの♪
ジークが呆れたように言いました。
「……勇者召喚の陣は、ある程度能力のあるものだけが通り抜けられるんだ。それを通ってきた桜が無能なはずはないのにな」
過去に周りにいた人間に抱き付いた勇者もいたようなのです。
ええ、過去の歴史を洗い直したら、そういう王族に不利な話がごろごろしてました。
そういう人間はどういうわけかこっちには来られなかったようです。
そもそも元の世界に残ったのか、どこかの次元に置き去りにされたのかは確認が取れませんけど。
「桜の頭脳は、勇作殿の武勇に匹敵する価値があると思うのだけどね」
「ありがとう」
こうして私はフレィス公爵家に向かいました。
結局、ジークが言った通りに私には荘園が与えられ、それを持参金に嫁ぎました。
理解ある旦那様と、義父に囲まれ、私は幸せです。