八部
9、御手洗
グループ《G》のフロアのあるビルの駐車場出口付近で、
捜査車両の中で待機していた御手洗に結城から携帯電話で連絡があった。
「通路の出口は都市大学前駅の構内の地下です」
「了解。よし、駅構内へ向かってくれ」
運転担当に声をかけ、御手洗の車両が出発すると同時に数台がその場を後にした。
駅周辺は混雑していたが、緊急車両通過のアナウンスとサイレンで程なく駅入り口に着いた。
駅公安と確認を済ますと、御手洗は警官数人と駅構内に入っていった。
さらに結城の指示を仰ぐと、場所は現在工事中の引込み線内部の奥らしい。
幸い運行中の車両を止める必要は無いようだ。
未工事分で線路を引いていない部分があり、
壁をコンクリートで覆っているだけのトンネル区間が見えて、
まもなく照明施設が途切れるとその奥は真っ暗だった。
後からついてきている保線担当者に投光器を準備してもらい、
奥まで見通せるよう明かりを灯しが、一番奥には終点と思われる壁があるだけで、
肝心の出口らしきものは見当たらなかった。
御手洗は携帯を取り出していた。
「このままでは先輩の援護は無理だな。」
「解った。今から俺もそっちへ行く。多分こっちのフロアと同じ仕掛けがあるかもしれない」
結城が携帯の向うで答えた。到着まではしばらくかかるだろう。
次の手配に御手洗は動いた。
「この壁から10メートル以上戻った場所に捜査本部を設置するので、
手の空いた者は準備に手を貸してもらう。
保線担当の方々には、電源、明かりの準備をお願いします。
あと、署に連絡して、飲食その他一般滞在用の準備をするように手配してくれ」
人々がそれぞれに動き出し、あわただしくなった。
御手洗は中林が要求してくるであろうあらゆる準備をして待機するつもりであった。
実芦は雨豆裸の後を追いかけ、歩大尉はその後を付いて来ている。
フロアからの通路を進んでいる。
「もう少しだから、我慢して」
雨豆裸が振り向きながら、速いペースで進んでゆく。
通路はフロアと同じく上下から照らされてかなり明るいが緩やかに蛇行しているので、
フロアからの出口はもう見えない。
そして行く先の出口も今の段階では見えていない。
しばらくいくと、雨豆裸が立ち止まり振り向きながら後ろの二人に告げた。
「ここからは足場が悪いから気をつけて」
すると今まで平らだった通路が終わりコンクリートそのままの通路に変わった。
照明が黄色の小さいものに変わり一気に薄暗くなり、
三人がそこに出た途端今までの通路の照明が消えた。
「何もしないで来られたのはここまで。
ここから先は自分の足元をしっかり確認しながら付いてきて」
雨豆裸が自ら証明するように慎重な足取りになった。
三人はお互いの足元を確認するように一列になってゆっくりと進んだ。
しばらく進むと重厚な扉が一行を迎え、
雨豆裸が手をかざすと扉が横に移動して突然明るい空間が現われた。
中は競技場のように広いスペースで、雨豆裸が入ると後続の二人もそれに続いた。
地下の様であった。
地上からはどのくらい深いのかは解らなかったが、
中央部分にはいろいろな機材が用意されていて、
さらにその中心はドーム状の透明な空間が用意されていた。
人が中で座れるように椅子も設置されていて、
その外側にはドーム中央を見張るかのように棒状のものが数本中心に向けて置かれている。
ビルの4,5階と思われる見上げるほどの高さの天井は、
彼らが居たフロアと同じような一面が発光する照明がついて、
そのおかげでこの場所は昼間のように明るい。
実芦と歩大尉がその大きさに呆然としていると、
ドームの向うからサングラスの男がゆっくりと歩み出てきた。
徒具呂だ。
それを見た雨豆裸が側に歩み寄り話しかけた。
「多分、警察の奴らだと思うけど、フロアに乗り込まれてしまったみたい。
入り口の仕掛けを見破ったようなので、この通路にも時期やって来ると思う」
「では、後は時間の問題だな。
皆さんここもあと数十分で警察の皆さんが駆けつけてくるでしょう。
ただしすんなりとここを明け渡す気はないです。覚悟していてください」
徒具呂は二人に語りかけた。その態度には何か不穏な気配を漂わせていた。
「二人にはそこに座って休んでいてください。
きっと面白いことが起こるでしょうから」
ますます不気味な気配を漂わせ、
振り返りながらドームの装置にスイッチをいれ機材を調整しだした。
作業を続けながら徒具呂は語り出した。
「この施設を作るのに数年かかりました。
これは昔、ある場所にあった施設の一部を完璧に復元させた物で、
ほぼ完璧に出来たのですが、
肝心の心臓部といえる部分の設定値の精神エネルギーの正確な波長が解りません。
そのために、その施設に保存してあった記録によるリストから、
その精神エネルギーの持ち主を探してあて、
数々の人々のデータをとりましたが何かがいつも足りないのです。
すべて不完全でした。
ですが、実芦、あなたのデータは私が求めていた物とほぼ合致したのです。
どうしてあなたがその精神エネルギーの持ち主であったのか解りませんが、
偶然だとしてもこのことは素直に受け入れる事にしました。
私が持っているデータにも入っていない事柄があるようですね。
まあ、先ほど私にしてくれた事は今ひとつ納得出来ませんが、
これでこの設備が完全体で起動出来るのでとりあえず感謝します」
徒具呂は口元だけで笑いを見せていた。
サングラスに隠れて見えない瞳は何を思うのか誰にも解ることは出来なかった。
実芦は自分が名指しされてそのことがどんな事か理解出来ないでいた。
ただ、徒具呂が触れたときに起きたことは、
なにか自分には特殊なことが隠されているような気がしていた。
雨豆裸が実芦の側に近づいて子声でささやいた。
「中央部にはあまり近づかないで出来るだけ壁際に居たほうがいい。
四隅と各壁の中央は出入り口になっているからその近くに居たほうが安全だと思う。
あと、休憩室はあそこだから自由に使って」
雨豆裸はドームの右側にある部屋を指差した。
「ただし今は徒具呂の許しがあるまで勝手に外には出ないで。
その時が来たら私が合図をする。」
雨豆裸は二人に言い終わると、徒具呂の側を通り休憩室に向かった。
しばらくすると飲み物を手に戻ってきた。
それを実芦と歩大尉に手渡すと、
自分は実芦たちが座っている向かいのソファに座り飲み物を飲みだした。
実芦と歩大尉たちを救い出す為に、中林と警察はまもなくここに来ると解っているのに、
徒具呂と雨豆裸はきわめて平常心だ。
二人はここから逃げる気はない様だった。
Gのフロアから通路を使って移動する際に休んでいた場所に、
実芦は制服のスカーフをわざと置いてきた。
多分今頃は中林さん達の捜索隊がそれを見て自分たちの存在に気づいてくれてるはずだ。
ドーム状の機械が少しづつ唸りをあげてきて、ドームを形作る透明の部分が白く光り始めた。
「そうだ、これでいい。ここまで来るのになんと長かった事だ。
後はこのデータさえ記録すればすべて完了だ」
徒具呂は一心不乱にデータの記録と、機材の動きを確認している。
見るからにドームの中心部はかなりのエネルギーが集中している様で、
ゆっくりとだが唸りと共に振動も加わってきている。
その直後、実芦たちが居るところからドームを正面に見た左側の扉が移動し始めた。
開いた空間から数名の黒いスーツ姿の男たちが静かに入ってきた。
徒具呂を確認してドーム状の機材の周辺までやってくると、徒具呂に話しかけてきた。
男たちは雨豆裸や実芦たちを見やったがさほど気にも留めなかった。
「いよいよ完成だな。やはり今回は成功したみたいだ。実にいい眺めで結構」
「お待たせしました。ご期待に添えるものです、ただしこれはプロトタイプですから、
さらに磨きをかけていけばこの半分の大きさも可能です。
このドームで日本中、いや将来は世界中のコントロールも可能になります」
男たちは徒具呂の説明に満足そうに頷きながらドームの周辺を確認していた。
「ところで、例のクローン情報は進んでいるのか?
このドームも重要だが肝心の媒体が無ければ意味が無いぞ」
男たちの問いかけに徒具呂はかすかに唇をゆがめ、またその事かと思い、答える。
「それは、何度も話しましたように、媒体の育成は可能ですが肝心の精神移動、
もしくは精神定着が出来なければクローンたちは空っぽの意味の無いものになってしまいます。
そのためのマザータイプはいまだ見つかっていません」
徒具呂は機械を観測していた手を休め、
振り向きながら鋭い顔つきで、何をいまさらと言った態度を取っていた。
「となると、一体一体の成人タイプはやはり実年齢分だけ時間が掛かると言う訳だな。
いま成人を迎えている媒体は数が少なすぎる。
これでは我々が目指す世界作りもまだまだ先ということか」
男たちは顔を見合わせて落胆の表情をしていた。
「しかし、物は考えようでしょう。
そんなに早く進めてもオリジナルの反感を買うだけですから、
それなら肉体だけの媒体で移植事業の完成を早めたほうがいい。
何せ媒体を成人させるには莫大な費用と設備が必要ですから」
徒具呂が説明を始めると、男たちはしぶしぶ頷いてその作業を見ていた。
彼らの会話に歩大尉と実芦は理解できずに居た。
それは当人たちだけが認識している事柄であるため、
周りに部外者が居ようが何も遠慮するところもなく話続けている事を考えれば当然かもしれない。
ただ、徒具呂を含め彼らはなにか重大な事を始めようとしていることだけは感じ取ることが出来た。
ドームの状態も安定して作動してきたのを確認すると、
スーツ姿の連中に向き直り徒具呂は歩大尉たちが、
休んでいる後ろの壁を指差しながらみんなに聞こえるように行った。
「さて、彼らがいよいよ登場ですよ!」
その声が広い空間に響き、皆が指差すほうを見た直後、
歩大尉たちがフロアからここに入ってきた扉が動き出した。
まぶしさに顔をしかめながら数名がゆっくりとこの空間に足を踏み入れた。
中林と警官たちである。
「おい、お前たち動くんじゃないぞ」
銃を構えその場にいた全員に指示をした。
そして、実芦と歩大尉をその中に見つけると、
自身に満ちた表情を一瞬見せた中林であった。
無限はゆっくりと病室から車に戻ってきた。
扉をあけて運転席に乗り込むと、静かに助手席で眠るように座っている葉瑠音に話しかけた。
「ありがとうな、最後に母を起こしてくれて。俺の思いを告げることも出来たし、
母を親父のところに返してやれた」
「解っていたのか。まあ、あのままでは意識は戻らずにいただろう。
でも私は手を貸しただけで、何もしてはいない。
お前の母親の思いの強さがお前の存在に気づいたから、
その助けをさせてもらっただけだ」
無限は黙って頷いていた。そして葉瑠音に訴えかけるように視線を向けた。
それに答えるように葉瑠音が言う。
「お前はもうひとつの事をやり遂げようとしている。それは父親の復讐」
「どうしても、我慢できない。
母はそのことに触れはしなかったが、その胸の奥は俺と同じだったはずだ。
親父を死に追い込んだ奴の事を許すわけにはいかないと。
もう一度その能力を使ってそいつの居場所を教えてくれ、頼む」
「他人を傷つけるためにこの力を使うのは、
本位ではないがお前のすべてはそのことしかないし、誰にも止められそうもない。
物事の善か悪かはその当事者ですら解るものでもない。
すべてはそれぞれの思いの成し遂げられ方次第。
車を出しなさい。その場所へ案内するから」
「感謝するぜ、これが済んだらあんたを必ずあの家に戻してやる。
だからもう少し付き合ってくれ」
車のエンジンが動き、車体が震えると黒のセダンは駐車場の通路に姿を現し、
タイヤを軋ませ大きく円を描くと病院の出口から道路を迷うことなくその場所に向かっていった。
葉瑠音の導くまま黒のセダンは走り続けた。
それは獲物を探して執拗にただ目的のみに向かう猛獣のような速さで。
やがてその動きを止める場所にたどり着くと無限は車の窓をあけ、
その目の前にそびえるビルを見上げた。
広い工場跡地のような場所の中央に存在するそれは、
外部からはエレベーター試験棟とペイントされている。
無限は建物を知っていた。
何年ぶりだろう。
かつて無限が駅のホームから不審者に突き落とされ瀕死の状態になった直後、
ある男に身体を元に戻してやるから手助けをしてくれないかと持ち掛けられた時があった。
あの時は死ぬことしか考えられなかったし、
体が、まして両足が元に戻るなど信じはしなかったが、
少しでもましな状態に戻れるのなら、その男に任せることにした。
それが後に悪魔との契約になるとは思いもしなかった。
確かに身体は完全に戻った。奇跡としか言いようがなかった。
いったいどんな事をしたのかその時はどうでもよかった。
とにかくこれで俺は前のように自分で何もかも出来る、そう思うとその男の為なら何でもした。
その男とはあの徒具呂のことである。
その回復治療をしたのが確かこのビルの地下であった。
「ここまでは、その男の行き場所は解ったのだが、
この中に入った途端行方が終えなくなってしまった。
この内部は何か精神波を遮断する仕掛けがあるのかもしれない」
葉瑠音が静かに語った。無限は知っていた。
あの一連の誘拐をするとき必ず頭に黒い袋を被せるように徒具呂に指示され、
その理由は誘拐対象者を追跡者から遮断するためだと聞かされていたからだ。
その素材と同じものを壁内部にコーティングしていることも。
この場所で、居場所を知らせる精神波が途絶えたことは、
目的の人物がこの中に居るという何よりの証明である。
車で建物の前に進む。
正面は例の入り口であったはずだ。
腕のリングを確認してゆっくりと近づくと壁がぽっかりと開いた。
中を見るとそれは重機械専用のエレベーターで、
そのまま地下に降りられるようになっている。
奥まで車で進むと明かりの色が黄色から赤色に変わり、
低く引きずるような音が室内にこだまし始め、
エレベーターの箱が地下に降りてゆくのを感じた。
それもかなりの早さだ。
その後上下に大きな衝撃を感じると、
正面の壁が左右にゆっくりと開き前方に通路が現われた。
通路はかなり広くそのまま車でUターンが出来るぐらいの幅があり、
緩やかに前方に傾斜してその先の大きなスペースに繋がっている。
そのスペースからの明かりが微かに手前まで照らしている。
スペースのドアが開いているのだが、
幸いこちらの音は向こう側には聞こえていないらしい。
ゆっくりと車のままエレベーターをおり、
前方の奥のドア付近まで来ると一台のセダンが無人のまま止まっていた。
慎重にスペース入り口から影になる場所にゆっくりと静かに車を止めた。
葉瑠音は感じていた。
無限が復讐を成し遂げようと探す相手がその扉の向うのスペースに居る事。
さらに歩大尉、実芦の二人も同じ空間に居る事。
そして葉瑠音やそのほかの者にとっても、
大いにかかわりのある人物もその中に含まれていること。
やがてすべては一つの輪のように結びついてゆく事も。