1日目⑦
ふと気が付くと――
俺は洞窟内にある扉の前にいた。
まるで今までの事が俺の妄想か白昼夢だったのではないかと一瞬疑いたくなる。
だが、そうでない事は話し掛けてきたアイの声で立証された。
「その扉を開けた瞬間から全ては始まります」
「汝、一切の希望を捨てよとか言わないのか?」
有名なイタリアの詩人の詩編を例えに出す。
返って来たのは呆れたような声だった。
「何を馬鹿な事を。
無様でも何でも生き残れば勝者です。
私がこうしてサポートする以上――
貴方を易々とは死なせません」
「頼もしいな。じゃあ……いくぞ!」
重厚な扉を押し開ける。
瞬間、世界に満ちる彩が変わった。
咽せ返るような濃厚な何かが満ち始める。
扉の先にあったのは石造りの小部屋。
中でも目立つのは地面で光り輝く魔法陣だ。
幾何学図形にも似た複雑な紋様は、見る者の心を急き立てる。
ふらり、と一歩を踏み出そうとした時――
咎めるようなアイの叱責が飛ぶ。
「ストップです、臥龍!
そっちに行ってはなりません!」
「……どういう事だ、アイ?」
「その魔法陣は確かにダンジョン本編に繋がっています。
しかし貴方がまず挑むべきは、チュートリアルともいえる低難度のダンジョンにするべきです」
「? ならばそれはどこにあるんだ?
ここには他に何も――」
「貴方の後ろに」
どこまでも沈着冷静なアイの指摘。
俺は後ろを振り返り――驚愕。
今しがた開けた扉の裏側。
その表面にも似たような魔法陣が輝いていたのだ。
「目の前にある見え見えの魔法陣……
いわゆるゲートってやつか。
ダンジョンに繋がるゲートがあれば通常、人はそちらに向かう。
だが実際のチュートリアルはそことは違う場所で開始される訳か。
ご丁寧にこんな発見し辛い場所に入り口を設けて。
初見殺しにしても、中々意地の悪い設計だな」
「注意力の散漫な者から死んでいくものです。
チート能力を与えられた他の探索者でもそれは変わりません」
「ちなみにこの本編ダンジョンに臨むべき推奨レベルは幾つだ?」
「鋭いですね、臥龍は。
クラスやスキル編成にもよりますが……最低30は必要です」
「……まったく、最初からこれか。
アドバイザーであるお前がいてくれて良かったよ、アイ」
「当然です。
レベルが低いので今は物理的なサポートこそ出来ませんが、アドバイスなら問題ない水準を満たしていると自負します」
「本当に頼りになるよ。
あともう二つ聞いてもいいか?」
「何なりと」
「レベル不足だろうからか今は声だけのサポートだが……
さっきはどうしてあんな美女の姿だったんだ?
俺の好みって訳でもないだろうし、理由があるのか?」
「美女? 人類の美醜基準はよく分かりませんが……
コンタクトしやすいよう雄である臥龍とは対となる雌――
全ての雌の顔を平均化した姿を具象化しただけです」
「なるほど、だからか!」
「どういうことです?」
「容姿の優劣を決めるのは、実は平均である黄金率からどれだけ離れているか、というのをどこかで読んだ気がする。
なので――究極の平均化が為されたアイの容姿は極上の美女になる訳だ」
「そういうものですか」
「そういうものさ。
ああ、そしてもう一つの方だが――
いるんだな、俺の他にも。ダンジョンに挑む探索者が」
「います。
臥龍のいるここと時を同じくして世界各地でダンジョンが開きました。
個々は別々の存在ですが大元では同一のダンジョンという概念です。
やがて貴方は他の探索者と時に協力し、時に争い合うでしょう」
「ダンジョンという驚異があろうとも人の生まれ持つ本質は闘争。
なべて世は事も無し……やれやれ、だな。
まずは確実な一歩から始めるとするか。
チュートリアルダンジョンに臨むにはこの扉の魔法陣に触れればいいのか?」
「はい。
そして中に入ったらいよいよクラス選択によるステータス設定になります」
淡々としたアイの言葉に抗う事なく、俺は扉裏に輝く魔法陣に触れるのだった。




