5日目⑦
「瑞希さん……」
何でそんなに追い詰められて――と出掛かった言葉を飲み込む。
一番辛い時に彼女の傍に居られなかった俺が言える台詞じゃない。
ただ――ここで止めなければ危うい、と直感が告げる。
以前勤めていた会社はブラックだが業界大手だった。
給料やステータスなどに惹かれた新人が次々入社してくるが……
大概の者は現実に気付き、辞めていく。
今の瑞希さんはその中でも酷い瞳をした者達に似ているのだ。
夢や希望を失い――
過酷なルーティンワークに未来を見い出せず――
対人関係に疲れ果てた末の現実逃避。
遂には自殺まがいを考え始める。
そんな彼らに優しく声掛け、ギリギリ引き留めてケアしていたのは瑞希さんだ。
彼女に救われることで何とか退社できた者も多かっただろう。
しかし今となっては彼女が当事者になってしまった。
まさか瑞希さんに限って――
と思うのは浅はかな俺のエゴだ。
完璧無比なる人間なんていない。
人を宥め癒しながらも罪重ね、ガラスの心へと積み重ねられた負荷はついに彼女の精神をも蝕み始めた。
鬱病や心因性の病気は簡単には癒えない。
心の奥底へ歪に喰い込んだ呪縛を解き放つのは並大抵のことでは及ばない。
けど今の俺達にはたった一つだけ提案できる方法がある。
「楓……いいか?」
「勿論っすよ。
こんな状態を放っておけるほど薄情じゃないっすよ?
それに……瑞希課長なら向いてるかもしれない」
「そうか……確かにそうかもな」
打算的な考えが無かった訳じゃない。
けど大半はこのまま彼女を一人にさせられないと思った。
受けた恩義だけじゃない……他ならぬ俺自身の想い。
だから楓に同意を貰い、意を決して尋ねる。
「瑞希さん」
「あ。ご、ゴメンね……
泣くつもりはなかったのに何故か止まらないの……」
「いいんですよ。
泣ける内はまだ大丈夫。
涙は心の安全弁、落ち着くまで泣いていい」
「フフ……カッコいい台詞だね」
「昔、大学のある先輩が言ってくれたんです。
家族を亡くした俺を抱き締めながら。
何気ない言葉に――どれだけ救われたか」
「そっか……
わたし、役に立ててたんだ」
「――それです、瑞希さん」
「え?」
「一度捨てたと思ったその命……
良ければ預けてくれませんか?
今の俺達には貴女が必要なんです」
「必要……わたしが……?」
ハンカチを差し出しながら熱く語った俺の言葉に、瑞希さんは驚いたように口を開き……やがて微笑みを浮かべた。
以前と変わらぬ、爽やかで艶やかな彼女本来の笑みを。




