第三十一話 全部話すよ。きっと依頼主も許してくれる
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フォルゲンスタリアは明かりが絶えない町とも言われることもあり、夜道を照らすランプを持つ必要はない。
空の主役が月に変わる時間帯になれば通りを歩いている人の数こそ減るものの、代わりに酒場や組合会館のなかから男たちの熱い議論の声や、酔って陽気になった職人たちの声が聞こえてくる。
そんな楽しそうな空気を横目に、ライカは重い足取りでグラント薬草店に向っていた。
「どうしたー。そんな顔して」
ライカより少し先で聞こえてくる彼らの声に耳をすませていたヴェルデーナが後ろ歩きをしながら振り向く。
「俺は、なんて答えてあげればよかったんでしょうか」
ライカはジェシカ宅を辞去してからずっと胸やけのように残っていたものを吐き出すように言った。
「どうしたらよかったかって聞かれたこと?」
「……はい」
あれをライカは問いというよも懇願に近いと感じた。
肯定してほしかったのか、それとも否定してほしかったのか。
答えたい気持ちはあった。ただ、ウォーヴィスの心があまりにも繊細な位置で揺れ動いているように感じて、その先に待つ責任に尻込みしてしまった。
もし、求められている答えと違う回答をしてウォーヴィスの心が修復できないほどに崩れてしまったら。それが怖かったのだ。
その点、ヴェルデーナに迷いはなかった。ウォーヴィスを肯定し、その上で答えを濁して決断を先延ばしにした。
今になって思えばあれは最善の手だったと思う。事実、ウォーヴィスの揺れていた心の均衡を保つことに成功している。
流石だと思った。救いたいと思った人を救えるヴェルデーナに畏敬の念を抱きもした。しかし、だからこそ自分が惨めに思える。
責任は背負えないにしても、なにかできることがあったのではないか。漠然した不安というか不満というか、上手く言葉にできない感情が延々と頭のなかで渦巻いて苦しい。
「ふうん。そっか……」
ヴェルデーナは頭を掻いて、それから空を見上げた。
「空に無数にある星々が人の悩みの数だって、いつか教わったことがある。見てよ、こんだけたくさんあるんだ」
いきなりなんの話を、と思いながらも、つられて見た夜空は満点の星空で、砂粒ほどの小ささなのにひとつひとつが発する光はどれもが己の存在を主張するかのように爛々としている。
燃えているようだ。まるではるか彼方で誰かが魂を燃やすように叫んでいるよう。
「星は綺麗だ。この星空は我々人間が言葉を扱うようになるずっと昔から変わらないらしい。人類のもっとも古い友と言ってもいいかもしれない。その証拠に星の連なりを見て、星座を生み出しそこに物語を想像するくらいには親しみを持ってるからね。でも、だからといって特定の星だけを見て綺麗だなとは思わないだろう? 私たちが親近感を覚えたり、興味を持つのはあくまでも個で形成される全体としての星々だ」
とある山岳都市には空に浮かぶ星を研究する場所があるという。星はかつて空に昇って行った神々の後ろ姿だとされ、信仰の対象となっていた。神々の残した神話は星に連想されるものが多く、今でも星神として崇める地域はたくさんある。
「でもさ、大半の人は特定の星だけを見ることはしないでしょ。だってこれだけたくさんある星なんだもん。ひとつひとつを気にしていたらきりがない。ウォーヴィスのことだってそうさ。確かに私たちにとってはウォーヴィスやジェシカやエラは深い関わりのある星だと言える。でも、あくまでもサイフォニック薬草店として見れば、夜空で瞬く星々の一部でしかない。個人的になんとかしてやりたいという気持ちはわかるよ。私だってそこまで心が渇いているわけじゃないからね。ただ、そうやって深入りしすぎると、どんどん空の暗い部分に引き込まれてしまう」
「ヴェルデーナさんは……なにが言いたいんですか」
「薬師は人々の病みを癒す仕事だ。ただ、いつも必ず上手くいくとは限らないし、ときには全力を尽くしても無力を前に嘆くことにだってある。力不足を嘆くのは人として正常な反応だよ。ただ、正常すぎると薬師として生きていくことはできない。ある程度の線引きを覚えなければ駄目だ」
「そんなの、冷たくないですか」
「冷たいかもしれない。でも、暖かければ全員を救えるわけじゃない。自分が暖かさに慣れすぎて、些細な冷たさに心を凍てつかせて身動きがとれなくなってしまえば、これから先の未来で出会うであろう人々を救えなくなる。それでは駄目なんだ。もう一度言うけど薬師は人々の病みを癒す仕事だ。一個人を癒す仕事じゃない。ここをはき違えると、きっとライカは薬師には成れずに潰れてしまう」
ぼんやりとだが言いたいことの輪郭が見えてきた。ヴェルデーナはこの件についてある程度の割り切れと言っているのだ。
入れ込んでいる自覚はあった。薬師になるために必要な勉強を後回しにしてウォーヴィスたちのことに心を割いていた。
「ウォーヴィスさんたちを助けたいと思うことは悪いことなんでしょうか」
「悪くないよ。ただ、向きすぎてる」
「向きすぎている……?」
「そのきっかけを作った私が言うのもあれだけど……。でも、考えてほしい。例えば疫病が蔓延したとして、ライカの大切な人たちが次々と死んでしまった場合、ライカは平常心を保ったまま薬師としての使命を果たせるかな」
ライカは考えて静かに首を横に降った。
「大切な人を想う気持ちは大切だ。ただ、何事も過剰はよくない。私たちのような特定の場合にたくさんの人たちの命を背負わなければならない使命を負った人間は特にね」
ヴェルデーナは視線を落として、それから足元に転がっていた小石を蹴った。
「人を想うからこそ、人を割り切る心を持たなければならないことを覚えておいてほしい。矛盾しているかもしれないが、ウォーヴィスの問いに明確な答えないがないように、この矛盾にも答えはないんだ。いや、答えを出してはいけないのかもしれない。でも、それがある意味で答えなのかも」
ヴェルデーナは真実に目を向けることが全てを解決することに繋がるわけではない。目を逸らして、偽りの世界で心を休める時間が必要な人だっていると言った。
物事には曖昧さが必要で、それは薬師も同じなのかもしれない。
この矛盾はとても重いものだ。一人では到底抱えきれない。
「ウォーヴィスさんたちはこれからどうなるんでしょうか……。以前のような生活が送れるのでしょうか」
「今すぐには無理だろうね。薬を飲ませてどう、という性質の話じゃないから。きっと彼らの日常が戻ってくるにはまだまだ時間が必要だ」
また時間だ。先の見えない時間の話は嫌だ。
「そう不満そうな顔しないでよ。私だってなにも考えてないわけじゃないから」
「……え?」
「心を癒す薬はない。心の治療には膨大な時間が必要で、私たち薬師はその時間をどれだけ穏やかにすごせるかどうかにしか関われない。ジェシカに渡していた薬香はそのために必要なものだったんだ」
「そう言えば仕事でって言ってましたけど、誰からの依頼だったんですか。あ、ジェシカさん?」
「いいや。ジェシカは心の傷に嘆くことはできても、癒そうと思えるまでの余裕はなかった。それに私ってジェシカに信用ならない人物認定されてるから、向こうからくることなんてない」
「じゃあ、ウォーヴィスさん?」
「それも違う。爺さんはジェシカが立ち直り始めていると思ってたでしょ。だから、相談されたこともなかったよ。エラの方では何度かあったけどね」
「え……それじゃあ」
ジェシカ本人でもウォーヴィスでもなければ、ライカが思いつく人物はもう一人しかない。
「ほら、お姫様がお待ちだ」
ヴェルデーナそう言って顎をしゃくる。見上げると明かりのついた建物二階の窓からエラが嬉しそうにこちらに手を振っている姿が見えた。
話しているうちにウォーヴィスの家までたどり着いていたようだ。
「随分懐かれたもんだ」
ライカが手を振り返すと、エラは嬉しそうに笑みを浮かべてから窓から姿を消した。きっと出迎えにきてくれるのだろう。
「全部話すよ。きっと依頼主も許してくれる」
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