第19話
五日後、陽輔たちはイーサン組と合流した。
「お務めご苦労様です」
「何その挨拶?」
「いや聞いたっすよ。二日目は軟禁状態だったって」
確かに、部屋の外では刑務所かと思うぐらい三月兎に監視された。
あの執念は一体何なのだろう。
思い出したのか、舞とカイトも無表情になった。
カイトに関しては、いつもの使いっ走りでこき使われた。
「まぁ、うん…ソウダネ」
三人とも乾いた笑いしか出ない。
三月兎は相変わらずだ。誰か止められる人は居ないものか。
元の世界には愛子が居たが、ここには居ない。
三月兎の辞書に、自重とか反省とかデリカシーなどと言う言葉は無いのだろうか。
「掠れてる?」
「そもそも載ってるかどうか怪しいぜ」
「確かに」
カイトの言葉に全員頷いた。
◆ ◆ ◆
「それじゃあ、出発の前日には、また声を掛けるよ」
「はーい」
「ほなよろしゅう」
町に着いたマミと皿子は、冒険者たちと一旦別れた。
宿に着いた二人は、町をブラブラ散歩する事にした。
「賑わっとるなぁ」
「櫛八玉さんが後ろ盾なんだって」
「ほーん、元三羽烏かぁ」
雑談を交わしながら町の端までやって来た。
「あ、なんか御堂が有るよぉ」
「お、ホンマや」
「そう言えば、あっちの出入口にも有ったねぇ」
「せやったな」
折角だからお詣りでもしようか。
「コレは…多聞天…?やったっけ?」
「うーん、良く分かんないねぇ」
関西の法師に聞けば分かるだろうが、生憎ここには居ない上に、重要なのはお詣りなので忘れる事にした。
「えっと、お供え物はぁ」
「あんた、毒瓶供えてどないすんねんな」
「え?だって他に無いし」
「まさか祟られたりせえへんやろな」
皿子が当たり前の様に、毒瓶を一つ仏像の前に置いた。
「んもう、しゃあないなぁホンマに」
「とか言いつつ、マミちゃんも毒瓶だねぇ」
「…」
マミは黙秘権を行使した。
「何祈ろか?」
「うーん…やっぱり旅の無事?」
「せやなぁ」
二人でお詣りをする。
二回お辞儀をし、二回柏手を打ち、手を合わせて祈った。
(二人とも無事にアキバに着きます様に)
(皿子と一緒にアキバに行けます様に)
十数秒間の祈りを終え、御堂から一歩離れる。
そこで異変が起こった。
ピカーン――!
「な、なんやぁ!?」
「うひょぅ!?」
いきなり仏像が光りだし、その光が御堂全体を包み込んだ。
二人は思わず尻餅を着いた。
呆けている間に、光は柱の様になって空へと登った。
「「おぉおぉぉおぉぉ…!」」
二人して間抜けな表情で固まる。
空へ登った光の柱は、ある程度の高さになると、そこに天井が有る様に薄く広がり始めた。
「な、なんやこれぇ…!?」
「ほえー…」
二人がポカンと口を開けて見上げる中、やがて光の柱は消え去り、静寂が戻った。
「…な、なんやったんや…?」
「…さぁ…?」
二人して首を捻るが、当然答えなど出ない。
「なんかのフラグでも踏んだんやろか?」
マミが呟きながら周囲を見回すが、特に何も変化は無い。
「あ、皿子なんしとんねん」
「え?毒瓶の回収だよ」
「なんでやねん」
「だって、神様だってこんなの供えられても嬉しくないでしょ」
「いや真っ先に供えたんあんたやろ」
「…あれぇ?」
マミの言葉を無視していた皿子が、首を捻った。
「どないしたんや?」
「私たちがお供えしたのって、毒瓶だよねぇ?」
「うんそうやけど?」
「ちょっとこれ見てぇ」
皿子が回収した瓶を、マミは手に取った。
「ステータス」
「うん…?」
皿子に言われて効能を調べる。
・HP一割回復
・MP一割回復
・各種状態異常を治癒
・各種異常耐性付与
「…え?」
思わず二度見した。そして数秒固まった。
効果が反転しているのだ。
「えっ、ちょっ、これっ」
我に返ったマミは、瓶と皿子を見比べてオロオロしだした。
「不思議だねぇ、さすがセルデシアだねぇ」
「のんびりしとる場合やないで!」
あははーと笑う皿子に、マミは気色ばんだ。
「ほえ?」
「他の瓶も供えて祈るんや!」
「おぉー、なるほど」
二人併せて十数個の瓶を供え、柏手を打ち再び祈る。
(奇跡を~…もう一度奇跡を~…)
(えっとぉ…無病息災、無病息災…)
五分後、マミは意気消沈していた。
「何にも起こらないねぇ」
「そんなアホな…」
いやちょっと待て。
確か他にも御堂は有った。
二人で探し回り、街に入る時に見かけた一つ目の他に残りの二つを見つけたが、その労苦は無駄に終わった。
「なんも起こらへん…」
マミは四つ目の御堂の前で肩を落とした。
「あはは~、一回こっきりのイベントかなぁ」
皿子がほんわりと笑う中、マミは地面に手をついて四つん這いになる。
「嘘やん…」
マミの呟きは、皿子にしか届いていなかった。
◆ ◆ ◆
「マイハマの方だけど、やっと交渉が始まったらしいね」
「あぁ、みたいですね」
ジョージは本部から、陽輔は三月兎から聞いた。
流石は貴族の集まりだ。
社交パーティで十日ほど埋められたらしい。
どうやらこれが普通な様だが、やはり異文化交流は慎重にしないといけない。
日本人らしく早めに会場に行ったら、鼻で笑われたと言う。
クラスティたちが見事なダンスを披露して、陰口を黙らせたそうだが。
「クラスティ君何でも出来るなぁ」
「ですねぇ」
自分たちは行かなくて良かった。
恥を晒すだけだ。
まぁ報告では、ダンスの苦手なシロエも音ゲーの応用で踊れたらしいが。
「はてさて、これからどうなるかねぇ」
本番はここからであろう。
大地人貴族たちとの交渉や折衝の依頼は、恐らく山の様に来ている筈だ。
「…何だか、胃が痛くなりそうです」
「そうだね」
参加しなくて良かったと、二人で苦笑いした。
それはそれとして、今後は大地人との関係を考え直す必要が有るのだろう。
個人個人では既に認識を改めている者も少なくないが、街全体としてはまだまだ途上である。
様々な部署の立ち上げ、それに伴う一般窓口の設置と雇用…少しずつ整って来ているし、大地人の流入も増えて来ているが、お互いにまだ戸惑っている事が多い。
常識が違い過ぎるのだから当然だろう。
まだ適応出来ずに、大地人をNPCと認識している冒険者も少ないが散見される。
徐々に慣れていくしか無いのかも知れない。
「まぁ僕たちは出来る事をやるだけだけどね」
ジョージの言葉に陽輔は苦笑しながら頷いた。
「所で、これからどうするんだい?」
「うーん、そうですねぇ…」
八の運河のハイコーストを出た後、東海道を進めば、横浜を越えて箱根の関所。
そこで道が分かれる。
南に行けば伊豆半島、西に行けば東海道をそのまま進む。
北に行くと、諏訪まで道が伸びて行き、その向こうは北陸、日本海だ。
奥多摩を突っ切って甲府まで行くルートも有る。
「アキバに戻るのも有りだけどね」
「うう…」
選択肢が沢山有って悩む。
陽輔は腕を組んで考え込んだ。




