第二十四話 前を向いて上を見て自分にできることを探しなさい
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ライカはグラント薬草店でエラと出会いやウォーヴィスとジェシカが不仲になっていることなど、今日一日で知り得た情報を包み隠さずに話した。
ヴェルデーナは時折遠くを見るような表情を見せつつも、最後までライカの話を傾聴していた。
「なるほどね。それで帰ってきても上の空だったと」
「まだ五つの子供ですよ。本当なら友達と遊んだり、親に甘えたい盛りだと思うんですよ。それなのに病のせいでそんな当たり前のことすらできないなんて」
「確かに年端もいない子には辛い境遇ではあるかもね」
「あの……エラちゃんをヴェルデーナさんの力で救ってやることはできませんか」
俺が二人のためにしてあげられることはないのか。考えて考えて考えて、結局たどり着いたのが、ヴェルデーナを頼ることだった。
そのときの虚しさといったらなかった。が、半人前の自分にできることなどなにもないのだから、情けなさから自分を殴りつけることすらおこがましいと思った。
そこまでできるのは、力を尽くしてそれでも届かなかった者だけだ。尽くす力もないライカには振り上げるための拳すらない。
ただ、無力を嘆いて恥じて、それで二人を助けることができるのならば安いものだ。そんな踏ん切りがついたのは、ヴェルデーナに経緯を話している最中だった。
「それは難しいな」
しかし、瞬き一つする間に帰ってきた返答は無慈悲なもの。
「私は自分の腕に自信があるし、この町で一番の薬師だと自負している。でも、病ならどんなものでも治せるなんて思い上がってはいない。聞く限りだとエラの症状はとても不安定で不確定なものだ。そもそも病名のついていない病なんでしょ。それじゃあ、どんな薬を処方してやればいいのかもわからないじゃん。他の医者が診断したように、今ライカから聞いた範囲内では薬の出しようがない」
残酷すぎる現実も正論では返す言葉もない。
確かに熱が出ているという点だけで見れば解熱効果のある薬を飲めばいいのかもしれないが、それはあくまで対処療法でしかなく根本の治療にはならない。それにその程度のことであれば他の医者がすでに思いついているだろう。
「でも……魔術だったら──」
ただ、その程度のことはライカだって考えた。だからこそ、人の医術の力で救えないのなら、別の力で救う方法はないかと考えた。そして、その力をヴェルデーナは持ってる。
「それは駄目だ。言っただろ、今の魔術は形が悪い。あんなものじゃ人は救えない」
強張った声は抑えきれない強い拒絶反応か。
猫足椅子の背もたれに体を預けて腕を組んだヴェルデーナは名前を口に出すのも不快だと言わんばかりの表情で吐き捨てる。
「すみません……」
ヴェルデーナがこのような態度を示すことは滅多にない。基本的に楽観主義というか、面倒なことは考えたくない。何故なら面倒だから、というのが日常を過ごすうえでのヴェルデーナの基本的な姿勢だ。
もちろん賭け事などで負けて悔しさから大泣きの駄々っ子になることはあるが、それはある意味では感情を発散することで気の持ち方をコントロールしようとしているとも言える。しかし、こと魔術に関しては違う。
必要に迫られなければ魔術を使うことはないし、そもそも話題に上がることすらない。
ヴェルデーナは今の魔術は形が悪い、と表現する。とても抽象的な表現で、ライカには真に意味するところはわからない。ただ、純粋にヴェルデーナの言う通りに形が悪かったとしても、エラを救えるのなら選択肢から排除することはしてほしくないと思ってしまう。
気持ちの押し付けだということはわかっている。ただ、半端者に許された選択肢は師を頼るだけしかないのだ。
「はあ」
相手に聞かせるためだけの溜息。その意味するところは、不出来で自らの都合で問題に首を突っ込み、その解決を師匠に頼る半端な弟子への失望か。
責められたように感じて口を強く横に結ぶ。しかし──。
「そもそも病名のない病というのも変な話だろ。病名がないのに、どうして病気だと言い切れるんだ?」
次いで続けられた言葉は、ライカの予想していないものだった。
「え……?」
「なによ、呆けた顔して。エラを助けたいんでしょ?」
「それはそうですけど……でも、病がわからないんだったら薬は出せないし、魔術も駄目だって」
「うん。今わかってる情報じゃ薬なんて作れないし、魔術は論外。でも、だからって諦めろなんて言ってないでしょ」
「あ……」
「人を癒すと言っても方法は様々。外的要因で負傷したものなのか、それとも精神的な負荷によって体の内側から疾患が出ているのか。病一つ治療するって言ってもやり方はたくさんあるし、たどり着く結末も一つだけってわけじゃない。もし、苦しむ人を助けたいと願うのなら、感情的にならずに目に見えているものを信じすぎないことだ。盲目になれば人を救うために誰かを傷つけることになる」
ヴェルデーナは手を打ち鳴らした。
「そこでさっきの問いだ。病名がないのに病だと言い切れる理由はなんでしょう」
「言い切れる理由……?」
ライカは顎に手を当てて考える。エラが病に罹っていると信じているのはジェシカとウォーヴィスだ。
不規則に熱を出して苦しむエラを医者に見せたが、明確な答えも治療法も示されなかった。ゆえにエラが病名不明の病に罹っていると二人は考えている。
「ウォーヴィスさんとジェシカさんが病だと信じているから?」
「そうだね。原因は不明だけど病に罹っているのだと、少なくとも二人はそう思っている」
「なんか含みのある言い方ですね。エラちゃんが病に罹っていないって言いたいんですか?」
「いいや? ただ、可能性としては排除する理由はないでしょ」
確かにヴェルデーナの示す可能性がないわけではないと思う。しかし、今更そんな可能性を検討する意味はあるのか。
「ごめんなさい。俺にはヴェルデーナさんの言わんとするところがわかりません」
「そうだね。実のところを言うと私もわからない」
これにはライカも苛立つ感情を抑えきれずに、眉間にしわを寄せてしまった。
「つまりエラは病かどうかがわからないが正しいんだよ。となると、まずやらなければいけないことは、効果のありそうな薬を探したりするのではなく、もっと根本的で初歩的なことのはずだ」
「根本的で初歩的なこと?」
「うん。薬師は薬を作るだけが仕事じゃない。ときには患者と膝を突き合わせて言葉を交わして、病の本質を見抜くのも重要な仕事なんだ。これは薬の作り方とか薬草の種類を覚えるよりも重要になる。ここを疎かにしていると、病の本質を見抜けずに取り返しのつかない失敗を犯す」
ヴェルデーナは椅子から立ちあがり、台所へ向かうと窓を開けそのまま縁に腰掛けた。喫煙するときの特等席だ。
「薬師の仕事のほとんどは患者やその家族との対話だよ。こう言うと語弊があるかもしれないが、薬の処方はおまけみたいなものさ」
咥えた煙管の皿にマッチの火を近づける。じりじりと紙と煙草の焼ける音がした。
「ヴェルデーナさんはエラちゃんが病はなにか裏があると思っているんですか?」
「病に表も裏もないさ。起因となっているものがあって、それは簡単に他人には明かせないものばかりだってことだ。だからこその、対話なんだよ」
ヴェルデーナは顎をあげて紫煙をぽわっと吐き出す。輪っかになった煙が宙を漂い、次第に溶けて消えていった。
「病に向き合うには人との信頼を築くこと。薬師というのは人に頼られる仕事だけど、いつでもどこでも誰にだって完全な信頼を向けられるわけじゃない。こちらから歩み寄って寄り添って、その人との関係という石を一つずつ積み重ねるんだ。この薬が効くから使ってくださいと言ったって、肩書だけのよく知らない人間から渡されたものを、はいそうですか、と信用できないでしょ」
「信頼ですか……」
「うん。物事には順序があるからね。ライカがエラを助けたいと思う気持ちはとても大切だと思う。ただ、本当に救いたいと思うんならやるべきことの順序が違うんじゃないかな。創作物とかじゃ自分にはなにもできないと嘆いていれば悲劇を演出できて観客に喜んでもらえるけど、現実はそんなに都合よくないでしょ。立ち止まった人は置いてかれて忘れられるだけだ。そうなりたくなければ、前を向いて上を見て、自分にできることを探しなさい。ライカはもうそのやり方を知っているはずだよ」
「俺がですか?」
「うん。だって、故郷で腐らずに新たな目標を見つけてこうして私の元に弟子入りしたでしょ。それだって自分はなにができるのかを考えた結果でしょ?」
そうだ。未来を失ってどこを向けばいいのかわからなくなって、それでもヴェルデーナという光を見つけて新たな一歩を踏み出した。
もし、母の妊娠騒動がなければライカは今もダレン村で燻っていただろう。村の仕事を手伝うのは重要な役目だ。しかし、いつまでも手伝いをして暮らしていくわけにはいかない。
昔は常に心のなかには焦りがあった。そして、今はと言えばそんな焦りは微塵も感じていない。
ライカは答える代りにヴェルデーナのヘーゼルの瞳を真っすぐ見て頷いた。それを見てヴェルデーナも満足気に頷き返した。
「よし! それじゃあ可愛い可愛い迷える弟子の相談もひと段落ついたことだし、私はちょっと出てくるよ」
「え、なんですか急に……。というかまた行くんですか? どうせ勝てないんだからやめた方がいいですよ。少しは懲りた方がいいですってば」
ちょっとカッコつけながら去ろうとしたヴェルデーナに、ライカは他意のない言葉を投げかける。すると、勝てないことを見こされている悔しさからか、唇を突き出して、
「ちっ違うし。今日は行かないし。ちょっと買い物に行くだけだし」
と、後ろめたさを隠しきれない子供のような返答がきた。
こういうとき、ヴェルデーナは隠し事をしていることが多い。例えば賭け事に行くとか、賭け事に行くときとか、賭け事に行こうとしているときとかだ。
「こんな時間から買い物ですか? それなら俺が……」
「いや、店先で吟味したいから大丈夫。ライカは適当に休んでいてくれていいから」
「でも……」
「本当に大丈夫だから。それとも乙女の買い物に付き合う度胸があるかな?」
挑発的な物言いだが、別についてこいと言われれば普通についていける。ただ、こんな風に言うくらいだから本当に一人で行きたいのだろう。
女性経験の少ないライカとて、流石にこうまでして意思を示されれば無理について行こうとは思わない。
「それにライカだって一人で落ち着いて考えたいだろう?」
そんなことを言って先ほど失敗した格好いい女のリベンジのつもりなのか、ヴェルデーナはウインクをした。しかし、やり慣れていないせいかほとんど両目を瞑っていたし、頬を必要以上に吊り上げた不格好なもので正直な感想を言うとちょっとブスだった。
「君、今失礼なこと考えなかった?」
年齢のことといい、何故か悪口に関しては敏感なヴェルデーナである。しかも口に出していないものにまで機微に反応してくる。
嫌いとか言っておいて、実はこっそり心を読む魔術でも使っているのかと疑ってしまうくらいだ。
「心配だからあんまり遅くならないでくださいね!」
光りを失った瞳に不穏な気配を感じたライカは、追撃を浴びせられないうちに声量で押し切る作戦に出た。
「し……心配って……。もう! そうならちゃんと言えよなぁ!」
どうやら上手く機嫌はとれたようだった。頬を少し膨らませて怒っているという体を取ってはいるが、その頬は桜色に染まっていてまんざらでもない様子だ。
簡単な師匠である。
「じゃあ……早めに帰ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
洗い物をすませると、ライカは自室で執心の準備を始める。
寝巻に着替え軽く髪を梳かすとベッドに潜り込んだ。
目を閉じて浮かんでくるのはウォーヴィスとエラの顔。二人共笑顔で、だからこそ、これからもずっと笑っていてほしいと思う。
心に秘めた決意を冷やさないように、体を丸めてライカは眠りについた。
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