第13話
テイク11
テルオ「こ、この作品は、デボーチェリ・ログのてーきゅっ」
よりこ「ちょっと何やってんのよ」
テルオ「いやだって」
リリー「二人ともマイク入ってるよ」
二人「ヒェッ」
先輩は一体何をやってるんだろう。
その光景を見た三月兎の最初の感想だ。
クレセントムーン出店の翌日、夕暮れ時の街中を散歩していたら、<D.D.D>や<ホネスティ>、<黒剣騎士団>の合同部隊と黒マントの集団との追跡劇に遭遇した。
黒マントの一人が万世橋から街の外に逃げ出したのを合図に、他のマントたちも街の中に散って行った。
色やその散り方から、文字通り蜘蛛の子が散って行く様だった。
顔には狐の仮面が被さっていて、何ともシュールな光景だった。
三月兎に取っては、その姿は見慣れた者である。
だから、先ず思った。『先輩たちは何で追いかけっこをやってるんだろう』と。
あそこまで組織的にマントや仮面を揃えられる物好きは、アキバ広しと雖もそうは居ない。
情報収集が専門の<ホネスティ>でも、恐らく<D.D.D>だろうと難しいだろう。
だが。
早苗の知人にはその物好きが揃っている。
とりわけあそこのギルドマスターの物好き具合はアキバでも一二を争うだろうと、常々思っていたが、まさかこんな事をやるとは。
(何だか楽しそうだったなぁ…)
あれから数日後、三月兎はそう思った。
まるで鬼ごっこだった。
出来るなら自分も混ざりたかった。
しかし相手は朝霧だ。恐らく何かの作戦の一環なのだろう。
そして現在、この街では、三つの噂話が飛び交っている。
1:クレセント・ムーン開業
2:三日月同盟と大手三大生産ギルドの業務提携
3:狐の仮面を被り、黒マントを羽織った連中の逃走劇
1と2は繋がっているだろうと容易く想像出来る。
素材を集めるのに、人海戦術は効率が良いからだ。
一方、3は一見して独立した事象の様に思える。何故なら、表面的には三日月同盟と何も関係が無い。
しかし、三月兎は直感でピンときた。
あの集団は多分、朝霧が関わっている。
ならば、この三つは無関係では無い筈だ。
(ヘイトの操作か?)
元々<武闘家>だった早苗は、何となく『タゲ回し』を脳裏に浮かべた。
壁職たちが数人でヘイトを管理し、敵の注意を分散させて被害を抑える手法だ。
情報を操作し、一番隠したい部分への関心を和らげる。
「あ~…先輩ならやりそうだなぁ…」
三月兎がポツリと呟き、手で野菜を千切ってサラダに盛り付ける。
朝霧ならその辺の情報操作は大得意だし、戦場操作もお手の物だろう。
腹黒い。弟子のシロエが腹黒いのは朝霧の影響か。
(あ~あ、善良な青年を腹黒にさせるなんて、先輩も罪深いなぁ)
何処まで大規模な作戦になるか分からないが、肝は味の秘密だろうか。
先日、陽輔が素材集めに参加し始めたらしいが、いきさつを古い友人から聞いた。
どうやら、この計画には野菜の納入元である三月兎自身も末端に関わっているようだ。
それはともかく、やはり味の秘密は計画の中核を為すらしい。
世間の注目する事柄が増えれば、それだけ視線が分散して安全性が高まる事になる。
シロエや朝霧も、それだけ裏で動きやすくなると言う事だろう。
それにしても。
(味の秘密って何だろうなぁ…)
全く分からない。
三月兎は手作業で盛り付けたサラダに、塩を少し振り掛け、ポリポリと頬張って行く。
葉物のシャキシャキ感やら根菜の歯ごたえが、それなりに美味い味を演出している。
(う~ん…味の秘密って結局何だろう…)
三月兎は、ぼーっと考えながら、目の前のサラダに手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
「へぇ~、狐の仮面に黒マントねぇ」
「そーなんすよ!もう凄かったっすよ!」
素材集めの休憩中、イーサンの話に陽輔が耳を傾ける。
ジョージやカイトからも報告が有ったが、彼らも実はイーサンからの情報だった。
イーサンは筆写師だったため、この数日、三月兎の頼みで本部の書類仕事を手伝わされていた。
そのため、陽輔に報告するのが今日になってしまったのである。
イーサンは鼻息を荒くしてその時の様子を語った。
「もう、ビューンって!ビューンって!」
「お、おう…」
ほぼ擬音のみである。
いまいち分からないが、兎に角凄かったのだろう。それだけは伝わった。
陽輔は適当に相槌を打ちながら考えた。
目撃された容姿は、明らかに先日の朝霧と同じ格好だ。
ならば、彼女が関わっている事は推測可能だ。
そして、朝霧が関わっているなら、多分、三月兎も関わっているのだろう。
尤も、三月兎自身が中枢に居るかは疑問…というか、ほぼ確信的に、末端に終始している気がする。
それよりも。
尚更、作為的な気がする。
わざと目立ったのか?何のために?
考えられるのは陽動。しかし何から視線を反らさせるのか。
全く分からない。
或いは、三月兎に聞けば何か分かるかも知れないが、何と無く知らなそうな気がする。
(はぁ…まぁいいか…情報が少ないし…)
陽輔は頭を切り替えた。
そもそもこの推測自体、砂上の楼閣だ。
あの時、樹上に現れた冒険者が朝霧であるとは限らないし、その『鬼ごっこ』に本人が関わっているかどうかも分からない。
推測に憶測を掛け合わせた物で、信ぴょう性は全く無いのだ。
休憩を終えた陽輔が立ち上がる。
「カイト」
「おう、そろそろ行くか」
カイトが、腕を回しながら、ふっ、と笑った。
「処でよぉ」
「ん~?」
カイトがふと思い出す。
「あの人ってさあ、いつもおぱんつの話してるよな」
「あぁ~、直継さんか…まぁあれがあの人の平常運転だし、別にいいんじゃないかなぁ」
「確かにな」
二人でくっく、と笑う。
「俺もおぱんつ好きになったらあんな風に上手くなれるんすかね」
「「それはやめておけ」」
「即答っすか!?しかもハモりって!?」
涙目のイーサンが後から付いて行った…。
◆ ◆ ◆
とある海岸に二人の冒険者と数多の大地人、そして解体されている大魚の姿が有った。
近くにハママツの漁港が見える。
二人の凸凹コンビは、野次馬を後目にせっせと釣り上げた鮫を捌いている。
長身の方は可愛いエプロンを着ながら解体作業をしている。シュールな絵面だ。
「いや~、まさか本当に釣れるなんて思わなかったよ~」
「まぁある程度弱らせたしな」
皿子の呟きに、マミが応えながら腹をこじ開けた。
「しっかしホンマ…あんた無茶すんなぁ」
「えへへへ♪」
「笑いごっちゃ無いで全く!何が悲しゅうて二人でこんなばかデカい魚釣らなアカンねん!」
「でも食糧確保出来たでしょ。大地人の人たちも喜んでたし」
「はぁ…まぁそれは別にかまへんよ、クエスト受けるんはな」
マミは手を動かしつつ、内臓を引き出そうと中に入ったドワーフ娘をジト目で睨んだ。
「マミちゃん、目が怖いよ」
「当たり前やろ、後先考えずに海ん中入りよってからに…フォローするこっちの身にもなってみろや」
「てへへ、ごめんなさい」
幸いにして相手はレベルが低く、90レベルの二人で仕留められたので大神殿で復活と言う事態は避けられた。
「それにしてもデカいなぁ」
「何人分有るんだろうねぇ」
二人でせっせと切り身を分けながらぼやく。
目測だが十メートルは下らないだろう。
野次馬たちにも配って丁度いいぐらいだろうか。
「元の世界やと、こんな風に魚捌くなんて思わんかったけど…」
「あははは、もう慣れて来たねぇ」
海沿いを旅すると、食料としては魚も獲る機会が増える。
その結果、未だにたどたどしい手付きだが、ある程度捌けるようになってきた。
「なんか人が増えて来たみたいだね」
「せやなぁ…」
周りの大地人たちが、おっかなびっくり、或いは興味津々と言った風情で二人の作業をじっと監察している。
何やら噂し合っているようだ。ひそひそと互いに耳打ちする音がちらほら聞こえて来る。
またパラパラと人がやって来たようだ。
しかし気にしていては作業が滞る。二人は野次馬たちを意識の外に締め出し、作業に没頭した。
「鍋はこんだけで良いのかなぁ?」
「うーん?…こんだけ素材有るしなぁ…」
取り敢えずありったけの鍋を使う。余った分は刺身や炙りにしても良いだろう。
しかし<魔法の鞄>は便利だ。
二人の鞄の中には調理器具がわんさか入っている。それこそ普通なら持ちきれない量だ。
ゲーム時代は唯のネタアイテムでしか無かった代物だろう。実際あの頃は見向きもしなかった。
入っていたのは入れたのを忘れていたからだが、まさかその偶然に助けられるとは思わなかった。
足りない器具は工房集落ロメリーやウェルブリッジ等で買い足した。
それにしても、と思う。
「泡にならへんなぁ」
「そう言えばそうだねぇ」
「何でやろな」
「何でだろうねぇ」
暢気なオウム返しが横から聞こえる。
「少しは自分で考えたらどないやねん」
「えへへ、そう言うの苦手なんだぁ」
「あんた<ホネスティ>やろ」
「えぇ~、だぁってぇ~」
難しい事は良く分からない。
そう言ってくねくねと体を動かすドワーフ娘に、マミは溜息を吐いて眉間を揉んだ。
天然とは恐ろしい。
立ち寄った港で、ホイホイと大地人の依頼を安請け合いし、何も考えずに海に漕ぎ出そうとした。
今も、釣り上げた鮫を調理しようと言い出し、あげくにこの調子である。
「…まぁええわ、さっさとやるで」
「は~い」
暢気な返事を聞きながら手足を動かす。
刺身、お吸い物、鍋料理…二人で調理を進め、大方終わった所で、大地人たちに声を掛けた。
「皆さんにもお配りしまっせ~!」
「食べてみて下さいね~♪」
二人で次々と料理を渡していく。
そこかしこで驚嘆と歓声が巻き起こった。
これを自分たちがやったと言うのは何となく誇らしい。
増長するつもりは無いが、少しぐらい他人に自慢しても良かろう。
「さてと…皿子!」
「うん?なぁに?」
料理を配り終えたマミが皿子に向かって叫ぶ。
「全部配ったし、うちらも食べよか」
「あぁ、そだねぇ」
二人で砂浜のキッチンを振り返り、マミが蒼褪めた。
「…なぁ、皿子…」
「…うん…?」
「うちらの分は…?」
「…あれぇ…?」
皿子が困った様に首を傾げ、眉をハの字に曲げる。
鍋やお皿の中身が綺麗さっぱり無くなっていた。
どうやら本当に全部配ったらしい。
「あはは~…また釣れば良いよ」
「ナ ン デ ヤ ネ ン !!!」
天を仰いだマミの渾身の叫びが浜辺に響き渡った…。
◆ ◆ ◆
「お忙しい中集まってくださって――ありがとうございます」
ギルド会館最上階の会議場に、たった一人立ち上がったシロエの声が響き渡った。
クラスティ
アインス
アイザック
ソウジロウ=セタ
ウィリアム=マサチューセッツ
ミチタカ
ロデリック
カラシン
茜屋=一文字の介
ウッドストック=W
マリエール
錚々たる顔ぶれを前に、しかしシロエは緊張すれど、気後れはしていない。
ここは、自ら望んだ戦場だ。
ここまで来たら――
「…時間が掛かるとは思いますが、お付き合いください」
やるしかない――。
これから事実だけを話すわ
うちらはでっかい魚を調理しとったんや
そんで大地人の皆さんにも配って、さあこれから食べよかって思ってたんや
せやけどな、いつの間にか料理が無くなっとったんや
何言うとるか分からん思うけど、うちも何されたんか良う分からんねん
とにかくいつの間にか無くなってたんや
食いしん坊とか動物に食べられたとか、そんなチャチなもんや決して無いねん
天然の恐ろしさを垣間見た気分や
皿子「マミちゃん、誰に言ってるの?」




