第四話 ひさしぶりに話したから少し疲れちゃったよ
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翌朝、市場が開いたタイミングで朝食を買いに走ったライカは二人で肉をパンで挟んだ簡単な朝食をすませると、揃って中央街の北口から発った。
目的地はゴルデナ湿地という湿地帯らしい。
ゴルデナ湿地へは、北口から出てそのまま東にフォルゲンスタリアの市壁に沿って歩いていくそうだ。
行こうと思えば東街の方からでも行けるらしいが、道が整備されておらず草原を突っ切る形になってしまうそうで、途中までは背の低い草が多いが、湿地帯に近づくにつれて背の高い草が多くなり、進みが遅くなる。なので遠回りをした方が結果的に早く目的地に着けるそうだ。
「あのオヤジは勝ち筋のある手が揃うと右目が少しだけ吊り上がるんだけど、それをこっちが知っていることを承知でブラフとして使ってくるんだ。だから焦って勝負に乗っちゃうとこっちが痛い目をみるんだけど──」
「はあ」
ライカの気のない返事も特に気にした様子はなく、町を出てから止ることなくヴェルデーナは話し続けている。
始めはヴェルデーナの身の上話からだった。
元は遥か東の田舎で親と二人で暮らしていたのだが、八年前に終結を見たアルバラルト戦争から逃れるようにフォルゲンスタリアに流れてきたそうだ。以来薬師をしながら細々と生計を立てているらしい。
それなら何故町の人たちはヴェルデーナを避けているのかと不思議に思っていると、出不精で日が昇っている間は滅多に人前に姿を現さないし、住んでいる場所がいかにもな場所だから、いつの間にか危険人物として認定されてしまったらしい。
そういえば町を出る際には市壁を守る門番は死人でも見たかのように顔をこわばらせながらヴェルデーナのことを見ていたことを思い出して、なるほどな、と納得してしまった。
しかし、誤解なら解く努力をすればいいのにと言ってみるも、面倒くさいの一言で片付けられてしまった。
まあ、本人がそれでいいのなら構わないが……。
それからは益体もない話を延々と聞く羽目になった。
今もタルキンという織物職人との、日銭を賭けた勝負がどれだけ白熱したのかを語られている最中である。
ただ、ライカは賭け事に関してはまったくの素人なので、ヴェルデーナの話のどこが面白いのかわからない。更に採取に使う道具を一式袋に入れて背負っていて、それ自体はそこまで重くないのだが、つまらない話を聞いているうちにだんだん石でも詰まっているのでは、と思うほどに重量感を覚えるようになっていた。
出不精だと言っていたから人と関わるのがあまり好きではないのかと思いきや、案外話しをするのが好きらしく、しかも相手に構わずに一方的に話し続けるタイプだった。
ヴェルデーナに雇われている身でこんなこと口が裂けても言えないが正直面倒くさい。
「いやー勝敗が決したときはお互い汗だくでさあ。でも、とってもいい汗をかけたよ。あんな名勝負を私たちだけのものにするのはもったいないから、いつか本にして売って世界中に知ってもらいたいと思ってるんだ」
んな本誰も買わねえよ、とは言わずに「それはすごいですね」と相槌を打っておく。
繰り返すがヴェルデーナは雇い主だ。下手なことを言って機嫌を損ねることは絶対に避けなければいけない。
「だろー! 私って文才あるからさ、きっとめちゃくちゃ売れると思うんだよ」
嬉しそうにスキップをしながら言う様子から、きっと頭のなかでは本が売れる未来しか思い描いていないことが伺える。
都合のいい思考の持ち主らしい。
そんなこんなでしばらく続いた一方的な独り言が終わったのは、ライカが心を無にする方法を身につけたころだった。
「久しぶりにこんなに話したから少し疲れちゃったな。そうだ、君の話を聞かせてくれよ」
「……え、俺、あ……私ですか?」
「うん。あ、別に堅苦しく話さなくてもいいよ。面倒だろそういうの。俺でいいよ」
「はあ」
「昨日から気になってたんだけど、手にたこがあるところを見ると、鍛冶職人かなにかかな?」
すっと背中に冷たいものが走る感覚があった。
この人、意外と他人を観察している。
ヴェルデーナは後ろ歩きでライカをじっと見つめている。
気乗りしない。だが、断れる空気ではなさそうだった。
ライカは小さく溜息をつき、それから少しだけ歩を早くしてヴェルデーナの隣に並ぶと前を真っすぐ見ながら口を開いた。
「ポルタという町をご存じですか?」
「ああ。ここからだとかなり遠い町だよな。行ったことはないけど、顧客がいるよ」
「俺はそこで十歳の頃にメイデルン工房という鍛冶職人の一門に弟子入りしました」
「へえ。予想が当たった」
「いいえ、半分正解で半分外れです」
「ほう?」
「俺は鍛冶職人にはなれなかったんですよ。ある事件、というか出来事があって師弟の関係を解消されて捨てられたんです」
◇◇◇
ポルタのメイデルン工房と言えばその筋では有名で、他所で皆伝を受けた職人ですら技を学びたいと弟子入りを志願してくるような一流の工房でした。
そんなところに僕が弟子入りできたのはまさに奇跡としか言いようがなく、このときばかりは神様は本当にいるんだと泣いて喜びましたよ。でも、それはぬか喜びでした。
メイデル工房が有名だったのは初代と二代目の腕がよかったからなんですが、僕が弟子入りしたときは、すでに三代目ホランド・メイデルンの代になっていて、ホランドは祖父親と父親の名に胡坐をかいた文字通りの駄目息子だったんです。
一応は二代目から皆伝を受けていたようですが、腕は初代と二代目と比ぶべくもないといったところで、凡才中の凡才という程度。にも関わらずメイデルンの名を振りかざし、更には酒と女好きだったこともあって、まともに仕事はせずにほとんどメイデルンの財産を食いつぶしながら遊び歩いているような人でした。
五年雑用、二年道具の手入れ、三年下積みがメイデルン工房の弟子を育てる方針で、順調にいけば俺も二十には独り立ちができる予定でした。しかし、初めに言ったようにホランドは仕事を全くしません。たまに仕事をすることもありましたが、初めに提示した値段を後から吊り上げようとして揉めたり、間に入ってくれた組合と揉めたりで、技術を見て盗むこともできないような状況がずっと続いてたんです。
そんな状態でどうして弟子をとったのかって話ですが、ホランドは修行と称して知り合いの商人に俺を体のいい雑用として使わせてたんです。そして、一日働いて得た報酬は俺ではなく、ホランドの酒代に消えていきました。多分、先々代と先代が築いてきた財産が思っている以上に減ってしまったことに焦りでも感じていたんでしょう。
本来であれば、正当な理由なく弟子を他所で働かせるのは禁止されていることですが、メイデルンの名の大きさに組合も強く出れないようで、誰も止めるように注意してくれる人はいません。
さっきヴェルデーナさんは手にたこがあるっていいましたよね。これは鍛冶職人としてできたのではなく、商人に言われて毎日重い木箱を運んでいるうちにできたものなんです。
そんなことを続けているうちに、気がつけば十年の歳月が経っていました。本来であれば十年も経てば師匠の側で槌を振るっているような段階ですが、そのときの俺は道具の手入れすらさせてもらえずに毎日ホランドの機嫌を伺い、酒代を稼ぐのに必死の毎日を送っていました。
師匠を変えることを考えなかったわけじゃないです。でも、組合の決まりで一度師事すると、余程の理由がない限り師匠の変更は認められなかったんです。
それに、後少しだけ我慢すればきっと師匠も俺を認めてくれるんじゃないかって期待もありました。
馬鹿ですよね。十年も奴隷のようにこき使われてそんな夢を見ているなんて。でも、信じようとしたんですよ。そうしないと、虚しさでどうにかなってしまいそうだったから。
そんな状況が変わったのは去年の冬にポルタで死病が流行ったことがきっかけでした。
死病の勢いは本当に凄まじく、ひと月の間に葬儀が追いつかなくなるくらいの人が亡くなりました。
町は混乱を極め、死んでいく人たちや逃げていく人たちで歳を超す前に町は機能不全手前まで追い込まれていたんです。
そんなときに俺は運悪く体調を崩してしまいました。今思えば多分亡くなったり、死病から逃げていなくなった人の穴埋めをしなければと無理をしたのがいけなかったんでしょう。
ホランドは体調を崩した俺を心配するどころか、役立たずが死病に罹って死にかけていると組合に嘘を言って、面倒を見きれなから師弟関係を解消したいと主張しました。
組合はホランドと俺の師弟関係を解消することを認め、死病の疑いがあるとして町から出て行くよう俺に命令しました。めちゃくちゃでしょう。でも、そんなめちゃくちゃが通ってしまうくらいには、ポルタの機能は麻痺していたんです。
俺は着の身着のまま町の外に放り出され、仕事も住む場所も未来も失いました。
それからのことはあまり覚えていません。気がついたら、俺は故郷の近くで倒れていたそうです。そこを偶然知り合いのおじさんに助けられて、俺は八年ぶりに故郷に帰ることになりました。
正直抵抗はありました。こんな歳になって職を失ってすごすご家に帰るなんて、親に合わせる顔がないと思っていたから。
でも、村に帰ると両親も村の人たちも皆歓迎してくれたんです。母親なんて会いたかったって泣いてくれたくらいで。
すごく嬉しかったです。ホランドの下にいたときは俺のために泣いてくれる人も、喜んでくれる人もいなかったから。
それからは家や村の仕事を手伝いながらすごしていました。穏やかで今までの出口のない迷路のような苦悩から解放された日々は、俺の心を少しずつ解きほぐしてくれました。しかし、一月がすぎた頃に母親が体調を崩すようになったんです。
ここまでお読みなってくださりありがとうございます。
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