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HARUNE  作者: AKIRITA
5/9

五部

6、稲津(いなず)



 学校の午前中の授業の終了を知らせるチャイムがなった。

「それでは、ここまで。今度の授業まで予習をしておくこと。解りましたか?」

 その、最後の言葉を聞いてか聞かずか、生徒たちは席を立ち廊下に飛び出していった。

皆の目指すところは食堂だ。

いいメニューは早い者勝ち、とにかく空腹を満たす為一目散である。

そんな生徒たちを授業道具を片付けながら見ていた稲津いなずは、ため息をついていた。

教室には何人かの生徒が持参した弁当を広げそれぞれに食事をとっている。

ふと見ると歩大尉だけいつも用意している弁当も無く静かにしていた。

窓の外を眺め何か物思いにふけっている様にも見えた。

弥呼(みこ)くん、今日はどうしたの?お弁当も持って来ていない様だし、

それに元気なさそうだけど」

 歩大尉ぼおいの苗字だ。葉瑠音はるねの苗字でもある。呼ばれて稲津のほうを見た。

「ああ、別にたいした事じゃないんですが、今日は都合が悪くて弁当は作れなかったんです」

 歩大尉は席を立って、稲津のほうに歩いてゆく。

「何か心配事があるようですね。私も貴方達の頃は毎日悩んでいました。そんなときは誰かに話せばいくらか楽になりますよ」

 優しい言葉に歩大尉は、以外な感じを受けた。

授業中のあの騒がしさとは打って変わった態度だ。

「ええ、そうですね」

 歩大尉はうなずいた。

「そういえば、いつものあの子、確か明日尾さん?隣のクラスの。

 今日は見かけないようだけど」

「あ、実芦みろですね。うーん、ちょっと具合が悪いようで、二、三日休むそうです」

 とっさに言葉がでたが、実際のところ稲津に言われたことが一番の悩みとは言い出せなかった。

「そうですか。いつもの友人がいないのは一番寂しいですね。相談することも出来ないのでしょうから」

 ますます、心の中を見透かされているようで、この場から早く居なくなりたかった。

「じゃあ、先生、今日は食堂にいくので」

「はい。午後からまた宜しくね」

 歩大尉はため息をついた。

それにしても実芦は何処に行ってしまったのか。

とにかく心配だ。中林さんと一緒に探すべきなのではないだろうか。

そんな思いに振り回される。

何をしていてもその事が気になって、落ち着いていられない。

自分は何が出来るのか、何をすべきなのか。

苛立ちと焦りばかりが渦を巻いたように繰り返される。

なにか理由をつけて捜査に協力したい。歩大尉は思っていた。

授業が終わったら御手洗さんの所へ行ってみよう。理由はある。

あのサングラスの男が持っていた封筒を渡しに来たと言うのはどうだろう。

すぐに渡せなかった言い訳はなんでもいい。

今、あの封筒は持っている。自宅から出てくるときに持ち出して来た。

歩大尉の気持ちは決まった。

必ず警察に行ってこのことを理由に実芦の捜索に少しでも協力するのだと。

やがて食堂に着くと生徒たちの活気に、自分も空腹であったことに気がついた。

すべては何かを食べてからだと思い、食堂のカウンターにいって注文をした歩大尉であった。


 放課後、学校から警察署に向かう商店街を歩く歩大尉がいた。

一途に実芦が無事でいることを思い、きっといい結果がまっていると自分を励ましながら歩いていた。 そうしないとくじけてしまいそうだったから。

少しうつむき加減に考え事をしながら歩いていく歩大尉にゆっくりと近づく車があった。

黒いセダン、そしてその中には二人連れの男が乗っていた。

じっと獲物を吟味しているハンターのように見つめている。

しばらく徐行をしながら歩大尉の後を付けて行くと、商店街の外れ辺りの比較的交通量の少ない道路に出た。

車は路肩に寄ると停車しエンジンを止めた。

路上から車の流れが途絶え、行き交う人々が居なくなると黒いセダンのドアが開いた。

中から降りて来たのは大柄な筋肉質で体格のいい無限と中肉中背の平田の二人だ。

彼らは車が停車中にだいぶ離れていってしまった歩大尉を、ドアを閉めると同時に駆け足で追いつこうとした。

商店街を抜けて警察署を目指している歩大尉は、なにやら後ろから間隔の短い足音がすばやく近づいてくるのを感じた。

後ろを振り返ろうと身をそらせたとき黒い袋を頭にかぶせられた。

無限むげんがささやき声で歩大尉の耳元に話す。

「いいか、声を出すんじゃないぞ。黙っていてくれれば危害は加えない。解ったか」

 歩大尉が頷くと、そのまま両腕と身体を押さえ込まれもう一人が両足を持ち、歩大尉を横にし運び始めた。

自由がまったく利かない。

なにかに縛られている訳でもないのにまったく抵抗が出来ないのだ。

無限と平田へいたはこのような手順には慣れていた。

セダンのトランクを開けると、実芦を連れ去るときに使用していた車と同じように、大人一人がすっぽりと納まるような構造になっていた。

その中に歩大尉を寝かせると身体を確認して、持ち物を調べた。

財布、キーホルダー、封筒、レシート等。

それらを無限は自分の上着の中から取り出した収納ビニールに入れると、歩大尉が持っていた鞄と共に後部座席に置いた。

歩大尉を拘束具で手足を固定すると、トランクをしめて無限は平田に声をかけて車に乗り込んだ。

「よし、そのまま戻るぞ」

 周りに目撃者らしき人物がいないことを確認しながらエンジンをかけ車を走らせる。

しばらくすると、平田が口を開いた。

「今回は速いペースで二人もさらって大丈夫ですかね」

「リーダーのことだ、訳があるのだろう。この二人があのブルー作業員どもの一人の死に関係していることも解っていることだし」

 平田は納得出来ていないようだが、これ以上聞かないほうがいいと、無限の横顔をみて感じた。

「こんな仕事、いつまでやるのかね」

 平田が前を見ながら独り言のようにつぶやいた。

「まったくだ」

無限はその独り言に答えた訳でもなかったが、相槌のように呟いていた。

平田は金さえ貰えればこの仕事をいつまででもやっていけるだろう。

しかし、自分はもうこのような状況にはそろそろ見切りをつけたいと思っていた。

この裏家業をやり始めたときは何も考えずにただ命令に従ってこなしてきたが、最近は得るものは金だけでなにも残らず、むしろ失っていくものが多いように感じている。

自分の残りの人生の時間をただ無駄に過ごしているような、そして何かはっきりは言えないが、ここにいても自分の胸の中にある隙間は広がって行くだけで、今にすべて取り返しが付かなくなり己を見失うのではないだろうか。

無限はそんな考えに入り込んでしまった。

車に乗りグループのフロアに戻る途中にも、歩道に集う人々が次々と行き交っていく。

その中には小さな子供をつれて忙しそうに歩く母親と思われる親子連れ。

嬉しそうに少年を見上げる少女とのカップル。

ゆっくりと路肩の植物や花々を散策しながら歩く老夫婦。

そんな人々の中に自分の姿はなく仲間にもなれないでいるこの思い。

すべてが無限には遠い過去に失ってしまったように感じ、それを取り戻したいと苦しみもがく心が迷いはじめている。

今さらどうにもならないと自分を納得させてその思いを断ち切る。

その繰り返しにいつまで耐えられるのか。無限は自分の居場所を失い始めていた。

やがて黒いセダンはビル街に入り、グループのフロアのある地下駐車場に入っていった。



 ショッピングモールの中央に位置している飲食店“海洋”にスーツ姿の二人連れが入ってきた。

御手洗みたらいとその同期の結城であった。

店の中を見渡すと一番奥から二番目あたりのテーブルに体格のいい同じスーツでもラフな着こなしの男がメニューを見ながら座っていた。中林だ。

「よお、健治!ここだ」

 店に入ってきた二人の気配を感じ、御手洗とその連れだと確認して声をかける。

二人は席のほうに歩きながら周りを見渡した。

店は海鮮料理から和洋折衷まで幅広い料理を出しているようで、店の客も比較的広いフロアにもかかわらず8割は埋まっている。

男女半々といった客達である。

「どうも、先輩、これが結城俊です。トシと呼んでやってください」

「はじめまして、結城です」

 二人は一通り自己紹介をした。

御手洗はいつもの明るさで気さくな感じだが、結城は研究者タイプなのか素直に感情を表には出しにくいようだ。

物腰もしずかな感じで席に着いた。

「さあ、今日は俺のおごりだから好きなものを遠慮なく頼んでくれ。

その代わり俺の相談に乗ってくれよな」

 メニューを二人に見せた中林は手をあげて店員を呼んだ。

オーダーをしながら御手洗が話す。

「先輩、あの少年たちの家に入り込んだ奴の身元を洗っているのですが、

なかなか興味深いことが解ってきました」

「そうだった。その話が先だな。で、どんな奴だったんだ」

 注文を終えた中林が御手洗のほうに向き直り話を聞きだした。

「奴は水木恒みなき ひさしといって、数年前に窃盗で逮捕暦がありました。

二年程度で出所してその後の足取りは消えていましたが、最近、その水木がいろいろと調べていたようです。

15年ほど前にこのショッピングモールが出来る以前、ここにあった宗教団体の事を元信者や幹部たちと接触して聞きまわっていたようです」

「その団体なら知ってる。

設立当時は宗教団体ではなく精神的に疲れた人々を治療目的とする癒しの家といったものだったのが、その中心人物に治療された人々の間では疲労した心がとても楽になり、しかも幸福感すら与えられるとのことで、やがて中に狂信的な者達が出てきて、お布施や寄進が日に日に多くなっていった。

それを一部の宗教行事にくわしい連中が加わり経済的に楽な宗教法人申請をして、

団体の資金運営および蓄財などを始めた」

「先輩、やけに詳しいですね」

 中林は手元にあった水を軽く飲むと話を続けた。

「そうなんだ。実はあの団体で事件があってそれを担当したのが俺って訳さ。

で、その団体も最初はうまく行っていたようだが、会員も増えてくると当然、動く金も多くなり経営のみを管理している連中で利益をめぐり内部での不正が発覚したんだ。

経理の中心人物が団体の金を大量に着服して行方不明になるといった事件で、当初は単独犯行と思われたが、真実は彼を利用したほかのメンバーの誘拐事件だった。

その事件を調べるなかで、当然団体の中心人物に事情聴取することがあり、

教祖と呼ばれている人物に会い話を聞いたが、この人物は女性でじつに不思議な感覚を俺に与えてくれた。実際は手を触れて見つめていただけだが」

「なんか、色っぽい話になりそうですね。先輩」

 にやけながら御手洗が中林を見た。

「そうか?だがな、その中心人物は70前後のおばあさんなんだよな、残念でした」

「あ、やっぱり。世の中そんなにうまくはいきませんねえ」

 二人はそうだよなあ、などと笑っていた。

それを見ていた結城もつられて小さく笑顔を見せていた。

そこに、注文の品々がテーブルに並び始め、飲み物がそろうと中林の合図で一同は乾杯した。

「それじゃ、お疲れ、さあ食べてくれ遠慮しないでいいからな。

そして俺の話の続きはこうだ。

そのばあさんに触れていると身体が暖かく感じすーっと疲れが取れるんだ。これは凄かった。よくそんな癒しをうたい文句にする金目当ての偽者はたくさんあるが、これは本物だと思ったよ。実際へたなマッサージや鍼灸などよりよっぽど楽になるし癒される」

 二人は、小皿にテーブルの品々を取り分けてそれぞれに食事をしながら中林の話を聞いている。

「それと、そのばあさんの本当の力というかもっとも強力なのが、特定の人物の居場所が解る様なんだしかもその人物の生死をも感じ取れるとのことで、その誘拐された人物を探し出して見せるから何とか穏便に事件を解決してほしいと言われた。先の癒し能力もあったので俺は出来るなら是非頼むといって、そのばあさんにはこれで事件が解決したら悪いようにはしないと約束した」

「でも、その事件がきっかけで団体は2年近くで解散してしまった訳ですよね」

 御手洗が中林に飲み物を注ぎながら話した。

「結果的にな。事件そのものは教祖のばあさんのおかげで、行方不明の人物の監禁場所も解りその建物の所有者が黒幕でその部下達の中に団体の経理メンバーもいて、すべて逮捕され解決はした。しかしそのばあさんがその後、行方をくらましてしまい後に残った団体は内部の内輪もめの結果、建物が放火と見られる火災によって消失してしまって、そのまま解散という訳だ」

「その団体を調べるうちに水木はこのショッピングモールにあるコーヒー店に来ていた、

という訳でしょうか」

 御手洗が中林に同意を求めるように話す。

「それは解らないが、その宗教団体のメンバー、

いや当時の教祖に会うためにその手がかりを探しに来たのではないだろうか」

「それが、あの少年達の家に行ったことに結びついている訳でしょうか」

「どうだろう。そのことは健治のほうで把握しているのではないのか?」

 中林は少しはぐらかすように御手洗に聞き返した。

「いや、本当の事を言うと先輩の情報を欲しいくらいで、あと少しという所で水木の事は調べ切れていないし、その教祖の老婆のこともまったく把握できていない状態なんです」

 飲み物を口にしながら、行き詰っているという渋い顔をした御手洗であった。

「悪いなあ、そこから先は俺も現場から離れてしまっているので、健治ほど情報は無い」

やはり、といった表情で御手洗は諦めた様子だった。

中林はこのままでいい、そう思っていた。


 教祖は葉瑠音のことだ。

ただ御手洗も葉瑠音をあの家で見かけはしていたが、当時70歳であれば今はもう90歳近い。

葉瑠音の現在の見かけは50歳前後ではないだろうか。

容姿だけでは本人とは見分けられないであろう。

これは、中林も感心するのだが、知り合った当時よりむしろ若返っているようで実に不思議だ。

いま、御手洗や警察に葉瑠音の正体を知られても厄介だ。

自分は葉瑠音と協力して不明者捜査に貢献しているのだから。

それは今の中林には生きがいでもある。

だからこのことは当分、いや自分がこの家業を続けられなくなるまでこのままにしておこうと思っている。

水木恒。

奴が葉瑠音の家で騒動を起こし、警察が現場検証をしている時に中林は直接、葉瑠音から奴のことは聞いた。水木に葉瑠音がふれて奴の過去が見えたそうだ。

14年前彼ら一家は団体の狂信的な信者だった。

家や彼らの財産すべてを団体につぎ込んで当時の建物に住み込みで働いていた。

しかし団体の建物が燃え落ちたときに水木一人を残し、両親は建物と一緒に焼け死んだらしい。

水木もかなりの重症で入院したが、そのときのショックで記憶喪失にもなり施設を転々として、ある日施設を抜け出しそのまま犯罪の中に身を浸す生活になったのも、両親がいなかったという飢餓感が彼を追い詰めた結果でそのことは納得できる。

そして犯罪仲間の中に団体に所属していた者がいて、その人物との接触が水木の過去の記憶を呼び覚まし、覚醒した水木は自らの人生を取り戻すかのように団体と教祖を探し始めた。

団体そのものは解散してしまったことにショックを受けたが、どうしても教祖に会いたく行方を捜していた。

それは当時少年だった水木にしてみれば、実の母親以上に優しく暖かい思い出が鮮明によみがえったからであろう。

そして歩大尉たちを追っているうちに偶然に葉瑠音と再会できたという訳だった。



「それじゃ、俺の話も聞いてもらおうか。そうしないと結城、いや俊の出番がなくなるからな」

 御手洗は食事をしながらどうぞと手をだし、結城はやっと本題かと緊張し飲み物を飲んだ。

中林は二人に地下駐車場での消える壁のことを話すと、結城の目が輝いた。

「それは、興味深いですね」

「おお、そうこなくっちゃ。でどうなんだねその消える壁の仕組みは」

 息つく間もなくせかされて、結城がしゃべりだした。

「まず、ここで聞いた事は部外には話さないとお願いできますか?それが条件でなら」

「いわゆる守秘義務って奴だな。大丈夫だよ俺たち警察と元警察だから。な、健治」

 当然というしぐさで、御手洗の肩を叩いて、中林は頷いた。

御手洗は突然叩かれたので喉を詰まらせむせた。

「ちょっと、先輩。ごほ、ごほ」

「はは、すまん」

 中林は笑っていた。

御手洗も勘弁してくださいと言うものの、うれしそうであった。

そんな二人のやり取りにすっかり打ち解けたように、結城は微笑むと少し間を置いて喋りだした。

「消える壁というのは、多分もともとあった空間に、ほかのところから壁になる材料をそこに出現させたり元に戻したりといったことだと思います。中林さんが調べたものはちゃんとそこに存在していたとの事ですので、間違いはないと思います」

 結城はゆっくりと話し始めた。中林と御手洗は興味深深といった面持ちで聞いていた。

「物質転送という言葉を聞いたことがあると思います。

その仕様はいろいろありますが、一番わかりやすいのは、テレビや映画で有名な“スタートレック”で描かれた“転送”というものですね」

「知っているぞ、あれはおもしろかったな。カーク艦長が危機一髪となったときに身体が消えて無事脱出成功というシーンだな」

 中林が嬉しそうに言う。

そのあとに結城は付け足すように話続ける。

「そうです。しかし現実は人間などの生物は転送不可能です。

その理由として生命体は複雑な組み合わせのDNAや、その中に無数の物質やさらに小さな生命体と共存状態でいるために、

転送に必要な情報を瞬時に網羅できないのです。

ですが単純構造である静物や素材関係であれば、比較的簡単に転送することは可能です。

ただし、今のところ理論だけは確立されたのですが、どのように現実化するのか具体的な構造等が研究段階のままです」

「そうなると、あの消える壁は転送ではないとなるが、どういうことだろう。もっと違う仕組みなのか」

 中林はテーブルのつまみを口に運びながら問いかけた。

「いえ、これからが本題なので、じっくり聞いてください。

私が総合科学庁に配属された直後内部資料、といってもこれは現在は開示されていますので、問題はないでしょう。内部資料に総合科学庁の前身の施設の項目があり、その場所でかなりの科学技術を研究していたようです。中には物質転送の項目もありました。ほかに生命維持、対病原、念動力、思念解析、等々、

現代科学でも解明できていないものが多数ありました。そして一部には量産化可能な状態にまでに完成されていたものがあったようです」

 結城が一息いれて、飲み物を飲んだ。

「それが、今回俺が見たものではないかというのか」

 中林がやっと解ってきたぞと身を乗り出してきた。

「それが残っていればの話なのですけれど」

「え、それじゃお宅の総合科学庁にはないのか?」

「残念ながら、いまだ完成と呼べるものはありません。ただ、鉄の塊ぐらいは転送させられるのですが、

少し複雑な形になるとまったく見られたものではないです。たとえば転送した先で元の形の表裏が逆になったり、もともとパチンコ玉の大きさの塊が転送したとたん、巨大なバルーンぐらいになって中がスカスカだったりとかですね」

 結城は両手を軽くあげて、お手上げといった表現をして言った。

「そいつは残念だなあ、ここでお手上げも悔しいぞ」

 中林は机をグラスの底で軽く叩いた。

「その施設があればだいぶ違うのですが、施設自身は15年前に爆発事故を起こしているのです。そこで完成されていた記録、設備、人材も失われてしまった。そのためすべての研究結果はそれ自身を研究していたといった記録のみで残っているだけです。だだし、ここからは記録にはないのですが、爆発事故を免れた人間と設備があったという話です」

 中林が話しに割って入ってきた

「今回の消える壁は、その爆発を免れた機械の仕業による、可能性があるかもしれないというのであろう」

 結城は頷き、その言葉の跡を継いだ。

「その通りです。それと研究施設の人間が生き残っているとしたら、その研究技術だけで相当の財産を生むでしょう。何しろ部外には一切その記録がないわけですから、ほぼ独占状態で、特許権を持っているようなものです」

「その事に関してはもっと調べる必要がありそうだな。きっとこの消える壁を調べればそこに繋がるような気がする。結城、理論が解っていて、できそこないでも、ある程度の設備が完成しているのだから、それを調べて破壊できるよな」

「先輩、それは強引ですよ」

 中林の話を完全に否定するように御手洗が割り込んだ。

「いや、健治。中林さんの言っていることは不可能ではない。完成形が出来ていないだけで、仮定は間違っていないのだから後は設備の構成だけだ。今回はいい機会です。ぜひ現場を見せてください。その消える壁を暴いて見せますよ」

 御手洗があっけに採られているのを、

気にせずに結城は中林の手をとり完全協力体制に入ったかのように見詰め合っていた。

「おお、気持ち悪い」

 御手洗はふざけて寒がって見せた。

「健治、これが男の友情の始まりと言ってほしいね。な、俊ちゃん」

「ますます寒いです、先輩!」

 御手洗が両手で自らの肩を抱くように席でのけぞっていた。

結城は笑い出した。中林も笑いながら

「なんだと。こんな阿呆はほっておいて、早速お願いしたのだが、いいかな」

「はい、いつでも良いです。出来れば早々にお願いします」

 中林はよし!と頷くと御手洗に話した。

「その建物の、検査許可をとれるか?多分地下駐車場の容積を偽っているはずだ。建築局からの査察許可を明日取ってくれ」

「はい、解りました。そんなことならすぐ取れます。任せてください」

「頼む。で、俊は調査用の装置一式準備していてくれ。明日その許可が取れ次第現場に踏み込みたい」

 御手洗と結城はわかったという態度で早々に明日の準備をする為に立ち上がり、出かける準備を始めた。

「なんだか、せっかく楽しませようとしたのに、逆にせかせちまって悪かったな。

大事な者の安否がかかっているので申し訳ない」

 深々と中林は頭を下げた。

「やめてくださいよ、先輩。そんなことはお互い様じゃないですか。気にしないでください。それじゃ、俺は捜査部で事情を話し表向きは建築物査察として、メンバーを集めて出動態勢をしておきます。

先輩の指揮で俊の科学班と合流して現地に向かうようにします」

「頼む、じゃあ許可が下りたら現場で待ってるからな」

 三人はうなずくとそれぞれの職場に帰っていった。




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