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【第二章完】町はずれの大魔道士は魔術を嫌う  作者: 雨山木一
幕間Ⅱ

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第三十九話 今日の予定は全部取り止めでライカのために使います!

幕間2の始まりです。

 39  幕間─Ⅱ


 その日はいつにも増して日差しが強く、前日の曇り空とは打って変わって晴天だった。

 ライカは庭に設置した物干しロープに服をかけながら、額に浮かんだ汗を拭った。


「それにしても急に熱くなってきたな」


 季節は初夏を目前に控えた頃。例年であれば今の時期はまだそこまで熱くはないはずだが、今年は季節が前倒ししているのか気温が高い。

 しかも、家の立地が裏路地にあるからかじめじめとした空気が漂っていて、じっとしている分には問題ないが体を動かすとなると汗が滲み出してくる。

 ライカは袖を捲って胸の辺りを掴んで服のなかに空気を送り込む。汗でじっとりとした上半身に風が当たって涼しい。


「さて、さっさと残りも干しちゃいますか」


 二人分の洗濯物なので量はそこまで多くはない。そもそもライカは服をほとんど持っていないし、ヴェルデーナも数はあるが気に入ったものを短いスパンで着回す性格なのか、洗濯物に出てくるのは毎回決まったものであることがほとんどだ。ただ、服装に無頓着というわけではないらしく、適当な古着屋で買ってきたものというよりもしっかりと仕立ててもらったのだろうと思えるものが多い。だから、毎回ヴェルデーナの服を洗濯するときにはかなり気を使うことになる。


 フォルゲンスタリアにきたときに思ったことだが、この町の人は身を着飾ることにある種の誇りのようなものを持っているように感じる。

 例えば、職業組合の要職に就いている人はいかにも高級品だと思える服を着ているし、そうでない一般の人たちも流行りのものを自分なりに工夫して取り入れて衣服を一つの趣味として楽しんでいる。


 当然そう言ったことに興味のない人もいるし、あっても手が出ない人もいるみたいだが、それでもちょっとした工夫を入れる遊び心は忘れていない。

 ライカはそんな人たちを羨ましく思う反面、こうして趣味を楽しむ人たちがたくさんいることを嬉しくも思った。


 趣味の流行は町の景気を見る一つの手段になると、以前聞いたことがあった。

 余裕がなく生きることだけに必死な町の人間というのは、必要最低限の消費しかしない。それは金銭的にという意味もあるし、精神的に余計なことを考える暇がないということの現れでもある。

 だから、人々の身なりを見て統一されているのではなく、一定の個性が見受けられればその町は活気があり潤っているか、もしくはこれから潤う気配のある町ということになるらしい。


 確かにフォルゲンスタリアは活気に溢れた町だ。貿易都市だから嫌でもそうならざるを得ないという面もあるかもしれないが、そもそもの人の性格というか性質が違う気がする。

 心に余裕がある、と表現するのが近いだろうか。個人の差はあれど、基本的に優しいし助け合っていこうという気持ちが人格の根底にある。


 そういった心根がフォルゲンスタリアでは衣服を着飾る余裕(点々)という面に現れているのかもしれない。

 いいことだ。少なくとも生きることに前向きであることは悪いことではない。


「おし。これで終わりっと。ちょっと休憩するかな」


 最後の服を干し終え、せっかくだから一休みしようかと思っていると家の前の路地から革靴を鳴らす音が聞こえてきた。

 なんとなしに音のする方へ目をやると、家と路地の境界線となっている石壁の向こうに人の頭が見えた。そして、ライカが修理した簡素な門扉が開けられて。


「おう、帰ったぞ」


「お帰りなさい」


 帰宅したライカの師匠であるヴェルデーナは目の下に濃い隈を張り付け不健康そうな笑みを浮かべた。


「早かったですね」


「案外早く話しがまとまってさ」


 今日は珍しく自分で早起きをして、もしかしたら帰りは昼をすぎるかもしれない、と朝から家を空けていたヴェルデーナだったが、帰ってきたのはまだ昼には時間がある頃だった。


「それにしても今日は暑いな。日差し強すぎだろ」


「そうですね。この間ウォーヴィスさんが今年の夏はいつもより熱くなるかもしれないって言ってました」


「熱いのは嫌いだ。汗でべとべとするし」


 そんなこと言いながらヴェルデーナは自身の服の裾を恥じらいもなくバサバサと広げて仰ぎ始めた。

 今のヴェルデーナは肩口が広く胸の上辺りまで見えているチェニックを着ており、丈が膝よりもだいぶ上で、白い足を惜しげもなくさらしている。足元はショートブーツを履いており、少し早いが夏らしさを感じられる服装をしている。


「ちょっとはしたないですよ。誰か見てたらどうするんですか」


「ああ? 平気だよ、そんなの。誰もいやしないから」


「わからないでしょ。いつどこに人の目があるのかなんて」


「……え、それはもしかして……俺意外にみだりに肌を見せるような真似するなってこと?」


「違います。俺にも誰にもそういう恰好を見せない方がいいって話です」


 不良変態薬師などという不名誉な称号を与えるわけにはいかない。春の頃は自ら脱ぎださない限りはその心配はなかったが、夏が近づいてヴェルデーナはかなり肌を露出する恰好をするようになった。

 暑いので薄着になるのは仕方がない。ただ、色々と見えてはいけない部分の防御力が薄くなってきているのは事実で、酔っぱらってあられもない恰好を晒す危険性が大きくなってきてもいる。


「大丈夫だって。ちゃんと見えちゃいけない場所はしっかり守ってるから」


 ヴェルデーナはめんどくさそうに言うが、それは素面のときの話であって酒に酔った場合のことは考えていない。

 これまでも酔って奇行を目撃されているヴェルデーナであるから、ライカとしてはどうしてもヴェルデーナの言を信用できないでいた。


「私ってその辺のことはしっかりしている女だからさ」


 だったら酒癖もしっかりしてほしいところだ。


「どう? 安心した?」


 上目ずかいに小首を傾げてわずかに上がった口角はなにかを期待するかのような表情。

 からかわれているのだろう、と思いつつも。


「ち、ちゃんとしてくれれば、いいんですよ。俺は……貴方の弟子なので」


 心臓が早くなるのはきっと距離が近いせいだと心のなかで言い訳をする。それにヴェルデーナから甘い香りが漂ってくるのも影響しているかもしれないという後付けも。

 ライカはしどろもどろになりながら、視線を避けてそう言うのが精一杯だった。

 そんな姿を見てヴェルデーナは嬉しそうに笑う。


「くくく。なに照れてんだよー!」


「別に、照れてないです!」


「照れてる!」


「照れてないです!」


「いや、絶対私の胸とか見て照れてた!」


「そんなとこ見てない!」


「いーや、見てたね。だって視線が──」


 くだらない言い合いがヒートアップしかけたとき、ふとヴェルデーナの口が止り。


「うん……。ライカ汗かいた?」


 と鼻をすんすんと鳴らした。


「あ、ちょっとかきました。ごめんなさい、臭いましたか」


「いいや、ライカが臭いわけないだろう? そうじゃなくて胸のところ濡れてるから」


 言われて視線を落とすと、確かに胸の部分に薄っすら汗染みができていた。

 改めて指摘されると恥ずかしくなって、ライカは意味がないと思いながらも手のひらで何度も染みを擦った。

 ヴェルデーナは少し距離を取ると顎に手を当てて干された洗濯物に視線を移し、それからまたライカに戻した。


「ライカってさ、そういえばいっつも同じ服着てるよね?」


「え、ええ。そうですね」


「しかもよく見たらズボンは丈が合ってないし、ところどころ縫い目もほつれてる」


「ああ、もうそろそろ直さなきゃなって思ってたんですよ」


 そして次々指と摘されて自分の身なりの悪さに情けなく頭を掻いて苦笑する。

 今着ているものは一昨年の秋に少ない賃金を溜めてようやく購入したものだった。

 安物ではあるものの、服を買うというのは当時のライカには目を瞑ってでなければできない決断で、そんな思いをして手に入れたものだったから、破れたりほつれた部分があれば自分で繕いながら手直しをしつつ着ている。


 ただ、やはり素人の補修だからかズボンは右と左で微妙に長さが違うし、上着はそのときどきで手に入る一番安い糸を使っているので、所々色が違ったりするし、そもそもが粗悪なので糸自体が解けそうになっている箇所もある。

 ライカとしてはそんな状態にも慣れてはいるものの、綺麗な服を着ているヴェルデーナを前にするとみすぼらしさは否めない。


「これは由々しき事態だ」


「え、あ、ごめんなさい」


 確かにみっともない恰好をした弟子を持っているというのは外聞が悪いかもしれない。そう思ってライカは謝罪をしたのだが──。


「いいや、謝るのは私の方だ。言い訳にしかならないけど、ライカは普段から身綺麗にしているから、今の今になるまで気がつかなかった。すまない」


 と、そんな風に詫びをいれられてしまい、ライカは慌てて否定する。


「い、いいえ! ヴェルデーナさんは本当によくしてくれてます。食事もしっかり食べさせてくれるし、部屋だって与えてくれました。こんな待遇他所ではなかなかないですよ! 師から学ぶ立場で与えられるばかりでむしろ恐縮してしまうくらいです」


「それは当たり前のことだよ。だってライカは私の大切な弟子だからね。あいす──守り導くのが師としての役目だ。それを私は甘えるばかりで疎かにしていた」


「甘えている自覚はあったんですね」


「え?」


「いえ、なんでもないです」


「とにかくだ。もうそろそろ夏もくることだし、すごしやすいような服を見繕ってやる」


「い、いいですよ、そんな! 服なんていただけません! 今あるやつで十分ですから」


「いいや、いいやだよ! 私は私の弟子が格好よくいてくれなきゃ嫌なのだ!」


 ヴェルデーナは頬を赤らめ興奮に血走らせたヘーゼルの瞳を剥いてライカに詰め寄る。


「なんか普段と様子が……。もしかして酒ひっかけてきました?」


「全く持って純然たる意志の元に神と空と大地と海に誓って素面であることを誓ってもいい!」


 いや、なんかおかしいぞ。これはなにかある。


「いや、誓ってって二回も言ってるし……」


「とにかく私が服を買うと決めたんだからライカは四の五の言わずについてこればいいんだよ! 弟子は師匠の言うこと聞くもんだろ!?」


 横暴な言い分だがそう言われると頷くしかない。


「よっし、決まった! 今日の予定は全部取り止めでライカのために使います! 行くぞ!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 そうして抗議には耳を貸さずに今通ってきたばかりの裏路地を戻ってずんずんと進んで行くヴェルデーナの背中をライカは慌てて追う。

 太陽にかかっていた雲が晴れて町に陽光が差し込む。どこからともなく流れてきた風に洗濯物たちがはためく。その様子が遠ざかっていく家の主と弟子に手を振って見送っているように見えた。

 これは一足先にやってきた初夏に起こったスローでライフな小話。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、高評価、ブックマークをどうかお願いします。して頂くと作者がによによ喜びます。

カクヨム,アルファポリス,ノベルアップにも同作を投稿しております。


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