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「多分と言うか絶対届かないよね……おいで」
温めたカレーとおにぎり、それから飲み物とかスプーンをテーブルの上に置いてから、椅子に座りヒイラギを抱きかかえた。喫茶店の時は子供用の椅子を借りようとして、ヒイラギがよじ登って来たけれど、流石に家に子供用の椅子もないし、強制的に私の膝の上にと言う事になる。ヒイラギは当たり前のように膝の上にのっかって来た。そしてまた満足そうな顔をする。座らせる方は少し大変なんだけどね。
「それじゃあ、手を合わせて。いただきます」
小さめのおにぎりを一つ渡すと、誰も取らないのに、まるで誰かに取られるのを恐れるように頬張るヒイラギ。そしてまた昼みたいに喉を詰まらせている。懲りないなあ。
「もう慌てて食べなくて良いよ? 倉山達だっていないんだから」
苦笑交じりで比較的小さめのコップに注いだお茶を渡し、また勢いよく飲み干したヒイラギの顔は、まるで地獄から生還したような清々しい顔だった。
「今度はゆっくり食べようね?」
まだ一つ目のおにぎりを食べきれていないから二つ目も渡せない。だからその間に私も食べられる所までカレーを食べた。やっぱりカレーは美味しいな。
「…………」
「ん? どうしたの? まさかカレーを食べたいだなんて言わないでしょうね?」
じっと私を見上げるヒイラギに私は嫌な予感がした。そしてすぐにその予感は的中する。私の問い掛けに彼は頭を何度も縦に振ったのだ。勿論私はそれを拒否した。刺激が強すぎるから、と。しかしそれで納得するヒイラギではない。じっと見つめる瞳は少し不機嫌そうなものになっていた。何て例えれば良いのかな……? あ、そうだ。
「お昼にコーヒー飲んだでしょ?」
「…………」
「このカレーもね、ヒイラギに嫌な思いをさせるだけだよ? 甘ければ食べさせてあげたいけれど、辛いから……私、ヒイラギの苦痛な顔はもう見たくないんだ……お願いだから、ね?」
ヒイラギに納得して貰う為だとはいえ、途中であの出来事を思い出してしまってまた泣きそうになってしまう。ヒイラギが殆ど私のせいで命を落としたあの時の。実際はこうして生きていてくれているけれど、その時を思い出すとまた泣いてしまいそう。
あんな事はもうないかもしれないとはいえ、一生忘れる事も出来ないだろう。ヒイラギのあの時の苦痛な顔はもう見たくない。