第二十七話 茫然
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夕食時は稼ぎ時。一番市場が賑わうのがまさに今の時間帯で、今日仕入れた分を売り捌きたい店側と、少しでも安く品物を手に入れたい買い手との熾烈な心理戦が繰り広げられる様子をライカは横目に歩く。
目的地としているのはヴェルデーナお気に入りの店で、ライカも一度おススメを食べてからしっかりと心を掴まれてしまっていた。どの料理も味は間違いなく、それでいて料金も良心的。店の主人も豪快で人柄もよく、最近になって「大変だな」と声をかけてくれるようになり、更におまけとして余った軽食をくれることもあった。
「用事があるって出掛けたんだからお腹空かせてるよな……。それだったら昨日と似た感じになっちゃうけど、肉料理のほうがいいか」
そんなことをつぶやきながら、市場の角を折れるともう目と鼻の先には目的地がある。
きっと忙しく料理を作っているのだろう。なにかを指示するような声と共に香辛料の効いた香ばしい肉の匂いが漂ってきた。
「肉にしよう。それしかない」
決して自分が食べたいからとかそんな理由ではない。この香りを嗅げばヴェルデーナっだって同じ決断をするはずだという確信がある。
それに個人的にも胸につっかえているもやもやとした気持ちを発散するためにも肉にかぶりつきたい気分だった。
気持ちが固まったのなら後は向かうだけ。他の店の客引きの誘惑にも一切屈さずにすれ違う人の波を避けつつ真っすぐ進む。そして、店のドアに手を駆けようとした瞬間。
ふと違和感を覚えた。なんだろう。そう思って、違和感を追って振り返ると。
「ジェシカ、さん?」
後ろ姿はすぐに雑踏のなかに紛れて見えなくなってしまったからはっきりと断言はできない。ただ、ウォーヴィスの店で怒鳴り声をあげていた人物にとても似ていたような気がする。
どうする。気のせいかもしれない。というか、その可能性の方がずっと高い。
「……行ってみるか」
勘違いだったそれでいい。そのときは今度こそ夕食を買ってヴェルデーナの待つ家に帰ればいいのだ。
少し待たせることになってしまうが、そこはそれ。ちょっとおまけをつければ納得してくれるだろう。
ライカは身を翻し、ジェシカらしき人物を追うことにした。
◇◇◇
その人物がジェシカだという確信はなかった。顔をちゃんと見たことがあるわけでもなく、覚えているのは去っていく後ろ姿だけ。一瞬横顔は見たかもしれないが、もう記憶は朧気だ。だが、今尾行している人物はあの時の後ろ姿に酷似しているように思う。
ジェシカらしき人物はライカが通ってきた道をなぞるように進んで行った。ウォーヴィスの店に向っているのか、とも考えたが途中で正反対の道を逸れて更に裏路地に入っていった。
予想は外れた。であればどこへ向かっているのだろう。
右に左に迷路のように複雑に入り組む裏路地を進む足取りははっきりとしている。何度も通っているのだろうということが伺えた。
ライカは怪しまれないように一定の距離を取りながら跡をつける。
そうしていくつめかわからない路地を右に折れたとき、ふと足が止まった。そして、周囲を少し気にする素振りをしてから、建物と建物の間にある通路に身を捩るように入っていった。
ライカも急いで後を追い、建物の影からそっと通路の奥を覗く。
建物間の通路は細く、奥まで行くと少しだけ広い空間があった。空間の先はまた細い通路があり、その先は市場に繋がっているようだ。
すぐそこが市場なのだからわざわざ遠回りなどせずとも直接ここへくることだってできただろうに、そうしなかったということは余程警戒しなければならないことをしようとしているのか。
広がる不安を押し殺しつつ、様子を伺う。すると、向こうの通路から誰かがやってくるのが見えた。
「待たせたか」
「いいえ。今きたところだから」
現れた人物は白い布で顔を覆っているので人相はわからない。ただ、声の高さからして女性ではあるようだ。
「約束のものは?」
「あるよ。ほら」
白い布の人物は懐から小さな麻袋を取り出した。
「いいか。決められた量は守ること。大量に摂取しても死ぬことはないが、体には毒だからな」
「わかってるわ。そんな馬鹿なことはしない」
「だといいが。そうだ、子供の様子はどうだ?」
「なにいきなり。別に変わらないわ。毎朝父さんに預けて夜になったら迎えに行ってる。あたしは仕事があるし、エラは毎日父さんと遊べて満足そうにしてる」
ライカは息を呑んだ。間違いなくエラという名前が聞こえてきた。やはり、あの女性はジェシカで間違いなさそうだ。となると、会話から察するに相手はジェシカに呪具を売りつけている商人ということだろうか。
「そういえば父さんから変な相手から変な物を買っているだろうって言われた。アンタと会ってるところ見られたのかも」
「そうか。まあ、人の目というのはどこにでもあるからな。次までに別の場所を考えておこう」
「そうして。変に疑われたくないし。はい、代金」
「……ふん。確かに。次は一月後に」
他人行儀な別れの言葉を交わすと、ジェシカは市場に続く通路へ消えていった。一方残された白い布の人物はジェシカを見送ると、ライカが潜んでいる側の通路へ向かって歩き出す。
「やばっ」
このままだと鉢合わせしてしまうと焦ったライカは周囲を見渡して、咄嗟に近くにあった木箱の影に身を潜める。
無駄と知りながらも、次第に近づいてくる足音と連動して強くなっていく心臓の音を抑えるように胸と口を押えて必死に気配を消そうと試みる。
こんな陰気な路地で商売をする人間がまともであるはずがない。覗き見していたことがばれたらなにをされるか、想像するだけで身の毛がよだつ。
足音はもうすぐそこまできていた。そして、ライカが身を潜めている木箱の横を通りすぎた瞬間。
「はあ。お腹空いた。ライカは今日なに作ってくれてるかな」
聞こえてきたのは自分の名前と、聞き覚えのある声。
「……ヴェルデーナさん?」
口をついて出た言葉は喧騒から離れた路地でよく響く。
「どうして」
体を震わせて立ち止まった人物を前に、ライカは茫然とするしかなかった。
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