婚約破棄をされないためにも、母と妹を追い出しました。
「お兄様ぁ。お昼をご一緒しましょう」
シリウス・ブルテルク公爵令息は、困り果てていた。
にこやかに駆け寄ってくるのは、妹のマリアーテだ。
妹と言っても血の繋がりがない。
母の友人一家が亡くなってしまって、2年前に母が引き取った女でまったくの他人だ。
貴族なら誰しも通う王立学園。
歳が一つ下のマリアーテは、シリウスにべったりなのだ。
どうして学園でもべたべたしてくるんだ?
勿論、しっかりと断った。マリアーテと昼食を共にする訳にはいかない。
学園でもそういう感じだから、家ではもっと酷い。
部屋に突進してくるのだ。
さすがにシリウス17歳。マリアーテ16歳なので、それはまずい。
シリウスは部屋にマリアーテを入れないように、ドアに鍵をつけた。
シリウスは金髪碧眼の美男だ。
自分の容姿には自信がある。
マリアーテも柔らかい綺麗な髪をしている美人だ。
でも、シリウスはマリアーテに特別な感情を持っていなかった。
何故なら3年前に婚約を結んでいる相手がいたからだ。
レティシア・オルド公爵令嬢。
名門オルド公爵家は現王妃の実家に当たる。
レティシアは非の打ちどころのない、美しい銀髪で緑の瞳が美しい令嬢だった。
シリウスは同い年のレティシアに初めて引き合わされた時から心を奪われたのだ。
「レティシア、私は君と婚約を結べて嬉しく思う」
当時、14歳のシリウスは緊張しながら、レティシアにそう言って、手の甲に口づけをした。
レティシアは微笑んで、
「わたくしも嬉しく思いますわ」
そう言ってくれたのだ。
それからレティシアとの付き合いは気を使った。
オルド公爵家に会いにいくたびに、綺麗な花束や、王都で流行りの店の焼き菓子、
誕生日には首飾りをオーダーメイドして作って貰い、レティシアにプレゼントした。
レティシアは喜んでくれて。
「わたくしの瞳の色にあわせた緑なのですね。嬉しく思いますわ」
首飾りの中央は緑の宝石にしたのだ。あまり大きい宝石では高すぎて高すぎて。
その代わり、宝石の周りを縁取るデザインはシリウス自身が細かく店に指定して、デザインして貰った。
銀の花が緑の宝石の周りに咲き乱れているようなそんなデザインの首飾りで。
ともかく気を使った。
テラスでの交流の席での会話も、あらかじめ話題を用意してレティシアを楽しませようと。
レティシアと結婚したい。
必死だった。
それなのに。二年前に、マリアーテがブルテルク公爵家に引き取られてから、厄介ごとが増えた。
シリウス15歳。マリアーテ14歳である。
まだまだ少年と少女の年頃とはいえ、シリウスはマリアーテと親しくなりすぎないように気を付けた。血が繋がっていないのだ。
それを母エレーシアに責められた。
「マリアーテは両親を亡くして、心細いと泣いているわ。貴方も仲良くして慰めなさい」
シリウスは母に向かって、
「私は婚約者がおります。マリアーテは実の妹ではありません」
「でも、養女です。貴方の妹になったのよ。いいですね?シリウス」
父に向かって苦情を言えば、
「まったく困ったものだな。私は領地に行かねばならん。王都の屋敷に頻繁にいられない。
マリアーテとは適切な距離を保て。いいな。エレーシアの言う事は聞かなくてよい」
父はそう言って領地へ行ってしまった。
仕方が無い。
マリアーテが近づいても、シリウスはなるべく距離をとるようにした。
母が、
「食事くらい一緒に食べましょう。シリウス」
「私は部屋で食べますから。マリアーテと親しくしたくありません」
レティシアに誤解されたくない。
ともかく必死だった。
どうも、母はレティシアが嫌いみたいだ。
レティシアが手土産の高級な菓子を持って、オルド公爵家に訪ねて来ても、
「まぁ、お土産有難う。メイド達にでも食べさせるわ」
レティシアは微笑んで、
「ええ、使用人の皆様に喜んでいただけるなら、買って来た甲斐がありますわ」
いずれ、レティシアはこのブルテルク公爵家に嫁入りする。
それなのに、母はレティシアに冷たいのだ。
どうしてなんで?名門オルド公爵家だぞ。その令嬢を嫁に貰えるのに。
マリアーテは距離を詰めて来る。
レティシアが来客として来ていても、客間に突進してきて、シリウスの隣に座り、腕を絡めて、
「いらっしゃいませ。お兄様ったら、私の事が大好きみたいでっ。ね?お兄様」
「いや、好きな訳ないだろう」
母は平然と、
「恥ずかしがる年頃なのよ。シリウスは」
ブルテルク公爵家に喧嘩を売っているかの態度。
シリウスは慌ててレティシアに謝罪をする。
「申し訳ない。母や妹が」
「いいのです。皆様、仲が良くてよろしいですわね」
レティシアに嫌われたのでは?
それよりも、レティシアが嫁入りしたくないと言ったら?婚約解消したいと言ったら?
こんな母や妹が相手ではレティシアが言い出すかもしれない。
その前に王妃様の実家の令嬢をこんな扱いしたら、まずくはないか???
領地の父に手紙をしたためた。
父に王都の屋敷に戻って来て貰うように頼んだ。
「マリアーテの嫁ぎ先を早急に決めて下さい。さもなくば、追い出して下さい」
戻って来た父にそう頼んだ。
父はシリウスに向かって、
「そんなに深刻なのか?マリアーテは」
「このままではオルド公爵家との婚約が壊れてしまいます。後、母がレティシアを嫌いみたいで、態度がものすごく悪いのです。この事を指摘されてレティシアに婚約破棄をされたら」
母を居間に呼んだ。
父は母に、
「マリアーテは寄宿舎に入れる。この家に置いておくわけにはいかない」
「あの子はわたくしの親友の娘なのよ。それを追い出すというの?」
「お前はオルド公爵家との縁を壊す気か?貴族の夫人の自覚はあるのか?レティシアを尊重しろ。王妃様の血筋だ。あのような完璧な令嬢はいないぞ」
「憎いのです。王妃様の血が。わたくしは国王陛下を愛していました。でもあの女がわたくしの愛する陛下を奪ったのですわ。ですから、あの女に連なる血をこの家に入れたくはありません。シリウス解るわよね。わたくしは……」
シリウスは母に向かって、
「母上の恋愛が実らなかったと言って、我が公爵家まで巻き込まないで下さい。オルド公爵家との縁はこれから社交界で我がブルテルク公爵家が輝くためにも必要です。それを解っておいでですか?マリアーテは寄宿舎に入れます。母上がレティシアを尊重出来ないというのなら、出て行ってもらいます」
父も頷いて、
「私と共に領地に来るがいい。お前には別宅を与えよう。レティシア嬢が嫁いで来たら、お前は絶対に関わるな。いいな」
「いやよ。わたくしがこの家の女主人よ。あの女の血筋をっーーー。絶対にいやっーー」
母が暴れたので、使用人に頼んで、母を部屋に閉じ込める事にした。
自分の過去の恋愛が実らなかったからって、レティシアの嫁入りを反対するとは……
マリアーテがその様子を見て、
「お母様に何をするのっ」
シリウスはマリアーテに、
「お前は家を出て寄宿舎に入って貰う」
「嫌よ。私はお兄様と結婚するの。お兄様、愛しているわ」
「私には婚約者がいる。お前と結婚する訳にはいかない」
「あんなすました女より、私の方がいいわっーーー。お兄様、気を使っているじゃない???一生、あの女に頭を下げ続けるつもり??私ならお兄様は気軽に生きていけるわ」
何を言っているんだ。この女は。
私に平民と同じ感覚で生きろと言っているのか?
私は貴族だ。ブルテルク公爵にならなくてはならない男だ。
妻になる女性に気を遣うのは当然だろう。
妻は社交の要だ。
妻が利口で完璧ならば、自然と我がブルテルク公爵家の株も上がる。
増してやレティシアは名門オルド公爵家の血筋。王妃様を叔母に持つ最高の女性だ。
それを???
諦めて、マリアーテと結婚?あり得ない。絶対に……
マリアーテに向かって、
「マリアーテ。お前は貴族には向かないようだな。だったら、王立学園を卒業後、商人にでも嫁ぐがいい。その方が気楽に過ごせるぞ。それとも、どこかの貴族の愛人になるか?お前には貴族の夫人として務まらないだろうから、誰も娶ってくれないだろうよ」
マリアーテが泣きだした。
「お兄様。酷いっーー。私はお兄様の事を愛しているのに」
「愛だの恋だの言っていては、ブルテルク公爵にはなれないのだよ」
言ってやった。
父が満足そうにこちらを見ている。
ブルテルク次期公爵として、害のあるものは排除するに限る。
でないと公爵として先行き、生きていけないだろう。
私は転落する人生は嫌だ。
そう、強く思うシリウスであった。
レティシアと王立学園のテラスでお茶をする。
レティシアは優雅に紅茶を飲んでから、カップをソーサーに置いて、
「シリウス様。ご家族の件、片付きましたの?」
「不快な思いをさせてすまなかった。いつでも君が嫁いできていいように、掃除はしておいた。母は二度と関わる事はない。妹も寄宿舎に入れて学園は別に通うように手続きをした」
「まぁ、さすがシリウス様。素晴らしい手際ですわ」
レティシアに褒められた。
レティシアと一緒にいると緊張する。
背筋がピンと伸びる気がする。
彼女は完璧だ。
こちらも有能な所を見せないと。
レティシアが微笑んで、
「わたくし、貴方が動かないようでしたら、婚約破棄を考えておりましたの。名門オルド公爵家のわたくしを、侮辱する行為をあの二人はしていたのですもの。でも、貴方が動いてくれて助かりましたわ。婚約破棄する必要もなくなったのですから」
「君に婚約破棄されなくて本当に良かった。君程の有能な女性はいないから」
「本当にそれだけですの?わたくしが有能だから?わたくしに対して愛はありませんの?」
レティシアにそう言われた。
必死にブルテルク次期公爵にふさわしいように、走って来た。
レティシアに対しては、婚約破棄をされないように、邪魔者は排除した。
酷い母親も、夢みたいな事を言って距離を詰めて来るマリアーテも。
レティシアは寂しそうな顔をして。
「そうですわね。政略ですもの。変な事を言ってごめんなさい」
テーブルには冷たい紅茶が二つ、並んでいて、
放課後なので、日が陰って来て、テラスにはシリウスとレティシアの二人しかいない。
レティシアの寂しそうな顔を見て、シリウスは、
「私は必死に走って来た。次期公爵になる為に。でも、私は君と離れたらとても寂しい。君が他の男にエスコートされる姿を見たら悔しい。いつも心の中に君がいて。他の女性を娶ったとしても、きっと満たされないんだろうな」
「わたくしも同様ですわ。他の方と結婚しても、貴方がわたくしの為に作ってくれた首飾りを手放す事も出来ず……あの首飾り、嬉しかったのです。貴方がデザインして下さったのでしょう。とても綺麗な緑。周りにあしらった銀の花も美しくて。貴方はわたくしにとても気を使ってくださいましたわ。それが嬉しくて嬉しくて。ずっと貴方と共に歩んで行きたい。そう思っておりました」
「本当に婚約破棄されなくてよかった。愛しているよ。レティシア。愛だの恋だの言っている場合じゃないのが貴族だろうけれども、私は君と愛ある家庭を築きたい」
「わたくしも同様ですわ」
レティシアに向かって、手を差し出した。
「そろそろ日が暮れる。馬車までエスコートしようか」
「有難うございます。シリウス様」
差し出した手にそっと手を乗せるレティシア。
この手を一生、エスコートしていきたい。
そう強く思うシリウスであった。
母は領地にある別宅で監視の元、過ごすことになったと父から聞いた。
妹は寄宿舎に入り、学園も別なので、二度と顔を合わせる事はない。
この屋敷に帰宅を許しはしない。
愛しいレティシアが嫁いで来る準備を使用人と共にするシリウスは幸せを感じながら、青く晴れ渡る窓の外を眺めるのであった。




