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HARUNE  作者: AKIRITA
3/9

三部

4、雨豆裸(うずら)




 どこに行方をくらましたのか、サングラスの男は見つからずにいた。

昨夜から今朝方まで雨豆裸と無限、平田の4人、2台の車で知る限り、

グループの情報範囲を探し回ったが、まったくの不発に終わった。

皆、いらつき、あせり、などを伴い険悪な時間が過ぎたが、どうしようもないと観念すると、ひとまず帰ることにした。

グループのフロアにもどり、徒具呂に状況報告して、3人と別れたキャップ帽はひとりねぐらに戻るためにビルから通りに出た。

近所の飲食店で食事をしながらも、探しもれたところはないかと、そのことが頭からはなれずにいたが、部屋に戻り、横になると疲れのせいかそのまま眠りについていた。



 グレーのセダンが地下駐車場から出る。

通りに出て走り去る運転席の窓にはキャップ帽の横顔が見えた。

再び夜の夕闇が訪れる頃、もう一度サングラスの男を追い求めて出かけていく。

今夜こそは何か手がかりがあるはず。いや、必ず見つけださなければ。

その思いだけでキャップ帽は車を走らせる。

新しい居所がわかるわけでもない。完全に行き詰まりだ。

だが、使命感だけで動くには十分だ。今のキャップ帽にはそれしかなかった。

もう一度何もかも空にして、あのコーヒー店から探すことにした。

グレーのセダンが、コーヒー店近くに来たとき、対向車線を赤く点滅したライトの集団が近づいてきた。

予感がしたのか、グレーのセダンをすばやく路地にいれ、ライトを消して様子を伺った。

救急車とパトカーが集団で同じ方向に走り去った。

これはなにか事件だな。キャップ帽は直感した。

一息つくと、エンジンを掛け、その方向をなぞるように、セダンは走りだした。


 パトカーの光の後を遠目に追いかけてゆくと、住宅街の坂の上のほうに人だかりが出来ていた。

救急以外の車も着ていた。マスコミ関係だろう。

その喧噪を避けて、キャップ帽は少し離れた目立たないところに車を止めた。

車を降り野次馬にまぎれて、事件の現場と思われる家が見えるところまで来た。

ちょうど、被害者が担架に乗せられて玄関口から救急車に運び込まれてくるところだった。

その人物は男だ。担架が近づいて横を向いたとき、男の顔が振動でこちらに向いた。

完全に息をしていないのが解り、絶命しているのは明確だった。

そしてその男はキャップ帽の捜しているサングラス男であるのもはっきりと解った。

何があったのか、キャップ帽は思いをめぐらした。

しかし、どう考えてもここに奴がきて、何らかの形で死にまで至らしめる事情が解らない。

やっと奴を探し当てたが、これだけの人だかりでは手が出せない。

まして近づくなど無理だ。

ただひとつ確かなのは、奴の口からグループの秘密は漏れなくなった。

その点ではいいことだ。あと残された事は奴が持っていると思われる書類だ。

何とかその死体に近づき、探してだすことだ。

しかし警察のことだからもう奴の持ち物はすべて持ち去られているだろう。

そうだ、そうに違いない。

ここはうかつに奴の身体に近づこうものなら、捕まえられてしまう。

奴のことはあきらめよう。

それよりなぜここで命を失う羽目になったのか答えの一部でもいいから見つけられるまで、近くで様子を伺うことにした。


 事件処理の警官達も調査を終え、引き上げにかかると、それに合わせてマスコミ連中も潮が引くように事件現場から立ち去っていく。

後には熱心な野次馬が数人いたが、彼らももう何も新しい展開がないことを確認すると、それぞれの家に消えていった。

いつもの静かな住宅街に戻った道路に、グレーのセダンが止まっていた。

中にはキャップ帽の男が背を低くして、事件現場となった家の様子をじっと伺っていたが、外からでは何も中のことはうかがい知る事は出来ないでいた。

待つこと数時間、玄関のドアが開き男と少女が会話をしながら出てきた。

中林と実芦だ。

「では、ごちそうさま。俺の車で実芦を送ったらそのまま帰るので」

 中林が中にむかって挨拶をすると、実芦も一緒に中の少年に手を振りながら挨拶をする。

「じゃあ、明日ね 歩大尉」

「ああ、また明日」

 歩大尉が答える。ドアを手で支えながら玄関口に見送りに出てきた。

そのとき、向かいの道路沿いの木の陰に止められたグレーの車の男の目が光った。

あれは、たしかコーヒー店にいた少年、そして男と一緒に車に乗り込もうとしているのは、そのとき少年と一緒にいた少女ではないか。

なにか事の次第の一片が見えたような気がした。

そうか、細かい事情はわからないが、この少年達に会いにきて自ら事件を招いてしまったのかも知れぬ。

奴のことだからうまく行かなくてしくじったのだ。

となれば、この少年、もしくは少女が奴の死に至らしめた理由と、例のことを記した書類等のありかを知っているかもしれない。

なんとしても聞き出さねば。

キャップ帽の男はふつふつと湧き出る強い意思にに意外なほど心地よい物を感じた。

もう、迷うことはないのだ。

目的が決まったキャップ帽の男は車の中でじっと彼らを見つめていた。


 中林の車は、マンションの前に止まる。

住宅街からは少し離れた広めの公園の並びに建つ比較的高層の四角い建物だ。

公園の木々と同じ種類の立ち木を敷地内にも取り込み、淡い色を基調とした外装タイル、そして積極的に緑を取り入れたエントランスと、

その全てが景観調和を演出した静かな雰囲気をかもし出している建物だ

その正面に止まった車から実芦が降りて、中林に声をかける。

「今日は、本当にありがとうございました。またよかったらお食事をご馳走させてくださいね」

 にこやかな挨拶を送ると、車中の中林は頷いた。

「まあ、無事でよかったよ。近頃はどこも物騒になっちまった。本当に困ったものだ。

実芦も気をつけてな。じゃあお休み」

 中林が軽く手を上げると、実芦は車のドアを閉めた。

再度、中林にウインドウ越しに挨拶すると、すぐに振り向きエントランス向って行った。

中林は実芦がマンション内に入るのを確認するとハンドルを握りなおし、

軽くあたりを見渡すとすばやく発進させ自宅のある方向に向って走り去っていった。

その姿を照明を消した車から、二人がそれぞれに立ち去るのを確認するキャップ帽の姿があった。

そして、ヘッドライトが光る。

グレーのセダンはその場を中林の車と反対方向に走り去った。

キャップ帽は勝利を得たように笑っていた。

これで、それぞれの場所がわかったと言わんばかりの気配を漂わせながら。


 グループのフロアに戻ると、雨豆裸がクッションに座りながら、ノートパソコンを操作していた。

戻ってきたキャップ帽を見ると即座に口を開いた。

「あいつ、死んでたみたい。道理で見つからないはず」

 素早くノートパソコンの画面をキャップ帽に見せた。

そこにはグループの情報一覧があり、その中のウインドウがサングラスの男の死を知らせていた。

数枚の現場写真も載っている。

地面に血のりを広げその中で折れ曲がった木の枝のように、生気を失ったサングラスの男が倒れている写真だ。

「あいつを撃ったのは、現場近くに居合わせた警察関係者みたい。

これはかなりの腕で抵抗する暇もなかったようね。一発でしとめられている」

 雨豆裸がおよそ少女とは思えぬ観察力で現場写真の分析をして説明する。

どのくらいそんな状況を経験しているのか、と思うとキャップ帽は背筋が寒くなった。

確かにこの雨豆裸の物腰は人を威圧する迫力がある。

この威圧感はやはり修羅場を潜り抜けた物のみが有するものなのであろう。

そう思うとますます逆らえぬと思うのだ。

「実はそこに、今まで居ました。警察達が現場に向かうところを偶然通りかかったので、

後を追うとその場所でした」

「えっ、それで、なにか収穫はあった?」

 雨豆裸が身を乗り出して、これは気が利くじゃないかといったしぐさで話す。

「ええ、事件現場で、その警察関係の者と思われる男と、例の書類のことを知るガキどもを見つけました。そして居場所も確認してきました」

「よし、じゃあやることは解ってるわね。いつもの手順でやるから」

 雨豆裸はノートパソコンを真っ赤な台に置くと、無限と平田を呼び出し、3人にこれからのことを話し始めた。


 次の日の午後である。

学校が終わり何時ものように歩大尉と実芦が自宅に向って歩いている。

歩きながら話を交わす二人の話題はお互いのクラスでの出来事や、同級生が話題にしたテレビのドラマやバラエティのことなどであった。

普段の通学路の行き帰りは話などあまりしなくてもそれなりに時間が過ぎていたが、昨日までの出来事が二人の関係に違和感を生じさせてお互い黙っていられなかった。

自然と肝心の話題から避けようとしている。

このまま時が過ぎて忘れてしまえればいいと感じていたし、この違和感も時が解決してくれると思うのは二人とも同じであった。

そしていつもの角まで来ると、実芦は歩大尉に別れの挨拶をする。

「又、明日ね」

「じゃあ」

 実芦に軽く手を振り歩大尉は坂の方へ歩いてゆく。

実芦も同じように手を振ると背を向けてマンションに向かう。

今日の二人は何か味気ない感は否めなかったが、しばらくは仕方ないかなと実芦は考えていた。

でも一人になるとまったく別の思いが湧いて来た。

学校ではそろそろ中間の試験が近づいている。

最初の試験なので少し心配だそして高校に入るといろいろと忙しいことがある。

今日は担任から部活動に入る様に進められた。

将来進学等に有利になるので、放課後に用事がなければ入っていたほうがいいそうだ。

別に何も興味がないので、今まで気に掛けていなかったが、いざどれかを選択しなければならないとなると迷うばかりで決まらない。

友達がいればそれに続いて入る手もあるが、正直仲のいい友人はいない。

そうだ歩大尉が部活に入ればそれと同じにしよう。

明日、歩大尉に聞いてみよう、などと思いながらその歩みは何時しかマンションのエントランスに近づいていた。

ふと気がつくとマンション入り口の道路の前に、なにやら車が一台エンジンを掛けたまま停車している。

窓にはスモークの黒いフィルムが張られているようで、中の様子は見えない。

何かいやな予感がして、すぐにそこを通りすぎようとした時、いきなり後ろから身体を抱きかかえられ、口元をガーゼの様な物で覆われた。

身体を離すため、その腕を払おうとしたが、身体の自由が利かず、次第に目の前が暗くなり力が抜けていく。

口元を薬品のついた布で押さえられて呼吸ができない。

実芦はもう自分の力では動けなくなっていた。

鞄を持つ手が力なく下がると道路に鞄が落ちた。

実芦は完全に意識を失った。

「ここに早く!」

 車のドアが開き、少女がすばやく出て、後部のトランクを開けた。雨豆裸である。

実芦を抱きかかえて男が足早にそのトランクに連れて行く。

雨豆裸は実芦の落とした鞄をすばやく拾い上げる。

「手足を縛ったら、頭に袋をかぶせて。くれぐれも息ができるように、死なれてはまずいから」

 雨豆裸の言葉にうなずく男は、あのキャップ帽である。

言われた通りに、実芦の手足を白い拘束テープで縛ると、黒い目隠し代わりの布袋を頭からかぶせた。

首周りに十分余裕があるのを確認すると、トランクを閉めにかかる。

この車は通常の車と大きな違いがある。それはトランクルームの中だ。

一般的な車両は荷物スペースを確保する為に内装は、薄いフェルト地で荷物が車両の鉄板に直に当たらないようにしているだけなのに対して、

これはかなり厚い衝撃吸収素材で覆われて中はかなり狭い。

とは行っても大人ひとりは十分横になれるようになっている。

いや、車に詳しい者でなくても人間が中に入る事に気づくのは用意である。

つまりこの車は誰かをトランクに乗せて運ぶために作った車と言えるだろう。

実芦を横にして寝かせてトランクを閉めると、キャップ帽はあたりを見渡し人の気配がないことを確認して運転席に乗り込む。

助手席には雨豆裸が座り化粧を直していた。実芦の鞄は後部座席に置かれている。

「さあ、戻るよ」

 キャップ帽に指示すると、車はそのまま走り去って行った。



 実芦と別れた歩大尉は自宅に帰り自分の部屋に入ると、机の引き出しからサングラスの男が持っていた封筒を取り出して、

机の上において何かを考えている。

これはいったいどんなことが書いてあるのだろうか。

あの男が必死になってこれに拘っていた事が今だに頭の中をめぐっている。

結局、警察に出すことも出来ないでいたし、誰に相談出来る訳でもない。

こんな時に話せるのは、ハルしかないか。

と考えているその時、ドアがノックされた。

「はい」

「歩大尉、あけるよ」

 葉瑠音が静かに部屋に入ってきた。

「実芦が行方不明になった。中林に連絡してくれないか」

「えっ、どうしたの?何処かに行ったのかい?」

「いや、解らない。だたしこれは普通じゃない。実芦の存在が感じられない」

 歩大尉は部屋を出るとあわててリビングの電話で中林を呼び出した。

葉瑠音はリビングの椅子に静かに座る。

中林に話をすると、今からそこに向かうとの返事でしばらくそのまま待っていてくれと言った。

いったいどうしたと言うんだ。

次から次に何かに巻き込まれたように事件が起こるなんて。

しかも、今度は実芦が行方不明とは。

歩大尉は動揺する気持ちを抑えきれず、葉瑠音の横に座ると話し出した。

「ハル、どういうこと?実芦の存在が感じられないって」

「いや、大丈夫だと思うが突然、実芦の精神波が遮断された。

これはなにか特殊な物体で包みこまれたような感じで、こんなことは普段であればほとんどない。

きっと何か特別な状況になっているはず。」

「どうしたらいいんだろう。

やっぱりこれは中林さんに相談するしかないみたいだけど」

 歩大尉の言葉に葉瑠音がうなずいた。

中林が到着するまでまだかかりそうだった。

歩大尉は自分の部屋にもどり、気になっていた封筒を手に持って葉瑠音のまえに来た。

「ハル、これは昨日の男が持っていたものでどうしたらいい?」

差し出された封筒をみて、葉瑠音はゆっくりと言った。

「それは、しばらくお前が持っているがいい。

さして気にするほどのことではない。

ただし、欲しがる者達には非常に重要なことが書かれている。

歩大尉、これを見たとしても今のお前には意味はないだろう。

今まで通り机の中にしまって置くがいいだろう」

「もう、中に何が書かれているか見た?」

「いや、昨日きた男が私に向けた“思い”の中にその書類を書いているところを感じた。

そしてその文字もはっきりと私には手にとるように解った」

 葉瑠音の言葉にうなずくと、部屋に行き歩大尉は封筒をまた机の引き出しにしまい込んだ。

台所からお茶をいれて葉瑠音にわたして、歩大尉もコーヒーをいれた。

実芦が行方不明とのことは何か、今までの男たちの関係ではないのかと思い始めていた。

あの封筒がすべての原因ではないのか。

歩大尉が自分の思いにふけっていると、葉瑠音が言った。

「歩大尉、今はまだ状況がわかっていない。余計なことを考えない方がいい」

 はっとして、振り返るとそこには葉瑠音のやさしいしぐさでお茶をのむ姿があった。

もうすべて歩大尉の思いは解ったからと言う態度であった。

いつものように葉瑠音のその存在を感じると歩大尉は落ち着いてきた。

そうだ、悪いことは考えずにこれからの事実だけに目を向けようと思った。

そのとき、ドアがノックされ外から声が聞こえる。

「中林です」

ドアに近寄り、返事をしながら扉を開けるとすばやく中林が家の中に入る。

「実芦が行方不明だって。昨日は無事に帰ったはずだが」

 葉瑠音に話しかける中林は冷静な感じだった。

「いや、ほんの前のことだ。突然消えたようなのだ」

 ゆっくりと、中林に答える葉瑠音。

「不明になった最期の場所は解るか?実芦のマンション前か」

「そうだ、そこでなにかに捕らわれるように実芦の精神波がみだれ、

直後に遮断された。

精神波の乱れは何らかの形で実芦の意識が失われたことを意味している。

ただその精神波が遮断されたことは今の状況ではまったくの不明だ。

でも最後の精神波は生気を感じさせていた。

実芦は眠らされたまま連れ去られたと思うのが妥当だ」

 葉瑠音の話を聞くうちに、これは只ならぬ者たちの仕業であると中林は確信した。







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