第5話
今回借りた二次キャラ
ミナミ:西武蔵坊レオ丸
ホネスティの幹部:フェラク=グンドゥ
三月兎の取引相手:朝霧
アキバに移ってから数日後、陽輔は第3ビルの屋上に佇んでいた。
そこから街を見下ろす。皆一様に暗い顔をしているようだ。
何人かは精力的に活動しているようだが、それは少数派かつ大体同じ顔ぶれで、全体としてどんよりと重たいモノが、澱のようにそこかしこに溜まっている。
(やっぱり…なんか…)
――嫌だ――
ゲーム時代は、もっと雑多で活気が有って、クエストの公募を掛ければ、知らない人でも気楽に手伝いに来てくれた。
大手ギルド同士でも、鎬を削ったり、或いは大々的に手伝ったり。何だかんだで楽しかった。
でも今は――。
「はぁ~…」
今日何度目かの溜息が漏れる。誰にも聞かれる事無く、虚空へと散った。
こっちに移ってから、時々外に出て狩りや連携訓練等をやっているが、気休めだ。気分は晴れない。
先日、ミナミでウメシンの地下ダンジョンを使った祭りが開催されたらしい。仕掛けたのはあの法師だそうだ。発想力、行動力、人脈…自分には絶対的に足りないモノだ、と思う。
ソロだからこそ、自由に隠れて動き回る事も出来たのだろう。自分は<ホネスティ>に所属しているが故に、動けばそれなりに目立つ。
しかも、ウメシンのような適当なダンジョンが有るかと言えば…まぁ地下通路等は有るだろうし、シンジュクやウエノといったダンジョンは有るには有る。
だが、果たしてアキバの冒険者たちが参加するかと言えば、甚だ疑問では有る。そもそも<ホネスティ>が数百人在籍していると言っても、アキバ全体からすればほんの少しだ。
陽輔1人が動いた所で他のギルドが参加してくれるかも怪しい上に、先生たちが賛同してくれるかすら分からない。ジョージに相談してはみたが、やはり似たような意見だった。
ガチャッ。
不意に屋上の扉が開く。陽輔はそちらを振り向いた。
「あっ!太陽のアニキ!ここにいやしたか!」
「あぁ…ブラッドレイさん」
新しく入った召喚術師の男が、扉の奥から顔を出した。
「姐さん、こちらにいらしてやすぜ」
「あねさん…?」
後ろから付いて来た舞がきょとんとして首を傾げた。彼女に付き従うアルラウネも同様の仕草をする。
「その呼び方止めて下さいよ。ヤクザじゃないんですから…それにそちらの方が多分年上でしょ?」
<太陽>という呼び名はともかく、アニキという言い方は馴染みが薄い。どうやら、任侠映画がお好みだそうだ。
「何仰ってんですか。あん時途方に暮れてたあっしらを拾って下さったのは太陽のアニキじゃないですか」
「う~ん…ユウさんが相手を切り捨てたから、様子見てアキバまで送っただけなんですけど…」
目を輝かせる新入りに対し、陽輔は困ったように頭をポリポリと掻いた。
あの目撃の後、陽輔はペガサスを操作し、現場まで降って行った。PKされていた側のパーティが気になったからだ。
彼らは暫らくの間、何が起こったのか把握出来ずポカンと放心していた。だが、陽輔たちが舞い降りて事情を説明すると、やっと状況を飲み込めたようで、ぶるぶると震えたり縋り付いて涙したりしていた。
平均レベル30半ばぐらいの3人パーティは、名前と職業を確認すると、ブラッドレイ・召喚術師、ラスト・施療神官、グラトニー・暗殺者とそれぞれ表示されていた。
ギルドタグは<人造人間>と書いて「ホムンクルス」と読むらしい。
イーサン『まんまじゃん』
陽輔『普通は主人公側じゃあ…』
ラスト『元々7人だったんですよ、うちら』
グラトニー『3人しかログインしてなかったんです』
ゲオルグ『やれやれだな』
ジョージ『まぁまぁ、7人居たなら仕方ないさ』
カイト『敵の方だってよ、ぶふっ』
そんなやり取りの後、カイトが呼び出したロック鳥に乗せてアキバまで送り届けた。
そこまでは良かったのだが、その夜彼らがジョージと一緒に第3ビルにやって来たのだ。
何でも、<ホネスティ>に入って、もっと言えば陽輔たちの部隊に入りたいというので挨拶に来たのだった
「アニキ達に拾って頂かなかったら、あっしらは…うぅ……これからは恩返しさせて頂きやす!!」
「いや、えっと…だから、あの…」
話を聞かずにあの時と同じセリフを口走り涙目になって気合を入れ直す新人と、困惑してオロオロする陽輔。
対照的な2人を見て、舞はくすくすと笑った。
「…で、陽輔君、今日はどうするの?」
「アニキ!あっしも手伝いやす!!」
「あぁ、うん…」
ブラッドレイに気圧されつつ、舞の言葉に思案する。
自分に出来ない事を嘆いても仕方ない。ミナミの法師は自分が出来る事をやっただけなのだろう。ならば。
「ちょっと、やりたい事は有るんだけど…」
「何すか!何でも言って下さい!あっしに出来る事なら何でもいたしやすぜ!!!」
「私も手伝うよ、ねー、ラムネ♪」
舞の言葉に、アルラウネもぴょんと飛び跳ねる。
「舞ちゃんはいいんだけど…ブラッドレイさんは無理じゃないかな…」
「えっ!?…な、何でですかアニキ!?!」
今度は逆の意味で涙目になっている。
「PKの見回り…したいんだ」
陽輔の言葉は、静かに、だが鋭く、屋上に染み渡った。
◆ ◆ ◆
「見回りぃ?ふぅ~ん…」
舞からの念話を受け、三月兎が呟く。
弁当を食べる手を休め、空を見上げる。中天に掛かる太陽から、庭に光が注いでいた。
「じゃあ凜太郎君と文絵さんにもよろしくな~」
『うん』
あの親子を始めとする低レベルプレイヤーは、フェラク=グンドゥや菜穂美を始めとする幹部たちの指導で教導訓練をしている。
流石に<D.D.D>ほどの規模は無いが、それでも大災害前から500人は下らない大手ギルドだ。最近、加入して来る冒険者が増え、700人を超えたらしい。
下部組織を含めれば、新人~中堅レベルでもそれなりの人数は居るようだ。
回線を切り、視線を前方に戻す。畑の畝に葉っぱが茂り、野菜たちはすくすくと生長している。
大地人の夫婦は、庭の端に設置してある小屋兼住居で昼休みを取っている。
「相変わらず味無いなぁ~…はぁ…」
憂鬱な気分がついつい漏れる。今食べている弁当も、メニューから作成した物だ。
<農家>というサブ職業は、野菜中心の料理なら作れるように設計してあるため、野菜多めなら弁当も自作は出来るのだが。
素材そのものは味が有る。だが、メニューから調理すると湿気た煎餅のようになってしまい、どうにもやるせない気持ちになってしまう。
口直しに、庭で作った野菜を皿に盛りつけて食べる。
「むぐむぐ…やっぱり丹精込めて作った野菜は美味いなぁ」
トマトやキャベツなど、それぞれの甘味が口の中に広がり、シャキシャキとした食感がアクセントを添える。ついつい顔が綻んだ。
「う~ん、PKと味かぁ…先輩なら何か知らないかなぁ~…でも忙しそうだしなぁ~…」
あれ以来、朝霧とはたまに連絡を取っていたし、あちらのギルドの人間が野菜を取りに来た事も有るが、色々実験してみると言っていたから、基本的にこちらから連絡するのは憚られる。
「まぁいいか。なんか重大な事が分かったら連絡して来るだろうし」
しかしそれは今までと同じであるため、特に問題も無いので放置する。当面の問題は治安の悪化だ。
現在、<三月兎の狂宴>は「@ホネスティ」が付いているため、普通の中小ギルドよりは面倒事に巻き込まれる事は少ないだろう。ゲーム時代に設定しておいて良かった。
「ま、あいつらと一緒なら大丈夫かな」
最悪、舞たちに何かが有った場合は、先輩や古巣に連絡して対処してもらおうと思っている。
完全に職権乱用かつ動いてくれるかは未知数だが、彼女はある程度楽観視している。そういう事態になる可能性も含めて、だ。
三月兎はそれぞれの顔を思い浮かべると、食べ終えた弁当を片付け、腰を上げた。
「そういや、あのケチんぼはミナミを出たらしいな…こっち来るのかな…」
<ホネスティ>からの情報だ。今は<ヘイアン>の方に向かっているとの事だ。もしアキバに来るならもてなしてやらないと。
とは言っても、流石に今日明日という事は無いはずだ。多分、9月か10月辺りになると思われる。近づいて来てからでも遅くは無い。
因みに、レオ丸が下戸である事は頭から抜けているらしい。
「酒はどんぐらい要るかなぁ…1日分でいいか。一升瓶が…2人で…2ダースぐらい置いとくか?味無いけど仕方ないな。まぁ”あの人”じゃないからそれぐらいでいいか」
実は現実世界で印象に残っている人が居る。
知り合いのお爺さんなのだが、曰く「酒が飲めねぇヤツは人間じゃねぇ」だの「アルコール?50度以下は水だ」だの。近所の話では、笊では無くバキュームカーだそうだ。
ついでに言えばあと数年で80に手が届く年齢であり、40台後半の早苗に対して「40?そんなもんおむつ取れたばっかのひよっこだよ」と仰っていた。
50でよちよち歩き、60でやっと立つぐらいで、人生謳歌するのは70からだそうだ。20~30は生まれたばっかの赤ん坊らしい。
伝統的な日本家屋の縁側で、サングラスを掛け、葉巻を吸いながらグラスを傾け、そうのたまっていた。中々シェケナベイベーな御仁である。
老人『ひ孫の顔見るまでは死ねねぇなぁ』
早苗『おみそれ致しました』
老人『カッカッカ、あんたもまだまだ先が有るんだ、人生これからだよ』
人間という肉体の、寿命の限界まで生きそうな気がする。
そんな人生の大先輩にレオ丸が下戸である事を掻い摘んで話すと、「そんなヤツは人間の屑だな、鍛えてやんねぇと」と鼻で笑っていたのを覚えている。
全くその通りだ、と思った。その後、早苗と老人は意気投合し、陽輔の母方の実家で朝まで飲み明かした。
あの後、早苗は流石にフラフラになったが、その老人は「だらしねぇな」と言ってまだ飲んでいた。後でお婆さんと娘さんにしこたま怒られてしょぼくれていたが。
果たして先輩たちとあの人はどっちが強いのだろうか。正直興味が湧く。
お爺さんは流石にエルダーテイルはやってなかった。もし巻き込まれていたら、2人で酒が尋常じゃ無い消費量になっていただろう。
陽輔は普段酒を飲まないが、あの遺伝子は継承しているのだろうか。だとしたら将来が楽しみだ。
「元の世界に戻ったらあのハゲ連れて行こうかなぁ…鍛えてもらおうか。楽しみだなぁ、ケッケッケ」
三月兎はギイイと口を吊り上げ、鋭い笑みを浮かべる。往年の悪魔のような笑み。子供が見たら泣き叫んで逃げ出しそうだ。
「さってと…午後の作業をやるか」
うーん、と伸びをして、彼女は大地人の小屋に向かった。
「レイナードさん、マリアンさん、そろそろやりますか♪」
「そうですねマダム、よろしくお願いします」
作業着を着た年配の大地人夫婦と共に、三月兎は農具を手に持った――。
◆ ◆ ◆
「そう…分かった。じゃあ僕たちはこのまま南側を回るよ」
森の中、陽輔は念話を切り、周囲を見回す。全員ではないが、<ヘリオポリス>のメンバーが集まっている。
見回りを開始してから3日。低レベルの親子とブラッドレイたちはゲオルグの付添でレベル上げと連携訓練だ。
「<西風の旅団>はこのまま北側を回るらしいよ」
「じゃあ俺たちはこっち側だな」
「あぁ」
陽輔はカイトに頷き、集団の先頭を歩く。
先頭と言っても冒険者としてであり、集団の前には舞とジョージが召喚した従者たちが居るし、パーティにはシブヤ組から比呂が参加している。
昨日見回った時に、偶然あちらと遭遇した。目的が一緒だったようだ。
相談の結果、違う場所を見回った方が効率もいいという事になり、こうして時々、念話連絡を取り合っているのだ。
「この辺のゾーンは問題ないみたいだね」
「それじゃ、行きましょうか」
陽輔は比呂の言葉に頷き、歩き出した――。
ダメだ、早苗さんに引きずられて酒豪しか出て来ない(^ω^;)
基本的に舞ちゃんと兎さんは手作業の重要性を分かってません。
その辺はちょっと天然っぽい感じで一つ。