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【第二章完】町はずれの大魔道士は魔術を嫌う  作者: 雨山木一
青年と薬師

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第三話 こんな格好で悪いけど

 03


 居間に通されたライカは猫足の椅子の上で先ほどから何度も体を揺すって落ち着きがない。

 ランプの明かりが灯された室内は、意外と整然としていてむしろ殺風景だと言える。

 一つだけある大きな戸棚は縦に三箇所ひし形のガラスがはめ込んであって一目で高級品だとわかるが、肝心の中身は数枚の皿と二つのカップがあるだけで、随分と寂しいものだった。

 居間にはテーブルが一つと椅子が二つだけあり、それ以外にはどこかの風景画が額縁に入れて飾られているのみ。台所は綺麗で、二階の寝室とは真逆の状態だが、恐らく単に料理をしていないから汚れていないだけだろう。

 なんとも生活感のない部屋だった。本当に二階の寝室とは大違いだ。

 ギシギシと天井が鳴る。次いで階段を下りてくる音が聞こえた。


「いやーすまんね。お見苦しいところを見せてしまって」


 そしてやってきたのは、膝上丈のチェニックに着替えてきたサイフォニック氏だ。


「今朝方まで手工の親父共と賭けをしながらしこたま酒を食っててね。勝負には勝ったんだけど、ちょっと飲みすぎちゃってさ」


 ボサボサの白銀の髪を手櫛で整えからからと笑いながら現れた。

 どうやらライカが耳にしたうめき声は酒の飲みすぎで吐き気を堪えていた彼女のえずき声だったようだ。


「誰かきたのはわかってたんだけど、ちょっと人前に出れる体調じゃなかったからさ。あれじゃん? 出迎えてそのまま吐いちゃったら相手に悪いし」


「ははは……」


 確かに大惨事になりそうだ。こちらに向かってあの勢いで吐かれたら避ける自信は──いや、この話はやめよう。具合が悪くなりそうだ。


「無断で上がってしまって申し訳ありませんでした。サイフォニックさん」


「ヴェルデーナでいいよ。知り合いはそう呼ぶから」


 ヴェルデーナはあっけらかんとして言うと、ライカの向いにある椅子には座らずに、台所の上にある窓を開けて窓枠に置いてあった小箱から紙巻きたばこを取り出すと、マッチで火をつけて深く吸って窓の外に煙を吐いた。そして、台所の縁に腰掛けると長くて白い脚を組んで、


「さて、とりあえずは自己紹介を。私が薬師ヴェルデーナ・サイフォニック。サイフォニック薬草店の女主人さ」


 続けて。


「本日はどのような薬をお求めかな」


 と、隈の浮かんだ目元を和らげながら言った。



 ◇◇◇


「俺……私はダレン村からきたライカ・シャーリックと言います。実は私の母がここのところ体調を崩しておりまして。始めは村の古老が調合してくれた薬を飲ませていたのですが、効果がなく日に日に症状は悪化するばかりなのです。それでどうしたものかと頭を抱えていたところ、父がヴェルデーナさんのことを思い出しまして。それでぜひ薬を調合して頂けないかと思い今回訪問させていただきました」


「ダレン村? あんなところに私を知っている人間なんかいたかな……」


「父は十年前に貴方に薬をいただいたと言っていました」


「そんな昔のことはおぼえとらんわ」


 美味そうに紫煙を燻らせるヴェルデーナは、からからと笑った。


「それで君の母親のことだけど、今の歳は?」


「えっと、三十五だったとおもいますけど」


「どこの出身?」


「生まれはミュラスタリアという町らしいです。私が生まれてからダレン村へ越してきたと聞いています」


「ふんふん。ミュラスタリアね。随分と遠くからきたんだな。君の歳は?」


「十八です」


「となると、ここにきたのは十七の頃ぐらいか」


 ヴェルデーナはライカをしげしげと見ながら、なにやら考えているようだ。


「あの……それがなにか?」


「うん? ああ、一応ね。それで君の母親は具体的にはどういった不調をきたしているんだ?」


 何故先に出身や年齢を聞いんだ。普通は症状から聞くだろう、という不信感は決して顔に出さずに、ライカは平常心を意識して答える。


「一番は嘔吐です。食事を摂っても吐いてしまって、最近はろくに食べ物が喉を通らないんです」


「最近って何日ぐらい?」


「一月は経っていません」


「ふむ。後は?」


「体が重いそうで、胸が苦しいこともあると言っていました」


「食事はなにを?」


「濃い味が特に受けつけないようで、野菜を煮た薄味のスープに少量のパンを浸したものを主食にしています」


「そうか」


 ヴェルデーナは指先に挟んだ紙巻きたばこを遊ばせながら思案顔になった。


「母親はなにかの病気なんでしょうか」


「私は医者じゃないからね。流石に話を聞いただけで病名を診断することはできない。私ができることは症状に対応する薬を出してあげることぐらいさ」


 その返答にライカは少しだけ落胆してしまう。父親が彼女なら間違いないと断言するくらいだから、もしかしたらはっきりとした病名を見つけてくれると期待していたところがあった。


「うん。まあ、症状を改善する薬なら作れないこともない」


 もしかしたらヴェルデーナでも母の不調を治す薬は作れないのかもしれない。

 そんなライカの不安を打ち消すように、ヴェルデーナはあっけらかんとした表情で言った。


「本当ですか!?」 


「本当だとも。でも、今は薬の元になる薬草が手元にないから明日にでも採取に出かけなきゃならない」


「それでもいいです! お願いします!」


「いいとも。それじゃあ値段の相談だが、そうだな……みっともないところを見せてしまったし、ちょっとおまけして五日分の薬でラロリンカ銀貨一枚と半でいいぞ」


「え、一枚と半ですか……」


 これでなんとかなるかもしれない。そんな安堵と期待にほころんでいた顔が引きつる。

 ラロリンカ銀貨一枚と半。ライカは無意識に懐に手を当てていた。

 その様子を見てヴェルデーナも察したようだ。


「なんだ金がないのか? しょうがないな、今いくら持ってるんだ」


 ライカは椅子から立ち上がりヴェルデーナの下へ行くと、懐からつぎを当てた布袋を差し出した。


「さて、どれだけ……え?」


 紙巻きたばこを口にくわえて布袋の中身を覗き見たヴェルデーナは固まり、そして視線だけをライカに向けた。


「君、本気?」


 声が震えていたのは怒りでというよりも、相場を知らない世間知らずを前にして笑いを堪えていたのかもしれない。


「うちが今薬に出せる金額はジトラ銅貨八枚だけです……」


 ヴェルデーナの口にくわえられた煙草の灰が一つ落ちる。

 ライカはその場で膝をつき、勢いよく額を床にぶつけた。


「申し訳ありません! 今、家にはあまりお金がなくてこれしか用意できなかったんです!」


「いや、それにしたってなあ」


「お願いします! 足りない分は俺が働きます。なんだってしますから、それで勘弁してもらえないでしょうか!」


 室内に耳の痛くなるような沈黙が降りる。そして、しばらくした後にヴェルデーナが紙巻きたばこをもみ消す音が聞こえた。


「この財布、君の纏っているマントと同じ布だ。それにつぎにしてあるのは、マントの下に着ている服と同じだし。もしかしてここにくるまでに追い剥ぎにでもあった?」


「……はい」


 震えた声でライカは短く答える。


「いくら取られたんだ」


「ラロリンカ銀貨五枚とジトラ銅貨十枚です」


 襲われたのは村を出てしばらくした後のことだった。フォルゲンスタリアに続く街道にかかっていた木造の橋を渡り終わった瞬間に後ろから羽交い絞めにされて、橋の下に引きずり込まれた。


 ライカの後ろでくくった髪を見て女性と勘違いしたのだろう。乱暴に服を脱がしたところで、男だと気がついたときの追い剥ぎ顔は今になって思えば間の抜けたものだったが、あのときのライカにはそんなことを考える余裕などなかった。

 相手は男で一人だった。顔は橋の下で薄暗かったこともあるし、強い恐怖を感じていたからあまり覚えていていない。


 男はライカが女でないと知ると露骨に落胆して、それから金を出せと脅してきた。もちろんライカは断った。だが、それで諦めてくれるわけもない。

 結局金は奪われた。そして、命まで奪われそうになった。幸運だったのは、追い剥ぎの男が一瞬だけ見せた隙に逃げられたことだ。


 そうして死に物狂いで街道沿いにあった教会に駆け込んだ。そこで近頃追い剥ぎや物取りの被害が頻発しているという話を聞いたときには、もっと早くその情報を知っていればと悔し涙を流した。


 一文無しとなったライカは旅の途中に体を休めるために教会に宿泊していた数人の商人に、荷物持ちでもなんでもさせてくれと、なかば無理やりに頼み込んでなんとかジトラ銅貨九枚を集め、自分の衣服を使って即席の財布を作った。ちなみに、針と糸は教会から借りたためにせっかく集めた銅貨を一枚消費することになってしまった。


「よく諦めなかったな」


 ヴェルデーナは子細については聞いてこなかった。恐らくライカの身なりを見て大体のことは想像ができてしまったのだろう。それにわざわざ被害に遭ったことを言わせるのは酷だとも感じたのかもしれない。


「俺は……一度両親の期待を裏切ってしまったから。だから、二度も同じことをするわけにはいかなかったんです。それに薬を待っている母親をがっかりさせたくなかった」


 父親から渡された金は虎の子だった。ライカは期待と責任を背負って旅立ったのだ。無残に金だけ奪われてすごすごと帰るなんてできるはずがない。


「お願いします。どんなことだってします。だからどうか母のために薬を作っていただけないでしょうか」


 薬を扱うということは人の命を扱うことにも等しいものがある。当然、薬師を名乗る人間というのは想像もできない時間を勉学に当てて、常人ならざる努力の果てに今の地位についている。


 その対価として要求される金額が高くなってしまうのは、なにも名声に胡坐をかいているわけではなく、材料費などはもちろん、それに至るまでの苦労と至ってから発生する責任を背負っているからこそだ。

 それを値切ろうとしたり、対価を別のもので支払おうとするのは、薬師が背負うそれらの苦悩と重責を軽んじていると思われても仕方がない。

 それがわかっていても、もう一度金を稼ぐだけの時間がないライカにはこの方法しか残されていない。


「俺は……家族を失いたくないんです」


 家族を失いたい人間などいない。これが同情を引く卑怯なやり方だというのはわかっている。


「お願いします!」


 それでも引くことも譲ることもライカにはできない。

 一生に一度だけ、神に願いを叶えてもらえる権限が人にはあるという。

 その権限を今この場でライカは使う。

 神様、どうか母さんを助けてください。

 再び静まりかえった室内に、音が戻ったのはヴェルデーナの溜息がきっかけだった。


「うら若き乙女が一人で外をうろつくのは色々危ないから、お供してもらおうかな。それと私は食事を作るのが苦手だから、それもお願いしよう。あとは……まあ、思いついたら言いつける。そんなわけだから、ほら」


 ライカが顔をあげると、目の前には色白の小さな手。


「短い期間だが、君を雇うわけだからな。こんな格好で悪いけど、契約の握手を」


 ライカは茫然としながらも、差し出された手を握る。

 小さくて、細くて、とても暖かい手だった。


「ちゃんと働いてくれよ、ライカ・シャーリック君」


 ライカの雇い主は目の下に隈を浮かべた不健康そうな顔で笑った。


ここまでお読みなってくださりありがとうございます。

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カクヨム,アルファポリス,ノベルアップにも同作を投稿しております。


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