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【第二章完】町はずれの大魔道士は魔術を嫌う  作者: 雨山木一
青年と、ある一家の苦悩

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第三十五話 エラがいなくなった!

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 翌朝、普段より少しだけ早くに目が覚めたライカは身支度を終えると早速朝食の準備をに取り掛かった。

 ヴェルデーナからいつもより豪勢でという要請のもと、家にある材料で可能な限りの料理を作ろうと思って台所に立ったものの、そういえばエラの好みがわからないことに今更ながら気がついた。


「しまったな。食べられないものとかあったらどうしよう」


 今でこそなんでも食べられるようになったが、ライカは幼い頃は好き嫌いが多くて両親をよく困らせていた。食材の乏しいなかで食べられないものがあるというのは死活問題だ。だから、嫌だと泣き叫んでも両親は根気強く食べられるようになるまで付き合ってくれた。

 エラはどうだろうか。ちゃんと苦手なものを克服できるまで付き合ってくれる人はいるのだろうか。


「……駄目だ。こんなこんな気持ちじゃせっかくの朝食が不味くなる」


 頭を振って陰鬱とした考えを放り出す。今やらなければならないことに集中しよう。とはいえ、流石にまだ寝ているエラを起こして聞き出すわけにはいかないので、うんうんと頭を悩ませた結果、子供でも食べやすいミルク粥にたっぷりと羊のチーズをかけたものと、彩りに野菜を添えることにした。そして、食後には熟れて甘さの増したフルーツを。

 ミルク粥ならばこの辺の子供であればよく口にする食事だろうし、ちょっと高価なチーズをたっぷりかけてやるだけでも、一つのご馳走になる。


 献立が決まれば後は、手と足を動かすだけだ。材料を保存庫から取り出しテーブルに並べ、ミルクを釜に流し火を入れる。ミルクが温まる間にチーズを用意しチーズクレーターでふんわりとした粉上のチーズを作っておく。


 準備を進めていてふと思い出した。そういえば昨晩は私も手伝うなどと豪語していたヴェルデーナだが、結局起きてくる気配はない。

 二階からは一切物音は聞こえてこない。寒がりのヴェルデーナのことだからきっとエラを湯たんぽ代わりに抱きしめて夢の世界を堪能しているのだろう。

 やはり口だけだったかと、肩を落としたりはしない。どうせこうなるだろうと思っていた。


「まあ、起きたときに隣にヴェルデーナさんがいないとエラも寂しがるかもしれないしな」


 目覚めたときに見慣れない室内に一人でいると知れば、寂しさから泣き出してしまうかもしれない。

 ライカもポルタで働き始めた初めの頃は、毎朝見慣れない天井を見上げながら両親を恋しく思って涙を堪えていたものだ。

 今ではそんな思い出も懐かしいと思えるが、当時はまるで親に捨てられて天涯孤独の身の上になってしまったのだと、自分で志願して徒弟として働き出したくせに被害妄想が止らなかった。


 流石にエラはそんな風に思ないとしても似たような寂しさを経験させるくらいなら、ヴェルデーナには大人しく眠っていてもらった方が助かる。

 エラにはいつだって笑っていてほしいのだ。

 そんなことを考えていると、突然二階から扉が乱暴に開けられる音と、続いてドタドタと転がり落ちるように階段を駆け下りてくる音が聞こえた。そして、目を血走らせたヴェルデーナが居間に飛び込んできた。


「ちょっとヴェルデーナさん、エラちゃんが寝てるんですから静かに──」


「大変だ!」


 眉間に皺を寄せて苦言を呈そうとしたライカを大声で遮るヴェルデーナは。


「エラがいなくなった!」


 髪を振り乱して血走った目を向けて余裕のない顔でそう叫んだ。


 ◇◇◇


 二人で家を飛び出してまず向かった先はジェシカの家だった。家のドアを叩くとすでに身支度を終えたウォーヴィスが驚いた表情を浮かべながら出迎えてくれた。


「なに……エラが……」


「信頼して預けてくれたのに申し訳ありません。必ず責任を持って探し出します。それで、エラちゃんの行きそうな場所わかりませんか!?」


「エラの、行きそうなところ……」


 ウォーヴィスは震える手を顎に当てながら記憶を探ってくれてはいるが、瞳が震えていて明らかに動揺しているのがわかった。


「……すまん。すぐには思いつかないよ」


「それならじいさんは一度家に帰って様子を見に行ってくれないか。私たちは近場から探して回るから」


「ああ……ああ。そうだね」


「ごめんなさい。なにがあってもエラちゃんは必ず見つけ出します」


「ああ、頼むよ」


 頷いて跳ねるように駆け出した二人は、思いつく限りエラの行きそうな場所を求めて走り回った。しかし、広いフォルゲンスタリアを当てもなく探し回るというのは愚の骨頂。

 加えてまだ朝の早い時間だということもあって、人の姿もまばらで目撃情報もない。実際大通りはちらほらと人が見える程度で、エラを見ていないかと尋ねても首を横に降られるばかりだった。


「はあ、はあ、はあ」


 走って、走って、走って。

 額に浮かぶ汗を袖で乱暴に拭うが、拭ったそばからどんどん滲んでくる。

 キリがないとそのままにしていると、汗が目に入って視界が歪んだ。それでも二人は足を止めない。

 どこに行けば見つかる。どこに行けばエラに会える。頭のなかに浮かぶエラの笑顔が時間の経過につれて、まるで水面に映る月が波紋で形を崩してしまうかのように歪んで見えなくなっていく。

 焦りは思考を鈍化させる。気がつくと目的地も定めずにでたらめに走っていた。


「ヴェル、デーナさんっ。次はどこを──」


 意味なく時間を浪費する余裕はない。ライカは破裂しそうな心臓と肺の苦しさに喘ぎながらも指示を仰ごうとして、さっきまで隣にいたはずのヴェルデーナの気配がないことに気がついた。

 姿を探して後方に視線を送ると、離れたところでヴェルデーナが膝をつき四つん這いになって苦しそうに喘いでいた。


「ヴェルデーナさん、大丈夫ですか」


「……死に、そう」


 慌てて引き返すとライカ以上に息の上がったヴェルデーナは答えるだけでも辛そうで、これ以上走るのは厳しそうだった。かくいうライカも頭では早く捜索の続きをとは思うのだが、体がついてこない。

 惰性で動かしていた足も一度止めてしまえば、今にも折れてしまうのではと思うほどに情けなく震えていた。

 これ以上闇雲に走り回るのは不可能だった。


「少しだけ休憩して、状況を整理しましょう」



 苦渋の選択ではあるが、一度立ち止まって冷静に考えを整理する時間は必要かもしれない。


「あの、思ったんですけど、もしかしてエラちゃん、町の外に出て行ったんじゃ」


 それは捜索を始めてすぐに頭によぎった考えだった。


「それは、ない。……町から出るには市壁を通らなきゃだけど……夜番の門番がいるはずだ。夜中や早朝に子供がうろついて、いれば……必ず目に留まるだろ」


 ヴェルデーナは息も絶え絶えになりながらライカの疑念を否定した。


「それもそうか。となると、町のなかにいるのは確かってことですね」


 エラがいつ家を抜け出したのかはわからないが、町のなかにいるのならば必ず見つけられる場所にいるはずだが……。


「昨日、ライカと話した後、ベッドに戻ったらエラが泣いてたんだ」


 ふいにそんなことを言われてライカは一瞬反応ができなかった。


「え?」


「怖い夢でも見て泣いているのかと思って一度起こしたんだ。けど、なんにも言わなくてさ。私に抱きついてそのまま眠ってしまったんだ。そのときは子供ならよくあることだと思って特に気にしていなかったんだけど」


 汗で額と頬に白銀の髪を張り付けた顔に浮かぶのは、そうあってほしくないという願望と、諦観の混じったちぐはぐな表情。


「もしかしたら私たちの会話を聞いていたんじゃないか」


「……まさか」


 そう口では言いつつも、それならエラが涙していたのも突発的に家を飛び出したのも納得がいくと思った。

 エラはジェシカとウォーヴィスが喧嘩をしているのは自分のせいだと思っていた。これは想像になってしまうが、きっと自分がいなければ、などと考えたことは一度や二度ではないだろう。

 弟がほしい理由に、女の子だと体が弱い子になってしまうと間違った考えを持つくらいには、自分を責めていた。


「私、ジェシカはエラと顔を合わせるのを恐れているって言ったでしょ。あれがもし、ジェシカがエラを拒絶しているって意味で伝わっていたとしたら……」


「待ってください。それだとエラちゃんはバゲンズさんが亡くなっていることも知ってしまったんじゃ」


 ヴェルデーナは逡巡してから首肯した。

 仮にそうだとすれば今のエラは父親の死を知り、更に母親に疎まれていると思い込んでいるということになる。


「ヴェルデーナさん、もう走れますか?」


 居ても立っても居られない。

 こうしている間にも、エラがしてはいけない選択をしてしまいそうで。


「ああ。もう十分だ」


 普段の不摂生がたたって青い顔をしているヴェルデーナだったが、すぐに頷き、震える膝を鼓舞するように軽く叩く。


「あと見に行っていない場所は──」


 奔走し始めた頃は太陽の目覚めに白み始めていた空は、いつの間にか青の色味が強くなってきている。

 いつの間にかこれほど時間が進んでいたのかと気づくと同時に、それだけエラが一人でいる時間もあるのだと、更に焦燥感に駆り立てられる。


「おい、ライカじゃねえかよ。朝っぱらからそんなに汗だくになってなにしてんだ?」


 当てはない。でも、とにかく走り回って探すしかない。背後からやってくる見たくない未来から逃れるように走り出そうとした瞬間、ふと誰かから声をかけられた。

 声のした方を見ると、丁度路地から出てきた鮮魚売りロイドが不思議そうな顔をしてこちらを見つめていた。


「ロイドさん」


 朝の仕入れ帰りなのだろうか。ロイドが近くまでくると仄かに魚の匂いが漂ってきた。


「なんでい。その女もいんのかい」


 そして、近くにいたヴェルデーナに気づくと、露骨に嫌そうな顔をしてわざわざ聞こえるように悪態をつく。

 とうのヴェルデーナは、そんな敵意にも涼しい顔をして白銀の髪を軽く手櫛で梳かしていた。


「あのロイドさん、俺たち人を探してるんです」


「こんな時間から人探したぁ、薬師ってのは相当金に困る仕事みたいだな」


 どうやらロイドのヴェルデーナ嫌いはかなり根の深いものらしい。ライカとしても当然こんなことを言われてなにも思わないでもないが、今はそんなことよりもエラが優先だ。


「すみません、エラちゃんをどこかで見ませんでしたか?」


「エラ? っていうとジェシカのとこの娘か?」


「はい」


「いいや、見てないが」


 考えるまでもなく即答。

 駄目か。やはり人目のない時間帯にいなくなったことが影響して目撃情報は得られそうにない。


「そうですか……。すみません、お仕事の最中に。ありがとうございました」


 だが諦めるわけにはいかない。とにかく今できるのは探し回ることだけ。

 そう判断したライカはロイドに頭を下げて、ヴェルデーナの手を引いて駆け出そうとする。すると──。


「あっ! 待てよ。そういえば……」


「な、なにか見たんですか?」


 振り返り問うと、ロイドは顎に手をやって思案顔のまま続ける。


「いや、エラかどうかは断言できねえんだけどさ。俺ァさっきまで港で魚の買い付けに行ってたんだけどよ、そんときに子供を見たんだよ」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。なんでこんな時間に子供が一人でとは思ったんだけど、朝の仕入れは俺らにとっては戦だからな。気がついたら姿が見えなくなってたから、どっかの悪餓鬼が親の目を盗んで外を出歩いてんだくらいに思ってたんだ──」


「ありがとうございます!」


 言い終わるまで待っている時間すら惜しかった。

 ライカは早口で礼を告げると、今度こそヴェルデーナの手を取って走り出す。

 最悪だ、最悪だ、最悪だ。どうしてそこに考えがいたらなかった。

 冷え切った空気を割くように駆ける。風を切る音がエラの悲鳴のように聞こえた。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム,アルファポリス,ノベルアップにも同作を投稿しております。


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