第五話 さて、おんぶしたまえよ。私は濡れるのが嫌だから
05
「そういう経緯があって私のところにたどり着いたってことか。災難だったな」
災難。確かにそうだったかもしれない。
ホランドに師事することも、八年の間耐えることを選んだのもライカの選択だ。しかし、ホランドがしたことは師弟の上下関係を逸脱したものだったし、体調を崩した弟子をさっさと見捨てて町から追い出すというのは人道に反している。
その理不尽さは天災と似たものがあったかもしれない。
「俺は昔から運がないんですよ」
そんなことを言ってからライカは虚しさを覚えた。
純然たる悪意と天災との違いは、そこに相手を貶めようとする意志があるかどうかだ。
弟子というのは奴隷ではない。師は弟子に己の技術を惜しみなく与えねばならないし、人としての礼節や職人としての心構えを教える義務がある。
それらをせずにいいように使うだけ使って捨てるなど、悪魔の所業だとライカは思っている。
しかし、運という言葉はそれらを仕方がないことだったと受け入れて諦めると自ら宣言してしまったようなものだ。
だから、虚しい。
「でも、どうして鍛冶職人になろうと思ったの?」
「すっごく格好よく笑う職人がいたんですよ」
「ほう?」
「一時期うちの村にいた鍛冶職人さんだったんですけど、自分の作ったもので人が喜んでくれるのがなによりの報酬だって心から思っている人で。なんていうか……お客さんを見る目がとっても優しくて、幸せな人を見るのがこの人の幸せなんだなっていうのがこっちにまで伝わってくるんですよ。そんな人生を送れる人を格好いいって思ったんです。そしたらいつの間にか、自分も鍛冶職人になってこの職人さんのようになりたいって思うようになって」
今にして思えば、少し単純な動機だったかもしれない。ただ、当時のライカにとってはその職人の笑顔はなによりも輝いて見えて憧れを抱くには十分すぎるほどに素敵に見えたのだ。
「でも、その人の弟子にはならなかったんだ?」
「ええ。元々他所の大陸から貿易船に乗ってやってきた人らしくて、技術を磨くために世界中を渡っているって言ってました。だから、しばらくうちの村に滞在したのちにまたどこかへ流れて行ってしまったんです」
「流れの職人とは随分気合いの入った人だったんだね」
「本当はその人の弟子になりたかったんですけどね。世界を渡るのに子供を連れてはいけないって断られちゃいました」
一方的で向こう見ずな志願で迷惑をかけてしまっただろう。ただ、その職人は馬鹿にすることも邪険にすることもなく、子供だったライカにもわかるように目を見て話してくれた。
未だにその人の綺麗な瞳を夢に見てしまうほどには憧れを持っている。だからこそ、どうしてあの人と出会ったのが子供の頃だったのだろうと悔しい気持ちがいつまでも残っている。
「俺って本当に間が悪いというか、めぐり合わせが悪いんです」
最後に自嘲したのは変に同情を誘っていると思われたくなかったから。
「そう嘆くことないぞ。運っていうのは誰でも平等に与えられるんだ。ただ、それがどのタイミングで働くかは人によって違うらしい。君が今まで運がなかったというなら、これからがすんごいことになるってことだ」
しかし、ヴェルデーナはそんな自嘲ごと消し飛ばすようにライカの背中を叩いて豪語する。
「そう嘆くことないぞ。運っていうのは誰でも平等に与えられるんだ。ただ、それがどのタイミングで働くかは人によって違うらしい。君が今まで運がなかったというなら、これからがすんごいことになるってことだ」
しかし、ヴェルデーナはそんな憂鬱な気持ちを消し飛ばすようにライカの背中を叩いて豪語する。
「そんなの……わかんないじゃないですか」
「わかるさ。だって、実際巡ってきてるだろう?」
ヴェルデーナの言葉の意味がわからず、ライカは首をひねる。
「わかんないの? 鈍感だなあ。こんなに美人なおねーさんと一緒にいられて、しかも超一流の薬師に薬を調合してもらえるんだぞ? これを運がいいと言わずになんと言うんだ」
がははと、少し品に欠ける笑い声を上げるヴェルデーナにライカは面食らった。
薬師としての腕はライカの知るところではないが、事実うぬぼれでなくヴェルデーナは綺麗な部類に入る。
それはともすれば不遜な物言いに聞こえてしまいそうだが、下手に謙遜しない姿勢はよっぽど気持ちがいい。
これまでライカが出会ってきたどんな人とも違う、なんとも豪胆な人だった。
「まかしとき。腕によりをかけて最高品質の薬を作ってみせるよ」
ヴェルデーナは袖を捲って力こぶを作る仕草をするも、無駄な肉が一切ない細腕はほんの少しの膨らみもできてはいなかった。
ただ、そんな姿にも謎の頼りがいを感じてしまう。
「お願いしますね」
やっぱり並んでおいてよかったとライカは思った。
今の顔は流石に見られたくない。
◇◇◇
ゴルデナ湿地は中央を横断するようにガント川という支流が流れており、湿地を抜けた先でローラント川に合流する。
ローラント川は潮位の影響を受ける感潮河川で、満潮時はゴルデナ湿地に流れるガント川も影響を受けて、一時的に湿地帯を中央で大きく二分する形になるらしい。
満潮時の湿地帯の水位は大人の脛のなかほど程度で、深い場所でも膝までは浸からないくらいだという。
ライカとヴェルデーナが到着すると丁度満潮時で湿地は水に浸っていた。
「やっぱりこうなるよな」
「やっぱり?」
「ゴルデナ湿地の東側にはいい薬になる薬草が多いんだけど、今の時期だと丁度東側に向かうタイミングで満潮になっちゃうのよ。そうなると足を濡らさなきゃじゃん。だから面倒でいつもこの時期はこないようにしてたんだよね」
「それで在庫はもつんですか?」
「ここで採れる薬草は他のものでも代用できるからな。でも、今回はその代用も切らしてたから」
「結構人気があるんですね」
「はい? なんの話?」
「いや、代用品の在庫までなくなるくらいに繁盛しているとは思ってなかったので」
細々と生計を立てていると言っていたから、常に閑古鳥が鳴いているものとばかり思っていたが、在庫が切れるというのはかなりの数の顧客を抱えていなければ起こらない事態のはずだ。
「はっはっはっ。違うよ青年。在庫がないことをすっかり忘れていただけだ」
「……は?」
見た目で判断してはいけないんだな、と反省したのもつかの間、飛んできた発言に思わず声が強張った。
「そもそも去年の冬から客なんてきていないからな。昨日薬を作ってくれって言われて、そういえば薬師をしていたなと思い出したくらいには、頭から抜けていたよ」
流石に自分の職業を忘れるというのは冗談だろうが、何故だかあり得そうだと思えてしまうのところが怖い。
大丈夫なのか、この人。
もしかして同姓同名の別人じゃないですよね、と問いかけたくなる気持ちをぐっと堪えてライカは愛想笑いを浮かべる。
「ただ、調合のやり方までは忘れたりしてないから安心したまえ」
「そう願います……」
頼りがいがあると思わせておいて、これでは先が思いやられる。
「さて、準備するよ」
ヴェルデーナは草地に座り込むと、丈の短い服を着ているというのに無防備に足を広げてブーツを脱ぎだしたので、ライカは思わず後ろを向いて固まってしまった。
どうもヴェルデーナという女性は男性の目を気にしないところがあるようで、年頃のライカには色んな意味で毒だ。
「いよぉし! あれ、なんでそっぽ向いてんの?」
「なんでもないです!」
まさかきわどいところが見えそうになってドギマギしているとは言えない。
「ふうん。ま、いいけど。それよりほら」
ライカが振り向くとヴェルデーナは自身の脱いだブーツを片手で持ち、もう片方の手をライカに向って差し出していた。
「えっと……?」
「背中の荷物」
「え?」
「背中の荷物!」
よこせ、ということだろうか。
困惑しつつもライカは背中から荷物を下ろし、ヴェルデーナに手渡す。すると。
「さて、おんぶしたまえよ。私は濡れるのが嫌だから」
声を弾ませながら胸を張って言い放った。
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