第一章 人権は静かに削除された。
俺は今、島にいる。
かつて無人島だった島だ。
もうどのくらいここにいるのかは分からない。
時間を測るものがないからだ。
食べ物を探し、
雨を避け、
夜を越える。
それを繰り返すうちに、
この場所が
どんな仕組みで成り立っているのかだけは、
少しずつ分かってきた。
島には規則がない。
ここで起きたことは、
起きたまま放置される。
確かめる者も、
記録する者もいない。
だから、
ここで何が起きても、
それは問題にならない。
死も、
事件にはならない。
そう、
俺たちは人権を失った。
たった、あれだけのことで。
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国家予算に占める司法・矯正分野の割合は、
年々増加していた。
生活の困窮や依存、衝動による犯罪は減らず、
出所しても再び逮捕される者が増え、
社会は悪循環に陥っていた。
収容すれば、金がかかる。
監視にも、金がかかる。
それでも、更生の成果は数字に表れない。
世論は単純だった。
「犯罪者に税金を使う必要はない」
「被害者支援を優先すべきだ」
「真面目に働く人間が報われるべきだ」
そうした声は、
政治にとって扱いやすかった。
守らなければならないものが、
あまりにも多すぎたからだ。
少子高齢化。
労働人口の減少。
社会保障費の膨張。
医療と年金は、
維持が前提とされ、
削減の矛先は、
別の場所へ向けられた。
その中で、
最も合理的な対象とされたのが、刑務所だった。
維持費。
老朽化。
人員不足。
再犯率。
結論は、
「非効率」。
国家は、
隔離の方法を変えた。
囲うのではなく、切り離す。
『刑務所及び類似施設を撤廃する』
それは、感情も比喩もない、
事務的な政府文書として公表された。
犯罪者は島へ送られる。
衣食住は供給されない。
常駐人員は置かれず、
施設も建設されない。
維持費は、ほぼ発生しない。
島は特別管理区域に指定され、
一般人の立ち入りや撮影は全面的に禁止された。
監視は、海域と航路に限られた。
同時に司法も整理された。
年齢による区分は撤廃され、
死刑制度は廃止され、無期刑へと変更された。
犯罪は行為で判断され、
年齢は考慮されない。
命を奪う行為を、
国家が直接担う必要はない。
代わりに、社会から切り離し、
生き延びる余地を残す。
それが、
より現代的で、
より合理的な選択だと整理された。
有期刑については、
刑期終了後に回収する。
ただし、
回収は効率を最優先とし、
必要な人数が揃った時にのみ、船は出る。
この制度は、
例外でも、暫定でもなかった。
検討の末に、
正式な選択として導入された。
――その結果、
俺はここにいる。




