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HARUNE  作者: AKIRITA
9/9

九部

10、真実しんじつ



中林は実芦達が入って行ったと思われる通路に入り、その先につながる場所へ向かっていたが、通路半ばと思われる所で突然明かりが消えて真っ暗になってしまった。

胸ポケットから小型照明を出し辺りを照らした。

後ろに付いていた警官達も各々懐中電灯を手に持ちさらに先に行こうとしていた。

それを片手で制して、

「待て。このままいっても入り口と同じ仕掛けがあった場合どうしようもなくなる。

一旦戻り体制を整えてからにする」

 そういい終わると警官達と共に入り口に戻り始めた。

中林は最初にこのスペースに乗り込んだ状況を思い出した。

入り口近くの駐車スペースに居たキャップ帽は確か腕にリングを嵌めていたな。

あれが何か全ての入り口のキーの様なものだったのではないかと。

よし、あいつを連れて何かの時には出入り口の捜査をさせようと。

元の入り口に戻ると、現場保持の警官にキャップ帽を連れ戻させ、中林が本人に着いてくるよう話をした。

キャップ帽は今さら何があっても構わないといった態度で、捜査には協力する態度をとっていた。その男を後続の警官に任せて再度通路を進んでいる中林である。

何とか中央のスペース手前までたどり着た。

やはり終点は重厚なドアが待ち構えていて、そのまま進んでいたのではどうしようもなかったであろう。警官に指示し、キャップ帽を先頭にさせドアを開けさせようとした。

事前におのおのの装備を確認させ、突然の事態に対処できうるように準備すると、前方のドアの開閉を合図に乗り込む。

扉が開くと、まぶしさに顔をしかめたが、すぐに状況を把握し中林は大声で全員に指示をした。

「おい、お前たち動くなよ」

 銃を構え、実芦と歩大尉をその中に見つけると、自分の判断に間違えがなかったと感じた中林であった。

「やっと来たようですね、皆さん」

 徒具呂が中央の機械に歩み寄り、中林に向かって右手を上げた。

その手には小型の無線スイッチが握られていた。

誰が見てもそれはそのボタンが押されれば、この場にいる者たちにとっては致命的な結果をもたらすものと思わざるをえないと理解できる行為であった。

「逆にこちらから皆さんに動かないよう要望します。言うとおりにしていただきます」

 中林は徒具呂の行為と中央のドーム状の設備が何かものすごい力を帯びて光り輝いているのを見て、自分には到底太刀打ちできないと判断し、周りの警官たちに徒具呂の指示に従い勝手なまねはしないよう指示した。

「さすがですね、刑事さんは状況が解ってらっしゃる。皆さんがその様に察しのよい方ばかりであれば私の仕事ももっとスムーズに行ったはずなのですが、まあいいでしょう。

これから私のおしゃべりに付き合ってもらいます」

 徒具呂の周辺にいた黒いスーツの男たちも状況が飲み込めないままであったが、徒具呂の行為と中林たちの態度に今は逆らわないほうがいいと判断したのか、静かにその場にて立ち止まっていた。

歩大尉と実芦は、中林を確認すると安堵の表情を見せて、やはり直ぐ其処に来ていてくれた。それならば、そのままこの状況が良くなるまで待とうと思っていた。

その時反対側のドアの影には葉瑠音と無限が中の状況の変化を見守るように佇んでいた。

徒具呂が右手を上げたまま、ドームを制御する機械の前に移動し一段高くなるよう周りの机の上に乗り立ち上がった。

「私がこの研究をしたのは、義理の父親の研究を引き継ぎそれを完成させるためです。

義理の父親はこの研究の第一人者でした。

そして天才でもありましたが、あまりに独創的な研究理論とその結果を速く求めた為に同僚や上司から疎まれなかなか認められなく、ある日その結果を出すべく研究対象者より無理に能力を引き出そうとした結果、研究所、スタッフの大半を失いそして自らも重症を負ってしまいました。

ここからは義理の父親から聞かされたことです」


 徒具呂の話は続く。

20年ほど前、政府は世界中に蔓延しつつある未知なる病原、難病、誕生時および先天的な障害などに対応する為の新しい研究施設開発とスタッフを集め新プロジェクトを開設した。その中に徒具呂の義理の父親も入っていた。

研究対象は先の人類の対病原、遺伝子関係から細胞複製、つまりクローン技術、

そしてその応用の移植臓器開発までにおよび、同施設内ではそれに伴った新技術による設備機器の開発もしていた。

その中でも一番期待されたのが、クローン技術だ。

主任クラスの技術者は世界最高の人物でしかも二人で主任を兼任していた。

その直属に徒具呂の義理の父親、佐伯眞吾がいた。

まさしく彼は天才であり与えられた技術開発はその独創的発想力で次々と問題を解決させクローン技術を完成の域まで引き上げた。

そんな佐伯もクローン体の脳構造における問題解決には専門外でもあったためなかなか成功に導くことが出来ずにいた。

それはクローン元、この場合一般の人間のことでオリジナルと呼んでいる者から、

クローンを製造するとき最初は新生児の状態からになるが、この場合は脳の構造も通常の新生児と同じの為実際の人間と同じく年齢を重ねていけば何の問題もなく身体も脳も成長できるが、現実は、たとえば20歳の人間のクローンといえばその時点の20歳のクローンを製造することが要求される。

それを解決する為に佐伯は成長ホルモンや成長促進剤等の開発により短時間でオリジナルと寸分違わぬクローンを製造するのに成功していた。

しかし脳の中身はいくら肉体が早く成長しても新生児のままで知識の蓄積や心の成長がまったくない状態であることが問題として残っていた。

これでは身体は大人であっても、脳と心は空っぽでただの大人の肉体でしかない。

その肉体の使い道として一番考えられたのが、オリジナルの内臓疾患や外傷による四肢の損傷などで移植が必要な場合はクローンを製造して必要な部位を取り出し利用することだった。元の肉体及び臓器はオリジナルそのものなので拒絶反応もなく、実際に現在の多くの移植はその技術が採用されつつある。

徒具呂たちは彼らの研究の資金源として闇でクローン技術を使用しているらしい。

残された問題解決に能力を発揮したのが佐伯の上司に当たる主任技術者の二人であった。彼らは生命工学と脳科学の専門分野のエキスパートであり脳の構造に関しては超能力、

心霊、等まで幅広い技術を有していた。

佐伯の研究成果により外観的なクローンは成功したが、それに伴う脳の短期間の成人化は彼らをもってしても困難を伴うものであった。

度重なる失敗もあったが数々の研究の中から導き出されたのが、精神波と呼ばれるエネルギーの存在であった。

これはテレパシーの一種でもともと超能力として以前から能力者の存在は確認されてはいたが、実際にその能力を自在に使える人間は限られていた。

能力者はその特異性から社会から排除されたり自ら孤独な世界に身を投じたりしていて、なかなかその所在を確認できずにいた。

政府はその困難を解決する為独自の組織を作り研究対象を捜索し始めた。

その結果何名か候補者が上がり、研究所に連れてくることが出来るようになった。

その能力者により精神波をコントロールし、オリジナルの精神、思考、知識、記憶までほぼクローンにコピーできるまでに至った。

完全に自立して活動できるクローンの製造を彼らは誕生と呼んだ。

誕生した人々はその後の研究結果で、オリジナルより強い生命力を持つことが確認された。それはオリジナルが慢性疾患者であってもクローンは細胞の寿命まで無病状態で生き続けることが可能なのだった。

そして肝心のオリジナルとクローンの違いだが互いに複数存在する場合は一卵性の双子と同じで外観や細胞、遺伝子レベルでも見分けは不可能である。

ただし精神エネルギーを感じ取れる能力者を通じてのみ、その精神波の微妙なずれで見分けられる。

クローン技術の研究結果に政府は本来の目的を着手し始めた。

今後、新生児を対象に病気に対して強いクローンにすべて入れ替えるといったものだ。

これがうまくいけば、出生率低下の抜本的対策の一部とし子供たちの死亡率も減り、医療分野でかなりの負担減を図れるし、新種の疫病などの対策も格段の進歩になると踏んだのだ。ただし公にクローン化を着手すれば数々の人道団体、宗教界から猛反発を受けるのは解っていたので、秘密裏に行う事を前提に政府の機関は動き出した。

その機関に任命されたのは先の能力者探査を目的とした組織である。

新たなメンバーを加え強化し事細かに各部署に対応し始めた。

組織の名前はクローン製造の誕生からバースと命名された。

そのメンバーの一部が今、徒具呂の様子を見に来た黒いスーツ姿の者達である。

バースはクローン研究やその他の技術を元に一手にクローン製造、誕生の大量生産を計画していた。

ただし一度に大量の精神エネルギーをコピーするには能力者の個別能力では限界があるため、精神波の増幅機械を開発し大量にコピーできるように計画した。

いま徒具呂が目の前に開発を終了宣言したこのドーム状の設備がまさにその精神波増幅装置なのである。当時の装置は思わぬ事故により施設ごと破壊されてしまった。

それを思い出したかのように徒具呂はそのドーム状の機械に向かい合い自ら作り出したにも拘わらず憎しみの目を向けていた。

「この機械に入り、クローンコピーを拒絶したものがすべてを破壊したのだ」

 黒いスーツ姿の男たちの中のリーダー格が歩み出て徒具呂に話しかけてきた。

「徒具呂、まさかその機械を破壊するつもりじゃないだろうな」

 徒具呂はゆっくりと振り向きスーツの男に答えた。

「そうだ、その通りだ、この施設を開発したのは当時の機械を再現し父の悲願をかなえる為。そしてもう一つは父を疎み孤独な立場に追い詰めた人間とその関係者をこの機械によって一度に集結させ無き父の恨みを晴らすこと。

それはあの研究所爆発を再現しここに居るあなたたちにすべて死んでもらうこと」

 徒具呂以外の一同に緊張が走った。ならば逃げるか、徒具呂を抑えなければ。

誰もがそう思った瞬間、スーツ姿の連中が入ってきた扉から人が現われた。

白髪の髪を後ろに束ねて白い室内着の上下で静かにゆっくりと徒具呂にじっと視線を向けながら近づいてきた。

葉瑠音であった。

その後ろを無限が一緒に扉の影から出てきたが、扉を背にするとその場に立ち止まった。まるでその出口からは誰も出さないといった感じであった。

葉瑠音はさらに徒具呂に近づきスーツ姿の連中の前を通り過ぎ、徒具呂に後、数メートルの位置にまで来ると立ち止まった。

「徒具呂、いや尾熊おぐま華尉流かいる。もうやめるのだ、

お前は真実を知らない」

 徒具呂はその名前を告げられると右手を下げ、そのまま葉瑠音に向き直り震えながら、

「なぜその名を知っている、第一お前は誰なのだ」

「なんだい、私の事を知っているかと思っていたよ。

あの研究所爆発のときドームの中に居たのはこの私だと言ったら解るかい?」

 徒具呂はますます震えていた。

遠い記憶に必死にアクセスして目の前にいる老婆を思い出そうとしていた。

しかし、徒具呂の記憶にはドームの中は思い出せない。

第一あの研究所の事故の経過は義理の父親である佐伯が何度も徒具呂に語っていたに過ぎないのだ。

「やはり、お前の記憶は曖昧なようだね。今から私がここにいる者たち全員にあのとき、あの場所で何が起こったか真実を見せてあげる」

 そういい終わると、葉瑠音は両手を水平に広げ何かをささやきながら静かに目をつぶった。突然、現われた葉瑠音に、歩大尉、実芦、雨豆裸、中林他、一同は何も口に出来ずただ黙って事の成り行きを見守るしかなかった。

葉瑠音の身体が少し浮き上がったように見えた。

つま先が床に立つ様に伸び真っ直ぐになっている。いや、浮いているのだ。

その身体からドームの中で発しているような光が葉瑠音の中心から出ている。

最初は小さく、やがてそれは大きな光の輪となり広がってゆく。

それと同時に葉瑠音の髪が白髪だったのに、今は黒々としその表情もまるで十代の少女のように若くなっている。突然光の輪が大きくなり一瞬にしてその場に広がった。

その場にいるすべての者達が真っ白い光の世界に引きずり込まれた。



 研究所の入り口には一枚の看板があった。クローン開発庁 第C班。

入り口を抜けるとそこは巨大な競技場の様であった。

広いスペースの中心に透明のドーム状の機械があり、それを取り囲むように千差万別の機器が設置されて、個々の場所に多数の研究員がそれぞれのモニターをチェックしている。今、入り口を入ってきたのは少年で10歳ぐらいであろうか。

一番大きな机の前ですべての指揮を取っている男女に近づき、その女性の白衣の袖を引いた。

「あら、華尉流。此処に居てはいけないわ。あそこの休憩室にいって。そして弟の様子を見てあげて」

「でも、退屈なんだもん」

 少年は少し身をくねらせて、女性を見上げた。華尉流の母、尾熊美咲(みさき)である

そして男性が話しかけた。

「しかたないなあ。ママは今忙しいから、パパが休憩室まで付き合ってあげるよ、さあ行こう」

 少年は男性を見上げると小さく頷き、手をひかれてその場を離れていった。

男性は九品くしな芦弾ろだんである。少年とその父親が休憩室に入ると、そこには生まれて3ヶ月ほどの幼児が安らかに眠っていた。

「ほら、弟はかわいいだろう、だから側にいてあげて起きたら教えに来ておくれ。それまでここでもう少し待っていてくれるかな」

「うん、わかった早く戻ってきてね」

 父親は微笑むと少年のおでこにキスをして出て行った。

違う入り口から研究員が近づき話を始めた。

「例の能力者ですが、ほかの誰よりも精神波のパターンが安定しています。そしてかなりのパワーを摘出出来そうです。今すぐ実験しましょう」

「まあ、じっくりいきましょう。君の欠点はすぐに結果を求めたがるところだ。

此処までせっかく辿り着いたのだから後は、一つ一つ確実に行きませんか、佐伯くん」

「しかし、結果は明白です。今から始めれば明日の今頃には政府に報告できます。

是非お願いします」

 九品は、又いつもの事かとその研究員を見ていた。一度言い出したら納まらないのだ。研究熱心なのもいいが頑固な所も好し悪しだなと。

「解りました。で彼女は何処ですか」

 佐伯は興奮していた。いままで自分ではなかなか結果を出せずじまいだったこの分野で、思い通りに結果を出せることに喜びを隠せなかった。

「今連れてきます」

 佐伯は立ち去り、もう一方の待機休憩室に向かい一人の老婆を連れてきた。

葉瑠音であった。その容姿は今よりなぜか年老いて見える。

ゆっくりとほかの研究員に肩を支えられて歩いてきた。

そしてドームの中の椅子に座らされると、腕に注射を打たれがっくりと、うな垂れていた。頭部にはヘッドキャップを着けられ手足は椅子に括り付けられてしまった。

九品と尾熊はデスクの前で佐伯の動きを見守っていた。

佐伯がすべてを指示し実験に取り掛かる。

「では、メインスイッチオン。接続確認、誕生準備」

 ドームのスイッチが入ると中の葉瑠音が目を覚ました。

その目はじっと前を見据えていた。自分の状況を一瞬にして把握している様であった。

その実験を待ち構えていたように、正面入り口からバースのメンバーと思われる男たちが入ってきた。彼らはその状況を確認しながら各々で何かを語っていた。

葉瑠音はこの男たちの会話をすべて聞いていた。

いや、言葉を聞いていたというよりは彼らの心の中を透視していたと言うべきか。

彼らは葉瑠音が能力を使い、クローンに精神エネルギーを移す時のすべてのデータを中央のコンピューターにバックアップできればこの研究所は無用の長物となると考えていた。その後この施設を研究員もろとも破壊し、事故と見せかければ秘密が外に漏れることはないであろうとも。

葉瑠音は直前に打たれた注射の薬物によって自分の能力が半分も制御出来ない事に気づいていたが、バースの連中のされるままでは自分を含めこの施設の者達がすべて殺されるのは時間の問題だと思い、何とか阻止しなければと考えを巡らせていた。

残された時間はクローン用精神エネルギーの移植が終わるまでだ。

そこで葉瑠音は彼らの精神を操れないか試していたが、薬とこのドームにより思い通りに自分の精神エネルギーを操作出来ずにいた。

残された方法は精神エネルギーを大量に放出させドームの設備を暴走させ機能停止にするしかないと決心した。

葉瑠音は精神エネルギーを少しずつ一点に集中し始めていた。

そして徐々にエネルギー値が上昇していることに、モニターをチェックしていた佐伯の表情が変わった。

今まで、どんな場合でも今回まで値が上がった事はなかったし、この様なエネルギー値では機械がオーバーロードで破壊されてしまう。

周りの職員に声をかけてドームのスイッチを切るよう指示した。

葉瑠音が自分の精神波をコントロールするには不安定すぎた。

ドームのスイッチが切られたのにも拘らず、精神波エネルギーは出続けている。

主任たちも佐伯を見ながらいろんな機械を調整したが全ては手遅れであった。

職員に避難を呼びかけ始めた。

それぞれの職員は持ち場から出口に殺到していたが、全ての出口が外側から閉められていて、逃げるすべはなかった。

バースのメンバーらがすでにこの施設を封鎖してしまっていた。

そんな中、一人だけ違う行動を取る者がいた。

佐伯である。

佐伯は慌てて自分の部屋に荷物を取りに行き、研究データを取りまとめるとさっさと皆とは違う特別専用出口へ向かっていった。

休憩室には華尉流と弟が、身を寄り添うようにして外の状態から隠れるようにしていた。そこへその子達の親である九品と尾熊が必死の形相で入ってきた。

「間に合わない!地下のシェルターに早く入るんだ!」

 九品が二人に声をかけ、シェルターのハッチを開き、そこへ華尉流が入り母親が、幼児を華尉流に手渡した瞬間、明るい閃光が主任夫婦に覆いかぶさるようにしてすべては光に包まれた。

ドームの機能は停止していたが、その中で溜まっていた精神エネルギーが行き場を失い一気に外に放出された。これは葉瑠音も予想外であった。

大量の精神エネルギーが多くの機器と反応し物理的衝撃に変化し建物を内部から破壊する力に変わってしまい、周りの者達に破壊的な衝撃を与えた。

多くの研究員は死亡した。

シェルターにいた子供たちは幸い無事であったが内部に入ることが出来なかったその両親は衝撃をよけ切れなかった。

意識はなくその場に二人寄り添うように倒れ今まさに絶命寸前であった。

葉瑠音は自分が行ったことで多くの命が消えたことにショックを受けていた。

このことは何をもっても償えることは出来ないだろう。

ならば今助けられる命の炎だけでも消さずに出来る方法をとるしかない。

葉瑠音はその夫婦だけでも助けたいととっさに彼らの精神波を自分の体内に移した。

そして研究所内に用意されていたクローン体に移植しようと考えたが、

今の衝撃でほとんどのクローン体は損傷してしまっていたが、

一体だけシェルターと同じ素材でできたカプセルに守られた新生児のクローンがあった。葉瑠音は自分の能力も限界状態であった。

一体に二人分の精神波がうまく移せるか解らなかったが、今は躊躇している時間がなかった。

このままでは葉瑠音も夫婦の精神も崩壊してしまう。

葉瑠音は決心すると一気に夫婦の精神波をその新生児に送り込んだ。

そして葉瑠音はゆっくりと破壊されたドームから出ると、クローン体の新生児がいるところに歩み寄った。新生児は無事であった。安らかに眠っている。

それは葉瑠音がおこなった精神エネルギーの移植が成功した事を物語っていた。

気が付くとシェルター内部から幼児の泣き声が聞こえた。

新生児を抱きかかえたまま葉瑠音はシェルター内部に入った。

なぜか幼児だけがそこにいた。この子の兄は見当たらなかった。

葉瑠音はもう自分の本来の力がだいぶ失われた事を感じていた。

とにかくここを出なければ。

葉瑠音は幼児と幼児の両親の精神を移植された新生児を抱きかかえながら、

残る力を振り絞り建物の外に消えていった。

葉瑠音は気が付かなかったが、幼児の兄である華尉流はシェルターで衝撃を受けずに無事であったが、外に両親が倒れているのを目にし、大きなショックを受け、記憶も喪失してしまっていた。

呆然と建物内を歩き外に向かっていたときに、先に建物外に逃げる寸前で衝撃を受けた佐伯を見かけ、佐伯と共に建物の外に出てしまっていた。

佐伯は両目を失明し身体もかなりの怪我を負っていた。

華尉流と佐伯はその後親子として暮らして行く。

この建物を出た葉瑠音はかつての知り合いを尋ね、身を隠した。

幼児は自分が引き取り、新生児はその知り合いに預け将来自らが引き取る事を伝えていた。



 施設内のすべての者達の意識が本来の場所に戻っている。

徒具呂は頭をかかえその場にうずくまっていた。

実芦に触れたときに見た遠い記憶が、今全てに繋がりあの事故の鮮明な記憶と本当の自分に出会えたのだ。徒具呂はもう徒具呂では無くなっていた。

尾熊 華尉流になっているのだ。サングラスもはずしている。

「今の私に出来ることはあるのか?」

 すべてを受け入れた華尉流は迷っていた。

今まで両親と佐伯の復讐を誓いそのことだけで生きてきた華尉流にとって、真実はまったく違うことであった。

ならばこの怒りは何処に向ければいいのか。

「何も迷うことなど無い。ただ私が判断し行ったことにより多くの命が失われたことは事実だ。そしてこれはもうどうしようもない事であるのも確かだ。

私が出来ることは全ての真実を伝えることだけだ」

 葉瑠音は白髪に戻り静かに佇んでいた。

華尉流はその場にいたバースのメンバーを見た。

「本当は全てを知っていたな。なぜ黙っていた」

 黒いスーツのリーダー格に詰め寄り胸倉をつかみ、華尉流は攻め立てた。

「ま、待て。その時のメンバーはあの事故で全て死んでいる。それは今解ったはずだ。

それに我々はその時点ではメンバーに入っていない。そうだろう徒具呂」

「言い訳などするな、その事は今でもバース本体の考え方として変更は無いはずだ。

だから俺はお前たちを殺し、それに係わる全てを消し去るつもりでいた。

そもそもクローンだの移植などどうでもよかった。

俺のすべてを奪い去った世の中に復讐をするためにこの機会を待っていただけだ。

それも今のビジョンですべては覆されたが」

 激しくその男を突き飛ばすと華尉流は向き直り葉瑠音に近づいた。

そしてその手をそっと握る。片方の手にはまだスイッチを持ったままだ。

華尉流は穏やかな表情を見せていた。葉瑠音は華尉流の気持ちを理解した。

華尉流の身体に暖かい物が流れ込む。

そしてあの研究所の事故で消えてしまった両親の精神の在り処を葉瑠音の中から受け取っていた。華尉流は頷いた。

そうだったのか、だから俺はあの時記憶のきっかけを見たのだ、と。

「おい、そこの警察の皆さん、もう暫く付き合ってもらう。

皆さんの命がこのスイッチに掛かっているのは当に解っていると思うが、

再度認識してもらう。そしてそこの少女に此処に来てもらおうか」

 華尉流は葉瑠音の側に立ったまま、スイッチを握った手で実芦を手招きしている。

歩大尉は実芦を見た。その表情は落ち着いていた。

実芦は歩大尉と中林、雨豆裸、葉瑠音とゆっくりと視線を送ると歩大尉の手をそっと放し、中央のドームの近くにいる華尉流と葉瑠音の側に歩み出た。

中林は警官たちに視線で余計なことはするなと制した。

ドームは絶えず中央から光を放出し、強力なエネルギーを蓄えたまま震えていた。

華尉流の側まできた実芦に華尉流は近づきその手を握る。

一瞬、華尉流の表情が強張ったがすぐに安らかな表情に変わり、その目から涙が零れ落ちてきた。華尉流は泣いていた。それは全てが満たされ安息を得た者が見せる姿であった。実芦の表情はやさしく華尉流を見つめていた。華尉流は頷きその手を離した。

「葉瑠音の側にいてやってくれ」

 実芦の手を葉瑠音に預け、華尉流はバースのリーダーの側に歩み寄る。

「お前には責任をとってもらう」

 華尉流がまわりに告げた瞬間だった。

突然大柄な男が素早く走り寄ってその男の腕をとり自分の前に立てのように引き寄せその顔に銃を突きつけた。

中林たち警官に緊張が走った。

「徒具呂、あんたはもうこれ以上何もしなくていい。後は俺に任せてくれないか。

こいつは俺に始末させてくれ」

 無限がその男を締め上げる。

気が付けばバースの他のメンバーは既にすべて倒されていた。

それは一瞬であっただろう、これが無限のもつ本来の能力なのだ。

「俺は、あんたに救われた。あんな使い道の無かった俺に足と完全な肉体を与えてくれた。それはすべてこのクローン技術によるものだったのだな。

あの時は気にしてはいなかったが、今改めてあんたの凄さがわかったよ。

そしてあんたに恩返しするのは今しかないと感じた。

だからもう無理はしないでくれ、俺がこいつらに片を付けさせてやる」

 無限はその男を引きずるように車のある出口に退いてゆく。

中林はまだ警官たちを制していた。

問題はドームの唸りと徒具呂の持っているスイッチだった。

このままでは誰も手を出す事が出来ない。

無限は締め上げた男の耳元にささやいた。

「じっとしてな、お前にはそれ相当の責任を取ってもらう」

「な、何をするのだ。離せ」

「いや、それが今回はただでは済ませられない。だいぶ偉そうな格好をしているが、

俺はお前のあの顔と拳を忘れることが出来ないんだよ。

覚えているか?この取立屋さんよ!」

 さらに激しく腕を締め上げ無限はその男を攻め立てた。


無限はこの施設に入って車を止めたドアの前で葉瑠音に聞かされていた。

「あの、黒いスーツ姿の中で話をしている男に見覚えは無いか」

 無限は扉の影からじっとその男を見ていた。

何度か顔の見える位置に移動し見ていると、過去の記憶の中に出てきた忘れもしない男の顔と重なった。

そうだ、あいつは俺が両親と引き離された時に、あの家を踏みにじり、

殴りつけ唾を吐きかけられた男だ。あいつの拳と顔は忘れもしない。

何度かその姿は見掛けてはいたが、何時も後ろ姿か、身を隠すように徒具呂と話していたから気が付きもしなかった。無限の怒りは燃え上がっていた。

ちょうどいい、この機会に一気に奴らを潰してやる。

元々奴らは徒具呂や俺たちに無理難題をいつも押し付けてきていた。

その男をいよいよこの手に捕らえて締めあげている。

「やめてくれ、欲しい者なら何でも揃えてやる」

「だから、言っているだろう。お前の罪を俺が裁いてやる。だから観念しな。

あんたにその昔、両親を殺された者だ、いまさら思い出せなくてもいい。

そして今まで皆を苦しめてきたことも罪の一つだからな」

 男はこれまで自分のしてきた事を思い出そうとしていた。

この組織に入る前は下っ端で町の人間同士のトラブル処理、いわゆる掃除屋を長年やってきた。当然、人々の恨みを買うことばかりだった。

だがそんなことは見ない様、感じない様にしてきた。

いちいち気にしていたら命が幾つあっても足りはしないだろう。

その結果何とか今の組織に通じる人脈にたどり着き過去を偽り組織内の一部に食い込めた。後は与えられた仕事を失敗なく続け今の幹部の地位に辿りついたのだ。

しかしそれも此れまでか。男は諦めていた。それほどまでに無限の気迫は強かった。

この迫力は尋常じゃない。この男も俺を殺したらただではいないだろう。

そう思うと逃げ道すら考えつかなかった。

無限は車まで引き下がると、男を後部トランクの上に仰向けで押し倒し持っていた拳銃でその顔面を殴ると、男はうめき声を上げ気絶した。

手足をすばやく縛りつけ、トランクにその身体を放りこむと、自らは車の運転席に乗り込みエンジンをかける。

追っ手が来ていない事を確認し、地上に向うエレベーターの中に車両ごと乗り入れた。

そしてエレベーターは地上に向かって大きな音と共に上昇していった。




「さて、もういいでしょう。私の気持ちは納まりました。観念します」

 華尉流はバースの男が無限によって連れ去られるのを見送ると、

手に持っていたスイッチをそっと床に置いた。

それと同時に中林は警官たちに合図をし、それぞれに関係者たちに向かって散っていった。

「葉瑠音、大丈夫か」

 中林が近づいて無事を確認する。葉瑠音と実芦が寄り添い中林に頷いて見せた。

「君、大丈夫か」

 警官が歩大尉の肩に手を掛け顔を見ながら確認する。歩大尉は大丈夫と答えている。

すでに華尉流は警官達に手錠を掛けられていた。しかしその顔は安らかだった。

何の抵抗もすることなく警官の指示通りにしていた。

雨豆裸も抵抗はしなかった。華尉流があきらめたことで一緒に付いて行く決心をしていた。二人は逮捕され警察に連れて行かれるだろう。

施設の中で圧倒的な存在を主張していたドーム状の設備は、華尉流の指示で電源を落とされ沈黙をしている。

皆がいる建物内もすっかり静かになり、すべての人々は平静さを取り戻していた。

中林は外に連絡をして御手洗と結城にすぐに此処に来る様に伝えると、

1時間ほどで行けると返事があった。

無限にあっという間に倒されていたバースのメンバーも連れ去られた一名を除いてすべて確保された。

しかし彼らは一時的に警察で取調べを受けるだろうが、その後どうなるかは大体解る。

政府の機関に属する奴らは好き勝手放題で回りに散々な迷惑や被害を出して起きながら何故か何時も無罪放免になる。

その事を考えると一体何が正義で何が悪なのか、すべてが信じられなくなってくる。

中林の心にむなしい風が吹いていた。



歩大尉は葉瑠音と実芦に寄り添っていた。今までのことが繰り返し思い出された。

葉瑠音が歩大尉にそっと話しかける。

「すまなかった。今まで伝えることが出来なくて悪かったな、歩大尉。

今のお前なら解ってくれるだろう。すべての事を、真実を伝える時が来た。

実芦の手を取り本当の姿を受け取るがいい。

実芦、歩大尉に今までのお前たちの思いをすべて話してあげるがいい」

「何を?二人とも変だよ、一体どうしたって言うんだ」

 歩大尉はいつもの二人と違うものを感じていた。

葉瑠音は元気がなくいつもより何歳も歳をとってしまっていた。

そして実芦はずっと大人びていた。見た目はまったく変わっていなかったが、

その瞳の光がまるで大人のようだった。

必死に抵抗をするかの様に、二人の言う意味を解るまいとしていた歩大尉だったが、

実芦が近づきその両手をそっと握った。

「歩大尉、私たちの小さな男の子。あなたのパパとママは此処に何時も居たのよ」

 その言葉を聞いた途端に歩大尉はすべてを感じ取っていた。


 葉瑠音のビジョンに登場していた男女は、僕の探していた人たちだった。

そしてシェルターの中で華尉流に抱かれていたのは僕だった。

実芦。いや、お父さん、お母さん、いつも側に居てくれたんだね。


「歩大尉、あなたはがんばったわ、そして良くここまで大きく成長したわね」

 今まで見慣れた笑顔が、こんなにも懐かしい微笑みに見えた。

「お父さん、お母さん」

 こらえきれずに、声を上げて歩大尉は泣いた。

瞳から大粒の涙がとめどなく流れた。

「私たちは何時でもあなたの側にいられて幸せよ。たとえこの身体が仮の姿であっても」

 深く頷くしか今の歩大尉には出来なかった。

そして実芦は歩大尉を強く抱きしめていた。

「歩大尉、聞いて。今はいろんな事があって理解できないと思うけれど、貴方は立派な大人になろうとしている」

 今は歩大尉の両親としての実芦が話し始めた。

「葉瑠音のおかげで、私たちはこの実芦の身体で歩大尉の成長を見守る事が出来た。

そして何度か貴方の事を、この実芦の身体で直接手助けをする事も出来た。

けれどそれも今日まで。

これからは、貴方はもう一人でちゃんと生きていける。

何時までも私たちは、実芦の身体を借りている訳には行かないから。

私たちも出来ればこのまま貴方のそばに居て見守ってあげたいけれど、

実芦自身の人生も返してあげないといけない。

これから、実芦は貴方の友人として、貴方の身近に居る少女達と同じ存在になる。

そして私たちは実芦自身の知識としてのみ残り、今日を最後にこの様に現われる事はないと思って」

 歩大尉は頭を横に振り泣きながら実芦を抱きしめた。

「でも、もう少しだけ側に居てほしい。言いたい事がたくさんあるんだ。今は何も言えないけど、とにかくもっと、もっと居て欲しいんだ。やだよ、せっかく分かり合えたのに」

 そう言いながらも歩大尉は状況を理解した。


 そうだよ実芦の本当の心はそんな事は望んでいないはずだ。

両親と離れるのはいやだが、それはあの時にもうすでに起こっていた事。

それが今まで側に居てくれたとしたら、これ以上の幸せは無かったじゃないか。

僕ももう子供じゃない。

それに誰も居なくなるわけじゃない。実芦はそのまま居てくれるんだ。


「解った。お父さん、お母さん。今までありがとう。

あの時の僕は小さくてお別れが出来なかったけど、今の僕なら素直に見送れる。

でも、本当は辛いよ」

 歩大尉の目から再び涙が零れ落ちていく。幾つも幾つも。

「ありがとう。そしてとても優しい人になったわね。歩大尉。

私達のわがままを許してくれて本当にありがとう。何時までもその心を忘れずにいて。

そろそろ私たちはお別れね。葉瑠音と実芦を大切にして。さようなら私達のかわいい子」

「さようなら、お父さん、お母さん」

 その声を聞くと実芦がそっと目を閉じた。

歩大尉がその温もりを今一度確かめようと強く抱きしめた。

すると、ゆっくりと草原を吹き抜けていく風が、やがて太陽の元へすべて吸い込まれ去っていくような感覚が押し寄せてきた。

目を閉じているのにはっきりと見えたのは、実芦から離れ出た霧のような両親の魂が歩大尉の身体を優しく包み今一度その存在を確認すると、やがて本来の人の形をとりゆっくりと歩きながら離れてゆく後姿だった。

何度も振り返り遠い光の先に歩いていく。やがて光の中心に両親が消えた。


「ちょっと、歩大尉。痛い、もう苦しい」

 気が付くと実芦が歩大尉の顔を覗き込んで、歩大尉の腕をはずそうとしていた。

「あ、ごめん。気が付いた?」

「なに言ってるの。ずっと起きてたよ。ただ歩大尉の両親が私を借りていただけだから」

 歩大尉はあっけに取られていた。

両親の意識のときは実芦は眠っているような感じだとばかり思っていたからだ。

「実芦、平気なのか。じゃあ今のは全部解っているってこと?」

「うーん、前から歩大尉の両親は私の身体を使うようだったの。

って言うか、小さい頃から無意識に体が動かされている感覚はあったんだ。

そうそう昔こんなことあったよね。覚えているかな、小学校の夏休み。

二人で川に遊びに行ったよね、あの時歩大尉が川に落ちたとき、本当に慌てた。

だって岸で見ていてどんどん沈んで行ってしまうんだもの。

何も出来ずにどうしようもないって思ったときに、男の人の声が聞こえてそのまま私の手が、歩大尉の身体を何の躊躇も無く水の中に掴みに行ったの。

だってあの時、水の中になんか絶対に入れなかったはず。

泳げなかったし正直水が凄く怖かったもの。でも歩大尉を助ける事が出来た。

今思えば、きっとあれは歩大尉のお父さんだったはず。」

 歩大尉は頷いた。あの時水面には男の人の気配があった。

でもあとから実芦しか居なかった事を思い出していた。

そうなんだ、やっぱり何時も側に居てくれたんだね。歩大尉は納得すると実芦を見つめた。

「実芦、改めてこれからも宜しく」

 実芦の手を強く握った。それを実芦も握り返した。

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 二人は笑っていた。葉瑠音もそんな二人をみて微笑んでいた。

本当に良かった。

私の罪は許されはしないが少しでもいい方向に物事が変わっていければ此れに変わるものはないと感じていた。


周りはすっかり片付いて、皆撤収の準備をしていた。

中林が葉瑠音のほうに歩いてきた。

「そろそろいいかな、これから外に行く連中と一緒に此処を出ようと思う。

長く待たせちまったが、問題なければ行こう」

中林は葉瑠音をいたわりながら、歩き出した。歩大尉と実芦もその後に続いた。


 エレべーター棟の外はもう夕暮れだった。

長く地下に居たせいか、今が何時なのかまったく感覚がなかった。

でもこうして外に皆無事に出られて良かった。

中林は地平線に赤く沈む夕日の鮮やかさに感慨深げだった。

やがて目的地別に車が次々走り出した。

歩大尉と実芦と葉瑠音は中林の車に同乗し、葉瑠音の家へ向った。

葉瑠音が体の治療は自宅が一番いいと言ったので、皆自宅に向うことにした。

実芦も今夜は葉瑠音の家に止まることにした。

中林の車は赤く燃える夕日の光を浴び、丘の上の家へ向っていった。




☆エピローグ



歩大尉は朝食の準備をしていた。

テーブルにいくつか小皿を並べて、自分は弁当を用意した。

「ハル!じゃあもう行くからね」

 急いで鞄に荷物と弁当を詰め込んで、玄関から飛び出していった。

坂を下りていくといつものように実芦が待っていた。

「遅刻、遅刻、急いで!」

「解っているよ」

 歩大尉は実芦に弁当を手渡しながら学校へ走っていった。

実芦も受け取った弁当を大事そうに抱えながら後に付いて行った。


 あの事件からどのくらい過ぎただろう。

歩大尉の記憶にはすべてのことが鮮明に思い出される。

葉瑠音の本当の姿、実芦の中に居る両親との出会い、そして自分の兄、華尉流の存在。

いろいろな事がめまぐるしく歩大尉の前に現われた。

しばらくは自分の心の整理が付かなかったが、何日か過ぎた今はだいぶ落ち着いた。

実芦とも昔のように自然に振舞えるようになったし、葉瑠音も以前のように回復してきた。


 数日後、テレビのニュースで黒いセダンが港の沖に沈んでいたと伝えていた。

その中には男が一人運転席に座ったままで死んでいた。

自殺であった。

そしてトランクには黒いスーツ姿の男が、手足を縛られたまま閉じ込められて水死していたとも。

彼らはあの研究所から車で出て行った二人であった。

中林がその後、歩大尉の家に訪れて皆に報告していった。

華尉流は現在警察の保護のもと裁判中であった。歩大尉は彼の今後に複雑な思いを感じた。

そして雨豆裸だが、彼女は未成年ということで保護観察の元で高校に通えるようになった。実は身元引受人は中林が買って出た。

雨豆裸は中林の遠い親戚ということで苗字を鳥乃とりのとした。

そして住居は実芦と同じマンションで共同生活を始めていた。

いろいろなつらい思いや、悲しいことがこの事件で繰り返されたが、

雨豆裸が高校に通えるようになったことは唯一うれしい出来事だった。


「おはよう、歩大尉、」

 教室に入ると雨豆裸が話しかけてきた。同じクラスだ

「おはよう、今日も早いな」

「だって、ここに来るのが楽しくてさ」

 本当にうれしそうな雨豆裸だった。巻き毛の茶髪も今はストレートの黒髪にしてその制服姿はまるっきり普通の女子高校生だ。

周りのクラスメート達ともすっかり打ち解けて、なかなかの人気者のようだ。

「そうそう、歩大尉。実芦も言ってたんだけど部活決まった?」

 またそれか、歩大尉はため息をついた。いまだ何にするか決めていない。

「やっぱりまだ決まってないんだ。じゃあ、軽音楽部においで。

まだバンドメンバー募集してるから」

「それだけは勘弁してくれ、だってあそこ女だけじゃないか」

「いいじゃん。おいでよ。ねえ、ねえ」

 そんな押し問答の中、やがて始業のチャイムが鳴りいつもの様に一日が始まった。



長々と読んでいただいてありがとうございます。

とりあえず、終わりです。

また、書きますので宜しくお願いします。


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