第15話
レオ丸法師にご出張頂きました。
声の出演だけですが。
真に有り難う御座います(90度お辞儀
どうして…何でだ…。
「くそっ」
赤い髪の少年は悪態をつくが、状況は変わらない。寧ろ、徐々に悪化しているだろう。
頼りになるのは手に持った木の棒一本、背後には幼い妹。対して目の前には、狂気に満ちた亜人の集団、その数五体。
二人の後ろには小屋の壁…追い詰められた。
「ギャッギャッギャッギャッ!」
何体かが不敵に笑う。既に勝利を確信した笑い方でこちらを見下している。実際にそうなのだろう。恐らくレベルも違う。
人数においても、実質的に戦えるのは自分一人だけだが、連中は五体居る。しかも奥には六体目として隊長らしきゴブリンも控えていた。
「お、おにいちゃん…」
「ニナ…大丈夫だ、兄ちゃんが守ってやるからな」
妹の小さな手が、少年の服の裾をぎゅっと掴んで離さない。少年には、その手の震えが伝わって来た。
両手に力を込め、棒を握り直す。せめて妹だけでも逃がさなければ。
「ギャッギャッギャッ!」
決死の覚悟を見せた少年に対し、ゴブリンたちは更に嘲笑い距離を縮める。
「ギーー!!!」
後ろに控えていた隊長が叫んだ直後、正面のゴブリンが斧を振りかざした。
「サーペントボルト!」
「ギギィ!?」
突如、ゴブリンの隊長と隊員たちの間に雷光が奔った。
全員が動きを止めて発射源の方を振り向いた。兄妹も同様に目をぱちくりさせながら顔を向ける。
藍色のローブを来た魔術師風の少女が茂みの向こうからこちらに杖を翳していた。
「ギィギィ!」
「ギャギャッ!」
ゴブリンの小隊長がそちらを指差した瞬間、前衛のゴブリンたちが少女の方に向かって走り始めた。
だが、何処からか掛かって来た歌に、ゴブリンたちの動きが鈍くなる。
その間に藍色の少女が茂みの奥に引っ込み、代わりに全身鎧を装備した少年が横合いから飛び出して来た。
「アンカーハウル!」
気合とともに少年の全身が光り、ゴブリンたちの目がそちらに釘付けになった。
小隊長も目を血走らせ、六体のゴブリン全員がその<守護戦士>一人に躍起になっている。
だが、彼らの動きはカタツムリの様に鈍重になっていて、中々距離を詰められない。
そうこうしている間に他の冒険者たちが姿を現した。
「デュアルベット!」
「フロストスピアー!」
両手に剣を持った少女が目にも止まらぬ速さで動き、空いた所に魔術師の少女が氷の槍を撃ち込む。
瞬く間に六体のゴブリンたちは泡と消えた。
「君たち、大丈夫?」
「あ、えと…」
少年は突然の事で言葉が継げない。
両手に剣を持った少女が納刀しながら近づいてくる。
ゴブリンたちを倒したという事は敵では無いのだろう。噂に聞く冒険者と言う存在か。
「え~と…エリオ君と、ニナちゃんか」
「えっ…どうして知ってるの…?」
「あぁ~、私たち冒険者はね、相手を見つめると幾つかステータスが見れるのよ」
少女はニカッと笑った。
ニナは警戒を少し解いたらしく、エリオの陰から横に移動して来た。
エリオの服の裾をギュッと握っているが、冒険者と言う存在に興味津々の様子だ。
「ぼう…けん、しゃ…?」
「お姉ちゃん、たち、が…?」
「うん。取り敢えず、君たちが助かって良かったよ」
助かった、のか?
自分たちは…助かったのか。
安堵した途端手が震え、頬を涙が伝わって来た。
それを見たニナが先に泣き出した。
エリオの涙を安堵による発露と理解したのだろう。感情が堰を切って溢れ出した様だ。
「お、お前、泣くんじゃねえよ…」
「おにいちゃん、だって、ないてる…」
二人とも語尾が掠れて顔もぐしゃぐしゃだ。
だが、冒険者たちはそれを笑いながら迎え入れてくれた。
「あ、先輩、大地人の子供を二人保護したっす…うっす、じゃあ連れて帰るっす」
<守護戦士>の少年が虚空に向かって話している。
泣き止んだニナが不思議そうにそれを眺めていた。
「一応、捜索と警戒は怠るなって」
<守護戦士>の少年の言葉に全員が頷く。
「だれとはなしてたの?」
「あぁ~…遠く離れた仲間だよ」
「私たちはね、傍に居なくても会話が出来る能力を持ってるのよ」
「えっ…」
なんか凄い…これが冒険者か。
この人たちも十分強いと思ったが冒険者の中ではレベルが下の方で、もっと強い人がわんさか居るという。
噂には聞いていたが、想像以上の存在らしい。
二人は取り敢えず彼らに保護される事となった。
◆ ◆ ◆
「おうレオ丸!今何処に居んだゴルァ!!」
『あー、えーっと、……やぁ、サナエさん』
掛かってきた念話に、開口一番三月兎は叫んだ。ほぼ恫喝の様な低い声音である。
向こうの声はタジタジだったが、三月兎は気にしない。
アキバの大通りで、皆の視線を一心に浴びるが全く気にしない。
「で、いつアキバに来るんだ?」
『いやぁ~、まだちょび~っと、掛かりそうやな』
「えぇ~、んだよ折角楽しみにしてんのにさぁ。しぇんぱいたちも最近またどっか行ってるし…」
『御前さんに何ぞ有ったんか?』
「何だか急がしそうで、遊んでくれなくてさぁ」
三月兎はぶつくさと小言を言う。無論、「遊ぶ」と言うのは実際に遊ぶ訳では無く、言葉の綾だ。
『ほう、さいでっか』
長年の付き合いらしく、レオ丸はそのまま相槌を打った。
折角<円卓>が出来たのに、結成前よりバタバタしている印象を受ける。
ここ数日も、あまりアキバには帰って無いらしい。今日も何処かへ出かけていて、ギルドハウスには居なかった。
少しぐらい休んでもバチは当たらないだろうに、その内過労死しそうで若干心配だ。
「まあ冒険者の体は頑丈だけどさ…」
『じっとしておれんのは御前さんの性分なんやろうな』
「…で、いつ来るんだ?」
『…それはまぁ、ボチボチと…』
「えー…まぁいいや。アキバ着いたら奢ってやるからさっさと来いよ」
『…まぁ善処しますわ…』
役所みたいだな、と思いつつ三月兎は念話を切った。
七月初旬、そろそろ梅雨も明ける頃か。昨日降った雨は地面に水たまりを作っていたが、既に乾き始めている。
「…あ、一つ聞くの忘れてた…」
急な念話で失念していたのだが、ふと思い出した。
東のゴブリン王と西のスザクモン…今はどうなっているか、レオ丸か朝霧なら何か知ってるだろうか。
「…まぁいいか」
あの二人ならどうにかしてくれるだろう。
そもそも三月兎自身、シブヤの有志がゴブリンの巣を潰し回っていたと先ほど聞いてやっと思い出したぐらいには忘れていたのだ。
低レベルの自分に何か出来るとも思えないし。
それにしても、レオ丸は自分に何の用が有ったのだろうか。
こっちの愚痴を聞いてもらっただけで終わった気がするが、切る時は普通に挨拶をして切ってしまった。
しかしまぁ、向こうから何も言わなかった辺り、必要な情報は渡していたという事だろう。知らない内に。
「さて…先輩も居ねえし、帰るか…」
三月兎は、味の無い酒を調達して帰路に着いた。
◆ ◆ ◆
奥多摩の森の少し開けた所にイーサンたちが居た。
「この子たちだけか…」
「うす」
夜の帳が降りそうな夕暮れ時、彼らと合流した陽輔は、ベースキャンプの焚火の前で報告を受けた。
どうやら間に合わなかったらしい。いや、襲われていた所だったのだから、二人だけでも助けられたのは僥倖と言うべきか。
しかし、もっと早く駆け付けていれば、とも思う。
大災害直後は冒険者自体が色々有ったので仕方ないとも言えるが、大地人たちからすれば言い訳にしかならないだろうか。
「エリオ君、ニナちゃん、よろしくね♪」
舞がしゃがんで手を差し出した。エリオはニナの顔を見つめた後、おずおずと握手をする。思いのほか力が強く、舞は内心で驚くとともに納得した。
ニナはまだエリオの服の裾をぎゅっと掴んだまま離さない。
「取り敢えずメシにすっか!」
「あぁ、そうだな」
カイトの言葉に陽輔が頷き、周囲もそれを合図に動き始めた。
途端に兄妹のお腹がグルグルと音を響かせる。
「おにいちゃん…」
「あ、あの…」
「大丈夫だよ、二人の分も有るから」
「えっ…?」
舞の言葉に驚いた二人は顔を見合わせた。
ぽかんとしている二人の前で、舞はフリフリのエプロンを付けて作業に参加する。
「そういやジョージさんたちは?」
「あぁ、今こっちに向かってるって」
「ふーん」
別の村を見回っていたが、シブヤ組と合流して戻って来るらしい。
そんな事を話しながら、慣れている様子でテキパキと準備を進める。
少しして肉や野菜の焼ける匂いが漂って来た。
何だろう、これは。
何の匂いだろう?嗅ぐと、お腹がとても空いてくる。
妙な感覚に戸惑っていると、舞が料理の乗った皿を差し出して来た。
「はい、どうぞ」
「えっ…あっ…」
一人に一皿ずつ、フォークも付けて手渡された。
「焼きたてで熱いから気を付けてね」
渡された料理を二人とも暫し見つめる。
その後、陽輔たちが食べ始めたのを見て漸くフォークを突き刺した。
「どぉ?美味しい?」
返事をせず一心不乱に食べる兄妹を見て、舞は満足した様に笑った。
「陽輔君、おかわり有る?」
「あぁ、ちょっと待って」
あっという間に皿が空っぽになり、物足りない表情でそれを見つめる兄妹。
だが、舞が新しい皿を差し出して頷くと、今度は目を輝かせながら受け取った。
「この子たちどうするの?」
「うん…流石にこのまま置いてく訳には行かないけど、旅に連れて行く訳にも…」
「叔母さんかジョージさんたちに相談してみる?」
「そうだね…それが確実かな」
アキバに連れて行く道中は一緒に行くとして、その後の住まいやら何やらは大事な事だ。
<狂宴>にはまだ若干空き部屋が残っているし、他の知り合いに預けても良い。
いずれにしても、三月兎かジョージたちに相談するのが先だろう。
「これもうめぇぞ」
「熱いから気ぃ付けろよ」
カイトとイーサンが兄妹の世話をしている。
何だかんだ仲良くなっているようだ。
リリーたち低レベル組も、時々話し掛けて笑っていた。
◆ ◆ ◆
二人は山道をえっちらおっちら歩いていた。
もうすぐ箱根の関所だ。こっちの世界では<ボクスルト>と呼ばれている。
冒険者だけであれば、もっと速く進めるのだが。
「いやぁ、冒険者様がたが居てくれて助かりますわ」
「い~え~こちらこそ~」
マミが愛想笑いを浮かべて応じる。
皿子は呑気に鼻歌を歌いながら商人たちの馬車に随行していた。
「それにしても荷物一杯だねぇ~」
「あぁ、アキバの街とその周辺が活気付いてきてるってぇ話を聞きましてね。一儲けしようと思いまして」
「あ~、そうだねぇ~」
皿子はそのままの調子で相槌を打つが、マミには気懸かりだった。
明らかに重量オーバーではないだろうか。
この山道で大丈夫なのか。
ガタゴトと不規則に揺れる荷馬車にはサスペンションなんぞ付いてない。
地面の揺れがダイレクトに伝わるのだ。
「なぁ、皿子」
「なぁにぃ~?」
「これ、危なくないやろか?」
「何がぁ?」
きょとんとして首を傾げる相方に、マミは溜息を吐いた。
まさか気付いてないのか。
「あ、ねぇおじさん」
「はい、何でしょう?」
「ここ、バランス悪いよぉ?」
皿子は、ペチペチと荷物の一部を叩いて指摘する。
口調は相変わらずマイペースで、顔もいつも通りのほわほわした笑顔だったが、商人は血相を変えて直ぐに馬車を停止させた。
「おっとコイツはいけねぇ。縛り直さねえと!」
「あはは~、危なかったね~」
慌てて荷物を固定し直す大地人たちに、皿子は普段通りのマイペース振りを見せながら笑う。
マミはこういう時に思う。皿子は果たして天然なのか計算しているのか。
普段はマイペースで天然っぽいのだが、ごくたまにこう言う事があるので面食らう。
たった今も、自分は漠然と全体の揺れを心配しただけだったが、マミは荷物の崩れをピンポイントで直させた。
「ふう…これで良いかな」
「お~、さっきよりしっかりしてる~♪」
ペチペチと荷物の側面を叩く皿子を見て、マミは人知れず苦笑いを浮かべた。
「おぉ?ねぇマミちゃん」
「ん~?」
「あれ、何だろう?」
皿子は麓の森の方を指差した。
森の中で魔法の光が弾けるのが見えた。少しずつ東に移動している様だ。
「何や、あれ…?」
「戦ってるみたいだねぇ…」
遠くて正確には分からないが、片方のグループがもう片方のグループを追いかけている様に見える。
もっと近ければステータス等も見れるのだが。
しかし、逃げている方が周囲の地形や状況を上手く使って翻弄している様にも見えた。
「訓練…?」
「アホ、そんな風に見えるか」
「それもそっか」
どの道、割り込む余裕など自分たちには無い。
こっちもこっちで必死なのだ。死んだらバラバラに離れてしまう。
「もうすぐ関所やな」
「お~♪」
二人は馬車と共に門を潜った…。
◆ ◆ ◆
翌朝、陽輔は三月兎に念話を掛けていた。
『おう、うちなら構わねえぞ』
「えっ、あっ、はい…」
兄妹の事を話したら即答だった。
部屋は後一つか二つ空いているし、庭に居る大地人夫婦に預けても良いらしい。
「じゃあ、連れて帰ります」
『おう、宜しく』
相談と情報交換を済ませると、さっさと切れてしまった。
目線をキャンプ場にしている広場に向けると、カイトたちと兄妹が早速遊んでいた。
ベースキャンプに連れて帰って来たのが昨日の事だが、一晩で仲良くなっている。
「おるぁ!…あれ?」
「ぶは!何やってんすか!」
「っかしいな、俺<暗殺者>なのに」
「こうっすよ…ぃよっと!」
リフティングで浮いたボールをカイトが蹴ろうとしたが、空振りしてしまった様だ。
「何で<守護戦士>のお前が出来んだよ!しかもレベル低いのに!」
「低いっつっても55っすから。それに経験っすよぉ、ケ・イ・ケ・ン♪」
「ちくしょう、ドヤ顔止めろぉ!」
元の世界でも、サッカーやリフティングはイーサンの方が上手かった。
エリオがその様子を見てけらけらと笑っている。
こういう時は二人の明るさが頼もしいと思う。
ニナも舞と二人で花を摘んだりして遊んでいるらしい。
「で、話着いたか!」
「ああ、早苗さんはオーケーくれたよ」
「そっかそっか」
休憩に近づいて来たカイトが、念話を終えた陽輔に話を振って来た。
取り敢えず住む場所が決まった事で安堵している様だ。
カイトは陽輔の傍に座り込み、水を飲んだ。
「最後の手段は朝霧さんだって」
「そこは相変わらずだな」
「まぁいつも通りだよ、あの人は」
そう言えば、関西の法師が連絡してきたらしい。
世間話をしてそのまま切ったとの事だ。一体何の用だったのか、結局聞いてないそうだが。
「聞いてねえのかよ!」
カイトのツッコミに、陽輔も苦笑した。
細部で何処か抜けているのも相変わらずだ。
「『いつ来るんだ』ってぼやいてたけどね」
「来ねえ方が良い気もするけどな…」
捕まったら潰されそうで若干心配である。
「で、今日は?」
「出来ればアキバに戻りたいけど」
「あぁ、二人を送るんだな」
「うん…ジョージさんたちはもう少し周辺の調査するって言ってたから、僕たちは先に出ようか」
「りょーかい」
他にも困っている大地人が居るかも知れないから、アキバに向かいつつ周辺の村々を回って手を差し伸べていく方針だ。
正直、カイトが大型の騎乗生物を出せば時間も掛からないが、道中の情報も調査したいので、全員で帰る事にした。
それに、もっと遠ければその都度帰る事は出来ないだろう。
「よっしゃ!そろそろ行くか!」
カイトが立ち上がり、皆に声を掛けた…。
―――数日後―――
「領主会議に参加するならもう一人、情報分析に長けたメンバーが必要だろう」
「それはやっぱり…」
会議場に居た全員の視線が一ヶ所に集中する。
「…デスヨネー…」
シロエは盛大に溜め息を吐いた――。
エリオ7歳/Lv3
ニナ4歳/Lv1
初期装備
ひのきの棒×1
ボロボロの布×1
開拓民の子供ってこんなもんか?(^^;