第11話
この作品は御前ファミリーにおんぶに抱っこしております(←
<友情出演>
・フェイディット
・ランスロット
・真人
・朝霧
・夜櫻
※敬称略
まだ午前中とは言え、日が少し高くなってきた。
街の近隣ゾーンで素材の採集を手伝うフェイディットは、一人の冒険者を草むらの向こうに見かけた。
「おや?あれは…?」
視線の先で、虚ろな表情でフラフラと森の中を歩く人影が一つ、あちこち彷徨っている。
その冒険者は、出会ったモンスターを両手の剣で切り伏せ、ドロップしたアイテムを取らずにその場を立ち去った。
見知った相手だが、いつもと様子が違う。
フェイディットは余計なお世話かと思いつつ、そのドロップアイテムを回収して三月兎に念話を掛けた――。
◆ ◆ ◆
ここはまだ低レベルのゾーンだ。一太刀か二太刀で泡と消える者たちばかり。
「…もう少し移動するか…」
ただの憂さ晴らしである。
引き籠っていても憂鬱になるだけだ、じっとしているよりは体を動かした方がいい、何もしないと変な事をグルグルと考えてしまい逆にこじらせる。
そう思って外に出たが、こういう状態では効果に疑問符が付く。
何せ元の世界と違ってリアルになったモンスターでも、この辺りでは今の自分には敵わない。
更に、達人クラスの動きがコマンド一つで可能なのだ。
気休めに外に繰り出したのだが、モヤモヤは晴れない。胸の中心に重石が居座り、ゴロゴロと心を刺激する。
体を動かすというなら、戦闘訓練にでも参加すればいいはずだが、頭からすっぽり抜けているようだ。
陽輔は時々ぼうっとしながら歩き回り、少しずつ高レベル帯に移動していく。
近くにシンジュク御苑が見えた。
この辺りは流石に特技を使わないと時間が掛かるようだ。
「ベヒモス…」
少し開けた場所に、ゲーム時代から見慣れた巨体が横たわっていた。
体長8メートルを超える角の生えた獣は、この辺のエリアボスだ。レベル83、パーティランク×3の強さは、例えレベル90でもソロだと油断出来ない。
コイツに出くわすという事は、いつの間にかちょっと遠出していたらしい。
しかも、何時の間にか太陽が中天を過ぎている。
「グルルル…」
こっちの気配に気付いたようだ。
寝そべっていた体勢からむくりと起き上がり、臨戦態勢を取る。
牙を見せ、殺気の篭った瞳で威嚇してくる。
「…やるか…」
陽輔はポツリと呟くと、双剣を抜いて構えた。正直、この距離ならまだ、このまま離れても問題は無い。
それに、レベル83ではたとえ倒しても経験値は入らない。
しかし、ある程度強い相手ならば、余計な事を考えなくて済みそうである。
実は、<魔法の鞄>の中に三月兎から貰った<EXPポット>が4本入っている。強引に持たされた物だが、使うつもりは無い。後で返そうと思っている。
いずれにしても退くつもりは毛頭無い。剣を両手に数歩歩み寄った。
広場の真ん中で少し睨み合う。
微動だにしない両者の間に風が吹き、互いの顔を撫で過ぎて行った。
「シッ…!」
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
凪いだ瞬間、双方とも動き出した。
陽輔は鋭く走り込み、ベヒモスは巨体を揺らして咆哮を放つ。
その大音量は戦闘の開始を告げる。空気を鋭く震わせ、陽輔を飲み込んだ。
纏わりつく殺気を切り裂き、猛獣の懐まで飛び込む。
横から丸太の様な前足が襲い掛かった。
ギラリと光る爪が空を切る。残像を残しそうな速さで、陽輔が跳び上がったのだ。
「<クイックアサルト>!」
眉間に剣を突き刺し、ついでに<オープニングギャンビット>でダメージマーカーを設置する。
鼻先を足場に、背中の方に更にジャンプした。
魔獣の背中の上で今度は水平にジャンプし、<ラウンドウィンドミル>で双剣を叩きつける。
背後の地面に降り立ち、<ブラッディピアッシング>を右後ろ足に滑り込ませた。
左後ろ足に<ヴァイパーストラッシュ>を打ち込み、ここにもダメージマーカーを設置する。
脇に移動しようとした所で、ベヒモスがこちらに振り向いた。
「グルルルル!」
「フッ…!」
振り向き様に尻尾が振り回されるが、陽輔は<トリックステップ>で回避しつつ、巨獣の懐に飛び込んだ。
一瞬離れる事も考えたが、ジャグラータイプでは無いし、投擲武器はそれほど持って無いので、選択肢から排除した。
本来のビルドは回避型をメインに据えた二刀流であるはずだが、取っ組み合いを選んだらしい。
普段なら選択しない方法だ。
右脇腹を斬り、<ライトニングステップ>を発動させ、その勢いでスライディングし、腹の下を抜けて反対側に躍り出る。
左脇も斬りつけ、こちら側には<オープニングギャンビット>でマーカーを設置した。
ベヒモスの正面に回り込み、通り過ぎる所で左前足を<デュアルベット>で切り刻む。
次の瞬間、陽輔は双剣で防御態勢を取った。
ズドン!
「ぐっ…!」
右前足に吹っ飛ばされ、数メートル空中を舞った後、ゴロゴロと地面を滑った。
バックステップがギリギリ間に合わなかったようだ。
転がる勢いを利用して受け身を取りながらステータスを確認する。
防御は間に合ったようだが、それでもHPが15%ほど持って行かれた。
陽輔は体勢を立て直すと、再び走り込み、ベヒモスと対峙した――。
◆ ◆ ◆
お昼前、三月兎はその念話を切ってから再び酒を呷った。
不味い。頗る不味い。
味が無い事よりも、気分の問題だ。
「ちっ…」
そう。
「んのやろう…」
全く以て確実に、完全に。
「はぁ…まぁしゃあないか…」
気分の問題だ。
「取り敢えず…後は待つだけか」
三月兎はポツリと呟き、酒に口を付けた。
「あ゛~…不味い…」
フェイディットからの念話を受けた後、三月兎の行動は速かった。
矢継ぎ早に念話を掛けた。
先ずシブヤ組。
今日の予定は知っている。周辺ゾーンの探索以外はフリーだ。
その一環として陽輔の捜索を頼んだ。事情は当然、話さざるを得なかった。
続いてジョージや舞に念話を掛けようとしたがやめた。
特に姪には心配を掛けさせたく無かったからだ。
そして二番目に掛けた相手は――
三月兎『おう、康介か』
ランスロット『おや、早苗さんじゃ有りませんか。どうかされましたか?』
本来なら朝霧か夜櫻に掛ける所だが、二人とも何やら大規模作戦のために忙しいらしい。
そこでプライベートでも親交が有るランスロットに念話を掛けたのだ。
先ずは<ホネスティ>本部に相談するのが筋だろうが、咄嗟の事でそこまで思い至らなかったし、現実でも親交のある相手の方が精神的に安全だろうと踏んでの事だった。
事情を説明し、精神衛生上の事も話すと、ランスロットは苦笑しながらも承諾してくれたのだ。
ランスロット『ふむ…分かりました。一応、外の見回りのついでに探してみます』
三月兎『おう、済まねぇな。フェイディットによると北の方角らしい』
ランスロット『では、見つかったら早苗さんに連絡します。シブヤ組の方々には早苗さんからお伝え下さい』
三月兎『おう、分かった』
そして念話を切ったのがつい先ほどだ。
高価なモノは持って無いが、後でランスロットに報酬を渡すか。まぁアイツなら固辞しそうだが。
何せあの先輩の息子だから、妙な所で頑固で律儀である。
昔、ギルマスに朝霧の説得を頼まれて頑として受け付けなかったらしい事からも窺い知れる。
「そういや……先輩には報告しといた方が良いのかなぁ…?」
しかし忙しいと言う今はどうなのだろう。
まぁ見つかってからでも良いか。わざわざ要らぬ気を揉ませる事も無い。
「あ、そうだ。先輩から貰った<β版>試さなきゃ」
今朝、朝霧の使者に渡された小瓶1ダースが部屋の隅に鎮座している。<クレスケントポーション>の試作だそうだ。
”β版”と言うラベルの下に、横線で消された試作番号のラベルがうっすらと見える。
”4.6”と書かれているようだ。マイナーナンバーが6を数えている辺り、試行錯誤の跡が垣間見える。
どうやら、大規模作戦のために大量の野菜が必要らしい。
昨日朝霧から念話を受けた。漸く、三月兎に頼める段階に来たようだ。
その際、増産のついでに値切りも頼まれた。
こちらとしては、<放蕩者の記録>に渡す分は本来の値段でも構わないし、もっと言えばタダでも良いと思っている。
だが、朝霧は律儀に値段交渉をして来た。あの子供にしてこの親有り、か。
申し訳なさそうに一割の値引きを頼まれたので、一割の値段にして真人に請求書を渡したら、即行で朝霧から念話が掛かって来た。
値段を聞いたからだそうだが、何故掛けて来たのだろう。
「逆にビックリした」と言われたが、三月兎としては腑に落ちない。
「まあ良いか…さてと」
陽輔の事はシブヤ組とランスロットに任せておけばいいだろう。
気持ちを切り替えた三月兎は、酒を片付け、小瓶1ダースを持って庭に繰り出した。
◆ ◆ ◆
陽輔は、その現状に口を歪めた。その笑みは凄絶と言う言葉を想起させる。
面白い場面では無い。寧ろ窮地だ。
何しろ、HPが残り5%に迫っている。MPも同じくらい、正確には8%程度。
一方でベヒモスは、目測だが残りのHPが20%を切ったぐらいである。
絶対値で言えば更に数倍の開きが有る筈だ。
ダメージマーカーは猛獣の各部位に光っているのが見える。6~8個は有るだろうか。
一斉起動なら或いは、とも思うがこの状況で懐に入るのは一か八かだ。
ちょっとした疲労感…HPとMPが切れかけているのだから当然か。
更に、大幅軽減されるとは言え、猛獣の咆哮などによる状態異常も若干付与されている。
「はぁ…流石に…キツイか…」
少し息が上がっている。
対するベヒモスは、殺気立った目をこちらに向け、牙をむき出しにして睨んで来ている。
間の距離は2~3メートルか。剣を向ければ届くし、相手の腕もこちらに届く。
そう言えば、何でこんな事をしているんだろう。少し頭がぼうっとする。
ベヒモスが攻撃モーションに入った。
右前足を振り被るのがスローモーションで見える。
これをまともに食らえば、流石に死ぬだろう。
冒険者の場合は大神殿で復活か。
(なんか…もう…いいや…)
陽輔は力を抜いた。大神殿で復活する所を想像する。
自分一人が死に戻りしても、街は変わらない。
皆も変わらないだろう。
――皆――?
ベヒモスが振り被ってからそこまでほんの一瞬だった。
諦念の張り付いていた陽輔の目に光が戻り、咄嗟にコマンドから回避特技を探す。
(…間に合わっ…!?)
その二つの事象は同時に起こった。
「<ロングレンジカバー>!」
陽輔が<ライトニングステップ>をリストから見つけた事と、横から割り込んで来た影に突き飛ばされた事。
ドスン――!
「うわっ!」
「<ヘイトエクスチェンジ>!」
陽輔が数メートル吹っ飛ばされる間に、その影はすかさず魔獣の敵愾心を掻っ攫った。
ほぼ頂点まで煮え滾った猛獣の殺意が、陽輔から影の方に向き、右前足が振り下ろされた。
尻餅を突いた陽輔は、その人物を見上げ、疑問符を頭に浮かべる。
「あっ…?」
見慣れた幻想級装備。
「<アンカーハウル>!」
聞き慣れた声。
「…大丈夫ですか、陽輔君?」
ベヒモスの攻撃を盾で受け止めながら更に敵の注意を引きつけ、その<守護戦士>がこちらを振り向いた。
それは全ての認識が一致した、見慣れた相手だった。
「…ランスロット、さん…?」
「取り敢えず、ベヒモスを片付けますよ」
ランスロットは微笑みつつ、<ヘヴィアンカー・スタンス>を起動させ、猛き獣に向き直った。
「グルオオオオオオオオオオオ!」
血走った獣の眼がランスロットに釘付けになる。
それと同時に、陽輔に回復呪文が投射された。
そして二人に障壁が順次展開されていく。
「間に合ったー!」
「えっ?」
頭上からの叫び声に陽輔が見上げると、騎乗生物に乗ったウィリーたちが下りてくるのが見えた。
「あっ…えっ?何で…皆…?」
「ったく…心配掛けさせんじゃないよあんたは」
「陽輔君、取り敢えずベヒモスやっつけよう」
「あっ…はいっ」
ウィリーと比呂に尻を叩かれ、陽輔が弾かれたように起き上がる。
同時に比呂が援護歌をセットし、MPを少しずつ回復させていく。
ランスロットが<タウンティングシャウト>で更にベヒモスの敵愾心を煽り、少しずつ移動を始めた。
敵の目を陽輔たちから反らすためだろう。
「<武士の挑戦>!」
ガックリが割って入り、サブタンクを請け負う。『タゲ回し』というヤツだ。ヘイトを分散させて、ダメージを減らす。
「陽輔、後頼むぜ」
蝙蝠傘を差してヒールワークに勤しむヤッホーに言われて気付いた。
<武士>や<守護戦士>でも攻撃可能なのだが、二人は現在壁役に徹している。
<吟遊詩人>は援護歌を歌い、後方支援を行っている。
<暗殺者>と<妖術師>は何故かここには居ない。別行動でも取っているんだろうか。
つまり攻撃手は<盗剣士>しか居ないようだ。
さっきは瀕死だったが、今なら動ける。ダメージマーカーもまだ健在だ。
「フッ…!」
ステップ特技で猛獣の背後に回り、後ろ足を切り刻む。
両足の回避性能を低下させ、側面に回り込む。
脇腹にダメージマーカーを乗せると、ランスロットが再びベヒモスの敵愾心を煽った。
<ユニコーンジャンプ>で跳び上がり、双剣を下に構える。
目標は設置したマーカーだ。
ベヒモスの背に乗ると同時にマーカーに剣を突き刺し、<ブレイクトリガー>を起動させた。
「グオオオオアアアアアアアアアアアアア――…」
全身から血を噴き出し、巨体が崩れる。
ベヒモスの肉体は地面を揺らし、虹色の泡となって消え去った。
「はぁ~…」
陽輔は、上を向いて目を瞑り、ぽっかりと口を開け、息を吐いた。
両腕の力を抜き、双剣を鞘に納める。
「陽輔ー!」
「ぐあっ!」
涙目のガックリに抱き付かれ、勢いで倒れそうになる。
何とか踏みとどまったが、メイン職業の差を如実に体験した。
「みんな心配したんだからね!」
「あっ、えと…すいません…」
ガックリは腰に手を当ててプリプリと怒るが、目尻が潤んでいる辺り、ほっと安堵しているのだろう。
「全く、世話焼かせやがって…メンドクサイったらありゃしないよ」
「え~?でもこの中で一番慌ててたの、ウィリーちゃんでしょ」
「うぐっ…ラ、ランスロットさんより先に見つけないと立場が無いって思っただけだよ…ったく…」
ガックリの指摘にそっぽを向いて頬を膨らませるウィリーだが、顔が少し赤いのは全く説得力に欠ける。
腕を組んで威厳を保とうとしているが、どうにも締まらないようだ。
「ま、冒険者は死んでも復活するけどな…あのまま死んでたら、お前どんだけ引き摺るか分かんなかったし」
「死ぬ前にフォロー入れて良かったですね」
「すいません…」
陽輔は、ヤッホーと比呂の言葉に為す術も無く項垂れる。
「…はい、陽輔君は無事です。シブヤの皆さんとも合流しましたよ…そうですねぇ、多分もう大丈夫だと思います…えぇ、それでは」
ランスロットが三月兎との念話を切り、ドロップアイテムと金貨を集めて陽輔の元に歩いて来た。
「はい、戦利品ですよ」
「えっ?でも…」
「我々が介入する前に、既に八割以上削られていましたからね。トドメを差したのも陽輔君ですから」
「貰っとけ」
「あぁ…じゃあ…ハイ…」
ヤッホーに背中を押され、おずおずと差し出した両手に、金貨とベヒモスの牙と爪が圧し掛かる。こんなに重かっただろうか?
<魔法鞄>にそれらを収めた後、近くの木陰で休憩を取る事にした。
「それにしても、随分無茶な戦い方をしていたようですね」
「えっ?」
「私たちが到着したのは1~2分前でしたが、HPもMPも尽き掛けていましたよ」
ランスロットは穏やかに微笑みながら言うが、流石に歴戦の猛者だけの事は有る。それだけの短時間でそこまで洞察したのか。
確かに、上手く立ち回れば、レベル90ならソロでも倒せるかも知れない。
しかも武器攻撃職で幻想級や秘宝級の装備をしていれば尚更だ。
「確かに、我々冒険者は死んでも大神殿で復活します。何度でも挑戦出来ます。それでも…」
ランスロットは一旦言葉を区切り、水を飲んで口を開いた。
「生きなければいけません。可能な限り。ただ生きる事と、生きようとする事は違うんですよ」
表情が変わった。真面目な顔になり、地面を見る。否。
「あなたは、『生きる』と言う事をどういう風に捉えていますか?」
虚空を見つめ、何かを思い出しているようだった。
「どう…って…」
「『生きる事』は、『ただ息をする事』では無いんですよ。意志が必要です」
「意志…?」
「えぇ、『意志』です。生きようとする意志、困難に立ち向かう意志です。『生きる』という事は、生き抜く事…戦う事だと、私は思います」
「戦う事…ですか?」
何と無くは分かる。戦争などが無くても、事実として、生きていくためには様々な困難を乗り越える必要が有るだろう。
陽輔も、仮に元の世界に戻れたとして、大学を卒業すれば、就職して働く事になる筈だ。所謂、世間の荒波とか、そういう類の物だろう。
「ご存じの通り、私は医者をしています。現場は、毎日が戦いですよ。当然、病気や怪我が相手ですがね」
「はい…」
「毎日、患者さんたちの生死と向き合っていますが、生に向かうか死に向かうかは、ギリギリの所ではやはり、意志の強い患者さんの方がこちらに戻って来やすいですね」
ただ、ランスロットは現実では医者だ。恐らく、その実感が違うのだろう。
「後は、出産時とか、ですかね」
「えっ?出産、ですか?」
「えぇ、あれも、一種の戦いです」
意外だと思った。出産はめでたい事だから、戦いや病気とはイメージが結び付かない。
「そう、なんですか?」
「そうですよ。実は、医療技術が発達した現代においても、十万人中数人は死ぬという統計が有ります。日本でも例外では有りません」
そう言えば、娘さんが居るが体が弱くて療養していると聞いた事が有る。
「こちらが手を尽くしても、残念ながら助けられない命が沢山有ります。この手から零れ落ちていく命が…なので、そもそも生まれる時点から、戦っている事になるんです」
嘗て掴めなかったそれらを収めるように、手を見つめて握りしめた。
「…だから、生きるのを諦める人は、どうしても放って置けないんですよ」
照れ臭そうにはにかみながら、「特に知り合いには」と陽輔を見据える。
「…すみません…街の雰囲気がどうにも苦手で…」
「それは、私も一緒です。まぁ、見回りと諍いの仲裁程度しか、私に出来る事は有りませんが…」
陽輔はバツが悪そうに俯いた。
「処で、私が介入する直前、あなたの目に力が戻ったように見えましたが、何か有りましたか?」
「あぁ…えっと…」
頭をポリポリと掻いて思い返す。
その間、ランスロットはじっとして何も言わなかった。
多分、言いたくなければ言わなくても良いのだろう。その可否を決めるのも含めて、待ってくれているのだ。
「舞ちゃんが…浮かんで…」
「舞ちゃん、ですか」
「…僕が大神殿で復活する所を想像したら…多分、舞ちゃんなら復活しても泣くんだろうなって思って…そしたら、泣き顔は似合わないなって…」
恐らく、他の冒険者ならそんな事は無いだろう。ただ一回の復活だ。
陽輔が俯いてぽつぽつと話す間、ランスロットは穏やかな顔で聞いていた。
そこまで話すと、陽輔は自分の両手を見つめた。
両の掌に舞と三月兎の顔が浮かぶ。舞は泣きそうな顔、三月兎は怒った顔だ。
「今、どなたかの顔を思い浮かべましたね」
「…はい」
「それが、あなたの生きる理由、なんですね」
「…生きる…理由…?」
「えぇ。その方の存在が、あなたの支えになっているんですよ」
「僕の…」
「勿論一人とは限らない」という趣旨の言葉を添えて、ランスロットが立ち上がった。
陽輔もつられて立ち上がる。休憩もそろそろ終わりか。
「さて、私はまだ見回りを続けますが、陽輔君はどうしますか?」
「僕は…街に戻ります」
「そうですか…では、この後は彼らに任せましょう」
「えっ?」
ランスロットの視線に釣られて振り返ると、ヤッホーたちがニヤリと笑って待っていた。
いつの間にかプギャーとアボーンも居るようだ。
どうやら話が終わるまで待っていたらしい。
「では私はこれで」
「あっ、ランスロットさん」
「はい?」
「えっと…有難う御座いました」
ペコリと頭を下げた陽輔に対し、<守護戦士>の男はふっと笑っただけでそのまま踵を返し、森の中へ消えて行った。
それを見届けると、陽輔の元にシブヤ組のメンバーが歩み寄る。
「俺たちゃ冒険者だからよ、一回や二回死ぬぐらいはどうって事ねえけどよ。流石に精神衛生上の話になったら放っとけねーだろ」
「まぁ良かったよ、心が折れて無くてさ」
「はい…」
ヤッホーとプギャーに迎えられる。
「処で、二人とも何時の間に合流してたんですか?」
「ランスロットさんにお説教されてた時よ」
アボーンがくすっと笑いながら陽輔の頭を撫でた。
「で、これからどうするんだい?」
「あたしたちは探索続けるけど」
「街に、戻ります。なんか…舞ちゃんの顔見たくなって…」
――ペシン!
「いたっ!」
ウィリーとガックリの問いに答えると、ヤッホーに頭を叩かれた。
「んだよ、惚気かぁ?」
「いや、そう言う訳じゃ無いですけど…」
叩かれた部分を擦りながら苦笑する。
ニヤリと笑いながら、ヤッホーたちはグリフォンを呼び出した。
「お前は…<帰還呪文>だな」
「はい」
陽輔は、頷くと呪文を準備し始めた。
発動までに数分の時間が掛かるので、それまで待つ事にする。
「あぁ、そうだ。一つ連絡事項が有るよ」
「僕にですか?」
比呂が今しがた思い出したように言葉を発する。
「うん。フェイディットさんがね、君が回収し忘れたアイテムと金貨を、一部預かってるらしいんだ。後で良いから取りに来てくれって」
「あぁ~…分かりました」
そう言えば、午前中はぼうっとしてて拾うのを失念していた。その事を思い出し、陽輔の顔が引き攣る。
やはりドロップアウトしかけていたようだ。もしかして、舞も気付いていたのだろうか。
「それでは、また」
「おう」
そうこうしている内に準備が整ったので、魔法を発動させる。
陽輔が消えたのを見計らい、数体の騎乗生物が空に飛び立った。
◆ ◆ ◆
街の入り口に出現した陽輔は、フェイディットに念話を入れた。
既に日が傾いている。昼過ぎと言うよりは、もう夕方と言った方が良いだろうか。
『そろそろだと思ってましたよ』
「あっ…はい…」
ランスロットか三月兎から連絡を貰っていたのだろう。
『預かったアイテムは早苗さんに渡しておきました。私の方はまだ予定が有りまして』
「あぁ、そうですか」
何だか色んな人に世話になっている。
いつかこの借りを返せるだろうか。
『そう言う訳で、早苗さんから受け取って下さい』
「分かりました…あ、あのっ」
『お礼や謝罪は不要ですよ』
「えっ?」
『お気持ちは分かりますから。それより、早く帰ってあげた方が良いと思いますよ。早苗さん、結構そわそわしてましたからね』
「あぁ、はい」
先手を打たれた上にフォローもされた。大人とはこういうものか。
「ふぅ…」
念話を切り、溜息を一つ吐き出す。
道を歩きながら、三月兎に念話を掛ける。
『おう、連絡寄越すって事は、戻って来たんだな』
「あっ…はい」
一言目、ドスの効いた低い声。
『んじゃ、うち来い』
「はい」
二言目、穏やかな声色。
『あ、舞はもう帰ってきてるからな♪』
「あぁ~、はい」
三言目、嬉しい事が有った時のような少し高い声。
こちらの返事は少し呆れた感じになってしまった。
そして念話が一方的に切れた。
三月兎は相変わらずの様子だが、何処となく嬉しくなった。日常を少し取り戻した気がする。
10分ほど歩き、家に辿り着いた。
「おう、お帰り」
「た、ただい、ま?」
陽輔は頭をポリポリと掻きながら不思議な気分に囚われる。
久しぶりに言われた気分だった。
相手が三月兎なら当然のようにしょっちゅう言っているはずだが。
「ほい、これ」
目が点のようになって固まっている陽輔に、三月兎がアイテムと金貨を差し出す。
「あぁ、舞なら二階の部屋に居るぞ」
テーブルに戻った三月兎が、思い出したように言った。
「早苗さん」
「ん~?」
「え~と…有難う、御座い、ま、す?」
三月兎は、無言でニヤリと笑うと、肩越しに親指を突き立てた。
見送られた陽輔は、階段を上がり、舞の部屋をノックする。
「は~い」
ドアを開けた部屋の主が、陽輔を見てにっこりと笑った。
「あ、陽輔君」
「入って、良い?」
「うんいいよ♪内職でちょっと散らかってるけど」
「ふぅん、内職か…」
部屋に入り、周りを見渡す。
素材アイテムがあちこちに散らばり、アルラウネがちょこちょこと歩き回って整理しているらしい。
「ふんふふ~ん♪」
舞は床に座り、作業に戻ったようだ。ラムネが生地の隅を押さえて手伝っている。
鼻唄を唄う彼女は上機嫌だった。
今日は戦闘訓練に参加したが、午後からは急遽、<D.D.D>と<ホネスティ>の合同訓練になった。
理由を聞くと、三月兎とランスロットが何やら相談したらしい。
その相談が互いのギルドに伝わり、合同訓練という運びになったのだそうだ。
一番嬉しかったのは、陽輔とランスロットが別の場所で共闘したらしいという事だ。
今はギルドが違うと敵と言う空気が流れているが、二人はそうでは無かったという事を、一緒に参加したアボーンとプギャーから聞いた。
リラックスしていた上に、背を向けていた。
だからそれは。
「ねぇ…舞ちゃん…」
不意打ちだった。
「ん~?」
ふわりと陽輔の両腕が舞の体を包み込んだ。
「陽輔君?」
背中に温もりを感じる。
「今日、さ…」
陽輔の声が震えている。
「泊まっても…いいかな…」
舞の手が止まった。
意味を理解したからではない。そんなモノはとっくに受け入れている。
「陽輔、君…?」
問いかけるが反応が無い。
自分を抱きしめる腕が、更に力を増した。心なしか震えているように思える。
何と無く…舞の脳裏にある光景が想起された。
(迷子――?)
昔遊園地に行った時、親とはぐれた子供を見つけた。
迷子センターに連れて行く間、ずっと泣きじゃくりながら、舞や陽輔の手を離さなかった。
何故だろう。今の陽輔の雰囲気は、あの子供とそっくりだ。
だからビックリして右往左往しているラムネを虚空に返し、
「いいよ」
穏やかに微笑みながら、自分を包み込む両腕にそっと手を差し伸べた――。
翌日
「う ま い ぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
アキバの街に激震が走った―――。
ランスさんが医者で良かった(´Д`;)
因みに僕の好きな言葉です。




