3日目②
「よ、嫁ってお前――」
想定してなかった言葉に思わず狼狽する俺。
だが楓は慌てふためく俺の様子が滑稽だったのか、その場で噴き出す。
冗談……だったのか?
「お前なー!」
「すみません、先輩。
でも先輩のそういうとこ、ホントに変わってなくて素敵です……
さすが童貞ですね♪」
「どどどどどどどど童貞ちゃうわ!」
「あ、自分は処女っすよ☆」
「一ミリもいらんわ、そんな情報!!
――って、懐かしいなこのノリ。
会社にいた頃を思い出すわ」
「周囲から付き合ってるの?
って、いつも言われてました」
「正確にはド付き合い漫才なんだけどな。
んで――実際の所どうしたんだ?」
「忘れたんですか、先輩?」
「何がだ?」
「落ち着いたら、俺のとこに来てもいいって言ってくれたじゃないですか。
あんなにカッコいい事をしておいて……会社を辞める際に」
「あれは……」
尊敬に満ちた楓の眼に居心地の悪さを感じる。
色々あったが、俺が会社を直接辞める切っ掛けになったのは――セクハラをしていた部長を弾劾したことだ。
大学時代からの知り合いである直属の上司、瑞希課長に対する性的な嫌がらせがどんどんエスカレートしていき――看過できないレベルとなった。
誰もいないところで孤独に涙する課長の姿を幾度も見ている。
そこで俺は人事・労務部を交え証拠を提出、部長を皆の前で追い詰めた。
予想外だったのは、逆上した部長が俺でなく瑞希課長に襲い掛かった事だ。
彼女を守る為、その場で俺は部長を殴り飛ばした。
ここまでなら美談なんだが……
体格のいい俺が小男である部長を本気でぶん殴った結果、部長は入院。
どうにか正当防衛は成り立ったものの――
会社としては事を荒立てなくないのだろう、退職を勧告された。
元々ブラックな仕事場に嫌気が差していた俺は、何故か多めに出された退職金を手に――兼ねてからの夢であったスローライフを開始した、という次第である。
誰もいない、誰も自分を知らない新天地で再出発をしたかった。
その際――指導係として頼りにされていた俺に縋りつく楓を安心させる為、確かにそんな事を言った記憶がある。
とはいえ、社交辞令だと思っていた。
まさか本当に家まで来るなんて――
「会社、どうしたんだ?」
「辞めてきました。
ちゃんと引き継ぎを終えるのに、これだけ掛かったっすけど」
「後悔はないのか?
せっかく入ったとこなのに」
「全然未練はないっす。
それよか先輩のとこで働きたいです。
自然豊かなこの田舎の片隅で」
「な~んもないぞ?
町の方に行けば別だが、ここら辺はほぼ限界集落に近い」
「お寺の敷地に奉納されてる石仏の方が住民の数より多いんでしたっけ?
先輩からのLIME見て爆笑したっす。
じゅ、住民が石化してる僻地ってバラエティー番組で紹介されたって」
「いや、マジで笑えないくらいなレベルなんだが――
いいとこといえば、お前が言った通り自然豊かなとこか?
まあ、水は美味い。育てた野菜も同様な。
後は空気が澄んでて景色がいいくらいだぞ」
「最高のスローライフ環境っすね。
という訳で先輩――」
「ん?」
「他に行く所も無いので住み込みで働かせて下さい。
労働に文句は言いません」
「まあ――見掛けによらずお前に根性があるのは、誰よりもよく知ってる。
賃金あんまり出せないけどいいのか?」
「三食昼寝付きなら」
「おし、ならば契約成立だな。
こき使ってやるから覚悟しておけ」
「望むところっすよ」
安心したのか、ホッと溜息をついて胸を撫で下ろした後に満面の笑みで喜ぶ楓。
俺は手を伸ばすと固く握手を交わす。
こうして俺のスローライフ生活に新しい同居人が増えたのだった。
新しい仲間である楓の参入です。
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