第16話
7月上旬には本来、とある記念日が有りました
「陽輔君、何してるの?」
「あ、ううん、何でも無いよ」
「…そう?」
「うん…行こうか」
「…うん…」
◆ ◆ ◆
ぶっすー。
「えーっと…」
「…」
「あの…舞、さん…?」
「…」
「どうか、したんですか…?」
「何がぁ?」
確実に怒っている。
偵察用の<灰色狼>も耳を垂れて恐る恐ると言った雰囲気で脇に控える。
よりこが恐々と舞に水を向けた。
向けたが。
「えっと…」
「…はぁ…」
溜息を吐いてばかりで話にならない。
「お、怒って…ます?」
「何で…?」
「いや、だって…」
「はぁ…」
膨れっ面で溜息吐いてむすっとしていれば誰でもそう思う。
よりこは原因を探ろうとするが、良い考えが浮かばないので振り返り、陽輔を探した。
後方でカイトたちと歩いている。
一見していつも通りの様だが。
「あ、陽輔さん?」
『ん?よりこちゃん、どうしたの?』
念話で陽輔を呼び出し、声を落として舞に聞こえない様にした。
「あの…舞さんと、何か有りました?」
『えっ?いや別に…舞ちゃんがどうかした?』
「えっと、その…いや、何でも、無い、です…」
『えっ、そう?』
「は、はい…」
陽輔には心当たりが無いらしいのでそのまま切った。
どうしようか。無闇に藪を突いても蛇が出て来たらとばっちりを食らう。
舞の逆鱗に触れたくないし、二人の仲を拗らせてもいけないし。
取り敢えず戦闘中はいつも通りなのでこのまま様子を見ようか。
「あ、23号さん」
「何だ、君たちか」
よりこが、道の向こうから歩いてきた<施療神官>を見つけ挨拶をする。
少し残念そうな顔をされてしまった。
「何か有ったんですか?」
「あぁ~…まぁ、ちょっとね…」
陽輔の問いに対し、モノノフ23号は歯切れ悪く応えた。
言っても良いものか少し逡巡した様子だったが、丁度休憩を取った事も有り、モノノフ23号はポツポツと話し出した。
「僕と一緒に入ったモノノフナンバーズ、覚えてる?」
「あぁ、はい。元<ゆうゆうFC>の」
確か、23号:施療神官、59号:盗剣士、71号:神祇官、104号:妖術師がアキバに居て<ホネスティ>に入り、37号:武士がミナミに、11号:武闘家がナカスに居たんだったか。
「59号さんがね…昨日、ギルドを抜けてアキバを出て行ったんだ」
「アキバを?」
頷いたモノノフ23号によると、最近様子がおかしかったらしい。
そして、ある噂を聞いた途端飛び出す様にして出て行ったと言う。
「噂、ですか?」
「何が何でも元の世界に帰るって連中が集まって、一つの集団を作ってるらしいんだ」
「じゃあ、59号さんはそこに?」
「多分。ただ、ちょっと思想が不穏でね」
「不穏…?」
何が何でも、と言うのは詰まる所、何をしてでも、どんな犠牲を払ってでも、と言う事になる。
念話もブロックされているし、その内何かしでかさないか若干心配になっているそうだ。
「で、まあ、調査のついでに探してるんだけどね」
「なるほど…」
ヤマトはハーフガイアによって距離が半分、面積は四分の一になっているが、人間から見るとやはり大きいようで、手分けして探しているがまだ見つからないと言う。
「それじゃあ、僕たちも見つけたら連絡します」
「あぁ、助かるよ」
モノノフ23号は、休憩が終わると陽輔たちから離れ、元のパーティと合流して街道を歩いて行った。
◆ ◆ ◆
「だは~…やっと着いたでぇ…」
「や~、楽しかったねぇ~♪」
「何処がや!!!」
へとへとになりながらやっとの思いでヨコハマに辿り着いた凸凹コンビは、街の入り口でいつもの漫才を披露した。
マミが疲れ果てているのは、いつもの様に皿子が余計な依頼を引き受け、寄り道に寄り道を重ねた挙句、<ワイバーン>やら<トレント>やらを引き付けてしまったが故である。
かくて、二桁の数の魔物と二人きりの冒険者ペアの鬼ごっこが開始されたのだ。
<森呪遣い>と<妖術師>のコンビではヘイト操作や耐久性に不安が有るが致し方ない。
二人とも紙装甲で、燃費も良いとは言えないのだ。
せめてボクスルトで誰か壁職を誘えなかったかと、今更ながらに後悔したが時既に遅かった。
この鬼ごっこが解消されたのはつい数十分ほど前の事だ。
偶々アキバから遠征に来ていた冒険者の一団が辻支援をしてくれたのである。
「でも助かったねぇ~♪」
「あ~、ホンマやなぁ…あの人らに感謝せんとなぁ」
アキバを目指していると伝えたら、ヨコハマまでは案内出来ると言ってくれたのだ。
そして漸くここまで来た。
彼らはついさっき別れ、別の方角へ出立して行った。
「そう言えば、私のステータス見て驚いてたねぇ」
「あぁ、<ホネスティ>でビックリしとったなぁ…なんや有ったんやろか」
「マーチさんと陽輔君の名前出したらもっかい驚かれたけど」
「…マーチさんら、なんかしでかしたんか…?」
<ホネスティ>は確かに円卓の幹部に名を連ねているから驚くのは分かる。
だが、三月兎や陽輔の名前は、それほど外部に有名では無かろうに。
もしかしたら知り合いだろうか。
「取り敢えず、ここで考えとっても埒あかんし…って皿子、置いてくなや!」
「ぼーっとしてるマミちゃんが悪いんじゃないの?」
「ちょっ、待てやコラ~!」
鬼の様な形相で追いかけるマミと対照的に、皿子はいつもの様に上機嫌で街に足を踏み入れた…。
◆ ◆ ◆
「陽輔君、どうしたんだい?」
「はぁ、ちょっとアクセサリを…」
立ち寄った村で、ジョージが露店を眺めている陽輔に問いかけた。目が真剣そのものだったからだ。
「誕生日、過ぎちゃったんですよね…」
「あぁ…そう言えばそうか」
舞の誕生日が七月上旬だった事をジョージも思い出した。
大災害から色々有って、すっかり忘れていた。
しかも今まで露店も無い小さな開拓村を中心に回っていたので、買う機会が無かったのだ。
「何が良いかなぁと思って…」
「舞ちゃんなら何でも喜びそうだけどね」
「そうですかね…?」
陽輔の疑問にジョージは頷いた。
指輪でもネックレスでも何でも良いが、気持ちを込めるのが大事じゃないかなぁ、と呟く。
「なるほど…」
取り敢えず陽輔は適当な指輪を手に取った。
紅い色…熱耐性を少し付与する物だ。
丁度暑い季節だし。しげしげと眺め、これで良いかと購入を決めた。
「有難うございます…プロポーズですかい?」
「えっ!?」
露天商の主が訳知り顔でニヤリと笑ったので、面食らった陽輔であった。
◆ ◆ ◆
「で…何が有ったんですか?」
舞の部屋によりことリリーが集まり、話を聞いている。
「…それがさあ…」
ベッドに腰掛け、枕を抱きしめながら、舞がポツリポツリと話し始めた。
「陽輔君、なんか隠し事が有るみたいでさぁ」
「隠し事、ですか?」
「うん…」
昨日の事だ。
何か探している様子だったので声を掛けてみたが、特に何も無いと言う風情で誤魔化された。
困っている事が有るなら手伝いたいが、しつこく聞いても大抵嫌がられる。
「男の人ってそう言うとこ有りますよねぇ」
「確かに」
「陽輔君もだけど、何でもかんでも一人で抱え込もうとして」
三人で首肯する。
「少しくらい頼ってくれても良いのになぁ」
「そうですよねぇ」
「何であんなに一人にこだわるんですかねぇ」
「ホントだよねぇ」
男の人の考え方が分からないと三人でまた頷き合った。
「でも陽輔さんって、結構優良物件じゃないですか?」
「私もそう思う。優しいし、結構頼りになるし」
「それに舞さんのことチョー大事にしてるし」
よりことリリーが目を合わせて結託した。
「え~、そ、そうかなぁ?」
満更でも無さそうだ。よし、もう一押し。
「そうですよぅ!」
「羨ましいぐらい」
「え~?…えへへへ…」
舞の機嫌が直った。二人で頷きあった。
翌日
「マーチさん大ニュースっすよ!」
『お?イーサンどうした?』
「陽輔先輩がとうとう舞先輩にプロポーズしたっすよおおおおお!!」
『な、なんだってえええええええええ!!!!』
モノノフナンバーズは散らばっています
ミナミの人はプラント・フロウデンに吸収されました
探している相手は望郷派