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「別に良いじゃん。恋人同士なんだし?」
「いくらそうであっても今は無理! 大体まだそんな深い仲じゃ……って、何言わせるのよ!」
自分で言っているくせに、とサトルは言うけれどそんなの関係ない。本当にどうしろって言うのよ……。ふとヒイラギを見ると、大きな目でこちらを見上げ、きょとんと首を傾げて見せた。そ、そんな可愛い仕草を見せられてもお風呂は一緒になんて……一緒に、なんて…………。
「なあ、岩代。考え事していたら悪い。だったら水着を着るかバスタオル巻いて入れば? 流石に俺達が風呂だけの為に呼ばれるのも嫌だし、呼ばれたとしても噛みつかれてそれどころの問題じゃないし」
倉山、ナイスアイディア! その手があったじゃない。よし、そのアイディア採用!
「でもさ、身体洗う時結局裸に……」
「言うなサトル。また岩代が悩みだす」
小声で二人が何かを話しているように聞こえたけれど、私には聞こえなかった。
*
喫茶店を出てから向かったのは近くにある公園。そこでヒイラギと再会をして、恋人になった思い出の場所でもある。今のヒイラギにはそんな記憶もないだろう。だって来た途端、真っ先に近くにいた鳩を追いかけ出したから。私達以外にも何組かの親子連れと小学生の集団が楽しく遊んでいる。それぞれ遊びに夢中になっているから、ヒイラギが変な事に巻き込まれる心配もないだろう。
「鳩を追いかけるヒイラギ……何か笑える。滅多に見られない光景だ。デジカメ持って来れば良かった。あ、携帯あるから写メでも撮ろうかな」
さっきから思う。サトルは何処か抜けているような気がすると。いや、暢気すぎるだけ? どっちでも良いや。でも確かに滅多に見られない光景だ。……それでも和むなあ、と思っているのもほんの僅か。
鳩を追いかけるヒイラギは何度も転んではそれでも同じ鳩を延々と追いかけ続けていた。異様なまでに。他に鳩は沢山いるのに。倉山が少しだけ嫌な予感を感じ取ったのか、“いやまさか”とかブツブツと何か言っている。何かあるならはっきり言いなさいよ。
「お姫様。死神はね、小さい時は無自覚に魂を奪う事があるんだ。死にかけの魂でなくても。
だから物心つくまでは死神の姿であろうと人間の姿であろうと、
人間の世界で生まれたとかの例外を除いて人間の世界には絶対に行かせないようにしている。多分、アキラが思っているのは……」
「ヒイラギ、やめろ! まだそいつは寿命じゃない!」
「ああ、やっぱり」
サトルが事情説明をしてくれている間に、倉山は突然同じ鳩を追いかけるヒイラギを、噛まれる可能性があると言う身の危険をかえりみず追いかけ出した。しかしヒイラギは気付いていないのか、鳩を追いかけたまま。
もしかして鳩、命の危険を感じて逃げているのかな……? って、その鳩を助けなきゃ。今は人間になっているとはいえ、刈るその瞬間だけ死神に戻ってしまう事だってあるだろうし……。
「ヒイラギぃー!!」
私とサトルも倉山の後に続けと言わんばかりにヒイラギを追いかけ出した。だけどそれに気付いたヒイラギは、そういう遊びだと思ったのは妙に楽しんでいるように見える。遊んでいるんじゃないんだけどな。