第二十九話 起点
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ジェシカとバゲンズは幼馴染でね。生まれてからずっとフォルゲンスタリアで育ってきたんだ。
勝気なジェシカと、おおらかなバゲンズは丁度お互いの足りない部分を補い合える関係性だったんだろう。どこへいくにも、なにをするにも常に一緒でおてんば娘に引っ張り回されるバゲンズを見て、今から尻に敷かれてちゃどうにもならんぞ、なんて近所の旦那さんたちにからかわれていたっけな。
そんなバゲンズが造船所で働き始めたのは、十歳の冬だった。不慮の事故でバゲンズの両親が死んでしまったんだ。
儂としてはバゲンズを息子のように思っていたから引き取ってもよかったんだが、本人の強い要望があって造船所で住み込みとして働くことになったんだ。
心配だったよ。だって、お世辞にもバゲンズは気が強そうな方じゃないし、職人気質の濃い連中に混じって働くことなんてできないだろうって思ってたから。
久しぶりにバゲンズと落ち着いて話ができるとあって儂も嬉しくてね。色々なことを語り合ったけど、仕事の話をしだすと途端に顔を輝かせながら楽しいって言うんだよ。しかも偽りではなく心の底からだ。どうやら昔から船に興味があったらしくて毎日が発見と勉強で楽しくて仕方がないって。
儂は驚いたよ。だってそんなこと本人からもジェシカからも一度も聞いたことがなかったからね。でも、安心した。嬉しそうに船のことだったり親方や兄さん連中のことを語る姿を見ていたら、本当に充実しているんだなと思えたから。
そうしてバゲンズは着実に仕事を学んで成長し、十八になる頃には将来のフォルゲンスタリア造船所を背負って立つ男になるだろうと期待されるようになっていった。
儂は自分のことのように鼻が高かったよ。それと同時に息子を残して逝ってしまった両親もこれで安心できると一つ肩の荷が下りたような気分だった。
一方のジェシカといえば、こっちはこっちで相変わらずでな。バゲンズの面倒を見るのはあたしの仕事だからって言っていて、同じ造船所で働くようになっていたんだ。
本音を言えばジェシカには儂の跡を継いでほしかったよ。でも、ジェシカがバゲンズを想っていることはわかっていたし、二人が一緒にいればどんなことが起ころうとも挫けないだろうと信じられた。なにより大切な二人が幸せでいてくれるなら、これ以上の幸せはない。
二人が揃って結婚の報告にきたときも、そうだろう、と驚きもしなかった。
子供の頃は親友として、大人になってからはよき理解者として互いに支え合って生きてきたんだ。そんな二人だったから、祝福せんやつはおらんかった。小さいながらも、祝いの席を設けて一晩中飲めや歌えやの大騒ぎをしたんだ。
腹にエラがいることがわかったのは二人が結婚して二年目の秋だった。
その頃になるとバゲンズは男として一皮むけた大人になっていた。仕事も評価されて、妻もとり、子供ができて、守るものができたことで思うところがあったんだろうさ。男っていうのはそういう生き物だからね。
そして、エラは無事に生まれた。今でもあのときの幸せな空間を夢に見るんだ。
ジェシカの腕に抱かれたエラを愛おしそうに眺めるバゲンズ。エラはとっても大きな声で泣く子でバゲンズもジェシカも驚いていたけど、ジェシカの赤ん坊の頃とそっくりだって言ったら大笑いしてたっけ。
その後も色々あったけど概ね順風満帆な生活が四年続いたある日、ここから南にある港町に長期で応援に行かないかという話が舞い込んだ。
なんでフォルゲンスタリアの造船所にそんな話がくるんだと思ったが、どうもバゲンズが所属していた造船組合と懇意にしている組合から職人の人手が足りなくて支援してほしいと要請がきたらしくてね。
他所の船大工の仕事ぶりを目にする機会なんかそうそうない。特にバゲンズは勉強熱心な男だったからね。またとないチャンスに親方は一つ返事で承諾してくれると思っていたと思う。でも、バゲンズは断ったんだ。
実は同じ時期にエラの体調が思わしくなくてね。今になって思えば、このときから病の兆候はあったんだと思うよ。
バゲンズはエラが心配だったんだ。本当に、本当に娘を愛していたから。だから、そんな時期に側を離れるなんて考えられなかったんじゃないかな。でも、本心では行きたいって思っていることは儂もジェシカも知ってたんだ。バゲンズの船に対する想いは家族に向けるものと同じくらいに大きかったから。
諦めて欲しくない。儂とジェシカの想いは同じだった。背中を押してやりたいという結論も同じだった。
なにも気にせず行ってこい。いざとなれば儂だっておるんだし、心配なら遠方に行っている間は儂がジェシカたちと一緒に住むことだってできるんだからと二人で言ってやったよ。
それでも始めは頑として首を縦に振らなかったよ。夫として父親としての責において、自分の欲を優先することはあってはならないってさ。
なんとまあ、ジェシカが乗り移ったんじゃないかと思うほどに頑固で、一向に首を縦に振らんでね。儂はそこまで言うのなら、それでもいいかと思い始めていたんだけど、そこで啖呵を切ったのはやっぱりジェシカだった。
町一番の船大工職人になるのがアンタの夢なんだから、その夢を自分から手放すような真似はするな、うじうじ湿気た男が家にいるとエラに悪影響だってね。
いやぁ、我が娘ながら酷いこと言うなとは思ったけどそれがジェシカなりの激励の仕方なんだよ。本当は離れるのが寂しいくせに、強がってしまうところがなんともジェシカらしい。
でも、付き合いの長い二人だからちゃんと気持ちは伝わっていたみたいだ。それから応援に行く決断をするまではそんなに時間はかからなかったよ。
出発当日は快晴でね。南の港町までは船で行くということだったから、儂らは港まで見送りに行った。
朝の早い時間だったからかエラはジェシカに抱かれて眠たそうにしていて、出発の時間が近づく頃には眠ってしまっていてね。しばらく会えなくなるんだから起こそうとしたんだけど、バゲンズが可哀想だからと言うから、結局そのままにしたまま出航する船を見送ったんだ。
少しずつ遠ざかる船の上でバゲンズはいつまでも手を振っておったよ。それは儂らも同じだった。
何年も離れる訳じゃない。一つの季節が始まって終わって、また始まる頃には帰ってくる。
時間っていうのは本当にあっという間にすぎてしまう。そうわかっていても、どうしても寂しさというのは込み上げてくるもんさ。ジェシカも鼻を啜っておったが、決して嗚咽は漏らさんかった。
母親として成長しているんだと思うと、儂の方が泣いてしまいそうだったよ。
船の背中が親指ほどになってバゲンズの姿も見えなくなって、そろそろ帰ろうとしたときだった。
船から火が上がったんだ。そして、少しだけ遅れて爆発音が聞こえてきた。
ドン、ドン、ドン。三回聞こえてきた爆発音の後、四回目の爆発で船のマストが折れて先端が海に落ちた。次いで五回目の爆発で船の見えている箇所のほとんどが吹き飛んだ。
他に見送りにきていた連中も含めて儂らは誰も悲鳴を上げなかった。
少し離れた海上で昇る火柱が現実なのか、夢なのかわからなくなっていたのかもしれない。
儂たちは目の前で起こる惨劇を前に茫然とすることしかできなかった。
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