第10話
らっくさんからルーシェ嬢と村雨丸くんをお借りしました
「中小ギルド連合…?」
ジョージから念話を受けた陽輔は、その言葉を復唱した。
『うん。結局失敗したらしいけどね』
「そう、ですか…」
なんでも、<グランデール>、<RADIOマーケット>、<三日月同盟>が音頭を取り、話し合いの場を持ったらしい。
だが、それぞれのギルドが権利を主張し、空中分解したそうである。
そもそもそんな話が出たのは、大手ギルドが狩場を占有し始めたからだ。
最近はその所為でPKも減り、ギルド間の格付けが暗黙の内に決まって来た。
規模の小さなギルドは隅に追いやられ、苦境に立たされているようだ。
諦めて大手ギルドに合流する者も少なくない。実際、ここ最近の<ホネスティ>参入組も、そういう事情の方が多くなっている。
『あぁ、それから情報がもう一つ有ったよ』
「何ですか?」
『元<茶会>のシロエ君が、ススキノから戻って来たみたいだよ』
「シロエさんが…?」
『うん。<三日月同盟>の新人さんと、にゃん太さんを連れてね』
「えっ?にゃん太さん!?あの人、ススキノに居たんですか?!」
<エルダーテイル>を始める時には、にゃん太に憧れ、自分もあんなプレイがしたいと思ったりした。
まだレベルが低かった頃、クエストを手伝ってもらった事も有る。
<茶会>が解散してから姿を見なくなったが、まさかススキノに居たとは。
『そうみたいだね。こっちに来たって事は、今後はアキバを拠点にするのかな』
「そうですか…にゃん太さんがこっちに…」
念話を切り、窓の外を見る。
自室から見える街は、相変わらずだ。いや、溜まった澱が密度を増しているようにも思える。
じっと見ていると、こっちまで陰鬱な気分にさせられる。
ふとした瞬間に、心の隙間に入り込んでくる虚ろな空気。このまま何もしないで考えこむと、その暗さに心が全て塗り潰されそうだ。
「はぁ~…」
自然と溜息が出る。一体、自分は何をしているんだろう。
シロエたちは少なくとも行動を起こした。それがどういう理由かは兎も角、出来る事をやったのだ。
三月兎も同様だ。いつも通り周囲を巻き込んだ形だが、新人冒険者を二人ほど悪徳ギルドから救い出した。
翻って自身を振り返る。
彼らと比べると、大して何もしていないように思える。
功名心や名誉欲はこの際不要だが、問題は、この淀んだ空気を変える能力もアイデアも情報も無い事だ。
一応仕事は有る。
周辺のゾーンや<妖精の輪>の調査だったり、低レベル組の戦闘訓練に付き添ったり。
本部からはそう言った業務の依頼が各部隊、各人員に通達されていて、その程度なら陽輔にも務まる。
事実、ここ数日の間に幾つかは手伝った。しかし、今日はどうにも乗り気になれない。
幸か不幸か、これらの業務依頼は強制では無く、やりたくない時には不参加も可能だった。
とどのつまり、一日引き籠るのもアリと言えばアリなのだ。
(なんだかなぁ…)
街に出ても、この淀んだ空気を吸うと思うと、居た堪れない気持ちになる。
この雰囲気には浸りたくないし、ドロドロとした空気は吸いたくない。
悩んだ挙句、今日一日はなるべく外に出ない事にした。
◆ ◆ ◆
お昼頃、カイトが通りを走っていた。
「おい、何やってんだ!」
目的地に着いたカイトの鋭い声が、飲食店の軒先に響く。
駆け付けたカイトの前で、<ホネスティ>メンバーと中小ギルドの者たちが睨み合っていた。
「あ、カイトのアニキ!」
ブラッドレイが目を輝かせてこちらに振り向いた。
元<人造人間>の三人にリリーが付いている。
リリーだけは三人の後ろで困った顔をしているようだ。
元々カイトに念話したのはリリーだったが、カイトを見て少し落ち着いたらしい。ちょっとだけ表情が和らいだ。
対する相手は、カイトを見て険しい顔を作る。加勢が来たと思ったのだろう。
実際、カイトの所属ギルドには「ホネスティ」の文字が付いている。
提携ギルドなら少なくとも味方では無いと言う判断だ。
「いや聞いて下さいよ!こいつら小せぇギルドの癖に順番守れとか抜かしやがって」
「先に並んでたのはこっちだろ!それを割り込みやがって!」
グラトニーが相手を指差してカイトに迫る勢いで唾を飛ばす。
相手は五人ほど、平均レベル75ぐらいで、明らかにこっち側の方がレベルが低い。
だが大手ギルドに所属しているため、若干及び腰のようだ。
「ちっ…」
カイトの舌打ちが聞こえた瞬間、ゴキッと鈍い音がしてグラトニーが吹き飛んだ。
「ぐへっ!」
何が起きたのか訳が分からず、その場に居た関係者全員が固まった。
「…あ…アニキ…?」
3メートルほど地面を転がったグラトニーが、左頬を撫でながらカイトを見上げる。その目に宿るのは純粋な疑問だった。
眼前には、拳を振り抜いた姿勢から、ゆっくりと元に戻るカイトが居た。
まばたき程度の一瞬だったが、レベル90の<暗殺者>なら十分可能だろう。
それに、この程度では衛兵は出て来ない。
「あ、あの…?」
カイトが仁王立ちでグラトニーを見下ろす。その目には、<暗殺者>特有の殺気が籠っていた。
「…はぁ…」
カイトは全員の視線を浴びながら、目を瞑って溜息を吐く。
ポリポリと頭を掻き、落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き、再び目を開けた。
「すんません、俺たち後でいいんで」
「えっ…?」
「皆さんどうぞ」
「あ、あぁ…」
ポカンと目を瞬かせる五人組に対して、申し訳無さそうな表情で軽く頭を下げ、リリーと共に三人を追い立てる。
露店や飲食店なら他にも有るという事だ。
正直、暗黙の了解で<ホネスティ>行きつけの店というのも幾つか有る。
その内の一つに入り、二階に上がった。
大部屋に入ると、付いて来た四人の内、リリーを除く三人を横に並ばせる。
「別に、威張らずに萎縮しとけとか言わないっすよ。それに、<ホネスティ>の名前出すのも構わないっすよ。ステータス見りゃ分かりますから。でもさ…」
腕を組んで三人を睨み、続ける。
「陽輔が何で引き籠ってるか、分からないっすか?」
「ッ…!」
「そ…れは…」
「うっ…」
カイトの言葉に、三人とも肩を落とした。傍に居るリリーも少し顔を曇らせて俯く。
今日は、朝からずっとビルの外に出ていないと聞いている。
最近、引き籠る頻度が増えてきた。理由を聞いた事は無いが、カイトには推測出来る。
「正直、俺は別にこんな空気気にしないっすけどね」
無論<エルダーテイル>は好きだし、活気が出るならそれに越した事は無いが、少なくとも提携ギルドである以上、実害はあまり無い。
ただし、実害が無いと言う事は、その時点で恩恵を受けていると言う言い方も出来る。
カイト自身は、ある種鈍感であると言う自覚は有る。
「けどアイツは違う。陽輔はそういうの時々気にするんすよ。結構溜めこむ性格だし。しかも身内からそんな話が出たら余計落ち込むっすよ」
「…すんません…」
施療神官が暗い顔で弱々しく俯く。
「…今回はここだけの話にしますんで、陽輔には内緒っすよ」
「…はい…」
カイトはリリーにも無言で視線を送った。彼女もそれを受け、頷く。
ふっと息を吐いたカイトは、それを合図にこの場を解散させた。
◆ ◆ ◆
何となく憂鬱だ。陽輔は今日一日、ずっと第3ビルの中に居た。
他のギルドメンバーの事務処理などを少し手伝ったが、外にはあまり出ていない。
ふと、脳裏にモラトリアムと言う言葉が浮かぶ。何か意味が違う気がするが、そんな事はどうでもいい。
もうすぐ夜になる。夕方の黄昏時、そろそろ帳が下りる頃だ。
腹も減って来た。倉庫に行って食材をもらってこようか。コマンドから作るから味は無いが、多少の気分転換にはなるだろう。
ギルド会館の共用口座にも素材アイテムは保管して有るが、一々そこまで行くのは気が進まない。
街の雰囲気は変わらず、夜の闇さえ飲み込みそうなのだ。
倉庫と兼用になっている第2ビルは会館より近いため、陽輔はそちらに向かった。
「あら、陽輔君じゃない」
「あぁ、ルーシェさん」
倉庫の受付に、一人の女性冒険者が居た。
第2ビルをホームにしている内の一人、ルーシェだ。今日の倉庫番は彼女らしい。
「珍しいわね、こっちの食材を取りに来るなんて」
「あ~、はい…まぁ…」
「まあね、気持ちは分かるけど」
二人で苦笑いを浮かべた。街の雰囲気については彼女も同類のようだ。
ルーシェは中の担当者に念話を掛けながら入って行く。陽輔も後を付いて行った。
「あ、先輩!陽輔君!こっちっす!」
「ありがと村雨丸」
ルーシェを先輩と慕う狼牙族の少年が手を振り、ルーシェが手を振り返しながら近づく。
「ほい、野菜と肉幾つか」
「有難う御座います」
「素材アイテムは今高騰してるから…マーチさんにも感謝っすよ」
「あぁ、そう言えばホネスティにも一部卸してるって言ってましたね」
食材の入った紙袋を受け取りながら、三月兎の顔を思い浮かべた。
「んじゃ、マーチさんによろしくね♪」
「あぁ、はい…」
ルーシェに肩を叩かれ、ペコリと頭を下げて倉庫を辞した。
少し歩き、振り返って第2ビルを見上げる。
本部程ではないが、第3ビルよりは高い。
他の建物と同様に、所々植物に覆われ、自然と文明の鬩ぎ合いを感じる。
何となく――。
現実の文明が滅んだら、こんな光景が見られるのだろうか。
ふとそんな事を夢想した。
◆ ◆ ◆
「先輩…」
『む?どうした早苗?こんな夜遅くに…それに、珍しく元気が無いな』
「陽輔が最近引き籠りがちで…中小ギルド連合も失敗したって話ですし…」
『うむ…あれについては、私は失敗を予測していたよ』
「そうなんですか…?」
『あぁ。中小ギルドと一口に言っても、その目的は千差万別だからな。当然利害はバラバラになる』
「あぁ~、皆が皆主張すると…」
『まぁそういう事だ。私自身はあまり発言しないようにしていたしな』
「そうですか…」
『しかし、陽輔君が引き籠ってるか…ふむ…』
「なんかスカッとするニュース無いっすかねぇ…?」
『…まぁ、無い事も無いが、今はまだアイデアを詰めている段階でな、早苗にもまだ話せないんだが…』
「ほう…後どれくらいで?」
『そうだな、強力な助っ人も居るし、あと数日でお前にも助力を頼める段階に出来るかもしれん。これが成功すれば、陽輔君のためにもなると思うが』
「分かりました。じゃあそれまで辛抱してます」
『あぁ、すまん』
三月兎は朝霧との念話を切り、ふうっと息を吐く。
頼れる先輩は何やら大きな計画を準備しているらしい。流石だ。そちらは恐らく、待っていても話が来るだろう。
それに、<ハーメルン>から助け出した新人二人は元気にやっているそうだ。こちらも特に問題は無いようである。
差し当たっての問題は、陽輔の精神状態、だろうか。
「う~ん…どうしよう…」
ポツリと呟き、酒を煽る。
「アイツ、結構溜めるタイプだからなぁ…舞と一発ヤればすっきりすると思うんだけど…」
相変わらず味は無いが、以前より不味く感じる。
「数日かぁ…まぁそれぐらいなら大丈夫かなぁ…」
三月兎はいつものように楽観的に考え、酒瓶を飲み干した。
最近特に感じるようなクソ不味い味だった。
「はぁ、やれやれ…」
空き瓶を片付け、欠伸を噛み殺す。
いつもならもっと飲む時間帯だが、どうにもそんな気分になれない。
「ちっ…寝るか…」
三月兎はぶつくさ呟きながら寝室に引っ込んだ…。
暗い話は書きにくい・・・(´¬`)ゴフッ




