15
もっと声が聞きたくて、何度もお兄ちゃんの名前を呼んだけれど聞こえたのはそれっきり。もしかして私を安心させる為にいても経ってもいられなくなって、少しだけ喋ったのかな? だとしたら……。
「ありがとう」
もうその言葉しか出てこない。するとふと誰かが裾を引っ張っている事に気付く。誰かが、なんて言い方はおかしいか。この部屋には一人しかいないのだから。
「ごめんね、起こしちゃった? まだ眠かったら寝ていても良いんだよ?」
まだ眠そうな目を片手でこすりながら、不安そうに私をじっと見つめるヒイラギがそこにいた。彼は首をフルフルと動かして私の言葉を否定する。無理しているのか、それとも眠そうに見えるのは寝起きだからで、本当にもう平気なのか。
「…………」
「え、どうしたの? 何か言いたいの? ちょっと待ってね……」
今度は手をばたつかせてまるで何かを言いたげなヒイラギ。とりあえず紙とペンを渡してみた。するとヒイラギは歪んだ大きな文字でこう書いていた。
《なかないで》
え、私ってば泣いていたの? 気が付かなかった……。確かに涙が出そうにはなったけれど。こんな今は小さい子に心配をかけさせるなんて私ってば情けないなあ。でもちょっとだけその心配する気持ちが嬉しくも思う。
「大丈夫だよ。泣いていないから。泣いていたとしても悲しくて泣いていたんじゃないんだよ? 心配してくれてありがとう。そしてごめんね」
ヒイラギをギュッと抱きしめて、それから撫で撫でをするとヒイラギが珍しく嬉しそうに満面の笑みで笑った……気がした。ヒイラギの満面の笑みに気持ちがほっこりしていると、その雰囲気をぶち壊すかのように私のお腹がぐぅとなる。頼むからちょっとくらい空気を呼んでくれないかな。
「……?」
「ご、ごはん食べようか。おにぎり作ったんだ。あ、それから紙とペン一緒に持っておいで。お喋りしたくなったら何時でも使えるようにね」
ヒイラギが“なかないで”下に途中まで“いまのお”と書いているのに気付き、恥ずかしくなってその紙に書くのを遮るようにご飯を食べようと提案した。書くのをやめてこくこくと頷くヒイラギを見て胸をなでおろす。ヒイラギ、明らかに“いまのおとはなに”とでも聞く気だったに違いない。聞かれても答えられないって言うの。