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【第二章完】町はずれの大魔道士は魔術を嫌う  作者: 雨山木一
青年と、ある一家の苦悩

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第三十二話 修行の一環だったってわけ

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「それじゃあ、ヴェルデーナさんにジェシカさんを診てほしいって言ったのはエラちゃんだったんですか?」


「そうだよ」


 エラを膝の上に乗せたヴェルデーナはあっけらかんとした表情で言った。


「エラがヴェルお姉ちゃんにお願いしたの。パパがいなくなってからお母さんが毎日泣いてばっかりだから治してくださいって」


 そして、発言を補強するようにエラもヴェルデーナに続いた。


「いや……でも、ヴェルデーナさんとエラちゃんって知り合いだったんですか?」


 酒浸りで出掛けるのは日が落ちてからのヴェルデーナが、エラと知り合うタイミングなどないように思うが。


「最近はライカが買い物してくれるから足が遠のいてたけど、私は元々常連だぞ? エラと顔を合わせる機会なんていくらでもあったよ」


 ただ、言われて見れば確かにその通りで、疑問に思うようなことでもなかった。

 ライカがフォルゲンスタリアにやってくる前は当たり前にヴェルデーナが買い出しをしていたのだから必然的にエラと関わるタイミングだってあったはずだ。

 始めてウォーヴィスのことを話したときはあまりよい反応を貰えなかったし、そもそも二人の生活圏が違うので関わりはないものだと思い込んでいた。


「でも、知ってたなら教えてくれてもよかったじゃないですか」


 ここで当然の不満が頭を持ち上げる。

 そもそもヴェルデーナはエラを取り巻く全ての事情に精通していたのであれば、ライカがウォーヴィスやエラのことを相談したときに、素直に教えてくれればよかったのだ。


「エラからの依頼はライカがうちにくる前からの話だったし、とても神経質なものだったから、私だけで解決にあたるのがいいと思ったんだよ。それにライカは他に学ぶべきことがたくさんある。そっちに集中してほしかったから、始めはなにも教えるつもりはなかったんだ」


 ヴェルデーナはエラの頭を優しく撫でる。当のエラは気持ちよさそうに目を閉じて体を預けている。


「でも、ウォーヴィスたちを心配するライカを見てたら少し思うところがあってね。今のライカは薬師としての実践的な修行はまだ始められる段階じゃないけど、精神的な修行なら問題ないんじゃないかって考えるようになったんだ。前にも言ったけど、薬師の一番重要な仕事は患者と膝を突き合わせて対話をすることだ。これは知識を頭に入れればできるようになるものじゃない。経験という石を一つずつ積み上げていかなければならないもので、実はこれが一番難しかったりする。だから早くから経験させるのもありかってね」


「じゃあ、なにも知らない振りをして焚きつけるような真似をしたのは……」


「修行の一環だったってわけ」


 複雑な気持ちだった。真剣に悩んでいたからこそ、ちゃんと話してほしかったという気持ちが半分。成長の機会を作ってくれたことへの感謝の気持ちが半分。


「まあ、ライカの気持ちを利用した意地の悪いやり方になってしまったのは謝る。ごめんね。でも、薬師として独り立ちしたらこんなのは日常茶飯事だ。しかも、したくない決断を自分でしなきゃいけない場面だって出てくる。精神的な修行ってさっき言ったでしょ? 今ライカが抱いている感情との付き合い方を学ぶという意味でも、これは必要なことだった」


「はい……わかっています」


 すぐには感情の整理はつけられない。ただ、折り合いのつけられない感情のコントロールこそがヴェルデーナの言う精神的な修行なのだろう。


「ヴェルお姉ちゃん、お兄ちゃんを怒らないで……」


 頭の上で交わされる会話をなんとなく聞いていたエラだったが、ライカが叱られていると思い違いをしたのだろう。ヴェルデーナを見上げてそんなことを言った。


「うん? いいや、私たちは喧嘩をしているわけじゃないんだよ。ただ、ちょっとお仕事の話をしていただけ」


 そう言ってエラの頭を撫でてやるヴェルデーナだったが、エラはまだ不安そうな表情を浮かべていて、縋るような目をライカに向けた。


「そうだよ。ヴェルお姉ちゃんは俺にお仕事の……向き合い方を教えてくれただけなんだ」


 事実としてそうなのでライカも頷いて答える。二人から言われてようやく納得したのか、エラもほっと息をついた。


「よかった。エラのせいでお兄ちゃんが怒られちゃったのかと思った」


「私そんなに怖い顔してたかな」


「わかんない。でもお兄ちゃんが悲しそうな顔してた」


 まだ人の感情の機微に疎いエラからすれば、きっと今にも泣きそうな顔をしていたように見えたのだろう。

 ライカは頬を軽く揉んで固まった筋肉をほぐす。その顔が面白かったのか、エラが声を上げて笑った。


「でも、どうしてエラちゃんはヴェルデーナさんにママのこと頼もうと思ったの?」


「えー? だってヴェルお姉ちゃんはすっごい人なんだよってじいじがいっつも言ってたし、エラもヴェルお姉ちゃん大好きだから」


 少々の照れを含んだ笑みを浮かべながら言うエラに、ヴェルデーナも満更でもなさそうで、慈しむようにエラを包み込むように抱きしめて柔らかい髪に頬を擦りあてた。

 勝手な印象でヴェルデーナは子供が嫌いだとばかり思っていたが、案外そんなことはないらしい。

 ヴェルデーナのエラを見る目はとても柔らかく、歳の離れた妹を可愛がる姉のようだった。


「それにね、綺麗なお兄ちゃんのこともヴェルお姉ちゃんから聞いてたんだよ! かっこいい弟子ができたから今度見せに行くって」


「あっ…エラ、それは内緒って言ったでしょ」


「俺は見世物かなにかですか……。というか、ヴェルデーナさんが俺のこと先に教えてたんですね」


 初対面のときにやけに懐かれているなとは思ったが、そういう理由があったか。


「でも、ずっと待ってるのにヴェルお姉ちゃん全然こないし! だからじいじに聞いて教えてもらったの」


「いやあ……忘れてたわけじゃないんだけどね。ほら、あれがあれであれしてあれあれだったから……」


 これは完全に忘れてましたね。

 ライカとエラから向けられる視線に耐えられなくなったヴェルデーナは、ばつの悪そうな表情を浮かべながら、しぶきが飛んできそうなほどに目を泳がせていた。


「もしかしてヴェルお姉ちゃん、お兄ちゃんのこと独り占めしたかった?」


「は、はあ!? そそそそそそそそそんなわきゃ」


「じゃあお兄ちゃんのお膝に──」


「そういうことする子は……こうだ!」


 膝の上から降りようとしたエラを後ろから羽交い絞めにしたヴェルデーナはそのまま脇腹をくすぐり始めた。


「あははははは! ヴェルねえ……やだぁー!」


 きゃっきゃっと笑い声を上げながら逃げようとするエラだが、がっしりと組みついたヴェルデーナから逃れられない。


「この、このっ! 逃がさないぞー」


 悪い笑みを浮かべながらくすぐりを続けるヴェルデーナはとても楽しそうで、そんな二人を見ていると不思議と穏やか気持ちになる。

 そうしてしばらくの間はヴェルデーナの攻勢が続いていたが、疲れたからか攻める手がふと緩んだ瞬間、エラはその隙を見逃さずに見逃さずにするりと腕から逃れて、膝の上に乗ったまま器用にターンすると今度はエラがヴェルデーナの脇目掛けて攻撃を開始した。


「お返しだぁー!」


「んぐっ! こら……や、やめ……! なははははは!」


 もう大暴れである。

 どうやらヴェルデーナはくすぐり耐性がないようで、最初こそ我慢してはいたがすぐに限界がきたのか足をバタバタとさせ始めた。


「やはー! エラっ! やめなさいっ」


 ただ、自分の上にエラが乗っかっているので振り落とすわけにもいかずに、ソファの上で身悶えるヴェルデーナは、ついには息も絶え絶えという様子で。


「も、もうだめ……。降参! 降参だから……」


 と、白旗を上げたのだった。


「エラの勝ちー!」


 両手を上げて勝利のポーズを決めたエラは、膝の上から飛び降りるとライカの元までやってきて。


「タッチして!」


「はい。エラちゃんの勝利―」


 突き出してきた手にハイタッチをしてあげれば、勝利を喜ぶ満面の笑みを見せてくれた。


「お兄ちゃんも勝負する?」


「いや、お兄ちゃんはいいよ。エラちゃんには勝てそうにないから」


「なんだぁ。じゃあなんか違う遊びしよ!」


「うーん。遊ぶのもいいけど、そろそろいい時間だからお家に帰ってご飯にしない?」


「え? お家って?」


「今日はヴェルデーナさんのお家でお泊りだ。夕飯はお兄ちゃんが腕によりをかけて作るよ」


「ホント!?」


 目を輝かせるエラに頷いてやると、今度はヴェルデーナに視線を送る。


「うん。今日はうちでお泊り会だよ」


 くすぐられすぎて顔を赤くして目を潤ませたヴェルデーナは、肩で息をしたまま無言でうなずく。


「やったー!」


 余程嬉しかったのか、エラはライカの胸に飛び込んで目一杯の力で抱きついてきた。

 エラの年頃であれば友人の家に泊まるという経験の一つくらいあってもいいはずだが病に悪影響だから、という理由で行動を制限されたエラはそんな経験すらしてこなかったのだろう。

 そんな背景を思うと、無邪気に喜んでいるエラが健気でつい抱きしめる力が強くなってしまう。


「ほら、私が手伝ってあげるから決まったら準備しないと」


「はーい」


 事前に予備の着替えなど一式の用意は寝室に仕舞ってあるとウォーヴィスに聞かされていた。準備と言ってもそこまで時間はかからないだろう。

 ライカが背中を押してあげると、エラはヴェルデーナの手を引いて寝室の方に向かう。が、途中ではたと立ち止まった。


「寝るときは三人がいい!」


 そして、そんな提案をしてくるのだからライカは目を丸くするしかない。


「ええ! いいいいいいいいい一緒にねるぅ!?」


「もちろん真ん中はエラだよ!」


「なんで!? エラだけずるいぞ!」


「だめー! お兄ちゃんの隣はエラだもん!」


 本人を差し置いて繰り広げられる場所取りに、ライカは溜息しか出ない。

 ヴェルデーナのベッドは確かに一人で寝るには大きいが三人並んで寝るには少し窮屈だ。

 それくらい毎日使っている本人は承知なのだから、エラの提案に悪乗りして話しをややこしくしないでほしい。


「いや、でも待てよ。子供を間に挟んで眠るっていうのは、それはそれでありかもしれないな……」


「なに言っているんですか。ヴェルデーナさんのベッドじゃ三人は寝れないでしょう。他の客間のベッドは洗濯もしてないですし、部屋の掃除もしてないので、今日はエラちゃんとヴェルデーナさんの二人で寝てください」


「えー!」


「やだー!」


 二人からの抗議は右から左へ。相手にしているときりがなさそうだ。


「はいはい。早くしないと夕飯の時間がどんどん遅くなりますよ」


「お腹すいたー!」


 ヴェルデーナはまだ不満顔をしていたが、一方のエラは一人で長く待たされていたからか、三人で眠るよりも食欲の方が勝ったようだった。


「早く! ヴェルお姉ちゃん!」


 エラに手を引かれて寝室に消えるヴェルデーナは最後まで恨めしそうな目でライカを見ていたが、こういう奇行に慣れ始めてきているライカはすまし顔で流したのだった。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム,アルファポリス,ノベルアップにも同作を投稿しております。


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